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伝説の青いイス

b0041912_122398.jpg 昔、学生時代に初めてニースに行った時(正確に言うとイタリアからパリに向かう途中でちょっと寄った時)、プロムナード・デザングレから海岸を見渡した印象が、熱海みたいな町でした。その頃は何が哀しくて第二外国語にフランス語なんて選んでしまったかなと思ってたくらい、仏語の活用にうんざりしてたし、フランス自体にあまり興味がなかったんです。だから、海岸に向かって並んでいる青いイスにも気づきませんでした。
 ニースの海岸沿いに海を見渡せるようイスが並んだのは20世紀の初めからだそうです。今のスタイルになったのは戦後だとかで、デザインは建築デザイナーのジャン-ミシェル・ウィルモット。2000脚を超える青いイスが地中海沿いに設置されて、散歩する人が休んだり、日がな一日海を眺めたりしています。もう50年以上もプロムナード・デザングレのシンボルだから、今やフレンチ・リヴィエラの伝説のイスとまで言われているとか。
 晴れた日にこの青いイスに腰掛けて、澄んだ空と海を眺めていると悩み事などが些細なことに思えてくるから、ニースに行ったら是非座ってみてください。
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by cheznono | 2005-09-28 01:18 | コート・ダジュール散歩

騎士の街道

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 中世にニースからイタリアのピエモンテ州まで塩を運んだ塩の道沿いにある鷲ノ巣村、トウーレット-ルヴァンス。ニースから路線バスで行けるお勧めの穴場の一つです。当時、ニースの領主に仕えた騎士達が往来したこのトウーレット-ルヴァンスから北方の村ルヴァンス間の山道は騎士街道と呼ばれ、途中には9世紀からの村シャトーヌフ-ヴィルヴィエィユのお城の廃墟もあって、兵どもの夢の跡という雰囲気が残っています。
 トウーレット-ルヴァンスのお城は、今はこの南仏随一の蝶と昆虫博物館になっていて、近くには考古学と地元の伝統的な仕事を紹介している博物館もあります。そして、まず12世紀に建てられ、その後、修道会から命を受けた騎士達によって17世紀から18世紀にバロックの影響を受けた外観となったノートルダム教会は、惚れ惚れするほどの美しさで、村の品格を上げています。
 トウーレット-ルヴァンスは中世の町並みが殆ど残っている村というわけではありませんが、人々の生活の息吹のある味わい深い鷲ノ巣村です。よく晴れた日なら、お城の塔から遥かな地中海とアルプスの山々の頂きを見ることができるでしょう。
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by cheznono | 2005-09-23 13:16 | コート・ダジュール散歩

ルパン

b0041912_121895.jpg 中学生の頃、夢中になって読み、どっぷり空想の世界に浸りこんだ程、19世紀のフランスの怪盗紳士アルセーヌ・ルパンは私のヒーローでした。だから、ロマン・デュリスが主演と聞いた時にはえ?ルパンのイメージが、、って思ったけどこの映画はすごく楽しみにしていました。
 幼い頃、尊敬する父親から盗賊の手ほどきを受けたルパンが、本格的な泥棒として成長し、幼なじみの従妹クラリスに慕われながら、悪女カリオストロ伯爵夫人の怪しい魅力にのめりこんで、フランス王家の財宝が眠る場所を探すことになるというストーリー。「カリオストロ伯爵夫人」をベースに「奇岩城」や「813」のエピソードを織り込んだ新解釈のルパンということらしいですが、もう我が尊敬するモーリス・ルブランの原作とは全然別物という感じ。
 大ヒットした「ジョボーダンの獣」のように、ハリウッド手法をふんだんに取り入れた時代劇だけどフランス映画らしさを失っていない作品ではあるので、原作のイメージと完全に切り離せばそれなりに楽しめる映画でした。ベルエポックの時代のパリやノルマンディの壮大な自然が素晴らしいし、フランス在住の英国女優クリスティン=スコット・トーマスが演じる妖艶な毒婦カリオストロ夫人も見ものです。でも、物語はかなり支離滅裂。何よりもルパンが血を流すことなく、貴族や金持ちだけから命をかけて盗みを働く意義が薄まってしまった点が不満です。
 サッチャー元首相が大いに褒め称えた英国のヴィクトリア時代同様、ベルエポックは一部の恵まれた人達にとっては確かに麗しき時代だったけれど、その陰で貧富の差は激しく、富の偏りがさまざまな社会的矛盾や問題を生み出していた時代であり、アルセーヌ・ルパンはそういう風潮に反発し、命をかけ情熱を持って抵抗した盗賊だったのに、この映画はそうした側面を全く描いていません。エンターテイメントだけで終わらせてほしくなかったのに、、残念です。
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by cheznono | 2005-09-21 01:45 | 映画

フランスの携帯事情

b0041912_21582396.jpg 日本ではなんと携帯電話を持たない生活をしていて、遅れっぷりをバカにされていた私ですが、やっとauを買って来ました。南仏に戻る直前なのに、ちょっと事情があってGPS付きの携帯がほしくなり、思い切って契約したけれど、これでまた日本不在の時も払わなくてはいけない毎月の基本料金が増えたから憂鬱です。しかも、日本の携帯の多機能性とマニュアルの分厚さには目がクラクラ。フランスの携帯の説明書なんてCDの歌詞カードに毛が生えたようなものなのに。一時帰国した友達が「日本の携帯は複雑過ぎて操作にとまどう。」と言ってたのがよくわかりました。
 フランスでもドコモのi-modeと提携した頃から携帯は急速に進化して、カメラ付き携帯も出回ってはいます。でも、一般によく普及しているのは写真のような単純なスタイル。ディスプレイも小さくて簡単なSMSが送れるだけのシンプルな携帯です。一応ゲーム等は入っているし、携帯サイトも利用できますが、使い方はいたって単純。だから軽い。二つ折りでない分だけ軽いのは楽だけど、不便だなと思うのはストラップが付けれらないこと。バッグの中をごそごそして、やっと取り出した頃にはとっくに留守電に入ってしまっているなんてこともざらです。携帯は現金と同様に狙われ易いためか、日本でよく見かけるようなひと目で携帯用のポケット付きとわかるバッグも売ってないし、首からさげている人も見たことがありません。
 携帯マナーも日本の方がお行儀の良い感じです。フランスの携帯もマナーモードでブルブル振動だけで着信を知らせてくれる機能があるのに、ところ構わずあっちでもこっちでも派手な呼び出し音は鳴るし、目の前に誰がいてもうっちゃったまま大声で話し続けるなんて朝飯前。ただフランスの携帯の着信音は、カエルや犬など動物の鳴き声も選べるけど、auはわりとオーソドックスなパターンしか入ってないですね。
 感心したのは、この春ニースからイタリアへ向かった時の電車の中、もうイタリア国境を越えたかなって話していたら突然携帯にメッセージが入り、「ようこそ、イタリアへ!あなたは今国境を越えてイタリアに入りました。これからはテレコム・イタリアが同じ料金でサービスを提供します。」みたいなことが。フランスの携帯もなかなかやるじゃないと見直した出来事です。
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by cheznono | 2005-09-18 23:25 | いつもの暮らし

一番人気の美術館

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コートダジュールで訪問者が一番多い美術館は、ニースのシャガール美術館やマチス美術館ではなく、アンティーブのピカソ美術館でもなくて、サンポールにあるマーグ財団の美術館、というのはちょっと意外でした。20世紀の初め、モディリアーニやピカソ、ボナールやブラックなどそうそうたるメンバーを魅了した鷲ノ巣村サンポール・ヴァンスの林の中に、アーティストたちと親しかったマーグ夫妻が現代美術の理想郷を目指して完成させた美術館です。
 ここにはマチスやシャガールの作品も少しありますが、中心はブラックやミロ、ジャコメッティなどの絵や彫刻、公園のような庭にも彼らの作品が飾られています。林の中の自然と芸術作品の調和が一番の売りで、キュービスムやシュールレアリスムが好きな恋人達がそぞろ歩くには絶好の場所。個人的にはミロがイラストを付けたシャルル・レネの詩の展示に引き付けられました。
 でも哀しいかな、やっぱり私には現代美術はわからない。庭の彫刻やオブジェにも心が動かされる感性に欠けているなということを思い知るような見学でした。マーグ財団美術館はこの規模の美術館では珍しく全くの独立採算制でフランス政府の芸術援助を受けていないため、アートマネジメントなどを全て自分達で決定して賄っているので、入場料が高いのも痛かったです。でも、シブいヨーロッパ人があれだけぞろぞろ押しかけ、何時間も鑑賞を楽しんでいるのだから、わかる人にはとても価値の高い美術館なのでしょうね。
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by cheznono | 2005-09-15 00:51 | コート・ダジュール散歩

洪水の町

b0041912_17331154.jpg ハリケーンで町が戦場のようになってしまったニューオーリンズの映像は衝撃的でした。そのアメリカの洪水の惨状に重なるように、今年もまた九州や四国の方が台風の犠牲になってしまい、本当にお気の毒です。実は南フランスでも毎年のように洪水が発生し、今年も道路や民家が大冠水して大きな被害を被ったようです。プロヴァンス地方もよくピンポイント攻撃のような大嵐に襲われ、水害に合っています。しかも、このところ毎年水不足で、去年末から夏まで南仏はカラカラ状態で取水制限が出るほどだったのに、いきなり大嵐で冠水ですからたまったものではないでしょう。
 中でも特によく水害に合っているのがモンペリエです。冬でも温暖な気候の大学都市で、南仏とは思えないような瀟洒な町並みが広がり、パリ、エクスについで住居を探すのが難しいと言われている人気の都市です。パリやリヨンを初めフランスの大きな街は環境を考慮して、トラムの導入が進められていますが、モンペリエはその先駆者。トラムが洗練された旧市街を走る穏やかな町というのがモンペリエを訪ねた時の印象でした。でもなぜかこの町、頻繁に洪水に見舞われ、先週も大雨で家々が水につかって、住民もヴァカンス客も大変な目に合っています。同じような被害を繰り返す前になんとかできないものかと思いますが、地震と一緒でなかなか実際的な防衛策は取れないのが現実なのでしょうね。
 写真はモンペリエのファーブル美術館。19世紀に独特のリアリスム芸術を確立し、画壇をあっと言わせたクールベの「こんにちわ、クールベさん」やドガの絵を所蔵しているわりにすいているお勧めの美術館です。
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by cheznono | 2005-09-12 18:27 | 不思議の国フランス

ニースの民族衣装

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 コクトーが描いたマントン市役所の結婚の間の壁画正面のカップルは、ニース帽をかぶりパフスリーブの衣装を着た女性とマントンの漁師の帽子をかぶり魚形の目をした男性です。個人的にはこのカップルの表情がこれからの幸せを祝うにはちょっとコワイ気がしたのですが、二人にこの地方の伝統的な衣装を着せたのは興味深いなと思いました。

 ニースは昔まだしがない漁村だった頃からの独自の文化を培って来たところで、今でも生粋のニースっ子は自分達の文化にとても誇りを持っています。民族衣装もその一つ。平たい麦わら帽子のニース帽は有名ですが、典型的な女性の衣装は白いパフスリーブのブラウスに赤と白の縞のスカート、黒いベロアのベストにエプロンをして、黒いサテンのマントのような肩掛けを羽織ります。男の子も大きな襟の白いシャツに赤と白の縞のパンツに大きな赤いベルトをします。そして、レースも飾りとして良く使われたようです。

 鮮やかなプロヴァンス生地を使ったアルルの民族衣装とはまた違って、ニースの衣装もかわいいので、この地方のお祭りにぶつかった時などは伝統的な服装にも注目してみてください。でも、ダンスを踊る時など、平たいニース帽を頭にかぶらないで背中やスカートにつけているのは何だか不思議な光景、なぜなんでしょうね?
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by cheznono | 2005-09-09 18:51 | コート・ダジュール散歩

コクトーが愛した町

b0041912_0231842.jpg 詩人で、画家で、作家、映画監督、舞台監督と、オールマイティな芸術家としてベルエポックから戦後にかけて活躍したジャン・コクトー。映画「モディリアーニ」でもすらっとして見栄えの良いコクトーにかなり似た俳優が、ピカソやキスリングたちとラ・ロトンドでつるんでいる様子を演じてましたね。
 コクトーが何度も通い晩年には移り住んだマントンは、地中海に面したバロック建築の町並みが魅力的な輝くような町です。冬でもオレンジの街路樹が目立つこの町は
レモン祭で有名ですが、晴れてさえいればどの季節でも心地よい所でしょう。レモン祭に連れて行ってくれたフランス人によると、プライドの高いニースの人もマントンの方が美しいと認めているとか。コクトーが自ら改装した海辺の砦の美術館やコクトーの壁画で構成された市庁舎の結婚の間には日本の旅行者が大勢訪れています。
 17世紀にモナコの大公によって建てられたサン・ミッシェル教会の鐘楼はマントンのシンボル。コートダジュールで一番大きいバロック建築の教会で、その横の白色苦業会礼拝堂(写真)は、祭壇の前に立つと天井から洩れる光の効果が神秘的な礼拝堂です。この脇の階段を上って行くと古城(といっても廃墟)と外人墓地が現れ、眼下にマントン旧市街と真っ青な地中海が広がってまぶしいくらい。ずっと日がな一日、海を眺めていたいような気分にさせられました。こういう町で地元の文化や自然を作品に取り入れながら、自分の美術館の制作に励んだなんて、アーティストとして最高の贅沢だったかも知れませんね。
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by cheznono | 2005-09-07 01:19 | コート・ダジュール散歩

ソスペルの大聖堂

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 お隣のハゼノキがいつの間にか大木になって種を散らし、うちの狭い庭にもそこら中に若芽が伸び始めたので、軍手をして抜いたら、翌日腕が真っ赤に腫れてかゆいこと。紅葉はきれいだけど、かぶれのパワーはさすがにウルシ科の木ですね。去年の夏は南仏のクモにさされて腫れ上がり、未だに後が消えないのに、今年はハゼの木なんて、かなしい。。
 ニースからの塩の道の通過点で、商人達がベヴェラ川にかかる石橋を渡る際に通行税を取ることで潤っていたソスペル。塔付きの石橋を渡ると、噴水や家壁に描かれたトロンプ・ロイユ(だまし絵)の楽しい、でもちょっとひなびた町並みが現れます。町の反対側にはニース伯爵領の中でも2番目に大きいサン・ミッシェル大聖堂がかつてのソスペルの栄光を今に伝えています。
 18世紀に建てられたバロック様式の聖堂の前の広場に立った時は、その威風堂々とした姿に圧倒されてしまいました。右後ろに見えるのは12世紀に造られたロマネスク様式の教会の鐘楼で、この鐘楼だけが遺跡として残っていた教会跡地にサン・ミッシェル大聖堂を建設したそうです。イタリアの影響が強いこの地方はマントンの美しいバロック様式の聖堂が有名ですが、ソスペルの大聖堂は100年以上前に改修工事をしたのみという様相で外壁の色もあせたまま、この町にはふるさと再生の援助は出なかったのかなという感じ。でも、そこが人間味や生活感をにじませていて、よけいにソスペルを印象深いものにしているのかも知れません。
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by cheznono | 2005-09-05 01:50 | コート・ダジュール散歩

塩の道

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 「輝ける青春」はローマ、フィレンツェ、トリノ、シチリア島などイタリア各地の映像も楽しめる作品でしたが、特に主人公の兄弟が精神を病んだジョージアと逃避行を始めた時に連れて行った彼女の生まれ故郷は、フレンチ・リヴィエラの町々に良く似ているたたづまいで、思わず声を上げたくなりました。ニースも19世紀半ばまではイタリアだったから、この辺りの町がイタリアと似ているのは当たり前なのですが、その中でもこの映画の後、まっ先に思い浮かべたのがソスペル。ニースから国鉄でイタリアのクネオまで通じる線の途中、ベヴェラ川沿いにあるかわいい町です。かつて、ニースからイタリアのピエモンテ州に塩を運ぶ際の宿場町として栄え、その後、景勝地として知られるメルカントゥール国立公園への登山の入口として人気の避暑地となりました。
 とはいえ、こぎれいな鷲ノ巣村に比べれば観光地化されているとはとても言えず、威風堂々としたサン・ミッシェル教会も改修から取り残され、カラフルな家並みも傷んだ部分が目立つので、この点も微妙にイタリアの小さい町に通じるものがあるかも。中世にニースからの塩の道としてここの石橋を渡って行った商人達と彼らの馬やロバに思いを馳せ、さぞ大変な旅だったのではないかとため息が出ました。何しろ、ニースからの山越えは急カーブの連続で、碓氷峠の比ではなかったし、次から次へ山が現れて、乗っているだけでもそれはしんどいドライブでした。だから、山間にソスペルのこじんまりとした町並みを見た時は、本当にはるばるやって来たなあという感慨もひときわ、川沿いの公園で売っている揚げたスティックに砂糖をまぶした素朴なお菓子もこの地方ならではです。
 車で行かれる方はマントン経由をお勧め、マントン-ソスペル間はバスも出ています。
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by cheznono | 2005-09-02 18:32 | コート・ダジュール散歩