バラ色の街

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 カルカッソンヌやベジエでカタリ派が十字軍に迫害された時代、南フランスで大きな権力を持っていたトゥールーズ伯爵。パリから見れば田舎貴族に過ぎない伯爵でしたが、、吟遊詩人に囲まれ、オック語を話し、その繁栄の中心地トゥールーズで独特の宮廷文化を築いていました。南仏の中でも特に訛りが強く、雑然とした田舎の都会というイメージの今のトゥールーズからはその宮廷文化の名残りが伺えないけれど、今でもブルジョワの多い地域です。
 日本のツアーはプロヴァンスからカルカッソンヌを訪問して、そのままボルドーに向かうことが多く、トゥールーズは産業都市として敬遠されがち。でも、欧米人の観光客にはとても人気があって、ガロンヌ河のピンク色の粘土から作られた赤レンガ造りの町並みが夕陽に映えて美しいためバラ色の街と呼ばれ、活気のある大学町、かつエアバスの生産地です。バラ色とは言っても赤レンガ色の旧市街はどうみても赤い街に見えるのですが、赤いというと共産党のシンボルのように聞こえるからやっぱりバラ色と呼ばなくちゃ、なのだとか。リヨンやボルドーなどの石造りの都会から来ると、この街の赤い家並みが陽光を浴びている風景にほっとさせられます。
 ルネッサンスにはブルーのバステル染料の交易で更に発展し、富を得た商人達は高い塔のあるりっぱな屋敷を競って立てました。アセザ館のように今では見応えのある美術館になっている建物もあります。その頃のトゥールーズはスミレの栽培でも知られ、今でもスミレの砂糖漬けや香水がお土産として好評です。
 ピレネー山脈に近いトゥールーズ。フランコ政権時代にはたくさんのスペイン人が逃げ込んで来たこともあって、スペイン系の人も多くスペイン料理や歌も楽しめる街です。
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by cheznono | 2005-05-30 18:16 | 不思議の国フランス