ああ、結婚生活

b0041912_0424616.jpg えっ、これで終わり?なんてシンプルなストーリーなのと思いましたが、まだ時間がゆっくりと流れていた頃の懐かしいアメリカの雰囲気がたっぷり味わえる映画であることは間違いありません。
 舞台は第二次大戦後間もない1949年。堅物ビジネスマンのハリー(クリス・クーパー)は、もう孫ができて、糟糠の妻パット(パトリシア・クラークソン)とはおしどり夫婦の筈、でした。が、実は若く美しい未亡人ケイ(レイチェル・マクアダムス)にぞっこんで、真剣にパットとの離婚を考え中。
 でも、妻パットには自分しかいないと信じているハリーは離婚を切り出しかねて頭を抱え、一方、パットはハリーの友人と浮気を楽しみつつも、夫は自分なしでは生きて行けないから別れられないと思い込んでいます。
 そこへハリーの親友でプレイボーイのリチャード(ピアース・ブロスナン)が、ハリーの愛人ケイを横取りしたいと思うようになったため、事態はややこしさを増して来ます。妻の浮気もリチャードの思惑もつゆ知らないハリー、妻に離婚の辱めを味わせるくらいなら、いっそ事故死に見せて消してしまおうと筋違いな《思いやり殺人》を計画するのですが。。

 自己中心的な論理と思い込みで妻の殺害を企てるハリーの振る舞いが、滑稽かつサスペンス的で、レトロな映像とよく合っています。しかし、舞台劇ならともかく、当時のリズムに合わせてか、あっさりとした展開なのが悔いたりず、せめてもう一ひねりほしいと、うなってしまいました。とはいえ、それはきっとエピソード盛り沢山、人間関係ぐちゃぐちゃという作品に慣れ過ぎてしまっているからで、結婚生活を皮肉った古き良き時代のアメリカ映画の再現として観れば、かなり楽しめるでしょう。
 リチャードとケイが「他人の不幸の上に幸せを築いても、良心が痛むだけ」というまっとうな価値観を、ここぞという時に持ち出すのには苦笑いです。それは彼らが自分のエゴを通すための切り札に違いなく、もとより本当に相手のためを考えてのセリフではありませんが、その辺が、ピューリタリズムを建前に何かと大国のエゴを押し通そうとして来たアメリカの姿と重なって見えてしまうのは、私だけでしょうか?    
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by cheznono | 2008-09-28 01:00 | 映画