僕を葬る

b0041912_155232.jpg 月に一度集まるニースのシネマクラブの12月の推薦映画のひとつだった「僕を葬る」。今をときめくフランソワ・オゾン監督の最新作は素晴らしい出来栄えだから、是非観るようにと言われた作品です。
 流行を追うモード界でカメラマンとして活躍していた30歳そこそこのロマーンは、突然倒れ、余命3ヶ月であることを知らされます。告知の瞬間から、美青年ロマーンのお気楽な自己中心の生活は一変し、自分の身に起こった事実を受け入れて行くまでの辛い毎日が始まりました。化学療法を拒んだロマーンは、両親にも自分の病気を伏せて、同居していた同性愛の恋人には一方的に別れを告げ、郊外に住む祖母にだけ真実を打ち明けに行きます。その帰り道、カフェで声をかけて来たマダムに不妊についての悩みを打ち明けられたロマーン。俺は子供は苦手だから、というロマーンですが、死を意識した彼の目には、しきりに子供の頃の記憶が浮かんで来るようになって。。
 順調に勝手気ままな人生を送っていたロマーンが、突然目の前に死を突きつけられて、いったいどのように酷い現実と向き合い、どう変わって行ったかというプロセスを、オゾン監督はシンプルに淡々と描いています。今の今まで生き生きとしていた若者が、晴天の霹靂の死の恐怖と対峙しながら、手短に身辺整理をして、こんな風に強く振舞えるものなのだろうか?という疑問が上映中ずっと付きまといましたが、横柄だった青年が今まで気にも留めなかった周囲のことや家族の思いやりに敏感になり、徐々に細やかな感情を見せるように変わって行く様子を演じるメルヴィル・プポーが素晴らしいです。2ヶ月間、魚と温野菜でダイエットしたというプポーが、撮影中、一番難しかったのが、祖母役のジャンヌ・モローの前で泣いたシーンだったとか。
 でも、家族の中で最も心を許したこの祖母との別れも含めて、家族や親しい人との人間関係の希薄さに驚きました。南フランスで馴染んでいるラテン的な家族関係の濃さとは正反対。その意味でやっぱりパリも東京も大都会に共通する個人主義の流れを強く感じる作品です。海辺のラストシーンがお得意のオゾン監督らしい波打ち際のラストは、鑑賞後半年経った今も深く印象に残っています。子供時代に帰って行くようなロマーンを心から送りたくなるような思いがしました。   
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by cheznono | 2006-04-28 17:10 | 映画