<   2005年 06月 ( 11 )   > この月の画像一覧

ノストラダムスの町

b0041912_032894.jpg ルネッサンスの医者で預言者として知られ詩人でもあったノストラダムスが愛した町、サロン・ド・プロヴァンス。15世紀からオリーブ産業で栄えた町は、アンペリ城を中心に歴史的なたたづまいが続くおっとりとした南仏らしい雰囲気。居心地の良さそうなカフェも多くて、パナシェ(ビールのレモネード割り)1杯で何時間でも過ごせそうな感じです。
 才能あふれる教養人だったノストラダムスでしたが、医者でありながらペストで最初の妻と子を失い、自身も宗教裁判で弾圧されそうになるなど苦労が続きます。でも、アンリ2世の馬術大会での事故死を予言したことから、占星術に凝っていた王妃カトリーヌ・ド・メディシスに呼ばれ、その後もカトリーヌの王子達の運命を予言して当てたため、いたく気に入られ重用されました。王妃はノストラダムスに会いにわざわざサロンまでやって来て、アンペリ城に滞在もしています。アンペリ城から一望するサロンの町の赤いレンガ屋根のまぶしさが忘れられません。
 ノストラダムスが2回目の結婚式を挙げたサン・ミッシェル教会は糸杉が良く似合い、プロヴァンスの中でも私が特に惹きつけられる教会です。オリーブ油を使ったマルセイユ石鹸の老舗マリウス・ファーブルの石鹸博物館もこの町にあります。そして、真夏でも何とも涼しげなのが、写真の苔むした泉。湧き出る泉の中に大きな木が植わっているのがすごく不思議で、賑やかな広場にあるのにどこか神秘的な感じさえ漂わせていました。
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by cheznono | 2005-06-30 01:23 | プロヴァンス賛歌

永遠のプラトニックラブ

b0041912_17334734.jpg フランス各地で既に34℃を超え、南仏は水不足で川が干上がっているため、おととしの超猛暑の再来が危惧されています。日本も空梅雨が心配され、息苦しい暑さが始まっているから、やっぱり地球の温暖化は半端でない状況なのかも知れません。
 アビニョンの近く、骨董で知られるリル・シュル・ラ・ソルグの上流にあるフォンテーヌ・ド・ヴォークリューズ。林の中の深い渓谷から世界一とも言われる謎の湧き水で人々を惹きつける小さい村には、こんなに暑い日でも涼しげな風が吹いています。パックり口を開けた洞窟の泉からどんどん湧いてくる澄んだ水は、今の技術を持っても水源が不明で、豊富な水がどこから来るのかわからないとか。
 澄んだ湧き水を利用した紙漉き業の村だったこの地は、ルネッサンスのヒューマニズムの学者でもあったイタリアの桂冠詩人ペトラルカが住んでいたことでも知られています。アビニョンの法王庁に勤めていた23歳のペトラルカは教会のミサで出会った貴婦人ラウラに恋焦がれ、フォンテーヌ・ド・ヴォークリューズにこもって彼女に捧げる抒情詩を書き続けます。恐らく二人は実際には交際する機会もなくて全くのプラトニックな思慕だったらしいのに、ラウラは彼の永遠のマドンナとなって、20年後に彼女が病死するまでその一途な思いは変わらず、報われない愛を優れた叙情詩にと結晶させていきました。独身を貫いたペトラルカですが、そうは言ってもちゃんと別の女性との間に子供を2か3人設けてはいます。フォンテーヌ・ド・ヴォークリューズには今でも彼の家が残っていて、ペトラルカ博物館としてルネッサンスの偉大な漂白の詩人の面影を伝えています。イタリア人もルネッサンスの頃はとてもロマンティックだったみたいですね。
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by cheznono | 2005-06-27 18:28 | プロヴァンス賛歌

若さを保つには

b0041912_0571957.jpg フランス女性は上手に歳を重ねて、洗練された大人であること誇りに思っているに違いないって、昔は想像していました。やっぱり映画や雑誌の特集などの影響で何となくそんなイメージを勝手に抱いていたんです。でも、いざフランスで暮らしてみるとマダム達の若さへのこだわりに感心したり驚いたり。年齢や体重に関係ない肌の露出度にも圧倒されるし、60歳をかなり前に超えたのではというマダムが花柄のミニのスリップドレスを着てたりと今までの自分の常識を破られることもしばしば。因みにニースの友達はスカートをはいてない老夫人とすれ違ったとか。まあこれは多分はき忘れ?ちゃったのでしょうけど。
 なのでアンチエイジングはやっぱり感心の的。予防薬局には老化防止をうたったサプリメントが並び、セレンを中心にビタミン剤を加えたものやイソフラボンが特に人気です。イソフラボンの箱には東洋の女性が若く見えるのはイソフラボンを毎日摂取しているからなんて書かれたりしています。でも、老化防止を特集した科学雑誌に、肌を若く保つのに化粧品はある程度効果があるけれどサプリメントはあまり意味がないって書かれていたのでエッ!って思いました。私は肌が弱く顔にクリーム等をつけるとすぐかぶれるので、飲むサプリメントには結構期待してたのに、それを読んでがっかり。とはいえ、セレンを飲み始めたら身体の調子がとても良くなったというマダムを何人か知っているから、やっぱり少しは効果があるのでしょう。
 写真は、アンリ2世の20歳年上の愛妾ディアンヌ・ド・ポワティエ:愛と美の女王という本の表紙です。アンリ2世が10代の時から40代で亡くなるまでずっと愛され、その間大変な権勢をふるっていました。60歳でも30代に見えたというディアンヌは、化粧もあまりせず、規則正しい生活と毎朝の水浴、乗馬が若さの秘訣だったと言われています。  
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by cheznono | 2005-06-25 01:51 | いつもの暮らし

帽子とフランス人

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 フランス人は帽子が嫌い?と思うくらい、真夏の暑い陽射しの下でも帽子姿の女性を見かけるのはまれ。確かにコートダジュールの有閑マダム達はおしゃれな帽子を愛用している人が結構いますが、プロヴァンス地方やその他の南仏で太陽が痛いほどなのにどうして皆んな帽子をかぶらないのでしょう?逆に「なんで日本人は帽子が好きなの?」とか「TVで日傘の波がぞろぞろ歩く日本の街が写ったけど?」と不思議そうに聞かれることもしばしば。
 去年まで私はスナフキンのような麦わら帽子をかぶっていて、日本人の友達には恥ずかしいと不評でした。でも小さな花が点々とついた帽子はフランス人や他の国の人には評判も上々でほめてくれるのは良いけれど、「でもどうして帽子かぶっているの?」って不思議そうに聞かれるので変な気分がしたものです。「どうしてって日光アレルギーがあるし、第一こんなに暑いじゃない。」って答えると、「ふーん?」と何言ってるのこれくらいの陽射しでと言いたげなのはフランス人やラテン系の人。「そうそう、もう歳だから日焼けは良くないよね。」と同調してくれるのはアメリカ人や東欧の人。まあね、中高年のマダムでも自分ちの庭ですっぽんぽんになって日光浴をしてるようなフランス人に私の気持はわからないわよね、と心の中でぶつぶつ言ってたものです。
 こんなフランスでも戦前までは女性は帽子をかぶらずに外出できなかったのだとか。帽子無しで歩くのはいわゆるプロの女性のみ。それくらい帽子は、身分の高い低いに関係なく女性に欠かせない身だしなみだったそうです。なるほど、その反動で古いしきたりから解放された女性達は帽子を捨て、老いも若きもできる限り肌を見せて炎天下を歩くようになったのね。と納得してたら、去年の夏、暑い日盛りにバスを待っている間にちょっこと置いた愛用の麦わらを盗られてしまい、その後何日も落込むはめとなってしまいました。
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by cheznono | 2005-06-22 18:11 | 不思議の国フランス

セナンク修道院

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 12世紀に創設されたセナンクもロマネスク様式の修道院として有名です。シルヴァカーヌ修道院、ル・トロネ修道院と共にプロヴァンスの三姉妹と呼ばれ、7月のラベンダー最盛期には観光客で賑わいます。
 プロヴァンスの三姉妹はいずれも質素で禁欲をコンセプトにしたシトー会の修道院。中世にブルゴーニュで栄えていたクリュニーの修道会が贅沢を好んで食道楽に走ったり、法衣に贅をつくしたり、聖堂の装飾にも凝ったのに対抗して、シトー会(トラピスト会)は山あいの人里離れた奥地に修道院を建て、簡素で自給自足の生活を送りました。修道院の建築も自分達で行い、生活に最低限必要な物だけを持ち、畑を耕したりの重労働と瞑想の毎日。孤独、清貧、質素をモットーにした修道院の中は本当にシンプル。修道士達の寝室もがらんとした何もない白い石壁の部屋で、ここに転がって寝てたのかとびっくりでした。シトー会の修道士達は農業に励み、ラベンダーのハチミツや精油、石鹸などを作って売り、そのわずかな収入で共同生活を送っていました。今も当時と同じような厳しい戒律の生活をしている修道士さん達が暮らしていて、見学者は礼拝に参加することもできます。
 でも、ミストラルの突風が吹くプロヴァンスの冬、辛い労働の後にろくに栄養も取れず、暖房もない石の部屋で寝た中世の修道士達は早世する人が多かったそうです。7月の暑い日に強い日差しにあえぎながら見学した私は、ただただまぶしいラベンダー畑とシンプルで柔らかい線のロマネスク建築に圧倒されるばかりでした。
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by cheznono | 2005-06-20 00:52 | プロヴァンス賛歌

ラベンダーの咲く庭で

b0041912_0153614.jpg ラベンダーというタイトルに反応して、謎のピアノマンで話題の「ラベンダーの咲く庭で」を観て来ました。第2次対戦の迫る英国で、波打ち際に漂流したユダヤ系ポーランド人の青年がつつましやかに老後を送る姉妹の生活に一条の光をもらたすという内容です。ちなみに例の記憶喪失のピアノマンが最初に報道された時、以前このブログで《路上のピアニスト》としてご紹介したニースの青年がもしや?と疑われ日本のTV局に取材されていたのでびっくりでした。
 英語の話せないポーランドの漂流青年は実はヴァイオリンの名手で、彼の才能と若さ、かわいらしさ?に魅せられた老姉妹の妹ジュディ・デンチは、その年にして初恋に心をときめかせ、青年の一挙一動にも気持を揺さぶられ、同じく青年の登場を喜んでいる姉のマギー・スミスもそうした妹の心の変化に気づいて、、ベテラン女優二人がそれぞれの動揺を実にうまく表現しています。そして特筆すべきはヴァイオリンの音色の美しく切ないこと。ヴァイオリンのソロ演奏がここまで胸にしみるものだということを初めて知りました。
 でも、ラベンダーはいったいどこに?と映画の後、友達と笑ったくらい期待のラベンダーのシーンは少なく、エリザベス女王も号泣!っていったいどこで?というくらいシンプルなストーリー。これは大人のお伽話で、もうじき日本公開となるマイク・リー監督の「ヴェラ・ドレイク」の現実感のある内容とは好対照でした。「ヴェラ・ドレイク」は戦後のロンドンで非合法だった堕胎の手伝いをしていた底抜けに人の好い主婦が陥る不運をリアリスティックに描いた映画です。
 「ラベンダー」は戦前のコーンウォール地方の生活をほのぼのとした雰囲気で包んだ作品で、唯一ラジオのニュースだけが迫り寄る戦争の影を漂わせてますが、もう少し話に深みがほしかった。せっかく登場させた美人のロシア女性も、青年をロンドンでデビューさせるためにだけに使うのではなく、もっとしっかり彼女の背景を描いてほしかったです。 
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by cheznono | 2005-06-16 00:57 | 映画

南仏の陽射し

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 関東の夏はむわっと空気が重くてものすごく暑い。昔、フランス人が東京の30度とエクスアンプロヴァンスの30度では全然違うというのを聞いたことがあって、プロヴァンスは夏でも爽やかなのねと思ってたら大間違いでした。南フランスでも灼熱の暑さが待っています。それにプロヴァンス、コートダジュールの陽射しは日本の陽射しとは種類が違って、まるで肌を刺すような強烈な強さ、痛いようにも感じられます。確かにエアコンの室外機から吐き出される熱風に包まれヒートアイランド状態に陥る東京の猛暑に比べれば不快指数は低いけれど、やっぱり何か身を守るもの、日傘や帽子がほしくなります。
 でも、印象派の画家が描いたようなパラソルをさした貴婦人の時代は遠く、ごくごくたまーに日傘の女性達がいるとそれは日本のツアーの人たち。未だフランス女性が日傘をさしているのは見たことがありません。ある時、バスの中で隣に座った中年の女性に帽子をほめられました。どこから来たのなどという質問に答えていると突然「あなた達の目が細いのは陽射しのせい?アジアは暑いから目が細くなっちゃったのね?」と聞かれて愕然。だいたい目が小さいと言われるのならともかく自分の目が細いなんて思ったことないしなあ、と思いながら、「さあ生まれた時からこういう目ですから。」って言うと、「それはそうでしょうけど、陽射しがまぶしいから目を細める人種になったんじゃない?」はて、まぶしいのは南仏の方がよっぽどじゃないかと思うけど?とムっとした私の気持も知らず、かの婦人は「でも肌は白いのねえ。」って私の腕を不思議そうに見ています。この女性は私をじろじろ見ながら、日本は暑い南国で、まぶしい太陽のために目が細くなった人種がでもなぜか肌は白いままに進化したんだなという結論に至ったようでした。
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by cheznono | 2005-06-13 18:18 | フランスの四季

悩める神父さん

b0041912_1664742.jpg 去年のカンヌ映画祭で話題になったペドロ・アルモドバル監督の「バッド・エデュケーション」がまだ公開中ですね。神学校生の少年が神父から性的虐待を受け、その過去が取り返しのつかない傷となって人生を狂わしてしまうという内容ですが、実際ヨーロッパのあちこちで神父のスキャンダルが取りざたされる今日この頃。その度に、やっぱり神父さんもプロテスタントの牧師さんのように結婚を許されるべきではと思うのです。
 カトリックの神父さんもその昔は女性との付き合いを制限されていなかったのに、中世に聖職者達があまりにも堕落したため、綱紀粛正で女性と関係を持つことが禁じられたそうです。昔は法王庁にもプロの女性が出入りして坊さまたちはかなり遊んでいたというから、いっきに生涯の禁欲を命じられた聖職者達はどう思ったでしょうか?
 神父さんといっても皆人間だし、フランスでも大きな街なら教会に近い市街のアパルトマンに住み、普通にスーパーで買物をし映画やTVを観ながら暮らしているわけで、現代のように何でもありの時代にひたすら神に捧げた身の上だからと自分達だけ清廉潔白でいるのは並々ならない強い意志が必要でしょう。妻帯できないから、という理由ではないけれど、カトリック教会のあふれるフランスは真剣な神父さん不足に陥っています。今やフランス人神学生は激減し、あちこちにある教会の責任者である神父さんのなり手がいなくなってしまったのです。よってフランスの教会は東欧やアフリカから神父さんを呼んできて、数年間なりの契約書をかわし、フランス語の習得にも援助をしてそれぞれの教会を任せるようになりました。今日、仏語でミサをあげているのはアイルランドやポーランドの神父さんだったりするのです。
バッド・エデュケーション:http://www.gaga.ne.jp/badeducation/
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by cheznono | 2005-06-11 16:42 | 不思議の国フランス

ザ・インタープリター

b0041912_18314.jpg シドニー・ポラック監督のサスペンス映画「ザ・インタープリター」を観て来ました。ニコール・キッドマンが国連の仏語-英語の通訳で、アフリカのマトバ共和国で育ったためアフリカの言葉も話せ、そのために偶然マトバの大統領の暗殺計画を聞いてしまうという出だしです。ニコール・キッドマンは好きな女優さんですが、「ステップフォード・ワイフ」のようにとんでもない作品にも主演してるから、今回はあまり期待していませんでした。でも、これが思いがけずよくできた社会派サスペンスで、ハリウッド映画にありがちなアクションや派手な展開ではなく、心理描写にも重さを置いて、かつ息もつかせない緊張の続く面白い作品でした。
 ショーン・ペン演じるシークレット・サービスの捜査官は多情な妻を亡くしたばかりで、その辛い経験と葛藤しながらすごいプロ根性でニコールを護衛する役目を務めますが、ロバート・デニーロを彷彿とさせるような味のある表情を合間合間に見せて、年輪を感じさせます。ニコールも過去に深い心の傷を追ってちょっと屈折している役はお手の物という感じで孤高の通訳者を演じ、ショーン・ペンとの心のふれあいもじんわりと胸に来ます。
 10年前にルワンダで行われたフツ族の大量虐殺をテーマにした映画「ホテル・ルワンダ」をニースで観ていたので、アフリカでの大統領の扇動による虐殺という今回の背景もリアルに感じられ、要所要所に実際にありうる事件を織り交ぜているような、久しぶりに現実感のあるサスペンスでした。
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by cheznono | 2005-06-09 01:32 | 映画

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 カマルグの脇、アルルとエグ・モールトの間にあるサン・ジル教会は、プロヴァンスで一番と言われるロマネスク様式のファサードで知られ世界遺産にも登録されています。ここも11~12世紀にブームになったサンチャゴ・デコンポステーラへの巡礼路の1つで、神経の病気や子供のお守りにご利益があるとされ多くの信者や巡礼達が集まりました。奥にあった修道院はこうした巡礼たちを向かい入れ大変な賑わいを見せていたようです。今のサン・ジルは静まりかえっていて、巡礼者であふれた往年の姿には遠いけれど、浮き彫りのロマネスク彫刻のキリスト受難の図や聖人像はそのまま。人々への慈愛を説くカトリック教会として建てられたのに、結局はキリスト教の争いに翻弄されたサン・ジルの運命をじっと目撃して来た彫刻たちです。
 12世紀の初めにローマ法王がアルビジョワ十字軍にカタリ派撲滅を命じるきっかけとなった暗殺事件もこのサン・ジルで起こりました。カタリ派の迫害を望んだローマ法王が派遣した特使は、カタリ派を擁護していたトゥールーズ伯爵とプロヴァンスで話し合いましたが物別れに終わり、翌日法王の特使はサン・ジル教会で暗殺されてしまいます。この事件をローマ法王はフランス国王と結託して南仏にアルビジョワ十字軍を送り込む口実に利用して、カタリ派と住民を徹底的に痛めつけました。
 16世紀のカトリックとユグノー派との宗教戦争の時、サン・ジルは教会の大部分を破壊されてしまい、その後修復されたものの今度はフランス革命でまた荒されてしまいます。ファサードの美しいロマネスク彫刻は、12世紀に建てられたアルルのサン・トロフィーム教会の彫刻に似ています。サン・トロフィームの方は保存状態も良くて、奥の回廊が素晴らしいことでも有名ですね。 
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by cheznono | 2005-06-05 23:05 | プロヴァンス賛歌