瞳の奥の秘密

b0041912_184420.jpg 本国アルゼンチンで大ヒットを記録し、去年のアカデミー賞外国語映画賞を受賞した「瞳の奥の秘密」。サスペンスと大人の恋を交差させながら、政情不安定だった当時のアルゼンチンの司法の歪みを告発するエンターテイメントで、評判通り、見応えのある作品でした。

 刑事裁判所を定年退職したベンハミン(リカルド・ダリン)は、25年前に担当した殺人事件について回想的な小説を書くべく、かつての職場に当時の上司イレーネ(ソレダ・ビジャミル)を訪ねます。
 その残酷な事件は、米国で法学博士の学位を取ったキャリア組のイレーネが、ベンハミンのいる裁判所に配属されたことと重なっていて、25年間ベンハミンの心に忘れ得ぬ記憶を残していたのです。
 ブエノスアイレスで甘い新婚生活を送っていた23歳の美人教師が、自宅でレイプの上に殺害された現場を検証したベンハミンは、被害者の夫リカルドの協力のもと、顔見知りの犯行と断定。犯人を割り出しますが逮捕に至らず、事件はいったん捜査打ち切りに。
 一年後、リカルドが一人で妻殺しの犯人探しをしている姿に胸を打たれたベンハミンは、上司のイレーネに頼み込んで捜査を再開し、ついに犯人逮捕にこぎつけます。
 軍事政権下ながら、既に死刑制度が廃止となっていた当時のアルゼンチンで、犯人は終身刑に服す筈でしたが、軍事警察の思惑は別にあり、実際にはベンハミン達の予想もしない現実が待っていました。
 ベンハミンが思いを寄せるイレーネは唐突に同僚との婚約を発表、事件の捜査の結果、ギャングから命を狙われる身となったベンハミンは遠い地方裁判所へ転勤に。以来、定年退職を迎えた今まで、二人は別々の人生を歩んでいたのですが。。

 リカルドの亡き妻への深い愛情と強い喪失感に触発されたベンハミンの事件へのこだわりが、そのままイレーネへの秘めた想いに重なる点が、この作品の大きな要となっています。
 25年経た後、事件についての小説を書くことで、自分の心に正面から向き合い、決着をつけようとするベンハミン。
 その小説を書くのに使うのが、かつての職場にあったAの文字が打てない古いタイプライターというのが、ラストに素晴らしい意味をもたらします。その辺、細部まで本当にうまい演出です。
 加えて、「瞳の奥の秘密」というタイトルが素晴らしい。主要人物それぞれの瞳が、実に雄弁におのおのの思いを語っていて、これだけ厚みのある話をこの題に集約させているのは見事と思います。

 ベンハミンの捜査を手伝うアル中の部下パブロが「時とともに全て変わる。何もかも変わるけど、ただ1つ変わらないものがある。それは情熱だ!」と酔っぱらう度に叫ぶのが、さすがラテンのお国柄という感じ。日本人の感覚からすると、情熱こそ時と共にフェイドアウトし易いような気がするのに。
 一方、職場でのキャリア組とノンキャリアの差に怯んでか、今一歩イレーネとの恋に踏み出せないベンハミンの非常に抑制した情念は、ラテン系とは思えない慎重さです。フランスにも意外にこういう男性がいるから、簡単に”ラテン系”とか”草食系”なんてくくれないのかも知れません。
 この映画も「フェアウェル さらば哀しみのスパイ」も、80年代に入っているのに政治状況に翻弄される主人公を描いているため、このすぐ後にバブル景気に突入した日本に照らし合わせると何とも複雑な思いがします。 
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by cheznono | 2010-09-17 01:14 | 映画