ベルサイユの子

b0041912_0121328.jpg   今回の帰国後、初めて劇場で観たフランス映画は、もう思いっきり現実をつきつけた作品「ベルサイユの子」。去年のカンヌ映画祭《ある視点》で話題になった社会派映画は、昨秋急逝してしまったギョーム・ドパルデューが、社会に適応できない青年になりきっていて、まさにはまり役です。「ランジェ公爵夫人」の恋の駆け引きに振り回されるモンリヴォー将軍よりも板について見えるのは、ギョーム自身の生き様が透けるからでしょうか?
 23歳無職のニーナと5歳の息子エンゾは、毎晩寝る場所を求めてパリをうろつくホームレス。一夜の宿を提供するシェルターも、パリだとすぐに埋まってしまうため、母子は路上で寝ることもしばしばです。見かねた救急隊に拾われ、ベルサイユなら施設に空きがあるからと、二人は土地勘のないベルサイユに送られます。
 無料新聞の記事に偶然目をとめたニーナは、そこに載っている介護の仕事に関心を持ったため、パリに戻ろうとベルサイユ宮殿を抜ける途中、広大な敷地の脇の森で暮らす青年ダミアンと出会います。
 一夜を過ごした二人ですが、翌朝ダミアンが目覚めると、エンゾを頼むという置き手紙を残してニーナは消えていました。突然、大きなお荷物を残されたダミアンは怒りをあらわにしますが、自分を頼るしかない幼子と森の中での共同生活を始めます。
 父を知らないエンゾにはダミアンとのサバイバル生活が新鮮で、すぐに順応、ダミアンも次第にエンゾに父性愛を抱いて、彼を守ろうとします。同じくベルサイユの森に住んでいるホームレス仲間達との交流や連帯感も二人の野生生活に暖かみをもたらしますが、ある日、ダミアンの掘建て小屋が火事になり、その心労からダミアンが高熱を出したことで、二人の森暮らしは終わりを告げるのでした。

 ニーナもダミアンも、もう長い間肉親とは絶縁状態で、職もなく、社会に溶け込めない存在です。しかしニーナは、「失業は宿命にあらず」という新聞記事に触発されて、子供のためにと介護士を目指すし、麻薬と刑務所を経験した後、社会と断絶して森に暮らすダミアンも、エンゾのために森から出て社会生活を営む決心をします。
 子供を軸に変わろうとする二人を後押しするのは、フランスの福祉システムや就労支援プロジェクトのスタッフ達。フランス屈指の高級住宅街ベルサイユにもホームレスが結構いるという現実を前に、彼らが社会復帰をするのなら、できる支援はしようという社会保障先進国としての意識の高さが伺われ、金融危機以来浮き彫りとなった日本の福祉の脆弱さとは対照的に映ります。
 それに、何より5歳のエンゾが素晴らしい。母親に置き去りにされても泣きわめくこともなく、赤の他人と森暮らしを始めてもすぐに適応して、母を探し求めたりせず、素直に大人の意向に従って、おとなしくその後の環境の変化にも同化して行く様子が、何ともけなげで、逞しくさえあります。
 ダミアンの父親の家での新生活で、「小屋に戻ろうよ」とダミアンに囁いたのは、エンゾの精一杯の自己主張。身の回りで起こることをおとなしく受け入れる姿勢は、まだ幼くてよくわかっていないというより、小さい時から母親とその日暮らしを強いられて来たエンゾが身につけた子供なりの処世術のようで、胸を打たれます。
 大人の都合に振り回され、同年代の子供達とは比べものにならないほど厳しい幼児体験を重ねて行くエンゾが、将来どういう大人に成長するか興味津々ですが、器の大きな青年となって、幸せをつかんでほしいですね。
 フランスでは「(ホームレスの生活の)覗き見趣味だ」という辛口批評も出たけれど、華やかな観光大国の負の現実を知るには、欠かせない一作ではないでしょうか?
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by cheznono | 2009-05-17 00:33 | 映画