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危険なプロット

b0041912_0201118.jpg 玉手箱のようにアイデアを出しては個性的な映画製作に挑戦し続けるフランソワ・オゾン監督。フランスでは援助交際を扱った新作「17歳」が話題になったばかりですが、「危険なプロット」も面白い試みの映画でした。原作はスペインの舞台劇らしいですね。

 高校で国語を教えるジェルマン(ファブリス・ルキーニ)は、ギャラリーを主催する妻ジャンヌ(クリスチャン・スコット=トーマス)とDINKS夫婦。
 自宅で宿題の作文を添削中、16歳のクロード(エルンスト・ウンハウワー)が書いた文章に興味を覚えます。それは、クロードがクラスメイトのラファエル宅で見たことを観察力鋭く綴ったものでした。
 小説家志望だったジェルマンは、クロードの文才に感じ入り、放課後に個人指導することに。
 ラファ(ラファエル)が苦手な数学を教えるという名目で、クラスメイト宅に入り浸るクロードは、倦怠感を漂わせる専業主婦の母親(エマニュエル・セニエ)に関心を向け、家庭内のことを詳細に書き綴ります。

 毎回「つづく」で終わるクロードの作文は連続テレビ小説のよう。ラファの母親は息子が親友と慕うクロードの行動に覗き見的な匂いを嗅ぎ取り、自宅から遠ざけようとします。
 想像力で作文を書き続けるよう助言するジェルマンにクロードは、「自分は相手の家の中で実際に観察しないと文章にすることはできない」と訴えます。
 ラファの両親のプライバシーにまで踏み込んだクロードの作文にのめり込むあまり、ジェルマンは教師としての一線を超えてしまうのでした。

 障害で寝たきりの父親と二人暮らしのクロードは、しゃれた一軒家に暮らすクラスメイトのノーマルな家庭に憧れて、ラファとスポーツマンの父親との友達同士のような関係を羨ましくも冷めた目で見つめ、母親には官能的な妄想を抱きます。
 そのラファの母親は、稼ぎは良くとも俗物的な夫に関心は薄く、結婚で諦めた室内装飾家への夢がくすぶる毎日。
 一生徒の指導に深入りする夫が逆に相手に踊らされているとジャルマンに忠告するジャンヌは、情熱を傾けた仕事を失いそうな危機に直面しているばかりか、現実と空想が入り混じるクロードの作文に自身の生活もかき乱されてゆくことに。。
 
 大きな秘密が暴かれるような劇的な展開が待っているわけではないけれど、クロードの観察眼を通して、登場人物の立場の違いやそれぞれの抱える問題が浮き彫りになる過程が実にスリリング。

 とりわけ、ジェルマンの迎える結末に、作家として創作の世界に生きたかった人のカタルシスを見て、オゾン監督の「これが僕に取ってのハッピーエンド」というコメントが理解できたように思えました。
 来年2月に日本公開される「17歳」も待ち遠しいです。
 危険なプロット:公式サイト:http://www.dangerousplot.com/
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by cheznono | 2013-11-18 00:21 | 映画

もうひとりの息子

b0041912_0594842.jpg 重く難しいテーマを可能な限り明るく理想的に料理した感じの映画「もう一人の息子」。根の深い民族対立とアイデンティティーの問題を扱いながら、これだけ希望的な展開に持って行ったロレーヌ・レヴィ監督の手腕はたいしたものです。例え現実は遥かに厳しいものであったとしても。

 テルアビブで幸せな毎日を送っていたフランス系イスラエル人一家。しかし、父(パスカル・エルベ)は国防軍大佐、母(エマニュエル・ドゥヴォス)は医師という恵まれた家庭で育った18歳のヨセフ(ジュール・シトリック)が、兵役検査の結果、両親の子ではあり得ないと判明したことで、一家は多いに揺さぶられます。
 ヨセフの出生時、病院は湾岸戦争の爆撃で混乱していたため、別の赤ちゃんと取り違えられてしまい、しかも相手はイスラエル占領下の自治区に暮らすパレスチナ人一家でした。
 ユダヤ教徒として宗教を強く意識しながら成長したヨセフは、分断された向こう側に暮らすパレスチナ人の子供だったと知って、これまで信じて来たものが全てひっくり返るという衝撃に苦しみます。

 相手のパレスチナ一家も実の息子が自分たちの土地を奪い差別的な生活を強いている敵側でイスラエル人として育てられたことに大きなショックを受け、途方に暮れます。医学部を目指してパリにバカロレア留学させた自慢の次男ヤシン(マハディ・ザハビ)がユダヤ人の子だったとは。

 とても容易には現実を受け入れられない父親同士に対して、母親たちは歩み寄りも早く、互いの息子の写真を見ただけで愛情が自然に湧いて来るほど。さすが生みの親です。

 休暇で戻って来たヤシンは、人種の坩堝のパリの高校で教育を受けただけあって、ヨセフのようなアイデンティティーの喪失の危機を迎えることなく、むしろこの機会を利用して育ての両親に少しでも報いようとする余裕を見せます。このヤシンの明るさや積極性が事の重大さを和らげますが、反対にヤシンの兄は強烈な拒絶反応を示し、阻害された民族の抱えた苦悩と恨みの深さが否が応でも浮き彫りに。。

 葛藤を経てヨセフとヤシンの間に芽生える友情や両家の交流は、まるで家族が2倍に増えたごとく。それぞれが民族間の憎悪を超えて行く人間ドラマは爽やかな余韻を残してくれます。

 それにしても、神から与えられた土地と信じるイスラエル人側の街の繁栄と、対照的な先住のパレスチナ人自治区の暮らしぶりの格差が印象的でした。しかも、パレスチナ人がテルアビブに入るには入手困難な通行証が必要なのに、イスラエル人が分断壁を超えるのは簡単です。
 一方で、パレスチナ自治区の住人たちが強い連帯で結ばれ、自分たちのルーツや文化を大切に継承している姿には感動を覚えました。

 楽観的過ぎるという批判もあったというこの映画ですが、ロレーヌ・レヴィ監督はフランスの人気作家マルク・レヴィ原作の映画「Mes amis mes amours(我が友、我が愛)」(邦訳は「僕のともだち、あるいは、ともだちの僕」)の脚本と監督だったのですね。独創的な家族の物語を明るいタッチで、という点では共通性があるかも知れません。

もうひとりの息子:公式サイト:http://www.moviola.jp/son/
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by cheznono | 2013-11-13 01:02 | 映画

b0041912_184280.jpg  すごく楽しみにしていた映画「ムード・インディゴ」。ミリオンセラーとして知られる原作を書いたボリス・ヴィアンは、作家で詩人で音楽家でとマルチな才能を発揮しながら39歳でこの世を去った、フランスでは伝説的な人物ですが、恥ずかしながら私が知っていたのは、反戦歌「脱走兵”Le déserteur”」のみ。「ムード・インディゴ」の原作「うたかたの日々」が、日本で漫画化(岡崎京子作)されていることも知りませんでした。

 独身貴族というか高等遊民のような生活を送るコラン(ロマン・デュリス)は、 パーティで紹介された美女クロエ(オドレイ・トトウ)と一目で恋に落ち、夢のような日々を過ごします。
 コランの親友シック(ガド・エルマレ)とその恋人、コランのお抱え料理人ニコラ(オマール・シー)とその恋人たちと共にスケート場へ通い、パリの中心でシュールなデートを楽しみ、やがてコランとクロエは結婚へ。
 幸せいっぱいのコランは、お金のないシックも結婚できるようにと財産の3割近くをプレゼント。でも、シックは貰ったお金を心酔する哲学者ジャン=ソール・パルトルの著作蒐集のために使ってしまいます。

 新婚のクロエは、肺に蓮の花が咲くという奇病にかかってしまい、療養することに。胸の治療には多額の費用がかかるため、貯金を使い尽くしたコランは仕事を探します。
 報酬に引かれて非人間的な労働にも従事するコラン。しかし、クロエの病状は良くありません。シックも哲学者に入れ込むあまり、恋人とは結婚するどころか不協和音が生じて。。

 監督はミシェル・ゴンドリー。前半は、思い切りシュールでポエティックで楽しい画面が満載で、まるで魔術のように次々に創造性に満ちた映像が現れて、万華鏡のよう。
 幻想的な映像から、恋に夢中な若い二人の弾けるような高揚感が伝わって来て、観ていて幸せな気分になれます。

 甘い新婚生活からいっきに辛い現実に直面する後半、カラフルだった映像がモノトーンに変わり、愛妻を救うために不条理を受け入れざろう得ないコランと、哲学者信奉ゆえに自滅して行くシックの悲劇が描かれるのですが、いかんせん高速スピードでコミカルに進むあまり、事の重大さが薄められてしまった感が否めません。
 シュールで楽しい凝りに凝った映像にとらわれるあまり、深刻な展開が観る者にたいして響かないのは何とも残念だけど、大恋愛の思い出がコランの胸にそれは深く刻まれたであろうことは、切なくも美しく伝わって来る作品です。
「ムード・インディゴ」も「クロエ」もボリス・ヴィアンの愛したデューク・エリントンの同名曲から。「ルノワール」で好演した今注目の若手、ヴァンサン・ロティエが、ここでは一転してプラグマティックな神父を演じています。
公式サイト:http://moodindigo-movie.com/
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by cheznono | 2013-11-02 01:10 | 映画

b0041912_193646.jpg あまり期待しないで観たのですが、さすがFrance2の制作、なかなかの佳作でした。今もカーニュ・シュル・メールに残るルノワールのアトリエ:レ・コレットのオリーブ林やユーカリの下の陽だまりの中にいるような2時間弱が過ごせます。

 1915年、カーニュ(ニースのほぼ隣町)。リューマチに苦しむルノワール(ミシェル・ブーケ)は20歳年下の妻を亡くしたばかり。かつては絵のモデルも務めた使用人の女性達にかしずかれ、車椅子で体中が痛む毎日でも絵筆を手放しません。
 お気に入りのモデル兼乳母だったガブリエルは亡妻が追払ってしまい、第一次世界大戦に従軍中の二人の息子は、それぞれ負傷したという知らせが。 

 そんな折り、若い娘アンドレ(クリスタ・テレ)が訪ねて来ます。生意気ながら輝く肌を持つデデ(アンドレの愛称)が気に入ったルノワールは、彼女のヌードを描くことで、また生き生きと精力的に絵画制作にいそしむようになります。
 そこへ、足を負傷した次男のジャン(ヴァンサン・ロティエ)が療養のために帰還。挑発的なデデに刺激され、たちまち恋に落ちるのですが。。

 清濁合わせのみ、芸術の高い極みに達した画家とナイーブなジャンに対して、世の中を斜に見ているデデとまだ14歳の三男ココ(少年と自転車のトマ・ドレ)。デデとココの目に映るルノワールの性格も対照的です。
 
13歳で陶器の絵付け職人に弟子入りしたルノワールが晩年になっても「自分は絵の職人であって、芸術家ではない」と繰り返すのに対して、若さにまかせた自信で「私はアーティスト」と言い切る女優志願のデデ。
 偉大な画家は、彼女をモデルに晩年の傑作「欲女たち」を完成させます。
 一方、戦争の悲惨さに心身ともに傷ついたジャンは、夢も野心もない21歳。陽光降り注ぐ平和なコレットの庭でデデのヌードに魅了され、計算高さも感じさせる彼女に映画製作を勧められたことが、人生の方向を決めるきっかけとなり、後年ヌーヴェルヴァーグに大きな影響を与えた映画監督となります。デデと結婚して彼女の希望通り自分の作品の主演女優に起用しますが、やがて離婚へ。
 
 ルノワールの元には生涯に渡って若くて美しいモデルたちが出入りしたため、父子が同時に惹き付けられた女性はデデの前にもガブリエルを含めて何人か存在したようですね。

 実際の人生には辛いことや暗い面が多過ぎるのだから、せめて絵の中には美しく幸せな世界を表現したいという画家のポリシーが、地中海のエデンの園と言われるコレットの緑薫る風景に呼応して、映像の美しさはこの上ない作品です。
 なぜか映画館はレディースデイでもがら空きでしたけど。
公式サイト:http://renoir-movie.net/
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by cheznono | 2013-10-23 01:11 | 映画

大統領の料理人

b0041912_22394613.jpg 観てからだいぶ経ってしまいましたが、舌鼓を打つ映画として鳴り物入りで公開されている「大統領の料理人」、エスプリの利いた会話にエリゼ宮と南極という両極端な舞台の対比が興味深い作品です 。

 今から20年前、突如ミッテラン大統領のプライベートシェフに抜擢された実在の女性がモデル。マッチョで上下関係にうるさいエリゼ宮の厨房で初めての女性シェフとして奮闘した2年間と、その後(実際には10年後)ニュージーランドでトリュフを栽培するための資金を稼ぐために南極調査隊の料理人として活躍する様子が交互に描かれます。

 ペリゴール地方で地産地消のレストランを経営しながら郷土料理を教えていたオルスタンス・ラボリ(カトリーヌ・フロ)は、ある日エリゼ宮に呼ばれ、大統領(ジャン・ドルメッソン:今年88歳!) のプライベートシェフに任命されます。知らぬ間にジョエル・ロブションから推薦されていたのです。

 初日から始まった保守的な官邸シェフ達との打々発止。同僚たちの好奇と嫉妬を持ち前の機知とバイタリティでかわしながら、オルスタンスは料理のセンスで大統領の舌を魅了します。
 シンプルで家庭的な料理を期待する大統領の思いを知り、さらに張り切って美味しい料理を生み出すオルスタンスですが、やがて、昼も夜もエリゼ宮中心の生活に疲れて行き。。。

 地元であろうがエリゼ宮であろうが、南極であろうが、食材に魔法をかけたように美味しい料理を作り出すオルスタンスをカトリーヌ・フロが生き生きと演じていて、観ていて気持ちが良いです。
 子供の頃にレシピ本を暗記したほど食通の大統領と、食材の生かし方を知り尽くしているオルスタンスとの知的な会話のやり取りにもうならされます。

 新鮮なトリュフを求めて地元ペリゴール(ボルドーのそば)とパリを往復するオルスタンスが、公費の無駄遣いでは?と批判されるシーンには、たいした切符代でもないのにと一瞬首を傾げましたが、確かに彼女は大統領のプライベートシェフに過ぎないわけで、公的な場ではなく、大統領個人の楽しみや親戚友人との私的なパーティ料理のために多額の税金が使われるのは、納税者であるフランス国民にとって面白い筈がありません。

 もっとも、ミッテラン大統領は一時スイスにいた愛人を訪ねるため、大統領機を使いガードマンを引き連れて通ったけれど、当時のマスコミは何も言わなかったとか。大統領の私生活は見ざる聴かざる言わざるが不文律だったフランス、為政者の税金の使い方にも意外に寛容な点は、革命前からあまり変わっていないのかも。
 ちなみに大統領の私生活にはノータッチの不文律は、前サルコジ大統領が自ら破ってマスコミを賑わせたので、フランスも英米並みに政治家の私的スキャンダル報道に揺れる国になるのかと大いに話題となりました。
公式サイト: http://daitouryo-chef.gaga.ne.jp/
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by cheznono | 2013-10-14 22:41 | 映画

黒いスーツを着た男

b0041912_23124942.jpg  全く別の世界に住む3人の男女の人生が深夜の交通事故をきっかけに複雑に交錯して行く、という構成を心理サスペンス風に描いたカトリーヌ・コンシニ監督の新作「黒いスーツを着た男」。
 この映画を《本格クライム・サスペンス!》と呼ぶにはかなり無理があると思いますが、人間の弱さとフランスの社会問題を絡めて心理劇風にアレンジした手法は興味深く、最後まで画面に引きつけられました。

 勤務先の自動車ディーラー会社社長令嬢と結婚式を控えたアラン(ラファエル・ペルソナ)は、独身を葬るバチェラーパーティでしこたま酔った帰り、深夜のパリで人身事故を起こします。
 しかし、親友でもある同僚二人に促され、そのまま車で逃走。それをたまたま、医学生のジュリエット(クロチルド・エム)が目撃していました。

 翌日、はねられた歩行者が気になったジュリエットが病院を見舞うと、生死をさまよう被害者の妻ヴェラ(アルタ・ドブロシ)が途方に暮れていて、ジュリエットは同情を禁じ得ません。何せ、被害者夫妻はモルドヴァからの不法移民で、滞在許可証を持ってないのです。
 ちなみにモルドヴァは、ルーマニアとウクライナに挟まれた小さい国で、旧ソ連の一つ。ルーマニアを凌ぐ貧しい国と言われます。

 同僚二人に証拠隠滅をして貰ったものの良心の呵責に苛まれたアル(アラン)は、匿名で被害者の病院を突き止めます。病室に忍び込み、昏睡状態の被害者に「絶対死ぬなよ。生きてくれよ!」と囁くアル。
 病院でアルを見かけたジュリエットは、彼こそひき逃げ犯と確信しますが、後悔のあまりか人目も気にせず嗚咽するアルを見て、通報を躊躇ってしまいます。
 ジュリエットは直接アルに接近し、ヴェラの経済的窮状を訴えるのですが。。

 この映画を好きになれるかどうかは、事故の目撃者ジュリエットの行動を理解できるか否かによるかも知れません。
「被害者も加害者も救おうなんて、一種の思い上がり、正気の沙汰ではない」という恋人やルームメイトの反応にひるみながらも深みにはまって行くジュリエット。彼女の行動を観客に納得させるには、アル役に相当のイケメンを持って来ないと、ということで選ばれたのがアラン・ドロン似と言われるラファエル・ペルソナで、確かにはまり役と言えるかも。
 貧しい母子家庭で育ち、修理工から営業トップに出世し、社長の不正取引にも手を貸して、ついに手にした後継者候補の椅子。それを裏付ける令嬢との婚礼も目の前なのに。。何とか事故から逃げ切りたい反面、拭いようのない後ろめたさに自滅の一歩手前まで追いつめられるという難役アルを体当たりで演じています。

 一方、被害者夫妻は、不法就労がばれると故国へ強制送還されるリスクがあるため、警察を頼ることもできません。重傷の夫が亡くなると、何とかその死をお金に換えようとするヴェラ。
 不法労働者は給料から社会保障費を天引きされても、その恩恵にあずかることが難しい現実。この上、夫の臓器を無償で提供させようなんて、フランスは冷たい、何もしてくれないと憤るヴェラに、フランス人の目は冷ややかです。
 不満があるならどうぞ祖国にお帰りを、故郷の生活よりマシだからパリにしがみつくのでしょう?という本音が見え隠れするフランス側。欧州危機の只中で、より顕在化している社会のひずみが弱い立場を直撃するわけですが、ヴェラも夫を無駄死にさせるわけには行きません。

 心打れたのはパリのモルドヴァ人社会の連帯感。つましい暮らしの中、互いに助け合いながら、異国での理不尽な出来事に今できる精一杯の対応をしようとする仲間の存在は、ヴェラのこれからに希望を感じさせてくれます。

 事故の加害者、目撃者、被害者の三人が三様に泥沼にはまる経過には好き嫌いが分かれそうですが、独特の魅力を放つ作品です。 
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by cheznono | 2013-09-18 23:14 | 映画

クロワッサンで朝食を

b0041912_117279.jpg 意外にロングランした「クロワッサンで朝食を」。ついに終わってしまいそうなので、慌ててのレビューです。夢見る前向きコメディ「タイピスト!」は楽しい映画だけど、「クロワッサンで、、」は地味ながら心に残る佳作。パリのお一人さま異邦人には身に滲みる作品かも知れません。
 驚いたのは観客の年齢層。深刻な老老介護を扱った「アムール」なんて目じゃないくらいシニア世代が多かったのは、やはりジャンヌ・モローの圧倒的な威力のお陰でしょうか?

 雪景色のエストニアで、長い間介護して来た認知症の母親を見送ったばかりのアンヌ(ライネ・マギ)。既に子供達も自立しているため、雪に閉ざされた田舎町で一人、喪失感を抱えて途方に暮れていると、かつての職場の上司からパリに暮らす老婦人のヘルパーという仕事を紹介されます。
 若い頃、フランス語の勉強をしたアンヌですが、まだパリに行ったことがありません。
 心機一転、パリに渡ったアンヌを待っていたのは、16区のしゃれたアパルトマンに暮らす同郷の老婦人フリーダ(ジャンヌ・モロー)でした。エストニア出身という過去には触れたがらないフリーダは、まるで伯爵夫人のような態度でアンヌの一挙一動にケチをつけます。
 それでも、アンヌの雇い主ステファン(パトリック・ピノー)の説得で二人は徐々に歩み寄り、立場は違ってもアンヌはフリーダの孤独や老い行く焦燥感を理解できるようになるのですが。。

 故郷エストニアを愛し、エストニア人の誇りを大切にしているアンヌと、退路を断ってフランスに同化し、生粋のパリジェンヌ以上にフランス人らしく振る舞うフリーダ。二人とも憧れのパリで暮らしてはいるものの、結局はここが自分の究極の居場所かどうかわからない。

 30年近く前、今は亡き夫の経営していた店に雇われた移民の青年ステファンを愛人にして、カフェのオーナーとして独立させたフリーダ。母子ほど年の開いたステファンとの関係はとうに終わったものの、ステファンは施設に行きたがらないフリーダの面倒を見ていて、フリーダにとっては彼の存在が唯一の歓びです。
 しかし、ステファンは大恩あるとはいえ自己中心的なフリーダに振り回されることに食傷気味。それを見て取ったアンヌが、まだつたないフランス語で鋭い言葉を発します。「フリーダが亡くなるのを待ってるのでしょう?いいのよ、私も母が死ぬのを待ってたんだから」

 辛辣な言葉を放ってステファンやアンヌの反応を楽しみながら、自分の存在の影響力を計ろうとするフリーダには、50を過ぎたとはいえ、まだ人生半ば真っ只中の二人を羨む気持ちが見え隠れして、痛ましいような。その辺りのフリーダの複雑な感情もジャンヌ・モローにかかるとすごいリアリティで伝わって来ます。

 終盤、例えステファンがアンヌと関係を持ったとしても、やはりアンヌを受け入れ、このまま自分のそばにいてほしい、という覚悟の見えるフリーダに、紆余曲折を乗り越えて来た老マダムの貫禄を見て、思わずにんまりしてしまいました。
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by cheznono | 2013-09-13 01:20 | 映画

最愛の大地

b0041912_1656226.jpg 非常に気の重くなる映画ですが、だからと言って目をそらしてはいけない事実をリアルに描くことに挑戦したアンジェリーナ・ジョリーに敬意を表します。 
 民族紛争下の女性に対する性暴力廃絶を訴えたかったというアンジー。私にはむしろ加害者側にいて、戦犯を自覚しているセルビア軍将校ダニエルがたどる愛の結末に、戦争のどうしようもない不毛さ、過酷さ、虚しさが集約されている作品に映りました。
 
 1992年のボスニア・ヘルツェゴビナ。多民族国家だった旧ユーゴスラビアが、チトー亡き後分解の道を辿り、クロアチアとイスラム系ボスニアがそれぞれ独立を主張したことから、イスラム支配を危惧したセルビア軍との紛争が勃発。
 まだ出会って間もないセルビア系の警官ダニエル(ゴラン・コスティック)とイスラム系のアイラ(ザーナ・マリアノビッチ)がデートを楽しんでいたディスコにも砲撃があり、二人はそのまま離れ離れに。
 数ヶ月後、アイラと姉が暮らす団地にセルビア兵が押し入り、壮年の男性は皆射殺され、若い女性達は強制連行されてしまいます。
 捕虜として収容された兵士宿舎で、女性達は家政婦代わりに使われ、夜は兵士の相手をさせられることに。
 そこでアイラは、将校となっていたダニエルと再会、ダニエルはアイラを「所有物」とすることで、他の兵士の魔の手から救います。
 惹かれ合ってはいたもののまだ互いをよく知らなかった二人は、皮肉にも将校と捕虜という敵同士になってから、初めて恋人関係になるのでした。

 ダニエルはこれまで隣人として同じ土地に暮らして来たイスラム系民族を殺戮することに逡巡しますが、セルビア軍の将軍である父親は筋金入りのムスリム嫌いで、息子の疑問を一顧だにしません。 
 アイラの存在もあって心に葛藤を抱えながら、優秀な将校として軍を統率するダニエル。自分だけではアイラを保護し切れなくなり、アイラに脱走を勧めます。

 いったんは何とか脱走を果たしたアイラ。しかし、ダニエル率いるセルビア軍の残虐さを目の当たりにし、今後はスパイとしてムスリム軍に貢献することを決意します。
 一方、アイラが画家と知ったダニエルは、自分の肖像画を描かせるという名目で彼女を再び兵舎に囲うのですが、同胞達が夜な夜なセルビア兵にレイプされる中、自分だけ将校の庇護のもとにいる罪悪感にアイラの表情は硬く、二人の関係が複雑さを増して行く中、更なる悲劇が起こります。
 
 アンジーは、当時のクリントン大統領を初め、国連やNATOがこの紛争に介入することをさんざん躊躇い、事態が泥沼化するのを防げなかったことを批判していますが、現在シリア内戦への軍事介入の是非に国際社会が割れているように、各国がそれぞれの国益を優先させる中で、人道的理由で他国に軍事介入するかどうかは常に難しい問題です。
 この映画でも、セルビア軍が国際社会の及び腰を見て取って、いっそうの民族浄化政策を進めて行った様子が伺われ、国外からの救済を待ち焦がれていたに違いないムスリム系捕虜女性達の絶望感を想像すると震えを感じずにはいられません。

 一方、この頃バブル景気が弾けたばかりの日本では、稲垣潤一の「クリスマスキャロルの頃には」や平松愛理の「部屋とTシャツと私」がヒットし、尾崎豊が亡くなって。。

 昨日まで親しく行き来していた隣人同士だったのに、紛争が勃発したとたん、過去の歴史の怨念が蘇り、相手に対してどこまでも残酷非道になる姿は、戦争がいかに簡単に人間性の崩壊をもたらすかを物語っていて、恐怖を覚えます。

 惜しむらくはアイラの心理描写が弱いこと。逆に、隣人攻撃に対するダニエルの葛藤や逡巡、そして、愛した女性をがイスラム系だったがために危険を覚悟で必死に守ろうとし、その挙げ句に迎えた結果へのやりきれなさが、この民族紛争の悲惨さを際立たせていて、意表を突くラストシーンもこの先ずっと忘れられそうにありません。
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by cheznono | 2013-09-07 17:25 | 映画

タイピスト!

b0041912_0371584.jpg 久々のロマン・デュリス登場のフランス映画は「マイ・フェア・レディ」を彷彿とさせる軽いノリのコメディ。「タイピスト!」は映画館で涼むにもってこいの作品で、実際有楽町のシネマは公開から連日盛況みたいです。

 1958年、ノルマンディの小さい村で育った21歳のローズ・パンフィル(デボラ・フランソワ)は、父が決めた結婚を回避すべく、少し大きい町で保険代理店の秘書募集を営むルイ(ロマン・デュリス)の秘書募集に応募、なんとか採用されます。
 が、試用期間中に使い物にならないことが判明。いったんはローズを追い払うルイですが、彼女のタイプの早撃ちの才能に目をつけて、一流のタイピストに育てることに。タイプ早打ち大会での優勝を目指すべく、ローズを大特訓します。

 タイピストとして成功することが、唯一自分の道を切り開く手段と判断したローズは、ルイの指導のもと、めきめき腕をめきめき腕を上げ、地方大会に優勝。二人でパリに上京して、みごとフランス大会を制覇、いよいよ世界大会に挑むローズですが、密かに思いを寄せるルイとの間に不協和音が生じて。。

 タイピストの早打ち大会は、まるで人気スポーツの競技会で、周囲の応援や熱気も半端ではありません。女性の職業が限られていた時代、タイピングはだいじな才能だったと聞いたことがありますが、早打ち大会優勝者がまるでスター並みの扱いを受けたなんて!

 競技種目がタイピングということを除けば、お決まりのシンデレラストーリーに近いけど、誰かの手助けをすることを信条にしつつもルイが屈折している理由が、戦時中レジスタンスに加わり辛い体験をしたことに起因することや、ルイが親しくしている元アメリカ兵士のボブとルイの元恋人マリー(ベレニス・ベジョ)夫妻との絡みが、スパイスとして効いています。
 オードリー・ヘプバーンを意識した髪型や、大会ごとにローズがまとう勝負服の数々も必見です。 

 奇しくもこの時代は、クロード・フランソワが歌手として活躍し始めた頃で、クロクロを演じたジェレミー・レニエとローズ役のデボラ・フランソワは、2005年のカンヌ国際映画祭パルムドールを獲得した「ある子供」で未熟なカップルを演じた主役の二人。それぞれがはまり役のヒット作が、たまたま続けて日本公開となったのも楽しい偶然ですね。
タイピスト公式サイト:http://typist.gaga.ne.jp/
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by cheznono | 2013-09-02 00:48 | 映画

最後のマイウェイ

b0041912_016832.jpg 死後30年以上経っても人気の衰えないフランスの伝説的歌手クロード・フランソワ。絶頂期に39歳でバスルームで謎の感電死を遂げたこともあって、今もフランスのTVでは繰り返しクロード・フランソワについてのドキュメンタリー番組が放映されています。

 これだけフランスでは愛された歌手なのに、なぜ日本では知られていないのか不思議でしたが、フレンチポップス花盛りの60年〜70年代、日本には主に女性歌手しか紹介されなかったのですね。

 これは、クロード・フランソワを全く知らない人や、「マイ・ウェイ」に興味のない人にもお勧めの、実に見応えのある、シネマの醍醐味が思い切り味わえる作品です。

 1939年、スエズ運河事業に関わる父親エメ・フランソワ(マルク・バルベ)とイタリア系の母親との間に生まれたクロード(ジェレミー・レニエ)は、エジプトで何不自由なく育ちます。
 しかし17歳の頃、ナセル大統領によるスエズ運河国有化に伴い、父親が失職。一家は政情不安になったエジプトを追われ、モナコに上陸します。
 豊かな生活から一変して、食べる物にも困るほど生活に窮した家族を支えるため、クロードはモナコやニースのクラブでドラマーとして働き始めます。
 そして、21歳で英国出身のダンサーと結婚。
 その頃、知り合ったブリジット・バルドーらに勧められ、パリに上京、歌手への道を模索します。
一方で、エジプトを追われて以来、失意のままの父親は、自分の期待を裏切ってポップミュージックの世界に入った息子を拒否し、死の床に着いてもクロードのことを許しませんでした。
 父親にバイオリンの上達をほめられるのを励みにしていた子供時代の思い出を胸に、クロードは生涯、父への片思いを引きずることに。
 しかも、ダンサーの妻はジルベール・ベコーの元に走ってしまいます。

 続けて身近な人を失ったクロードですが、「ベル!ベル!ベル!」が大ヒットして、一躍スターダムへ。敏腕マネージャー(ブノワ・マジメル)と組んだクロクロは、類いまれな音楽の才能に加えて、エネルギッシュでダイナミックなショーを披露、マスコミからは派手過ぎで軽薄などと酷評されますが、次々に新しい手法に挑戦しては観客を魅了します。

 25歳の時にまだ17歳のフランス・ギャル(ジョゼフィーヌ・ジャピ)と出会い、互いに夢中になったものの、3年後に破局。その経験をもとに書いた「Comme d'habitude(いつものように)」をたまたまフランスにいたポール・アンカが気に入り、後に全く別の詞をつけてフランク・シナトラに提供。それが世界的に大ヒットした「マイ・ウェイ」でした。
 クロードは自分の歌がシナトラによって歌われたことをすごく誇りに思い、亡き父親へのトラウマを克服するきっかけに。

 出版社を立ち上げ、自分のレコード会社を作ったりモデル事務所を経営したりとビジネスの才能も開花させたクロクロ。浮き沈みはあったものの16年間の歌手生活で500曲もの歌(オリジナルは約7割)を残し、英国を初め、国際的な歌手への道も開かれたかのようでしたが。。

 クロード・フランソワを直接知らない世代にも彼のヒット曲は人気があり、去年の3月に公開されたこの映画も大ヒット。「エディット・ピアフ」の時と同様、本人を実際に知る人々からは、事実と異なるとか、本当のクロードはもっとエゴイストでお金への執着も半端ではなかったなどの声が囁かれたものの、かなりの好評価でした。昨年の春に観た私ももう一度観るつもりでいます。

 何と言ってもジェレミー・レニエのなり切り方がすごい。ベルギー出身でダルデンヌ兄弟の「ある子供」や「少年と自転車」で無責任な父親役を好演したあのジェレミー・レニエがダンスや歌を猛特訓して臨んだクロクロ役は、まさに本人と瓜二つ。ここまでなり切ってしまうとクロクロとしてのイメージが強くなり過ぎて、次の役が来づらくなるのではと心配になるくらいです。

「最後のマイウェイ」公開を機会に、日本でもついにクロード・フランソワのベストアルバムが発売されたので、興味のある方は是非どうぞ。
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by cheznono | 2013-08-03 00:19 | 映画