藤田嗣治と南仏

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 ベルエポックの終盤に大志を抱いて渡仏し、やがてエコール・ド・パリで頭角を表して、世界に知られる画家となった藤田嗣治の生涯について書かれた、湯本かの子著「藤田嗣治:パリからの恋文」をとても興味深く読みました。野心に燃えた若きパリでの日々、第一次大戦中の貧乏生活、派手な女性関係、フランスでの成功と帰国後に軍からの要請で描きまくった戦争画の数々。それゆえに永久に故国を捨てざろう得なくなった敗戦後など、藤田嗣治の数奇な一生を綿密な資料の分析によって解明している力作です。
 その本の中に、酒と麻薬におぼれて身体がボロボロになったモディリアーニの療養のため、フジタもスーティンらと共に南仏への静養旅行に同行するエピソードが出て来ます。映画「モディリアーニ」でもこの南仏行きが描かれていましたが、なぜかフジタの存在は省かれていましたね。当時、ニースの隣町カーニュ・シュル・メールのはずれに晩年のルノワールがアトリエを構えていて、リューマチに苦しみながらも尚、精力的に創作活動を続けていました。モディリアーニやフジタの一行は、南仏滞在中にカーニュのルノワールを訪ね、藤田嗣治はこの印象派の老画家の存在感に圧倒された模様です。
 ルノワールのアトリエはカーニュの海を見下ろす丘の中腹のオリーブ林の中に立ち、今は美術館として観光客を惹きつけています。カーニュの丘をさらに上ってゆくと、細い石畳の道が連なる城壁に囲まれた鷲ノ巣村オード・カーニュたどり着きます。紅葉の季節は特にしっとりとして趣きのある中世の村オード・カーニュ。その頂上に立つのは、光をうまく取り入れた設計で居心地の良さそうなグリマルディ城。モナコを支配したジェノバの豪族グリマルディ家の宮殿です。このお城の中には、美術館やオリーブ博物館も入っていて、小さいながらなかなかの見ごたえ。そして、城の奥に進むと壁面いっぱいに同じ女性の肖像画が展示されている部屋に突き当たります。
 オカッパ頭のこの肖像画のマダムはスージー・ソリドールで、20世紀中ごろのパリでは有名な女性でした。パリでキャバレー(ナイトクラブ)を経営していたスージー・ソリドールは歌手でもあり、魅力的な容姿と男性的な低い声の持ち主だったそうです。でも、彼女は公然としたレズビアンで、まだ偏見の強かった当時のフランスでは異色の存在でした。絵画のモデルも務めていたスージーは、当代一の著名な画家に次々に自身のポートレートを描いてもらい、そのコレクションは200枚以上になります。カーニュのグリマルディ城に飾られているのはそのうちの40枚。ジャン・コクトーやマン・レイ、マリー・ローランサンなどが描いた肖像画に混じって、藤田嗣治の「スージー・ソリドールの肖像」も展示されています。
 彼女のナイトクラブは第2次大戦中、ドイツの兵士に人気だったため、戦後はナチスへの協力を疑われ、一時追放までされたとか。人生の後半はカーニュに移ってナイトクラブを開き、最後もこの町で荼毘に付されたスージー・ソリドール。彼女もフジタと同様に2度の大戦に翻弄され、数奇な運命をたどった一人と云えるのではないでしょうか。
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by cheznono | 2006-11-12 01:40 | コート・ダジュール散歩