カテゴリ:フランスの四季( 48 )

冬のシャンティイ城

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  あけましておめでとうございます。
2013年が皆さんにとって、楽しいことに満ちた一年でありますように!
今年もどうぞよろしくお願い致します。

 パリから北へ列車で25分、競馬場を挟んで広大な森の中に現れるシャンティイ城。凍えるような12月の澄んだ空気の中で、その姿は想像以上に優雅でした。
 シャンティイはブルボン王家の傍系にあたるコンデ公の城。ルネッサンス様式の美しいグランシャトーはフランス革命時にたたき壊されてしまいましたが、19世紀に修復され、かつての姿を取り戻しています。
 この城は、17世紀にコンデ公がルイ14世をもてなした大パーティで腕をふるった宮廷料理人ヴァテールが、3日目に予約した魚が間に合わなかったために自殺した悲話でも有名。実はヴァテールがかの生クリームのホイップを創作したのはシャンティイではなかったそうですが、彼が誇り高い料理人として殉じた場所にちなんでクレーム・シャンティイの名を今に残しています。
 
 何より圧巻は、このお城の持つ約550点の絵画コレクション。ニコラ・プサンの作品やラファエロ、アングルを初め、美男王ルイ15世の肖像画やフランソワ=ユベール・ドルーエによる若きマリーアントワネットの肖像画もここに。ピエロ・ディ・コジモの「美しきシモネッタ」はその小ささにびっくりです。
 この城の最後の住人だったオーマル公(王政復古後の最後の王ルイ・フィリップの息子)の遺言により、数々の絵画はオーマル公の好みで配置したままに保たれ門外不出のため、また同じ絵を観たくなったらシャンティイまで行かないといけません。
 
 広大な庭園はヴェルサイユ同様ル・ノートルによるデザイン。季節外れのため、人影もまばらな庭の散策は気持ちよかったのですが、イギリス庭園も英国-中国庭園もいったいどこが?という感じのシンプルさ。同行の友人いわく、おそらく一度もイギリスや中国に渡ったことのない庭師が、想像だけで作ったからに違いないとのこと。
 広過ぎて繊細さに欠ける代わりに緑のシャワーを思いっきり浴びてリフレッシュ、満ち足りた思いになれました。「ヴェルサイユの庭よりずっと心地良いわ」とは友人のママンの感想。いつか、ヴォー・ル・ヴィコントの庭園と見比べれてみたいものです。

シャンティイ城:http://chateaudechantilly.com/
宮廷料理人ヴァテール http://www.amazon.co.jp/%E5%AE%AE%E5%BB%B7%E6%96%99%E7%90%86%E4%BA%BA%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%AB-DVD-%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%91%E3%83%AB%E3%83%87%E3%83%A5%E3%83%BC/dp/B00005J50K
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by cheznono | 2013-01-03 00:41 | フランスの四季

b0041912_13449.jpg  うかうかしていたら、もうホワイトデーまで1週間となってしまい、バレンタインの話なんて気が抜けたシャンパンみたいですが、今年のバレンタインは珍しく日曜日だったせいか、例年以上に男女を問わず赤いバラの花束やケーキの箱を抱えた人を見かけました。私は14日の午後はイタリアに出かけましたが、イタリアではレストランでも意外に家族連れやグループが多くて、ニースの方が花やお菓子の箱を持った人が目立ったのは、やっぱりアムールの国フランスだからでしょうか?
 とはいえ、かつてはカップル至上主義だったフランスも、現在《特定の相手がいない人》は1500万人。フランスの人口は日本の半分で、子供は日本よりずっと多い国だから、この数字は案外高めです。
 そこで、ここ数年、バレンタインが近づくとメディアに引っ張りだこになるのが、フランス初のプロのラブコーチ、フローランス・エスカラヴァージュさん。彼女はいわゆる恋愛相談師を目指してアメリカに渡り、既にラブコーチが職業として普通に市民権を得ている(らしい)米国で修行をした後に、帰国。
 その後、恋愛関係についての本を出したり、アドヴァイスのビデオを販売したりして、恋に悩める男女や、カップル生活に問題の生じたフランス人のメンターとして活躍しています。
 そのフローランスさん曰く、女性が男性を夢中にさせるコツとは、自信を持って(これが肝心)長所や自分らしさをアピールすること。加えて、女性らしさを伴った自立と自主性が大切とか。彼女自身は理解あるパートナーと10年間余りうまくやっているそうです。
 
 因みにニースを初めアルプ・マリティーム県では3月14日までラブレター、または愛の詩を募集中。特定の相手に宛てたものから、イメージを膨らませて創作したものまで、期間中この地方にいて、渾身の愛の手紙や詩を仏語で書いた人は、県内のあちこちに設置された愛の郵便箱に投函してみて下さいね。
 写真は、アーティストと高校生達のコラボによって完成した愛の郵便箱。この中に投函された手紙は、来週末から21日まで開催されるポエト・ポエトのお祭りで読み上げられたり、地元のラジオで取り上げられたりするようです。
詳細はhttp://www.unepetitevoixmadit.com/actualites.html
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by cheznono | 2010-03-07 01:10 | フランスの四季

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 氷点下のリヨン駅でサンドイッチをかじっていると、意外に一時間遅れだけでニース行きTGVが入構。席についてほっとしたものの、いっこうに出発する様子のないTGV。雪のために車両に問題ありだそうで、ほぼ満員の電車はホームに張り付いたまま。乗り合わせた客はみんなで顔を見合わせては、もしかして、全員降りろと言われるのでは?と不安げです。 
 なので1時間後、ついに動き出した時は、周りの乗客と「やったね!」と喜び合いました。
 一面雪の原のようなフランスを南下した我らがTGV、マルセイユを過ぎトウーロンまでは雪だらけだったホームだけど、トウーロンから少し走ったら、嘘のように雪が消えたのが印象的です。やっぱりプロヴァンスはトウーロンまでで、その後はコートダジュールなのだと実感しました。
 結局、2時間半遅れで22時に終点ニースに着いた時は気温の緩さに(といっても東京程度)にほっと一息。「だから、皆がコート・ダジュール避寒に集まって来るわけがよくわかるでしょう」と迎えに来てくれた友達。本当、氷点下のパリから来ると、ニースの気温はありがたい限りです。
 パリから8時間もかけニースに戻ってほっとしたものの、私の愛用のアパルトマンは大家さんがクリスマス休暇でヴァカンスに出ていた1ヶ月間、何者かに無断占拠されてしまってたため、めちゃくちゃ汚れていて、すぐに入れる状態ではなく、しかも家具付きアパルトマンの備品や食器、毛布などが盗まれていたのです。よって、やむなく私は大家さん宅に居候の身に。
 北の雪の代わりに雨が続くので、居候の身のままぐずぐずしているうちに日が流れ、いくら何でも自分のアパルトマンに落ち着かなくてはと思った木曜もあいにく大雨。そんな中、大家さんの猫(グレイのでか猫)が後ろ足を怪我して戻って来たので、動揺した私たちは猫の望むまま、私のベッドで猫を休ませることにしました。
 でか猫は知り合いのイラン人夫妻があまりのやんちゃさに持て余していた子猫の頃にここに養子に来た時から知っているので、私にもよくなついています。
 そして夜中、しばらく猫と添い寝していた私の目が覚めたのが明け方5時半。でか猫がよっこいしょと我が足下に乗ったので、重い!と感じた瞬間、何だか妙な熱が足に伝わって来たので、イヤな予感がしてがばっと起き上がると、なんと猫のおしっこが厚い掛ふとんからベッドのマットレスまで濡らしているではないですか!
 慌てて濡れたパジャマを履き替えた私。お陰で5時半から殆ど寝付けず、朝食の後はシーツや毛布,掛け布団の大洗濯をする羽目に。痛々しげに後ろ足を引きずっている猫をしかるわけにもいかないし、大家さんにぶつぶつ文句を言いながら洗濯をし、匂い消しにラベンダーオイルをベッドに振りかけて、さえない半日はおしまい。
 フランス国鉄からは、ニース行きTGV遅延のお詫びのメールと、天候不良のための遅れなので、特急料金の払い戻しはありませんとの弁解が。40ユーロだし、まあパリ-ニース所要8時間でも電車が動いてくれただけありがたいと思わなきゃね。
 しかし、12月中空いていた私のアパルトマンを不法占拠した犯人は未だ不明。もちろん、計9人いる借家人の誰かが手引きしたに違いないのだけど、誰に聞いても、「何にも知りません」とか「さあ、背の高い男が出入りしてたかな?」なんて、みんなしらを切るばかり。「この国にモラルはないのよ!」大家さんはあきらめ顔です。
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by cheznono | 2010-01-17 23:24 | フランスの四季

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 大変遅ればせながら、あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。大地震で悲惨な状態にあるハイチの現状を思うと、こういう日記を載せるのはかなり気が引けますが、覚え書きのようなつもりで一応書いてみました。  
 お正月に日本を出てからもう10日余り。愛用の大きなトランクには冬服いっぱい、旅行バッグの方には持てるだけの食料品となぜか必ずリクエストのあるお土産用健康サンダルを詰め、背中にはPCを背負っての旅立ちで、いつものことだけどド・ゴール空港から宿に着くまでそれは辛かった。しかも、パリ到着の翌日から雪。大寒波がそのまま居座ったため、毎日氷点下の町中をうろつくことになりました。
 初日はマレ地区をまわって、ブルボン王朝時代の貴族の屋敷の面影を探して歩き、2日目はソルド初日だったので、降りしきる雪にもめげずサンジェルマンからレンヌ通り、モンパルナスのお店巡り。雪のせいかこの辺りは思ったより客足が鈍い印象だったけど、夕方ギャルリー・ラファイエットの本店を覗いたら、ラッシュアワーのような人ごみだったので、すぐに退散。なんでいつも買い物客はオペラ座付近に集中するのかしら?
 翌日も雪の積もったパリをふらつき、4日目にヴェルサイユに移動。宮殿は何度か見学しているけれど、今回の目的は史上初のルイ14世の展示会です。雪のためパンタグラフが壊れたとかでヴェルサイユ・リブゴーシュ駅行きの高速地下鉄は運休。大きなリュックを背負った私はふらふらしながら、急遽モンパルナス駅に向かい、鉄道でヴェルサイユ・シャンティエ駅に到着。そこからバスに乗って、リブゴーシュ駅前のホテルにチェックイン。
 予約していた安ホテルは、5年半前に友達二人に鴨肉のランチをご馳走になったレストランの真上だったので、懐かしさにちょっと感激。冬木立のヴェルサイユでも雪に覆われるとなんて趣きがあるのでしょう。雪がいろいろ隠してくれたため、ルイ王朝時代にちょっと近いヴェルサイユが観れたような気分になり、結構ご機嫌で宮殿に入場。しかし、気温−2℃、日が暮れると−6℃の寒さの中なのに、お着物でヴェルサイユ見学に来ている若い日本女性達がいるのには、びっくりでした。
 
 17世紀のフランスに絶対王朝を確立したルイ14世は、国民に王室への親しみを持ってもらうため、ヴェルサイユ宮殿をアクセス自由にしたり、自分の彫像を造らせて、全国のあちこちに配置させたことで知られますが、今回の展示会ではいろいろなサイズの彫像が年代ごとに紹介されています。初々しい少年王から、皺の寄った老年まで、写真もテレビもない時代に、国民は王様のりっぱな彫像を見ては、あがめたり恨んだりしたのでしょうね。
その他、絵画やタペストリー、家具と充実した内容のルイ14世展は2月7日まで。宮殿内と一緒でオーディオガイド付きです。http://www.digitick.com/chateau-expo-louis-xiv-chateau-chateau-de-versailles-css4-digitick-pg51-ei49036.html 

 本当は翌日、もう少し奥の博物館に行く予定だったのに、雪でバスがキャンセルになったので、また電車が止まらないうちにと早々にパリに引き上げました。せっかくヴェルサイユに泊まったのに、ちょっと残念でした。

 ソルド初日にパリにいるなんて滅多にない機会なので、気合いを入れて見に行った割に、結局戦利品は、お決まりのロンシャンのリュック30%オフとマンゴで買った薄いカーディガン3枚にコットンチュニック1枚。4点で50ユーロだからとつい買ってしまったけど、これのお陰でトランクが閉まらない。東京を発つ時は多少余裕があった筈なのに。
 はるばる日本から持って来た食料を捨てたくなるのを堪えて、バスティーユ界隈に赴き、80%引きで4ユーロという各安バッグを買って、何とか荷物を整理。その結果、トランク、旅行バッグ、手提げバッグ、大リュック、肩掛けバッグ2つ、というみごとなバッグレディと化した私は、タクシーでリヨン駅に着いたものの、駅構内の移動にもハアハアいう始末でした。
 アビニョンやマルセイユに30cm以上積もった雪のため、この3日間えらく遅れているTGVの待合室にふらふらと向かうと、案の定、ニース行きは1時間遅れと出ています。前日まで3時間以上の遅れが普通だったから、まあ仕方ないか。でも、ニース行きを待っている間に、リヨン行きやマルセイユ行きが続々とキャンセルになって行くので、内心ヒヤヒヤ。万が一、自分のTGVがキャンセルになったら、大荷物を抱えて路頭に迷わないといけないので、電車が入るまで落ち着きません。
 おまけに私が予約した電車はネット予約専用の安い車両で、パリ-ニース間40ユーロという各安チケット。キャンセルになっても、ホテルや食事は?なんてとても言えない値段なのです。つづく
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by cheznono | 2010-01-16 01:41 | フランスの四季

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   カーニヴァルもミモザ祭りも中間ヴァカンスも終わったコート・ダジュールは今、祭りの後という感じ。今年のカーニヴァル“仮装舞踏会の王様”が大好評だったので、ニース市はご機嫌みたいです。経済危機の影響で客入りを心配していたのに、切符は順調に売れて例年より5%も売り上げが良く、120万人余りの観客がカーニヴァルを見物したとか。
 今年のカーニヴァルに繰り出した大山車は20台、山車にのった人形は合計220個で、人形の巨人の高さは最高で17mもありました。
 所詮はハリボテ大人形の山車のパレードとはいえ、今年は今までになく出来が良いという噂が口コミで広がって、観客動員数が増加し、カーニヴァルが大成功に終わったのは、暗いニュースが続くフランスで、二ソワ(ニース人)を元気づけてくれたことでしょう。今年はエコロジーを配慮して、イルミネーションをたくさん使う夜のフラワーパレードがなかったのが残念ですが、来年は更に環境に配慮して、テーマも”青い惑星の王様”と決まりました。 

 2月末には仏版アカデミー賞にあたるセザール賞が発表になり、大方の予想を裏切って「セラフィーヌ」”Seraphine”が計7部門の受賞に輝きました。20世紀前半、田舎町で黙々と家政婦をしている中年女性セラフィーヌが、実はたぐいまれな画才の持ち主で、その才能に気がついたドイツ人の画商に励まされるものの、戦争や世界恐慌といった時代の波に翻弄されてしまう悲劇を描いたこの作品、地味ながら口コミでその良さが広まって行ったようです。
 教養も社交性も社会性もない素朴なセラフィーヌが、でも独特な感覚で絵の制作に情熱を注ぐ姿を熱演したヨランド・モローが素晴らしかったので、クリスチャン・スコット・トーマス:“il y a longtemps que je t'aime(ずっと前から愛してたの)"や「悲しみよこんにちわ」のシルヴィー・テスチュなど、並みいる有力候補たちを押さえて主演女優賞に輝いたのは、本当に良かったなって思いました。
 映画の中で、家政婦として雇われたセラフィーヌが、涙を流して落ち込んでいる画商を見かけて話しかけます。「悲しいときはね、ムッシュウ、野原に出て花を眺めたり鳥の声に耳を傾けるのよ。そうすると、必ずいつの間にか悲しみが消え去って行くから。本当だからね」
 毎日、これでもかと流される国有化や減産、倒産、解雇などの報道が流れる中、春の日差しを浴びるアイリスやマーガレットやスミレを見かけると、セラフィーヌのこのセリフが聴こえて来そうな気がするこの頃です。
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by cheznono | 2009-03-08 22:43 | フランスの四季

南仏ミモザ祭り

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  脳梗塞を患って以来、長らく一線を退いていたジャン=ポール・ベルモンドの9年ぶりのシネマ復帰作“男と犬” un homme et un chienという何とも素晴らしい映画を観たせいで、今週は涙なみだで始まりました。実は55年くらい前のヴィットリオ・デ・シーカ監督による「ウンベルトD」というイタリア映画のリメイク作品だと知ったのは、映画を観た後のこと。「ウンベルトD」もニースの名画座でやっているのですが、また大泣きしてしまうに違いないと思うと観る勇気が出て来ません。
  再婚を決めた愛人に住まいを追い出された老人とその愛犬の悲哀を描いた作品で、老いと社会、犬との絆などが少ないセリフで淡々と綴られます。ベルモンドが年老いて動きも鈍いという辛口批判もあったそうですが、なんのなんの、その存在感は圧倒的。彼の表情と雑種犬でこれだけ胸を打つ映画ができるのだから、みごとなもの。ベルモンド主演作品のため、脇をかためる俳優もちょい役も含めて豪華メンバーでした。日本での公開が待たれます。
 
  さて、やっと春らしくなって来たコート・ダジュールは、カーニヴァルの真っ最中。ミモザも満開で、冬木立の所々が日溜まりのように黄色く染まっています。そして、今年はやっと憧れのミモザ祭りに行くことができました。
  カンヌの隣町マンドリュー・ラ・ナプールでは、毎年ミモザをふんだんに使った10日間のお祭りが行われます。ヨットの浮かぶ海岸通りをミモザの山車がパレードするという日曜日の午後、ピクニック用のサンドウィッチを作り、気合いを入れていたのに、皆でニースを出発したのは既にパレードが始まりそうな時間でした。しかもドライバーがなぜか高速の降り口を見落とした!カンヌに近づくに連れ、高速の周りもミモザの木立が並んで気分よかったのに、何だか道路脇からミモザが消えたと思ったら、車はサン・ラファエルに向かっていたのです。
  慌てて高速を降り、ニース方面へ乗り直して、やっとマンドリューの海岸に着いた時は、もうミモザの花を抱えた人たちが戻って来る頃でした。それでもどうにかこうにかミモザパレードの最後の一周に間に合った私たちは、遅れを取り戻そうと必死でミモザの争奪戦に加わって、山車から投げられるミモザの枝に手を伸ばしました。その甲斐あって、今も私の部屋はミモザの心地よい香りに包まれています。
  今年のテーマは《世界の音楽とダンス》。ミモザの山車の合間には、タンゴ、インド人のダンス、ロシアの音楽とダンス、テクノDJ、ロック&ブルーなど、それぞれの国の参加者による幅広いダンス音楽が続々と。ニースのカーニヴァルの華麗なるフラワーパレードに比べれば、ミモザ一色の素朴な山車だけど、その分、地元の人たちが力を合わせて作り上げた春祭りという感じが良かったです。
  何とかミモザの花束を獲得した我々は、パレードの終わった4時過ぎにやっと昼食のピクニックとなり、海岸通りに仮設された見学席が空になったのを利用して、用意したお弁当を広げました。パレード用の見学席は本来有料で13ユーロ、でも祭りの後はお掃除の人が片付けるばかりです。「食ってる人がいるのにどうするの?」と掃除機を片手に迷惑顔の作業員に「まあ別にかまわないさ」と見逃してくれた上役の人、どうもありがとう。
  ミモザの黄色い花粉が舞い上がる中、解散して家路につく見学者たちの好奇の目もものともせず、平気でサンドウィッチをかじっていた私、ああ、また日本では絶対できないことをしてしまったわけです。それにしても、花粉症の人にはあまりお勧めできないお祭りかも知れません。 
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by cheznono | 2009-02-27 07:56 | フランスの四季

カンヌの国際花火大会

b0041912_20564893.jpg 今、コートダジュールの海岸では、花火が真っ盛り。特にカンヌとモナコでは7月から国際花火大会が開かれて、盛り上がっています。今年はスイス、ロシア、カナダ、イギリス、ポーランド、オーストリア、デンマークなどが参加。各国が週代わりでそれぞれテーマを掲げては、花火の技を競っています。
 私がカンヌに出かけた日はポルトガル主催の夜。国際花火大会出品とはどんな花火かと楽しみにしていましたが、日本の花火に比べるとやっぱりシンプルでオーソドックスだったから、ちょっと物足りません。
 ただ、リゾート客でごった返しているカンヌも、隅田川とかとは比べものにならない程度の緩やかな人出だし、高々と立ち並ぶヤシの木(ニースと違って美しくカットされています)や高級ホテルが見下ろす砂浜で、音楽をバックに次々に上がる花火を楽しめたので、気分は上々でした。
 そして、先週末の聖母マリア聖天の祝日は、ニースの花火鑑賞へ。先月の革命記念日(パリ祭)の夜、恒例の花火を見ようと集まった観光客の前で、用意された花火は船の上で炎上。けが人が出なかったのが幸いですが、ニース市の面目は丸つぶれだったそうです。なので、8月15日はその大失敗の雪辱戦、見応えがあるに違いないと期待して見に行きました。
 とりあえず、映画を一本観てから夜10時にプロムナード・デザングレで待っていると、天使の湾に点々と船が出て、花火が上がり始めました。カンヌと違ってバックミュージックがないのが寂しいけれど、目の前で続々上がる花火は迫力満点。
 折しもまんまるに近い月が煌煌と波を照らしていて、強い月明かりを背景にポンポン上がる花火は結構オツなものでしたが、花火自体は子供の頃、田舎の夏祭りで見たような,どちらかというと素朴な花火で、創造性には欠けるかも。「日本の花火はね、もっと芸術的だよ」って自慢したら、同行の友達に「なんでなんで、あのきれいな花火のどこが不満なの?」といぶかられてしまいました。
 しかし、いくら日が長い夏とは言え、なぜこちらの花火は10時過ぎに開始して、わずか20分余りで終了なのでしょう?これでは、花火が好きでもわざわざ見に出かけるのが億劫な人も多いのではないかしら?
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by cheznono | 2008-08-18 21:01 | フランスの四季

ニースのミラベル

b0041912_202975.jpg  アンジェリーナ・ジョリーが双子の出産のため、ニースのランバル病院に入院し、ブラッド・ピットも参上と話題になっています。お隣りのヴァール県に別荘を買ったブラピー夫妻は、カンヌ映画祭の時に、ニースで出産する手はずを整えたとか。
 ハリウッドスターの病室は、プロムナード・デザングレに面した海を見下ろせる一番デラックスな部屋だそうで、毎日のようにランバル病院の前を通る私は興味津々なのですが、病院前は特にマスコミが張っている様子もなく、ましてブラピーの姿なんて全く見かけません。
 それもそのはず、彼らはヘリコプターで病院の屋上に乗り付けたとかで、下の入り口が平常なのは当然なのかも?
 
 暑さ負けしないようにと、この所、梅の代用品としてミラベルの酢漬けを食べています。実は、グラースの香水の老舗モリナールが出しているミラベルの香りを知って以来ずっと、ミラベルって何?って思っていました。桃の香りを彷彿とさせる甘いフルーツの香りは、いったいどういう植物から摂れるのかしら?とイメージを膨らませてから数年後、ニースのアパルトマンの庭でミラベルの木を発見した時は、とても嬉しかったです。
 小さい黄色い実をたわわに付けるミラベルは、プルーンやプラムの一種で、各種ビタミンやペクチン、繊維などが豊富。摘みたてのミラベルは甘やかで、結構あっさりした口当たり。私は面倒くさがりなので、そのまま食べるか、数週間お酢につけて梅ジュースのようにするくらいですが、ジャムに煮詰めて、お菓子に使うのが一般的なようです。お酒との相性も良く、ブランデーや白ワイン(ミュスカデ)につけ込むと、フルーティーで香り高い果実酒ができあがり、夏に冷やして飲むにはぴったり。
 本来、アルザス地方の産物として知られるミラベルですが、中国に自生していたのが
巡り巡って、十字軍が15世紀にフランスに持ち帰ったのが根付いたそうで、今ではすっかり北フランスの特産物に。メッスを初め、アルザス付近では毎夏ミラベル祭りが開催されています。
 アルザス特産と言われても、暑いニースでほおっておいても毎年びっしり実をつける
ミラベルだから、日本でも簡単に栽培できそうなのに、全く見かけないのは残念です。それとも、寒冷地では栽培されているのでしょうか?
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by cheznono | 2008-07-09 02:12 | フランスの四季

プロヴァンスのアスパラ

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 肌寒いと思ったら急に真夏日になったりと、お天気の変化が激しいせいか、とても疲れ易くて、渡仏が目の前に迫っているというのに、思うように準備がはかどりません。そこで、滋養強壮、疲労回復に効果があるというアスパラガスを茹でて、一度にたくさん食べてみました。これで、疲れが取れるかしら?
 先日、目白のイタリアンで友達が頼んだメニューのアントレは、フランス産野生のアスパラガス入りのサラダ。きっと南仏から届いたアスパラに違いないと思うと、頬がゆるみました。
 地中海沿岸が原産のアスパラは、プロヴァンス地方を初め、石灰質の荒地に自生していて、たけのこ掘りのように、野生のアスパラ積みを楽しむこともできるようです。かのルイ14世もアスパラガスが気に入って、ベルサイユ宮殿の庭でアスパラの栽培を命じたけれど、寒さと土壌に合わず全然収穫できなかったとか。でも、日本では長野や北海道など、寒冷地で栽培されていますね。
 秋にプロヴァンスの友達が紅葉を見たいと来日した時、スーパーのアスパラを見て「なんで今頃、アスパラが取れるの!?フランスでは、5月6月だけでおしまいなのに。」ってびっくりしたので、それまで、アスパラはほぼ一年中食べられるような気がしていた私は、思った以上にハウス栽培や輸入農作物に頼っている日本の現状を改めて自覚させられたものです。
 アビニョンのその友達のお宅では、今頃の季節、必ず新鮮で逞しいアスパラガスが食卓を飾ります。友達は、白いアスパラも青いのも、長いまま丁寧に皮をむいてから蒸し器で調理し、レモンとオリーブオイルだけで頂くのですが、それはとても柔らかくて、甘みがあって、いかにも春らしい味がしました。
  今が旬のアスパラは、アスパラギン酸、ルチン、カロチンやビタミンC、Eを含んでいて、体力回復だけでなく、高血圧や動脈硬化、貧血にも良いというから、なかなかの万能野菜ですね。もっとアスパラを見直して、旬のうちにたくさん食べて、免疫力をつけなくちゃ、と思うこの頃です。
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by cheznono | 2008-05-26 01:39 | フランスの四季

b0041912_134526.jpg 色鮮やかなカーネーションが並ぶ花屋さんの前を通ると、お母さんのいる人が羨ましくなる時期ですが、今はお花以外のプレゼントを贈る傾向が強いみたいですね。
 母の日にカーネーションを贈る習慣は、20世紀の初めにアメリカで始まり、フランスにもすぐに伝わって、母の日を祝い出したそうですが、実はナポレオンの発案だったという説もあります。輸入されたお祝いではなく、もともと自国の習慣だったと思いたいフランス気質がそう言わせるのかも。
 フランスの母の日は原則として5月の最終日曜日(暦によってたまに6月の第一日曜日)。1ヶ月以上前から、どのお店も大々的に母の日のプレゼント用キャンペーンを張っては派手に宣伝を仕掛けるので、その甲斐あってか、毎年かなりの売り上げが期待できるそうです。
 ニースから路線バス25番で北上したところにあるファリコンは、17世紀の教会や礼拝堂などが残り、ヴィクトリア女王が訪ねたという曰くのカフェもあるかわいい村。
 花の咲き乱れる村の一つに選ばれているこの鷲ノ巣村では、毎年3月にカーネーション祭りが開催されます。この時は村中がカーネーションで飾られ、一番きれいなブーケを選ぶコンテストもあるとか。
 眼下にニースの市街を見下ろすファリコンは、あっという間に歩き回れるような小さい村ですが、ここに通う観光客が絶えないのは、2つ星レストラン:パルクールがあることが大きいでしょう。エズのシェーブル・ドールで腕を磨いたシェフのお店で、残念ながら私たちは外から睨めただけですが、コースが50ユーロ前後で楽しめるようです。
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by cheznono | 2008-05-11 01:37 | フランスの四季