フランス一の美女

b0041912_16445746.jpg セヴィニエ侯爵夫人が溺愛した娘、フランソワーズは当時フランス一美しいと称えられ、グリニャン伯と結婚するまで7回も婚約を繰り返したそうです。ついに23才でハンサムでも若くもないけれど誠実なグリニャン伯爵と結婚。既に二人の前妻を亡くした伯爵にとっては三番目の妻となりました。フランソワーズは、パリで長女を出産すると赤ちゃんをセヴィニエ夫人に託して、ルイ14世からプロヴァンス総司令官に任じられた夫を追って南仏に向かいます。止めるのも聞かず、娘が華やかなパリの生活や自分を捨ててプロヴァンスに下ったことはセヴィニエ夫人を嘆き悲しませました。でもあふれんばかりの母の愛情に対して、娘の反応はとても冷ややかだったようです。
 その後、フランソワーズは何度かパリに戻って長期滞在もしますが、その度に大歓迎した母親には無関心で強い母性愛もうっとうしく感じられ、喧嘩も絶えなかったとか。娘が母親に反発するのは当たり前ってフランス人マダムから聞いたことがありますが、フランソワーズのクールな態度は、陽気でエスプリに富んだセヴィニエ夫人をかなり参らせたようです。面白いことにセヴィニエ夫人は息子のシャルルには友情や兄弟愛に近いものを感じていたらしく、娘に注いだ愛情とは違って気の合う仲間のように接していたみたいです。
  グリニャン伯爵はプロヴァンスの名家出身でしたが、伯爵夫妻は借金を抱え、セヴィニエ夫人は二人のお金問題にも心を砕いていました。セヴィニエ夫人は持ち前の明るさで宮廷などでの出来事を生き生きと描写してはウィットに富んだ手紙を娘に書き綴りますが、フランソワーズの方は冷淡な態度を変えませんでした。
 それでもセヴィニエ夫人は遺言でも息子より娘に有利な内容を書き残しているから、よほど娘のことが心配だったのでしょうね。
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by cheznono | 2005-05-18 17:12 | 不思議の国フランス