ジョセフィン・ベイカーの城

b0041912_23404227.jpg
 「地上5cmの恋」では、黒人ジャズシンガー、ジョセフィン・ベイカーの歌にのってヒロインが踊り出すシーンが随所に入って、映画をより魅力的に見せていますね。
 1920年代からパリで一世を風靡したジョセフィン・ベイカーについて私が知ったのは、ボルドーの東、ドルドーニュ地方の田園の丘に建つラ・ミランド城を訪ねた時でした。セントルイス出身のジョセフィンは、歌とダンスの卓越した才能がありながら、黒人であるがため差別された故国アメリカよりも、自分を大スターとして高く評価してくれたフランスを愛し、第2次大戦中はフランスのレジスタンス活動に協力します。
 戦後、風光明媚なドルドーニュの人里離れたラ・ミランド城を買い取り、莫大なお金をかけ城を自分の理想に合わせて改修。テニスコートやミニ・ゴルフ場も作り、城の農園には大量の鶏や牛、豚や孔雀を飼ったそうです。
 その頃、フランス人の指揮者ジョー・ブイヨンと5度の目の結婚をしたジョセフィンは、すっかりリフォームした城に養子を迎える計画を進め、1954年に来日して、まず2歳の孤児アキオと養子縁組。それから、北欧に飛んで白人の孤児を、南米に飛んでヒスパニックの子を、アフリカやインドに行ってまた孤児をと、地元フランスの孤児も含め、肌の色や宗教の違うあらゆる人種の子供たちを次々に養子に向かえ、ラ・ミランド城で養育します。《虹の大家族》と名づけた孤児の総勢12人。
  故郷セントルイスで、父親に見捨てられ、母親には虐待とネグレクトを受け、貧しさと人種差別の中で悲惨な幼児期を送ったジョセフィンは、その不幸な生い立ちのためか孤児たちにのめりこみ、贅沢なものを与えて、教育費も惜しげなく使いました。
 政治的活動や社会運動にも貢献したジョセフィンのコンセプトは素晴らしかったのに、パリの大スターだったゆえか、金銭感覚には欠けていたようです。
 夫ジョー・ブイヨンも父性愛が強かったため、初めの数人を養子にした頃は協力的でしたが、妻が世界中からどんどん孤児を集めて来ては湯水のようにお金を使うのに閉口して、パリへ別居。そのまま離婚に至ってしまいます。
 城の改修と12人の孤児たちの養育費、加えて、年間何十万人という訪問客をもてなす費用など、彼女の借金はうなぎ登り。やがて債権者が城に押しかけて来ます。ついに破産したジョセフィンに債権者が城の明け渡しを迫ると、彼女はなりふり構わず猛烈に抵抗。追い詰めらたジョセフィンは、群がる債権者や記者をシャットアウトして、ラ・ミランドに篭城を決め込みます。
 八方塞りのジョセフィンに救いの手を差し伸べたのは、モナコのグレース王妃でした。同じ米国出身で、友人でもあったグレース王妃は、モンテカルロの屋敷に彼女と孤児たちを引き取ります。その頃、アルゼンチンでフレンチ・レストランを始めていた前夫ブイヨンも、孤児の一人を引き取ったようです。
 68歳でパリで最後の公演中に亡くなったジョセフィンは、今もモナコの墓地に眠っています。
 15世紀に建てられたルネッサンス様式のラ・ミランド城は今、お城の多いドルドーニュ地方でも、一番人気を誇る観光名所。フランス革命でかなり破壊されたため、その後19世紀に再建され、現在はジョセフィン・ベイカー記念館をかねています。ステージ衣装を初め数々の記念品や、ジョセフィンがこの城に託した夢が再現されていて、訪れる人はその壮絶な人生をたどることができるでしょう。城の庭では、ふくろうやミミズク、鷹など猛禽類の小屋も楽しめます。
[PR]
by cheznono | 2008-03-30 01:46 | 不思議の国フランス