最愛の大地

b0041912_1656226.jpg 非常に気の重くなる映画ですが、だからと言って目をそらしてはいけない事実をリアルに描くことに挑戦したアンジェリーナ・ジョリーに敬意を表します。 
 民族紛争下の女性に対する性暴力廃絶を訴えたかったというアンジー。私にはむしろ加害者側にいて、戦犯を自覚しているセルビア軍将校ダニエルがたどる愛の結末に、戦争のどうしようもない不毛さ、過酷さ、虚しさが集約されている作品に映りました。
 
 1992年のボスニア・ヘルツェゴビナ。多民族国家だった旧ユーゴスラビアが、チトー亡き後分解の道を辿り、クロアチアとイスラム系ボスニアがそれぞれ独立を主張したことから、イスラム支配を危惧したセルビア軍との紛争が勃発。
 まだ出会って間もないセルビア系の警官ダニエル(ゴラン・コスティック)とイスラム系のアイラ(ザーナ・マリアノビッチ)がデートを楽しんでいたディスコにも砲撃があり、二人はそのまま離れ離れに。
 数ヶ月後、アイラと姉が暮らす団地にセルビア兵が押し入り、壮年の男性は皆射殺され、若い女性達は強制連行されてしまいます。
 捕虜として収容された兵士宿舎で、女性達は家政婦代わりに使われ、夜は兵士の相手をさせられることに。
 そこでアイラは、将校となっていたダニエルと再会、ダニエルはアイラを「所有物」とすることで、他の兵士の魔の手から救います。
 惹かれ合ってはいたもののまだ互いをよく知らなかった二人は、皮肉にも将校と捕虜という敵同士になってから、初めて恋人関係になるのでした。

 ダニエルはこれまで隣人として同じ土地に暮らして来たイスラム系民族を殺戮することに逡巡しますが、セルビア軍の将軍である父親は筋金入りのムスリム嫌いで、息子の疑問を一顧だにしません。 
 アイラの存在もあって心に葛藤を抱えながら、優秀な将校として軍を統率するダニエル。自分だけではアイラを保護し切れなくなり、アイラに脱走を勧めます。

 いったんは何とか脱走を果たしたアイラ。しかし、ダニエル率いるセルビア軍の残虐さを目の当たりにし、今後はスパイとしてムスリム軍に貢献することを決意します。
 一方、アイラが画家と知ったダニエルは、自分の肖像画を描かせるという名目で彼女を再び兵舎に囲うのですが、同胞達が夜な夜なセルビア兵にレイプされる中、自分だけ将校の庇護のもとにいる罪悪感にアイラの表情は硬く、二人の関係が複雑さを増して行く中、更なる悲劇が起こります。
 
 アンジーは、当時のクリントン大統領を初め、国連やNATOがこの紛争に介入することをさんざん躊躇い、事態が泥沼化するのを防げなかったことを批判していますが、現在シリア内戦への軍事介入の是非に国際社会が割れているように、各国がそれぞれの国益を優先させる中で、人道的理由で他国に軍事介入するかどうかは常に難しい問題です。
 この映画でも、セルビア軍が国際社会の及び腰を見て取って、いっそうの民族浄化政策を進めて行った様子が伺われ、国外からの救済を待ち焦がれていたに違いないムスリム系捕虜女性達の絶望感を想像すると震えを感じずにはいられません。

 一方、この頃バブル景気が弾けたばかりの日本では、稲垣潤一の「クリスマスキャロルの頃には」や平松愛理の「部屋とTシャツと私」がヒットし、尾崎豊が亡くなって。。

 昨日まで親しく行き来していた隣人同士だったのに、紛争が勃発したとたん、過去の歴史の怨念が蘇り、相手に対してどこまでも残酷非道になる姿は、戦争がいかに簡単に人間性の崩壊をもたらすかを物語っていて、恐怖を覚えます。

 惜しむらくはアイラの心理描写が弱いこと。逆に、隣人攻撃に対するダニエルの葛藤や逡巡、そして、愛した女性をがイスラム系だったがために危険を覚悟で必死に守ろうとし、その挙げ句に迎えた結果へのやりきれなさが、この民族紛争の悲惨さを際立たせていて、意表を突くラストシーンもこの先ずっと忘れられそうにありません。
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by cheznono | 2013-09-07 17:25 | 映画