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原発ラプソディー

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 先日、ニコラ・サルコジ大統領が中国訪問のついでに3時間だけ来日しましたね。滞在わずか3時間でフランス大使公邸で首都圏在住のフランス人達と集う会を開き、菅首相と会談し、原子力安全に対する国際基準を設ける宣言をして去って行ったのですから、なかなかのパフォーマンス。
 対して、菅さんが地震・津波以来、3週間も経ってから被災地入りしたというニュースを、フランスの公営放送が呆れた調子で流していました。首相同様、支持率が20%余りにまで落ちているサルコですが、フランス国内で何か起こると即現場に飛んで行くフットワークの軽さが売りの大統領なので、中国のついでとはいえ、外国として日本へのお見舞い訪問一番乗りを印象づけたかったのかも知れません。でも、日本に寄るか寄らないかでは結構揺れた模様です。
 理由はもちろん放射線でしょう。福島第一原発の水素爆発後、フランス大使館の対応は素早く、福島近県を初め関東周辺に住むフランス人に、直ちに西に移動するか、一時帰国を奨励。すぐにエールフランスの特別便を手配し、帰国したい人へは700ユーロで切符を提供。(特別サービス料金というから往復700ユーロかと思ったら、しっかり片道料金、因みに日本に戻る便も同じ料金で提供。)エアフラは一日2本あるパリ-東京定期便に加えて、原発疎開特別便を数日間に渡って飛ばした挙げ句、ひとまず京都辺りまで逃げたフランス人を拾うため関空にも迎えに行ったりして、全面的に帰国をサポートしました。
 この間、フランスの報道は叫び出さんばかりの大騒ぎで、日本政府と東電は事故を過小評価している、原発から250kmの距離なんてすぐに放射線に包まれる、首都圏の日本人が普段通りに仕事をこなしているのは宿命を諦観しているからか?と言われる始末。
 エコロジストの日本女性による「政府は私たちを欺いている。これまでさんざん原発は安全だと繰り返して来たのにこの結果なのだから、事故後の放射線の影響も本当のことを言ってないと思う」といった発言も大きく取り上げられました。
 今東京にいる私に来た電話やメールも緊迫感にあふれるものばかり。「親も連れて早くニースに戻って来るように」はもちろんのこと、「まさかまだ東京にいないよね?」「絶対に外出しちゃ行けないよ。窓を閉めて、換気扇も開けないように」「こんな状態をどうやって耐え、東京の人はいったいどのように生活しているの?」etc。
  気の小さい私はまるで悲鳴のようなメールやフランスメディアの報道に動揺して、留まるべきか疎開すべきか、逡巡する羽目に。報道規制、隠蔽工作、TV に出ているのは御用学者、などなどの噂は絶えないし、半径30km以内の避難にも手こずって、方針がコロコロ変わる政府が、都民1200万を避難民にしたら、全くお手上げ状態、大パニックになってしまうから、もしてかして重要な事実を黙っているのかも?そう思うと疑いは際限なく膨らむばかり。
 私が持っているニース行きの切符はルフトハンザのもの。予約変更してすぐに渡仏するほど切羽詰まっているとはとても思えないうちに、ルフトハンザは成田を避けて中部空港と関空に疎開してしまい、アリタリアやスイス航空も次々に成田を敬遠して、関空へ避難したのには本当にびっくりでした。いくらチェルノブイリで懲りているとは言え、千葉の放射線量は東京よりも低いのに。
 
放射線の影響
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/03/20110321t73060.htm

東大病院チーム
http://tnakagawa.exblog.jp/

 あれだけ騒いだ欧州でしたが、さすがに過剰反応だったと気づいたのか、煽るようなメディアのトーンも落ち着いたし、いったん東京から疎開したフランス人たちも戻って来て、既に仕事を再開、今週からフランス人学校(lycee franco-japonais)も授業を始めるし、ルフトハンザも成田に戻っています。
 フランス大使館が日本在住フランス人向けに配信しているメールによると、日本政府は予測能力に欠ける向きがあるにせよ、発表している情報は信頼できるとのこと。
 原発事故から早くも3週間余り。残念ながら好転の兆しはいっこうに見えませんが、IAEAを初め、アメリカ、フランスと世界的な知恵と技術が投入され始めたので、これからの進展を切に期待したいです。
 
中部大学:武田邦彦先生のサイト
http://takedanet.com/

技術者として20年間原発で働かれた平井憲夫さんの記録
http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html 
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by cheznono | 2011-04-04 01:27 | いつもの暮らし

テロとストの脅威

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  先週アメリカ、イギリスに続いて、日本の外務省もフランス、ドイツへの渡航警戒を出しましたね。フランス当局は「信頼できる情報として、重大なテロの危険性を示す深刻な兆候があると、当地における差し迫ったテロの脅威につき言及。なので、フランス滞在者や旅行者は、テロ事件や不測の事態に巻き込まれることのないよう、百貨店を含む大勢の人の集まる施設や地下鉄駅やその他交通機関を利用する際には十分警戒し、周囲の状況に注意を払うなど安全確保に十分注意を払うように」とのこと。
 《差し迫ったテロの脅威》とは、なんて恐ろしい。しかし、こういう警報を出されても、いったいどう注意したら良いのでしょう?不振な荷物が置いてあったら、避ける、程度のことはわかるけど。。
 時は文化と芸術の秋。パリはもちろんのこと、フランス中あちこちで展覧会や見本市が開かれるシーズンです。ギャルリー・ラファイエットは今週末からバーゲンですが、デパートに近寄るのは危険らしいし、美術館も心配。第一、バス,メトロ、トラム、鉄道と、日常生活の中で交通機関を利用しないわけにはいかないのに、どう注意するべきか?
 しかも、12日の火曜日からフランスは全国で期間未定のゼネストに突入予定。このストには、サルコジ大統領が進めている年金改革に対する国民の反対を支援するためのシンボリックな意味があり、生活や通勤に支障をきたすにもかかわらず、フランス人の6割以上がこのストを支持しています。
 折りも折り、私は木曜にパリ行きを決めていて、今回は何が何でもパリに行って来たいけど、果たして無事にたどり着けるものかどうか。国鉄や地下鉄が大規模ストを打つ最中の移動は初めてなので心配です。一応フランスの法律では、スト中も最低限の電車は動かさなければいけないことになっていて、自分の予約したTGVがキャンセルになっても、他の電車に乗って良いそうです。
 だいたい3本に1本くらいのTGVは動く筈。ただし、当日いったい何本のTGVが動いてくれるかは前日の夕方にならないとわからないため、ネットや駅で運行状況を確認しなくてはいけません。
 前回のストの最中にモンペリエからニースに帰ろうとしたニースの友達は、乗り換えのマルセイユで5時間待ちを強いられたため、帰宅まで13時間もかかったとか。先週もこれは故障でナント-パリ間のTGVが22時間もかかっているから、それに比べれれば所要13時間はまだマシとも言えますが。
 まあ、電車も地下鉄もストップすれば,少なくともその期間はテロの可能性が低くなるがせめてもの幸いですが、郵便局もガス電力会社もストに参加する以上、かなりの混乱が予想されます。 
 12日前後にフランス旅行を計画している方は、テロ情報に加え、スト情報にも是非ご留意を。
 写真はサンジャン・カップフェラ。
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by cheznono | 2010-10-10 23:10 | いつもの暮らし

b0041912_23371089.jpg ロベルト・アラーニャは、シラク前大統領の時のパリ祭でフランス国歌ラ・マルセイエーズを歌い上げたことで国民にその存在を大きく印象づけ、とかく下に見られがちだった「イタリア移民の子」としてではなくまぎれもない「フランス人」として認められたと言われます。その後2008年には、大統領から授かる騎士勲章のレジョン・ドヌール、シュバリエ(5等級目)を授章。
 その人気の秘密は、彼の気さくで飾らない性格とイタリア的な陽気さにありそうです。「僕はロマンティストなんだよ。女性を誘惑するのも好きだし」といたずらっぽく笑うアラーニャは、女性の外見より声と視線に弱いとか。
 頭をリフレッシュするために料理も大好きで、オリジナル料理を創作するのが得意という一面も。

 そして、アラーニャの強みはイタリア系らしく、オペラやコンサート活動が全てファミリービジネスで成り立っているところでしょう。
 オペラの作曲や構成を引き受けている10歳年下の弟ダビッドを初め、家族や親戚がアラーニャの音楽活動に関わっていて、互いに信頼しながら仕事をしているから、今の自分があると語るアラーニャ。とりわけ家族の絆が強いシシリア系ということに加え、そもそも芸術の才能に恵まれた一家らしく、石工のお父さんは、パリのヴォージュ広場やエリゼ宮の修復にも大きく貢献したそうです。
b0041912_23382611.jpg しかし、アラーニャの成功は家族で勝ち取ったものとはいえ、ロベルト自身の私生活は波乱続きでした。最初の奥さんとは死別し、残された一人娘も夭逝。
 何度も共演した二人目の妻でソプラノ歌手のアンジェラ・ゲオルギューからは、すれ違い生活を理由に12年の結婚生活の清算を要求されるし、2006年暮れのミラノスカラ座のアイーダ公演では、客席から口笛でやじられたために怒って退場。スカラ座でやじられた有名歌手は少なくないけれど、公演途中での舞台放棄は前代未聞だったため、大きなスキャンダルとなり、以来、アラーニャはスカラ座へ出入り禁止となってしまいます。
   
 半世紀足らずの人生で成功も地獄も味わい、人一倍の苦楽を経験して来た今、アラーニャはそれでも常にポジティブ。辛いことがあっても人前ではいつも陽気で人当たり良く、「僕の役目は、僕の歌を聴いた人が、日頃のうさや悩みをその間だけでも忘れることだよ」と語る穏やかな表情が印象的です。
 ロベルト・アラーニャは、これからますますその甘くかつ力強い声で、幅広い音楽の分野で私たちに元気を与えてくれることでしょう。
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by cheznono | 2010-04-21 23:20 | いつもの暮らし

b0041912_055978.jpg 今フランスでTVにラジオに引っ張りだこのオペラ歌手ロベルト・アラーニャが、ニースに来る!と聞いて、私もコンサートに!と思ったのもつかの間、チケットも取れず、日程も許さずで仕方なく「シシリアン」のCDを買って帰って来ました。
 名前を聞いたことがある程度だった私がロベルト・アラーニャに注目するようになったのは、東京のアラーニャ大ファンのお友達のお陰です。
 2年前の5月、アラーニャのコンサートに行きたい!という熱い想いで、勇気を振り絞ってフランス一人旅を決行した友達とパリで待ち合せ、映画にもなったモンテーニュ通りのシャンゼリぜ劇場に送って行った時、アラーニャの人気ぶりを肌で感じ、興味を持つようになりました。

 貧しいシシリア移民の子としてパリ郊外で生まれたアラーニャは、子供の頃は両親が借りたガレージに家族で暮らし、並々ならぬ音楽の才能がありながら、母親の期待に応えるべく会計士の資格を取得。
 でも、歌への情熱覚めやらず、パリのバーやキャバレーで約 70曲にも上るポップスを歌い始めたアラーニャは、その素晴らしい声でたちまち店の人気者になり、あっという間に一族の稼ぎ手に。
 オペラの作曲や演出をしているアラーニャの弟によると、「ロベルトはハンサムでカリスマがあって、昔から家族のヒーローだった」ということですが、そういう彼の方が典型的なラテン系のイケメンで、役者になったら受けそうです。

 1988年、アラーニャはパバロッティ国際コンクールで優勝したのをきっかけにオペラ歌手としてデビューし、テノール歌手として活躍しますが、音楽学校に通う機会のないまま、自己流でオペラを歌ったため、「アラーニャをオペラ歌手とは認めないね」と批判するフランス人も少なくありませんでした。アラーニャ自身も「いつも自分よりみんなの方が優れていると思っていた。オペラの世界ではまるで宇宙人のように見なされたし」と語っています。
 やがてアラーニャは、個人レッスンを受けたり自助努力を積んだ末に発声方法が大きく改善され、今やパパラッティを継ぐ世界的なテノール歌手として注目される存在に。

 一昨年、アラーニャは両親の出身地であるシシリア島の民謡を集めたCD「シシリアン」を発表。お父さんに最高の親孝行と喜ばれたという「シシリアン」はこの種のアルバムとしては記録的な大ヒットを飾り、コンサートツアーも大好評を博しています。
「シシリアン」は殆どの曲をシシリア方言で歌っているにもかかわらず、南仏ニームのコンサートでは観客が一緒に歌い出したというからすごい浸透ぶりですね。
 
 でもなぜ今、フランスでアラーニャがここまで注目されるのでしょう? つづく
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by cheznono | 2010-04-17 00:50 | いつもの暮らし

借家人同士の摩擦

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  12月中、何者かに不法占拠されていたため、めちゃ汚れていたアパルトマン。壊れた家具を片付け、ごしごし床を拭き、大掃除を済まして、やっと荷物を運び入れ、食料品を買いそろえた頃、ある朝気がつくと誰かがお勝手のドアに鍵を差し込んだまま、ドアも少し開けっ放しになっています。
 というのは、12月から下のアパルトマンの浴室にあるボイラーが壊れていたため、大家さんの提案で、そこの住人3人(フランス人男性二人とチェコ人の女学生)が私のアパルトマンのシャワーを利用していました。12月中は公式に空室だったこのアパルトマン、実際には何者かが不法入居していたのですが、おかまいなく下の3人の若者が鍵をかけずにいたアパルトマンのシャワーを使っていました。
 が、私が戻って来て入居した以上、当然アパルトマンに鍵をかけなくてはいけないので、シャワーを拝借に来る3人にも台所の鍵が渡され、彼らはそれを使って順番に私のシャワーを浴びに来ることに。彼らのシャワーの後は浴室の床がびしょぬれだし、浴槽の縁には所狭しとシャンプーやら入浴剤やらシェイバーとかが並んでいて結構邪魔だし、私はあまり気分がよくありません。
 そんな折り、彼らの一人が台所のドアに鍵を差して、ドアも開けっ放しのままで外出してしまったのです。自分のアパルトマンが開けっ放しにされていた私は怒り心頭。貴重品は鍵のかかる寝室に入れてあるとはいうものの、アパルトマンのおかってドアに鍵をさしたまま半開きでほおっておかれたら、誰が入って来るかわからないじゃないの。
 夕方になって、やっとチェコ人の女の子が鍵を取りにやって来て、私の姿を見てびっくり。「すみません、人が住んでないと思ってたので」それはないでしょう、何のために鍵を渡されているの?危ないじゃないの。大家さんから聞いているでしょう。と怒る私におののいたのか、彼女は黙って階下に戻って行きました。
 そして、翌朝。私が台所で遅い朝食の用意をしていると、横のドアが開いてくだんの彼女が入って来ました。昨日は昨日、今日は今日なのでボンジュールと挨拶したのに、それを無視した彼女、沈黙のまま私の脇をすり抜けてバスルームへ。長々とシャワーを使った後、浴室からのそっと出て来たと思ったら、ありがとうもオーヴォアールも言わないで、黙々と台所のドアに鍵をかけて行ってしまいました。
 住人の私がいるのに黙って勝手にシャワー浴びて、無言のまま帰ってった、と大家さんに不満をぶつけると「あなたに昨日鍵のことを注意されたのが気に入らなかったんじゃない?若い人はしょうがないのよ」はあ、人のうちにシャワーを借りに来る以上、やっぱりそこの住人に挨拶は必要では?ニース大学では哲学を専攻しているらしいけど、哲学の前に学んでほしいことがあるような。
 不機嫌な私の様子に、大家さんは日曜大工のお店に部品を買いに走り、その日にうちに自力で階下のボイラーを修復。「これでもう彼らがあなたを煩わしたりしないから」とお勝手の鍵も返してくれたので、一安心しました。大家さんによると、そもそも階下のシャワーが壊れたのも彼らの使い方が悪かったせいで、おまけにチェコ人の彼女は月末になってもまだ家賃を払っていないのだとか。
 そうこうしているうちに、今度は上のログキャビンに住んでいるハンガリー人が警察に誤認逮捕されるという騒ぎが勃発。全く、何が起こるかわからないニース暮らしです。
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by cheznono | 2010-01-27 21:39 | いつもの暮らし

フランス通販の楽しみ方

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 フランスの通信販売はというと、La Redouteや3Swissesなどの国民的カタログ通販会社は発達していたものの、オンラインショップの進出は遅めでした。それがネットの普及、特にADSLやWIFIの大普及で、今やインターネットで物品販売をするフランス人は15%近いとも言われる急成長ぶり。当然、ネットでお買い物する人も急増していて、毎年恒例のクリスマスショッピングをネットで済ませる人や、不況の影響かプレゼント用にオークションで中古品を求めるフランス人も増えているようです。
 日本人にとっても、フランスのショップサイトでのお買い物がとても身近になったのは嬉しいですね。しかし、フランス通販は、フランス領内、またはEU圏内でないと発送しない会社やお店が多いのと、アジアまで発送してくれても送料が高めというネックがあるため、アメリカに比べたら個人輸入の敷居が高いかも知れません。

 フランスの会社の設定する海外発送の送料が高めなのは、郵便でなくて国際宅急便を使う会社が多いためで、わずかな物を注文するのに送料が30ユーロ以上かかるケースもしばしば。円高だからフランスから直接買ったら安そう、という気持ちで見積もりを取ると、送料が商品合計と大差なくてびっくり、二の足を踏んでしまう人も少なくないでしょう。
 以前は郵便局から発送していた会社が次々に宅配便利用に乗り換えたり、日本宛のようなEU圏外への発送を停止してしまう会社も増えたりしているのは残念です。これは郵便での発送の途中、フランス国内で紛失や盗難、未着になる事故が続いたせいで、それに懲りた通販会社が保証のしっかりしているFedex等の宅急便に発送方法を変更した結果、利用者が高い送料を負担させられることになってしまった、と考えられます。
 因みにフランスの郵便物の紛失が増えたのは、実質的な民営化を前に段階的なリストラや組織改正を行った合理化の副作用、と言われ、国民の6割が政府の民営化路線に反対しています。民営化されたら、小さな村の郵便局の存続が危ぶまれるのも日本と同じ図式ですね。

 フランスから商品を輸入する場合、内税で20%近くかけられている付加価値税分を15%前後引いてくれるお店も少なくありません。これは旅行者がパリの有名店である程度のお買い物すると、デタックスしてくれるのと同じです。それでも、単価が50ユーロ前後の品だと送料が割高になりかねないので、思い切って商品単価の大きいものを注文する方が、個人輸入のメリットを感じられると思います。ただ、輸入する物によって100ユーロを超える品には日本の通関時に関税がかかる可能性があるので、ご用心を。
 
 数ある通販会社の中で、私のお勧めは例えばアマゾンコム・フランス。ここは送料も手頃で、2つ目の商品からはわずかな送料加算で済むし、対応もしっかりしています。現在日本まで発送してくれるのは、本とCDやDVDのみ。ゲームやおもちゃなどはアジア向け輸出対象外です。アマゾンフランスの送料は、それでも米国や英国のアマゾンコムに比べると高いから、欧州で人気のある歌手のCDやヒットした映画作品だったら、まずアマゾンコムUKで探してみるのも良いかも知れません。
 
 じっくり画像を吟味して注文した物が、海外から届くのは、独特のわくわく感があると思います。でも、どの国から商品を取り寄せるにせよ、個人輸入には注文後の品切れや商品違い、破損、未着などのトラブルが起こりがちなのも否めません。通販先進国でも日本とは商習慣が違うし、例え相手が経験豊富な大手通信販売会社だったとしても、日本国内の通販とはかなり勝手が違うので、その点を踏まえた上で、時間や気持ち、そして予算に余裕を持って臨むのが、海外通販を楽しむコツではないでしょうか?
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by cheznono | 2009-11-29 01:10 | いつもの暮らし

個人輸入の楽しみ

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  話題のミネラルファンデーションに興味を持って、アメリカの化粧品メーカーにサンプルを注文したのが10月初旬。以来、まだかまだかと郵便箱を覗いていたのに、未だに届きません。春に米国の別の会社に注文した品が発送の案内メールが届いた後、3週間も届かなかった時に問い合せたら「大雪で街が麻痺していたから郵便物も遅れている、辛抱強く待って」と返事が来て、それから1週間くらいで無事に商品が到着しました。
 なので、今回は忍の一字で待つこと5週間余り。ショップサイトの注文履歴のページでは既に発送済みとなっているのに、いっこうに届かないのはなぜ?ついにしびれを切らせて聞いてみると「それは恐らくどこかでなくなってしまったに違いありません。もう一度,注文品を送ります」と、すぐに返事が来ました。送料込みで10ドルちょっとのサンプルに過ぎないけど、米国を出る前に消えてしまったみたいです。
 驚いたのは、担当者の説明によると、サンプルが発送されたのは私が発注してからなんと3週間後とのこと。「それでも、未だに着かないのはおかしいので再送するわ」と言われましたが、アメリカの会社にしてはかなりのんびりした対応に苦笑い。今度こそ、無事にサンプルが到着してくれないと困ります。でももう待ちくたびれて、自分の中で盛り上がっていたミネラルファンデーションへの情熱は、限りなく下火になってしまいました。
 
 海外に個人輸入を注文すると、毎回ひやひやさせられることが多いけど、アメリカの通販は海外発送の送料も手頃な会社が多く、特に今のようなドル安期は気軽にオーダーできるのが嬉しいですね。
 米国は何せ国がだだ広いせいで、通信販売の歴史が長く、利用者も圧倒的に多いため、やっぱり対応がこなれているし、海外発送も厭わないお店が多いのも助かります。

 イギリスも海外発送をしてくれる会社が多いし、発送も郵便が主流で、たまに船便でもOKという会社があるのが魅力です。しかも、昨夏は240円台だったポンドが今は150円前後。英国の誇るボーンチャイナやインテリア用品を注文するには良いチャンスかも知れません。
 写真はヴェニスのショーウィンドウ。イタリアの人によると、郵便での発送は無くなる率が高いので、日本宛の商品の発送は必ず国際宅急便を使っているとか。何だか、フランスもその後を追っているような。。
次回は問題のフランスからの通販について、です。
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by cheznono | 2009-11-23 01:00 | いつもの暮らし

納棺の儀

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 先週の日曜日、4時からの伯父の納棺の儀のために日野の斎場に集まった私たち。4時半になってもなぜか葬儀屋さんも喪主である伯母と一人息子も現れない。当初は6時からと言われた納棺が4時に変更になったと言われたのに、どうしたのかしら?
 皆に連絡の面倒を見てくれた叔母が葬儀事務所に確認したところ、いつの間にか5時に変更になったとのこと。ほどなく到着した喪主の母子は私たち親族を見て、「あれ?5時半に変わった筈だけど」と言うではないですか。
 親族だけの家族葬とはいえ斎場に60万、告別式のお坊さんに20万、その他20万余りで、葬儀費100万円以上と聞くのに、コロコロ時間が変わって連絡もないとは、ここはフランスか!?と思うようなアバウトさ。皆んな携帯持っているのにね。  

 しばらくして、やっと到着した葬儀屋さんの指導の元に、納棺式はまず浄めのお酒で軽く乾杯してから始まりました。そして、まるで眠っているかのような安らかな表情の伯父に、我ら親族によって、西方浄土への旅支度として両手に手っ甲をはめ、足には脚絆をつけた後、経帷子をかけて、足下にわらじを立てかけます。
 ポリエステルの白装束で包まれた伯父は、たちまち巡礼のお遍路さん姿になり、三途の川の渡し賃となる六文銭のコピーを入れた頭陀袋と呼ばれる白いポシェットを首からかけられて、棺に納められ、頭には編み笠を置かれ、その上から故人が生前に愛用していた服装をふわりとかけた上で棺は蓋をされ、祭壇の前に安置されました。
 納棺師を兼ねた葬儀屋さんの説明を聞きながら、伯父に最後の衣装をつける儀式は、おごそかで神秘的とも言える雰囲気で、家族親族の共同作業で伯父の旅支度を整える作業に感慨を覚えたくらいです。
 一方で、日頃神仏に関心を示さなかった伯父が、巡礼の白装束を施され、足袋をつけて、わらじや編み笠まで用意され、棺に納められるのを不思議な思いで見ている自分がいました。

 人が亡くなって7日目に渡るという三途の川がそもそも有料化されたのはいつの時代からでしょう?室町時代あたりという噂があるけれど、渡り賃とされる六文銭が800年も全く物価スライドしていないのは、冥界には俗世のインフレが影響しないから?魔除けの三角布を頭にはつけずに編み笠に包んで入れていたけれど、編み笠の中に隠してしまったら果たして魔除けの役目を果たすものかしら?
 などとしょうもないことを考えていたら、父に「自分の時には六文銭のコピー紙を入れた化繊のポチェットを首から下げたり、幽霊がつけているような三角布を入れた編み笠を頭上に置かれたりするのは、絶対にごめんだ。クラシックでも流して静かに見送ってほしい」と言われました。

 翌日の告別式は、台風の影響で明け方から暴風雨。東京付近のJRはほぼ全線で遅れ、何とか滑り込みセーフで日野の斎場へ到着。叩き付ける雨に「兄貴は最後までついてなかった」と嘆く父を慰めながら、小さな火葬場でお骨を拾い、精進落しのお寿司屋へ。用意された海鮮弁当はため息が出るほど豪華で美味だったので、健啖家だった伯父が食べられなくて本当に残念です。
 声も食べる楽しみも奪われたまま入院生活を静かに耐え、就寝中に粗相をしてはいけないと医者に止められても2時間ごとに目覚ましをかけてはトイレに行っていた伯父さん、これまで病気をしたことがなかっただけに、それは辛い闘病生活だったと思いますが、みごとな最期でした。今までどうもありがとう。伯父さんの思い出はこれからもずっと私たちと一緒です。
 写真は鷲ノ巣村の壁墓地。 
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by cheznono | 2009-11-01 01:13 | いつもの暮らし

伯父を送る

 80を超えていたとはいえ、いつも健康そうで、顔の色つやも良く、二人の弟達よりも長生きするに違いないと言われていた伯父が、突然病魔に襲われて半年余り。先週末、他界してしまい、納棺の儀と告別式のため、日野まで二往復して来ました。
 年に一度くらいしか会う機会がなかったけれど、私たちには常に穏やかで優しかった伯父を送るのは、とても悲しい経験でした。祖父母がもうけた5人の子のうち、残るは父と叔父だけ、とにかく二人には97歳で逝った祖母を超えるくらい長生きしてほしいものです。
 伯父が喉に違和感を覚えたのは今年の2月初旬。行きつけの市民病院での診断は気管支炎でしたが、薬を飲んでも一向に良くならずに痩せて来たので、CTを取ったけれど、異常なしと言われたそうです。
 しかし、喉に魚の骨が刺さったような痛みが続くため、大学病院で組織を取って再検査。その結果、咽喉がんの一種である中咽頭がんと判明したのは3月になってからで、それから、通院で放射線治療が始まりました。
 咽頭がんはフランス、イタリア、ロシアやインド、東南アジアに多い病気で、日本では比較的まれな癌だそうです。発病は圧倒的に男性に多く、長年の酒や喫煙、熱過ぎるお茶などによる喉の刺激が原因ではないかと推測されています。伯父は30年以上前に煙草をやめていますが、お酒は大好きで強い方でした。
 伯父は放射線治療を3ヶ月続けましたが、6月のある朝、喉からコップ一杯もの出血。大学病院にて緊急手術に。でも、担当医は喉の癌を取り切らずに、悪い部分を40%残したため、伯父の状態は極めて不安定なものとなってしまったのです。
 喉の手術後は、話すことも食べることもできなくなってしまった伯父。歩くことはできたけれど、話は筆談で、食事は胃から流動食を流し込むという入院生活を余儀なくされました。
 術後、いったん病状が落ち着くとすぐに大学病院は追い出され、療養系の病院に転院。そこで、復院長先生から、転移はしていないけれど今度喉から大量に出血したら危ないので、覚悟をするように、と言い渡された父と末弟はがっくり肩を落として、この世に神も仏もいないとため息をつくばかりでした。  
 お見舞いに行っても、病室で一人しょんぼりしている伯父を励まそうにも言葉につまる私たちでしたが、伯父は私たちを心配させまいとか、弱音を吐くことも愚痴をこぼすこともなく、病気と闘う前向きの姿勢を見せてくれました。
 病院の庭に出て、花壇をゆっくり散歩したりしていた伯父の容態が急変したのは先週末。危篤の電話で父が駆けつけた時はまだ意識があって、何か言いたそうに筆談を試みたけれど、もう字にはならなかったそうです。7ヶ月余りの闘病の末に、伯父は永眠しました。僕は自然に還ります、という言葉を残して。
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by cheznono | 2009-10-29 13:24 | いつもの暮らし

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 「空港で荷物にご用心で」でフランスの防犯対策担当者がスーツケースや旅行鞄の名前タグも要注意と言っていた旨を書いたら、仕事で世界中を飛び回っているロンドンの友達から、少なくともフタのある荷物タグを使用すべきというアドヴァイスを貰いました。
以下のようなカバー付き名前タグなら、他人が簡単にトランクの住所氏名を見ることができないかも。
http://www.flotoimports.com/LuggageTag.html

 その昔、私が某電話会社に就職した頃は、国際電話用のカードの全盛期でしたが、他人のカード番号を不正使用する輩が続出して、対応に苦慮した時代があります。この場合のカードはNTTのテレフォンカードのような差し込み式ではなく、クレジットカード方式で、オペレーターにカード番号を告げるか、自分でカード番号を入力してから電話をかけるというもの。
 当時、特に米国系の電話カードの番号が不正使用の的になっていましたが、どうやってカード番号が他人に漏れるかというと、持ち主が公衆電話を利用する時、手元にカードを用意して番号を見ながら電話をするため、望遠鏡でカード番号を盗み読むグループがいるらしいという噂がまことしやかに流れたものでした。
 だとしたら、スーツケースの名前札も望遠鏡で盗み読みされる可能性が無きにしもあらず?早速、カバー付きの名前タグを買わなくちゃという気になりますね。とはいえ、日本の住所を書いた名前タグなら欧州で読み取られた所で、旅行中の留守宅が空き巣に合う可能性はまずないでしょうが、詐欺もひったくりも国際化、かつ組織化時代。用心に越したことはないかも。

 成田で他人のトランクを間違えて持って来てしまったイタリア人のような事故を防ぐためには、
http://www.zoombits.co.uk/travel-accessories/luggage-straps/glo-luggage-id-(glo-pink)/13803
のようなカラフルな荷物タグがお勧めだそうです。しかも、これは分解しないと中身の住所が見えないのだとか。

 それにしても、前原大臣の羽田ハブ空港構想には大いに期待しています。以前、アビニョンにいた時に知りあったニーム在住のイギリス紳士は、かつてビジネスマンとしてアジアへの出張の多い生活を送っていたそうですが、「日本には懲りたよ」と言ってました。
 聞けば、東京に出張した時、成田に到着したらいつもの癖で、空港からタクシーに乗って都内のホテルを目指したとか。「しかし、高速を行けども行けども目的地に着かない。やっと丸の内のホテルに着いた時には、メーターの数字に目を剥いてしまった。用意してた日本円では足りないので、慌てて両替に走ったよ。」以来、二度と東京には行かないようにしていると聞いて、苦笑い。
 日本を訪れた外国の友人知人は、口を揃えて空港の遠さと都内への交通費の高さをぼやくから、visit Japanを活気づけるためにも空港の利便性が求められると思うのです。 
 写真はニース・コートダジュール空港。
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by cheznono | 2009-10-18 01:30 | いつもの暮らし