君を思って海を行く
2011年 01月 23日秀逸な邦題にには脱帽しますが、原題はWelcome。フランス社会の本音と建前を皮肉ったタイトルで、実際にフィリップ・リオレ監督は、当時の移民担当大臣に対して怒りをぶつけ、フランス政府の難民対応の改善を提案しています。
かつては水泳のオリンピック選手として地元カレの花形だったシモン(ヴァンサン・ランドン)ですが、今は市民プールの水泳コーチをしていて、妻マリオン(オードレイ・ダナ)とは別居中。既に恋人のいるマリオンからは、離婚を請求されています。
ある日、偶然出会ったクルド難民の若者ビラル(フィラ・エヴェルディ)に頼まれ、クロールの指導をすることに。
17歳のビラルは、恋人ミナのいるロンドンを目指して、遥かイラクから歩いてカレまでやって来たものの、イギリスへの密航に失敗。もはや目の前のドーバー海峡を泳いで渡るしかないと思い詰めていました。それに、英国へ渡れば、いつかはビラルの憧れのサッカーチームに入団できるかも知れないのです。
初めは、冬の英仏海峡を10時間もかけて泳ぎ切ることは不可能だと反対するシモンですが、ビラルの一途で真摯な思いに心動かされます。
難民支援のNPO活動をしている妻マリオンの気を惹きたい気持ちもあって、次第にビラルに手を貸すシモン。ついにビラルとその仲間を自宅に泊めてしまいますが、それは法律違反として取り締まりの対象になる危険な行為でした。
そんな折り、ロンドンのミナが、両親の意向で親族との結婚を強制されそうだと、ビラルに電話で訴えます。もはや、時間がない。何が何でもドーバー海峡を渡らねばと、大決心をするビラルでしたが。。
人生の目的を見失いかけていたシモンが、一途なビラルの純粋さとエネルギーに触発されて、生きる意欲と希望を取り戻してゆく姿を、カレの難民達の窮状とビラルの情熱を交えて描いている過程がとても自然で、全く押し付けがましくありません。
難民や不法入国者の辛い実状、地元住民の不安、強制結婚など、欧州の抱える現実が無理なく盛り込まれ、過酷な運命とその先に見えるわずかな希望を静かに捉える視点が暖かいです。
フランスはもともと難民の受け入れに比較的寛容だったのに、現サルコジ大統領が内務大臣に就任後から、移民政策の強化を進めて来ました。治安を心配する地元の住民からは、そうした政府の対応を歓迎する声が少なくないのが現実です。
ドーバー海峡の対岸にあたるノルマンディ地方カレには、大規模な難民キャンプがあって、金融危機まではバブル景気に沸いていた英国への密航を図る人々が後を絶たないという状況でしたが、英国政府からの要請もあり、フランスは2009年に難民キャンプの解体・撤去を実行。
その結果、EUから、難民の人権を尊重するようにとのお叱りを受けています。
町にたくさんいる難民に、たいして関心のなかったシモンが、逮捕の危険を冒してまで援助するようになって行く変化に、自分が同じ立場だったらいったいどうするだろう?と多くのフランス人が考えたことでしょう。