善き人

b0041912_0435236.jpg ひっそりとスバル座で公開されている「善き人」。どうしようかなって迷いましたが、観に行って正解でした。
 ナチス政権下で翻弄される人間の姿をフランス側から描いた「黄色い星の子供たち」や「サラの鍵」に対して、当時のドイツに暮らす普通の人びとがどのように行動したかを知る格好の作品、現代にも通じる普遍性があります。
 あの名作「善き人のためのソナタ」とはまた違った角度で、危険な独裁政権下に身を置いた人間の心理と行動を考えさせられました。
 原作は英国の劇作家C・P・テイラーの戯曲で、世界的に知られた舞台劇とか。監督は新鋭ヴィセンテ・アモリン。BBC製作で英語版なのも嬉しいです。

 1937年のベルリン。文学部の教授で小説も書くジョン・ハルダー(ヴィゴ・モーテンセン)ですが、家では家事をしないピアニストの妻に代わって、幼い子供たちの面倒を見る善きパパ、同居する老母の介護もしなければいけません。
 ある日、総統官邸に呼び出されたハルダーは、ヒトラーが《人道的な死》をテーマにした彼の小説を気に入ったので、ナチスのために論文を書いてほしいと依頼され、とまどいます。
 それまで、ナチス政権を覚めた眼で見ていたハルダーでしたが、これがきっかけでナチスに取り込まれて行きます。しかし、ハルダーにはユダヤ人精神科医のモーリス(ジェイソン・アイザックス)という親友かつ戦友がいたのです。
 大学では教え子のアン(ジョディ・ウィテッカー)が積極的にハルダーに近づき、家事と介護に追われる家庭生活に疲れていたハルダーの心の隙間に入り込んで来ます。

 今やすっかりナチスのお気に入りとなってしまったハルダーは、幹部から入党を迫られて困惑します。迷いながらも勢いに流されてナチス党員となったハルダーは、大学でもいっきに学部長に昇進。裏切られた思いのモーリスに非難されても、時代の趨勢だからと気弱に言い訳するだけでした。
 私生活でも、アンの情熱に押され、妻子と別れてアンと同棲を始めるハルダー。一方、ナチスがユダヤ人への迫害を強化させたことに身の危険を感じたモーリスは、パリへの亡命を模索して、ハルダーにパリ行きの切符を買って来てほしいと頼みますが、ハルダーには外国行き切符の購入に必要な出国許可証がありません。
 モーリスと共に第一次大戦を戦ったハルダーは、ドイツのために従軍したユダヤ人は安全だと親友の不安を打ち消すのでした。

 しかし、フランス駐在のドイツ人書記官がユダヤ人によって暗殺される事件が発生。これに憤慨したナチスがユダヤ人一斉検挙を始めた夜、モーリスの身を案じたハルダーは何とかパリ行きの切符を手に入れるのですが。。

 ナチス政権下で、身を挺してユダヤ人を助けた人のドラマは多いけれど、この作品は、ヒトラーに抵抗を感じながら時代に流され、意に反して取り返しのつかない呵責を背負うことになった一介の善人を描いている点がポイント。
 善き友、善き家庭人だったインテリのハルダー、小説家でもある彼の洞察力にはしかし限界があり、人間の弱さも充分に持ち合わせていたわけで、その彼の優しさと良心をあてにしていた妻子も老母も親友も、それぞれが予期せぬ形で裏切られます。
 
 ヒトラー独裁体制下だったゆえにことは悲劇性を高めますが、自分も含めて恐らく多くの一般人が、こうした状況において無意識のうちに似たような選択してしまうのでは、と思うと深く考えさせられます。
 「君しか頼れる人がいない」とプライドを捨ててハルダーに懇願するモーリスの涙が、映画館を出た後も脳裏から離れませんでした。
公式サイト:http://yokihito-movie.com/
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by cheznono | 2012-01-16 00:48 | 映画