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恋は足手まとい

b0041912_1132676.jpg アビニョンの演劇祭でも繰り返し上演されることの多いジョルジュ・フェドーの作品の一つ「恋は足手まとい」、フランス映画祭ではチケットが売り切れでしたが、渋谷のNシアターで観ることができました。先週末の帰国後、初めての映画鑑賞です。
 19世紀末ベルエポックのパリで、エマニュエル・ベアール扮する人気歌手リュセットは貧乏貴族の浮気なエドワールに夢中、彼が来ると全てをほったらかして、恋にうつつを抜かしてしまいます。実はお金のないエドワールは、持参金目当てに親しい男爵夫人の娘と婚約を決めていて、久々にリュセットを訪ねたのは別れを告げるためでした。でも、リュセットのお色気に負けて、ちっとも別離を切り出せず、おまけに歌姫リュセットの元には次々におかしな客が訪れます。 結局、別れ話ができないまま婚約式に出向いたエドワールは、男爵家にお祝いのための歌手として呼ばれたリュセットとかち合うはめに。ダメな恋人の裏切りを知ったリュセットは、果たしてどう切り抜けるのでしょう?
 社交界を舞台に、独特のエスプリと皮肉を利かせたジュルジュ・フェドーのこれは舞台劇成功の第一作目。遊び歩くプレイボーイや貴族の娘が15歳以上年上の親の決めた相手と婚約する姿など、当時の風習を面白おかしく、でもシニカルに描いた楽しい作品です。舞台劇だから、映画にするとやっぱり大げさな振る舞いや物言いなど、少し違和感がありますが、それでも第一次大戦がまだ遠い、古き良き時代のパリの上流社会の浮ついたドタバタを上手に料理していて、思った以上に楽しめました。
 自身も見栄えの良い金持ちの女好きで、夜遊びが大好きだったというフェドー。舞台の成功で当時から名声を手にしていたようですが、プレイボーイでありながら、上流社会の夫婦関係のこっけいさをうまく切り取り、風刺をこめて芝居に仕立てた腕前は見事なものです。金持ち連中のこんな生活を庶民はいったいどんな目で見ていたのでしょう?芸術が花開き、貴族やブルジョワジーの浮かれた良き時代ベルエポックも、裏を返せば貧富の差が著しく表れた社会で、多くの庶民にとっては苦しい生活を余儀なくされた時代であったことが、逆説的に頭に浮かんでくるようなそんな映画でもありました。
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by cheznono | 2006-07-30 01:54 | 映画

ラベンダー祭りへ

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 焼けるような陽射しの南仏からびっくりするほど涼しい東京に帰って来ました。いくつものツアーと重なってぎゅう詰めだった飛行機の中でも頑張って寝たつもりでしたが、帰ったとたんにバタンキュー。いっきに身体中にガタが来た感じで、あちこち痛いです。
 ニース最後の先週の日曜、友達が去年行って良かったというヴァランソルのラベンダー祭りに連れて行ってくれました。5月にムスティエ・サントマリーとヴェルドン渓谷へ向かった時、通りかかったヴァランソル高原は、どこまでもどこまでも見渡す限りラベンダー畑が続くまさにラベンダーの里。その光景は以前に見たヴァントゥー山付近のラベンダー畑よりも印象的でした。でも、何せプロヴァンスのラベンダーは5月だとまだ蕾が出たばかり。印象的とはいえ、花の咲いていない茎と葉の緑色のラベンダー畑だったので、いつか7月の花盛りの季節にもう一度絶対戻って来たい!と願っていたら、その夢がかなうことになったのです。
 ニースからヴァランソルまで、高速を飛ばして2時間、その後田舎道を更に1時間半余り。北イタリアにヒョコっと出かけるのとはわけが違います。なのに、ニースを出たのはお昼の1時過ぎ。本当にこれからヴァランソルまで行って来れるのだろうか?私の心配をよそにドライバーは、脇に置いたビールを飲みながらエアコンもない日産車を飛ばし、エクスの手前で高速を降りて田舎道を上ったところの小川沿いでピクニックして、やっとお昼ご飯。気温が上がったので、山の向こうでは雷雨が発生した模様です。
 サラダとサーディン、ローストチキンのお昼を手早くすまして、再び山道を越えて行くと、小麦畑が見えて来ました。デュランス川とヴェルドン川の間に伸びるヴァランソル高原は小麦の栽培も盛んです。更に田舎道を行くとやっとやっとラベンダーの青紫色の花が現れました。でも、何だか思ったよりも花の色が薄い。近寄って見ると、どうも花盛りを過ぎたラベンダーが多い感じが。。隣の畑を見渡すと、もう花が刈られてしまって殆ど丸坊主。しまった、来るのが遅かったのね?!
 本来、ラベンダーの収穫は7月半ばから9月にかけて行われるはず。そのため、ラベンダー祭りも8月に予定している村が多いのに、今年は猛暑で、特にプロヴァンス地方は6月から35度の日が続いていたため、ラベンダーも早生してしまったようなんです。去年はもう自分の前も後ろも全てラベンダー畑だったという友達も今年はちょっと様子が違う、暑過ぎたのが原因だねと首を傾げていました。つづく
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by cheznono | 2006-07-24 16:46 | プロヴァンス賛歌

ニースのアイスクリーム

b0041912_21391047.jpg この夏はお年寄りがたくさん犠牲になった2003年の夏に次ぐ猛暑で、お隣のプロヴァンス地方は37℃前後の高温が続いていますが、ここ数日はついにコートダジュールにも酷暑がやって、暑いのなんのって。帰国が目の前に迫って来たので毎日忙しいのに、日中の日差しの強い時はなるべく外に出ないか、ショッピングセンターや映画館のような冷房の効いているところに避難しましょう、なんて呼びかけられています。
 当然、アイスクリーム屋さんは大繁盛。中でも開業40年、ニースで一番人気のイタリア系のアイスクリーム屋さんフェノッキオは大忙しでしょう。このお店のすごいところは、なんと96種類ものいろいろなアイスやシャーベットを作っていて、その味もかなり独特なこと。これだけの種類は本場イタリアでも見たことがありません。このお店は地中海沿岸の特産物をうまくアイスクリームに取り入れて、本当にオリジナルティに富んだ味を出しています。私はショーガのファンですが、ビールやオリーブ、トマトとバジルなどのアイスも結構売れています。ティラミスやカリソン味、いちじくやチューイングガムといったようなお菓子系もおいしいのだとか。 
  最近、フランスの名の知れたシェフたちの間では、塩味系のアイスクリームやシャーベットを料理に生かそうという流れがあるそうで、マスタード入りのアイスをドレッシングのようにサラダに混ぜたり、お肉に乗せたりするレストランも増えているそうです。とすると、40年も前からニースっ子に親しまれているこのお店は、塩味系のまさに先駆者かも。タイムやローズマリーなどハーブ系のシャーベットや甘草のアイスなど、固定観念を破って何でもアイスにしているアイディアには脱帽。甘いものはいまいちの私ですが、一度たべて見たいのがポピー味。いったいどんな味なのか興味深深です。
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by cheznono | 2006-07-17 22:10 | いつもの暮らし

ジダン沈黙を破る

b0041912_741213.jpg ワールドカップ決勝戦で引退直前のジダンが、突然イタリアのマテラッティに頭突きを喰らわした事件は、フランスはもちろん、各国で論議をかもし出しましたね。試合後、ものすごく落込んで見えたジダン。パリへ戻って来たチームがホテルクリヨンのテラスから観衆に挨拶した時も、ジダンの表情には明らかに翳りがありました。
 世界中が注目していた引退目前の決勝試合で、なぜあの紳士的なジダンがイタリア選手の挑発に乗ったのか、憶測や批判、同情が飛び交う中、仲間の選手たちはジダンは相手の策略にはまって頭突きの行為に走ったことを後悔していると証言していましたが、試合後初めてのジダンのTVインタビューで、彼は後悔はしていないと明言し、それがまた賛否両論を読んでいます。
 新聞によるとマテラッティは日ごろから侮辱的な発言や暴力的な振る舞いが目立つ選手だったようです。また、チームの一人はサッカーの試合中に相手を中傷して挑発する選手は結構いるけれど、イタリア選手は特にその傾向が強いと言っていました。どちらかというとフランス側が押していた後半、ジダンのシャツを引っ張って張り付いていたマテラッティが、ジダンの家族を侮辱する暴言を何度もはいたのはどう考えてもスポーツ精神に反するし、ひどい言葉で相手チームの筆頭選手を揺さぶって、試合を有利に持っていこうとする手が横行されるのではとてもフェアとは言えません。
 ずるい、何するかわからないなどと、フランスではとかく悪く言われがちなイタリア人。フランス人はベルギーやイタリアなど国境を接している隣人をからかったり、悪く言うのが常なので、私たち外国人は陰で「フランスの南の人よりもイタリアの北の人の方が信用できる場合も多いかも?」なんて笑い飛ばしていますが、今回の事件は日ごろのイタリアの悪評判を裏付けるような印象を持ちました。W杯の決勝戦でこういう手を使う選手が容認されて、度重なる挑発に我慢ができなくなった相手の反応が非難の的になるのは、ジダンの主張どおり、とてもおかしいと思います。
 「現役終了10分前に、自分が本当にあんな行為をしたかったと思いますか?」というジダンの言葉には、思わず胸がつまりました。自分の行為は許されないけれど、相手があまり行き過ぎていたので、他に方法がなかったし、今も後悔はしていない、という彼の言い分を本当に理解できるのはサッカーの国際試合で戦ったことのある人だけかも知れませんが、彼らが試合中に受けるあくどい挑発は禁止されるべきだとジダンは引退前の自分の評判を犠牲にしても、言いたかったのはないでしょうか。
 泣かず飛ばずだった予選時には、年寄りチームだからもうダメなのでは?と批判され、ドメニク監督に「頼むから今は黙って我々に仕事をさせてくれ」と言わせたフランスメディア。頭突きを批判するのは簡単だけど、そんなことより、10年以上もフランスに勇気と感動を与えて、世界中をわくわくさせてくれたジズーに、心からメルシーとブラボーを送りつつ、サッカーの試合中の問題点を冷静に分析すべきなのではないかと思うのです。
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by cheznono | 2006-07-13 08:31 | 不思議の国フランス

ワールドカップ決勝

b0041912_22223164.jpg いよいよ今晩はフランスvsイタリア戦。ニースでは旧市街の裁判所と公園の2箇所に大きなスクリーンを設置して、海岸沿いのプロムナード・ザングレは夕方から通行止めにし、試合に備える予定です。バスの中など知らない同士の会話も自然とサッカーの話題になるし、イタリア国旗を運転席に掲げているバスの運転手さんも。昨日、バス停で言葉を交わした大柄のマダムは、「日本は予選敗退で残念だったわね。フランスが勝ったら絶対ジダンのユニフォームを買うわ、私が入るサイズがあったらだけど。」って笑っていました。
 19世紀までイタリアに所属していたニースは、イタリア人の割合も多いので、どちらが勝っても大騒ぎになることは必須でしょう。父親はフランス人だけど、母親はイタリア人という家も多いから、今日の試合でどちらを応援するかは家族でも分かれるところかも知れません。決勝のTV放映をするカフェも多いし、今夜街中をうろつく時は、騒ぎに巻き込まれないように気をつけようと思います。
 ところで、コート・ダジュールの海のお祭りで、漁民が海での安全と神のご加護を祈る聖人サン・ピエールは、昔むかしシモンと言う名の漁師でした。つまり、シモン・ペテロ(ピエール)という名前の漁師がキリストの使徒となって、後に福音を伝えるための12人の弟子の一人に選ばれたのですね。後世に聖人に昇格したペテロは、漁師出身のため海の保護聖人となって、漁師たちに祭られて来たようです。フランス語圏にはあちこちにサン・ピエール教会があるらしいですが、ニースの隣の港町ヴィルフランシュ・シュル・メールにある礼拝堂は、ジャン・コクトーがサン・ピエールの生涯を壁一面に描いたことで知られます。コート・ダジュールと漁民の生活に愛着を抱いていたコクトーらしい壁画と聞くので、是非中を見たいのですが、なぜかいつ行っても閉まっているサン・ピエール礼拝堂。どうして、お昼休みを4時間も取るのかしら?と恨めしげにいつも外見だけで我慢しています。
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by cheznono | 2006-07-09 23:37 | コート・ダジュール散歩

伝統の海の祭り

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 昨夜は隣に1週間滞在しているイタリア人家族と夕食中にジダンが点を入れ、ついにフランス対イタリアの決勝へ進むことになったので、結構わくわくしました。でも、パリや南仏では、興奮したファンが羽目をはずし過ぎてて亡くなったり、大怪我をしたり。命まで落としてしまう節度のなさにはあきれています。ともあれ、9日の決勝試合は楽しみですね。
 先日行われたニースの漁師のお祭りのハイライトは、浜辺で小船を燃やすことでした。古くからニースは海産業に頼って来た小さい町で、塩や魚をお金に変え、内陸側の産物であるオリーブオイルやワインを船でマルセイユやイタリアのジェノヴァに運んでは生活を立てていたようです。でも、漁民たちは食べるのがやっとで、漁師の一家は皆貧しい暮らしに甘んじていました。そうした貧しさが漁師たちの固い絆と連帯感を生み、毎年夏の初めに釣り人たちの聖人サン・ピエールに祈りを捧げるお祭りの際、彼らの中で一番貧しい漁師の傷んだ釣り船を燃やして、持ち主には新しい小船をプレゼントして来ました。これは、漁に頼る海辺の村ではよく行われた慣わしみたいです。
 リゾート都市となった今もこの伝統は大事に受け継がれていて、もはや浜で焼かれるのは使い古された小船ではありませんが、今年も皆の見守る中、青い釣り船に火をつけて、その燃える船の周りをニースの民族衣装をまとったダンス協会の若い男女がぐるぐると踊って、海への感謝と祝福をお祝いしました。ただ、問題は砂利の浜辺で行われるため、せっかくそろったダンス協会の面々も手をつないで単純に船の周りを輪になって踊るだけで、いつものようなフォークダンスを披露してはくれません。ただ回るのがバカバカしくなったのか、途中で輪から外れて休憩してしまう人もちらほら。これではきれいな民族衣装姿がちょっともったいない。毎年のイベントなのだから、もう少し工夫しても良いのでは?とフランスで何かイベントがある度に思うのでした。 
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by cheznono | 2006-07-06 22:05 | コート・ダジュール散歩

ニースの漁師祭り

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  予選中は泣かず飛ばずだったフランスチームがブラジルに勝った土曜の夜中は、ニースもパリに負けずすごい騒ぎでした。海岸に花火は上がるは、車はクラクションを鳴らしっぱなしで走り回るは、爆竹や国歌のオンパレード。「誰もがジダンは年を取ったと言ったけれど、今までで一番の良い試合だった!」とマスコミも絶賛。これだけ国民に元気とエネルギーをもたらすジダンやアンリは本当にすごいと肌で感じる試合結果です。 
 ところで、鷲ノ巣村のエニシダ祭りは断念したけれど、ニース伝統の海のお祭りは旧市街の海岸で興味深く楽しむことができました。まだニースが人口3万人の漁村に過ぎなかった時代、地中海の魚と塩に頼って生活していた住民たちは、毎夏、海の聖人に感謝と祝福のお祭りを捧げて来ました。海の恵みを祝福し、また一年、アフリカからの海賊やサラセン人に船が襲われないように祈るためのお祭りです。
 今や人口37人の観光都市となったニースで、漁業を生業にしている人は激減しましたが、地元の人々はこの祭りをだいじに続けているそうです。この日もニース港から次々に小船が出航し、旧市街からプロムナード・ザングレに続く海岸に集まって、海辺で待っている人々とお祝いしました。いずれも小船や釣り船は大きな花飾りを乗せています。日が落ちると、船のランプが赤くともされ、波に揺れる小船と一緒に明かりが揺れてなんともいえない趣をかもし出していました。この海の漁師祭りはマントン港でも行われます。
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by cheznono | 2006-07-03 20:24 | コート・ダジュール散歩