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ル・アーブルの靴みがき

ル・アーブルの靴みがき_b0041912_0135749.jpg 静かにロングラン中の「ル・アーブルの靴磨き」。レビューが大幅に遅れてしまったので、ジョージ・クルーニーの「ファミリーツリー」について書こうかなと迷いましたが、「ファミリーツリー」はDVDで充分という気もするので、やっぱり「ル・アーブル」の方を選んでみました。

 アキ・カウリスマキ監督によるノルマンディ地方らしい下町人情劇と詩情あふれる美しい映像を使って、静かに政府の移民政策を批判している佳作です。

 若い頃はボヘミアン的作家だったマルセル(アンドレ・ウィレム)ですが、今は港町ル・アーブルで靴磨きをしながら、北欧出身の妻アルレッティ(カティ・オウティネンと)と愛犬ライカと共に、つましくも穏やかな日々を送っています。
 ある日、アフリカから密航して来た少年イドリッサに遭遇。不法移民を厳しく取り締る政府の意向で、躍起になって少年を追う警察の手からイドリッサを守るべく、マルセルの生活は一変します。

 そんな折り、妻アルレッティが不治の病で入院。医師から余命宣告を受けたアルレッティは、夫には事実を隠すよう願うのでした。

 イドリッサの母親がロンドンにいることを知ったマルセルは、密かに彼をロンドンに送り出そうと資金集めに奔走します。それまでお金にシブいマルセルを煙たがっていた近所の人達も、少年の苦境を知るや驚くべき連帯感を発揮して、マルセルの努力に支援を惜しみません。
 しかし、人好きのしない敏腕刑事(ジャン=ピエール・ダルッサン)が、マルセルたちの動きを察してさぐりに現れ、追っ手が迫っていることを匂わせます。

 ほぼ同じテーマを扱って大ヒットした「君を想って海をゆく」のリアリズムに対して、「ル・アーブル」は下町の人情ドラマをファンタスティックに料理した作品ですが、それでも現実にこういうことが起こり得るかもと思わせる力が秘められています。

 何より、ノルマンディの港町の片隅で地道に生きる人々の暖かいつながりと1つ1つのシーンが絵画のような美しさが印象的で、観る者の心を捉えます。「キリマンジャロの雪」のような役が多いお馴染みジャン=ピーエル・ダルッサンが、癖のあるやり手刑事を難なく自分のものにしていて、この映画に何とも言えない味を添えているのも魅力的。

 自身もハンガリー移民の父とイタリア人妻を持ちながら、極右政党をしのぐほどの強弁な移民政策を取って来たサルコジ大統領が去り、移民問題に穏やかなオランド大統領に変わった今、イドリッサのような難民の置かれた苦境が少しでも改善されることを祈らずにはいられませんが、時は欧州危機の真っただ中。失業率が高止まりするフランスで、移民に対する国民感情もこれまで以上に複雑なものがあるのは否めないかも知れません。

 ちなみにマルセルの愛犬ライカは去年のカンヌでパルム・ドッグ審査員特別賞を受賞。パルムドッグ賞そのものは「アーティスト」のあの芸達者ジャックラッセル:アギーが受賞。アギーはアカデミー賞の金の首輪賞も受賞しているから、ダブル受賞ですね。
by cheznono | 2012-06-11 00:24 | 映画