黄色い星の子供たち

b0041912_2355217.jpg 観なくてはと思いつつ、重いテーマについひるんでいた「黄色い星の子供たち」をやっと観て来ました。年末に公開予定の「サラの鍵」に共通するフランスによるユダヤ教徒迫害や同時に行われたジプシーの収容所送りを扱った作品がフランスではここ数年次々に公開されています。
 歴史的な暴挙を反省をこめて客観視するのは、加害者側であるフランス国民にとってイタいことに違いありませんが、事実から目を背けずにこうした映画を公開し、ヒットさせる土壌には感心させられます。
 もっともフランス政府がユダヤ人一斉検挙の事実を認めたのは、戦後50年も経ってからでしたが。

 1942年、ナチスドイツに占領されヴィシー政権下のフランスで、ヒットラーがフランス政府に対して国内のユダヤ人の引き渡しを要求。フランス側は、国民感情や国際社会の反応を慮って躊躇しますが、フランス警察のトップは、交渉を有利に運ぶべく、ドイツ側にユダヤ人検挙の際の交換条件を提示するのでした。

 その頃、ユダヤ系ポーランド移民のヴァイスマン家は、モンマルトルの丘の小さなアパルトマンで、つましくも楽しい日々を送っていました。黄色い星を胸につけなくてはいけないユダヤ人はパリでも差別の対象となっていましたが、成績優秀なヴァイスマン家の少年ジョーは、親友シモンとその弟ノノと遊ぶのが日課で、優しい父(ガド・エルマレ)と美しい母(ラファエル・アゴゲ)、二人の姉に囲まれ、幸せな日常でした。  
 そんな中、フランス政府によるユダヤ人検挙の噂が流れ、不穏な空気に疑心暗鬼となったジョーの姉が、家族で逃げようと強く主張しますが、「ここはフランス、政府がユダヤ人をナチスドイツに引き渡すわけがないよ」と両親に受け流されます。
 当時パリには、ナチスを恐れたユダヤ人がドイツを初めロシア、オーストリア、ポーランドなどから大勢移り住んでいました。彼らは、既に多民族国家で、自由と人権の国フランスならユダヤ教徒を守ってくれると信じていたのです。

 しかし、7月16日の未明、パリ警察がいっせいにユダヤ人検挙を開始します。対象はパリ在住の24000人の移民系ユダヤ教徒全員。国民感情を気にしたフランス政府は、生粋のフランス人ユダヤ教徒を避けて、外国籍のユダヤ人をナチスに差し出すことに決め、住民名簿を頼りに寝込みを襲って、子供を含めたユダヤ教徒を13000人を検挙、その半分を冬季競輪場に閉じ込めます。
 ジョーの一家も全員競輪場に送られ、食料も水も不足する中、劣悪な環境で5日間を過ごすことに。赤十字から派遣されたフランス人新米看護士のアネット(メラニー・ロラン)は、競輪場の惨状に息を飲みますが、黙々と同胞の診察をするユダヤ人医師(ジャン・レノ)の姿に心撃たれ、5日後に彼らが移送されたロワレ県の収容所にもついて行く決心をします。
 しかし、そこでアネットが目にしたものは、更に過酷な状況でした。しかも、やがて大人たちはアウシュビッツ行きの列車に乗せられることに。。

 涙なしには観れない作品で、「サラの鍵」よりも強い衝撃を受けました。生き残ったジョゼフ・ヴァイスマンの経験談と目撃者の証言を元にして、入念に作られた映画のため、主要な登場人物は全て実在したそうです。
 それにしても、人間はなんと愚かで残酷なことができることか。収容所の子供たちと対照的な環境で、愛情を注がれ何不自由なく暮らすヒットラー周辺の女性や子供たちの映像が挟まれるのも、不条理を際立たせています。 
 一斉検挙の対象となった24000人のうち、1万人余りはパリ市民によってかくまれたり、警官に見逃されたりして、検挙を免れたことがせめてもの救いです。
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by cheznono | 2011-09-03 00:08 | 映画