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奥さまは名探偵

b0041912_030399.jpg アガサ・クリスティーの奥さまは名探偵、フランスで200万人動員の大ヒットという触れ込みですが、去年の秋に公開されたニースでは、残念ながらそれ程受けていませんでした。クリスティーが40年余り前に発表した作品「親指のうずき」を、舞台を原題のフランス・サヴォア地方に移して描かれたコメディタッチのミステリー映画、謎解きとしてのドキドキはらはらは感じなかったけれど、カトリーヌ・フロとアンドレ・デュソリエというお馴染みの名優が演じるブルジョワ夫婦は、羨ましいような生活ぶりの息の合ったカップルで、観ていて気持ちがよかったです。
 田舎でお気楽な生活を送るプリュダンスは、スノッブで意地悪な夫の叔母を老人ホームに見舞った際、同じホームに住む奇妙な老婦人ローズから声をかけられます。変なおばあさんだけど苦手な叔母よりは面白い相手という印象だったローズ。でも、叔母が亡くなったためホームを再訪した時には、あのよろよろしたようなローズは失踪していました。しかも、叔母の遺品から出て来た一枚の風景画は、ローズの持ち物の筈。プリュダンスは、どこかで見覚えがあるその風景画が気になったため、電車に乗って絵に描かれた風景とシャトーを捜し始め、ついにモデルとなった風景を突き止めます。
 田園風景の中の美しいシャトー、それだけで何か始まりそうですが、プリュダンスはシャトーのある小さな村を訪ね、そこに隠された秘密に触れて行くのですが。。
 これが、クリスティーの書いた60年代のイギリスのカントリーサイドでならおどろおどろしい過去が浮かび上がるのでしょうが、現代フランスの田舎町の場合、暴かれた過去もどこか明るい感じがするのは私だけでしょうか?この映画は、プリュダンスがどうして少し頭がおかしいようなローズの話に興味をそそられ、風景画を異様な情熱で追い始めるのか、その動機がとても弱いし、全く生活感のないヒロインと夫の暮らしぶりも現実離れしているのに、それでも不思議な魅力がありました。主人公カップル以外の登場人物たちが、誰しもフランスなら本当にその辺で出会いそうな個性的なキャラクターで、楽しませてくれます。ミステリーとしてはともかく、優雅なコメディとして観るには良い気晴らしになる作品ではないでしょうか。 
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by cheznono | 2006-09-25 01:12 | 映画

イタリアのイチゴ味ご飯

b0041912_191851.jpg 南フランスから国境を越えてイタリアに入ると、料理が得意なニースの友達は真っ先にスーパーに入りたがります。そして、ラビオリやらトマトソースのチューブやらパルメザンの塊などを次々にカゴにほおりこんで行くのです。理由は、コート・ダジュールでもお馴染みの食材でも、イタリアだと種類が豊富で安いから。
 イタリアのスーパーで私が特に気に入っているのが、クノールなどのスープメーカーが出しているリゾット用の袋。中にはお米とリゾットのスープの粉(カップスープの粉のようなもの)が入っていて、袋の中身を鍋にあけ、水を大量に入れて火にかければ、簡単に3人分くらいのリゾットが出来上がり、という物です。最近は日本でも電子レンジでチンできるインスタント・リゾットが出ていますね。クノールスープのシリーズが出しているようなイタリアのリゾットの袋は、そのままだとどうしても味が濃すぎるので、私はマッシュルームを足したり、乾燥ポルチーニを入れたりして味を加減しています。
 昔、イタリアン料理を意味する「イタ飯という言葉があるのは、イタリアのお米がおいしいからよ。」とお料理の先生から聞いたことがありますが、リゾット好きなイタリア人のお米への情熱はある意味、日本人と遜色がないのかも知れません。6月のニースのイタリアン・ガストロノミーのお祭りでは、イチゴ味のお米が一袋5ユーロで売られていました。写真のようにお米は見事なイチゴ色。「どうやって食べるの?」と聞くと、「リゾットやデザートのようにしても良いけれど、そのまま炊くだけでとてもおいしいよ。」とのこと。うーむ、イチゴ味のお米をそのまま炊いて、ご飯として食べるのか、、好奇心でかなり惹かれましたが、結局買うのは思い留まってしまいました。以来、北イタリアに行く度に捜したのですが見つかりません。やっぱりあの時、買っておけば良かったかも、とちょっと後悔しています。
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by cheznono | 2006-09-21 01:38 | いつもの暮らし

リプリーのサンレモ

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 「太陽がいっぱい」のリメイク版というよりもパトリシア・ハイスミスの原作に忠実と言われている「リプリー」をTVで観たら、マット・デイモン扮するトム・リプリーが憧れていた金持ちのぼんぼん(ジュード・ロウ)と喧嘩になり、海に沈めてしまうのがサンレモだったので、へえって思いました。サンレモはニースからミラノ行きで約1時間15分。今日はイタリアに行って買物をしようと思ったら、お昼ごろ出ても結構楽しめる距離なのです。今年はニースの友達の影響もあって、初夏から夏にかけひょこっとサンレモまで出かけたことが多かったので、あの穏やかな地中海でトム・リプリーが最初の犯罪に手を染めたのかと思うと、例えシネマの世界であってもちょっと胸に来るものがありました。
 「リプリー」ではホモセクシャルとして描かれている主人公が、アメリカの金持ちからイタリアで遊び暮らしている息子ディッキーを連れ戻してほしいと依頼されたのは、1958年。その頃はまだ客船で大西洋を渡り、ナポリで恋人と勝手気ままに高等遊民のような生活をしていたディッキーを見つけたトム・リプリーですが、好き放題に暮らしている美男で気まぐれなディッキーに魅了され、すっかりミイラ取りがミイラになって彼のお気楽な生活に入り込みます。金持ちで美く、でもわがままで残酷なディッキーは、一時は弟のようにかわいがったトムを疎ましく思い始め、一緒にサンレモのジャズ音楽祭を見に行き、そこでたもとを分かとうとトムに宣告。仕方なくトムはディッキーの提案を受け入れて、二人はサンレモに向かいます。そして、音楽祭の翌日、海にボートを出して楽しむうちに言い争いから殴り合いの喧嘩になって、トムはディッキーを殺害し、そのまま地中海に沈めてしまうのです。映画はこの時点からサスペンスとして急展開して行きます。
 「リプリー」にはローマやベニスなどイタリアの見所が登場しますが、サンレモは生憎ヨットハーバーと海辺が中心だったのでちょっと残念でした。昔から貴族のリゾート地として栄えたサンレモは、花の産地としても有名で、マルシェとは別に花市場が立ち、ジェノヴァの影響を受けたバロック様式の目立つ明るい街です。20世紀半ばから、高級リゾート地としての人気はカンヌやモナコに譲ってしまいましたが、まだ「リプリー」の頃は往年の華やかさが色濃く残っていたに違いありません。
 今もサンレモは古き良き時代の面影を残しつつ、商業地としても成功していて、北イタリア有数のショッピングのメッカの一つとして人気、街にはとても活気があります。ブランドもののブティックが多いカンヌやモナコに対して、サンレモはイタリア的な手ごろでしゃれたブティックや雑貨屋が多い印象です。服や小物の物価はフランスと変わらないけれど、スーパーの食材やカフェの値段にはやっぱりフランスよりもお手頃で、並んでいる品もかなり違うから、見ているだけでも飽きません。ラビオリやピストー、チーズを初め、私たちもたくさん食品を買い込んでは、ニースに戻ってからちびちびと味わっていました。もの珍しいので、つい余計な物まで買ってしまうけど、いかんせんイタリア語の説明は殆どわからないため、日本に持ち帰った食品もあてずっぽうで利用しているありさま。早くイタリア語の辞書を買わなくてはと思うこの頃です。
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by cheznono | 2006-09-18 01:18 | イタリア絵日誌

深海 Blue Cha-Cha

b0041912_0503170.jpg 日ごろは洋画中心ですが、久しぶりに興味を持った日本映画「ゆれる」を観に行ったら、既に立ち見となっていて入場できませんでした。誘ってくれた友達も私もすっかり忘れていたけれど、9月1日は映画の日だったのですね。仕方なく隣で上映中のそれなりに話題になっていた台湾映画「深海 Bleu Cha-Cha」を観ることにしました。
 台湾第2の港町高雄で、出所したばかりの30代前半の女性アユーは、刑務所で知り合った先輩のアンを頼って、彼女のスナックで働くことになります。精神安定剤を手離せないアユーは、金払いの良い店の上客に見初められ、それ程気乗りのしない様子で一夜を共にすることに。でも、それ以来連絡をくれない男を思いつめて、追回し、ついにはアンのスナックで修羅場を演じてしまいます。
 そんなアユーを姉か叔母のように面倒をみるアンから、今度は工場での仕事を斡旋して貰ったアユー。見るからに自分の殻にこもって陰鬱そうに作業をする彼女に、感じの良い青年シャオハオが興味を持ち、あの手この手でアユーの心を開こうと働きかけて来ます。初めは心ここにあらずといった感じのアユーでしたが、いったんシャオハオに心を許すと、自分からシャオハオの部屋に移り住み、全身をかけて彼にのめり込んで行きます。そんな彼女を愛おしく思っていたシャオハオも、自分との生活以外いっさい他人との関係を築こうとしないアユーの態度に苛立ち、彼女の強い愛情が重荷になって来てしまい、やがて別れを迎えるのですが。。
 アユ-を演じる台湾の歌手出身の女優さん、それほどきれいには見えなかったのですが、アップになると山口百恵にそっくりの表情をしますね。多分、男好きする顔なのでしょう。周囲に壁を作って不幸そうな彼女をなんとか自分の手で幸せにしたいと思わせるものがあるのでしょうが、いったんこちらを向くと、余りの思い込みの激しさと独占欲の強さに男性側がうんざりして引いてしまう、という筋書きは結構見かける展開です。この手のストーリーは、映画人の創造意欲をそそるのかも知れません。ただ、実際に近くにこういう女性、自分を気に入ってくれた男に全身全霊を欠け、常にパートナーの愛情を確認することでしか自分のアイデンティティを感じることができない人がいたら、かなりしんどいでしょうね。
 自己愛と相手への思いを混同してしまうのは、彼女の心の病のなせるわざというように描かれていますが、もう少しその辺の切り口に深みを持たせてほしかったです。ただ、圧倒的なリアリティのある作品であるとは思いました。自身も男性問題で刑務所に入り、その時の彼との苦い過去を持つ姉御肌のアンが、自分のスナックでひたすら踊るCha-Chaがすごく良かったです。温暖な気候の中での高雄のお正月も、日本とは全然様子が違うので興味を引かれました。苦労はしたけれど、明日への希望が見えるラストも悪くなかったですね。
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by cheznono | 2006-09-13 01:51 | 映画

幻のラベンダー畑

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 12世紀から16世紀に建てられた家並みの続くペイユの村は、全く観光化されていなくて、村にはパンやさんとカフェ・レストラン、そしてよろずやさんがある程度。ハイ・シーズンでにぎわうコート・ダジュールの海側の喧騒がウソのようです。渓谷を見下ろすように岩山にひっそりと張り付いた鷲ノ巣村ですが、人口は意外に多くて2000人を越え、村の通路を歩いていると、あちこちにお花を飾った鉢や寄せ植えのコンテナが目に付きます。すれ違う人影もないのに、住民たちがいかに自分たちの住まいや村をだいじにしているかがわかるようなたたづまいに、すっかり魅了されてしまいました。
 糸杉の立つ村の頂上まで歩くと、13世紀にプロヴァンス伯が建てたお城の跡地が広がり、そこから村全体や眼下にに広がるオリーブの森が見渡せます。ここから、向こうに連なる中世の屋根を見下ろすと、なぜペイユがコートダジュール一番の「不思議な村」と呼ばれ、村の入り口にまでそのことが明示されているのかが、なんとなくわかる感じでした。この村には紀元前のローマ遺跡も数多く残っているそうです。
 ところで、この村に出かけた理由の一つだった、この周辺に広がる筈のラベンダーはどうなったでしょう?ペイユの伝統、ラベンダーと麦祭りは8月初旬に予定され、この日ラベンダーの刈入れを体験したい人は朝6時に集合と出ています。ならば絶対この辺にラベンダー畑があるに違いありません。ペイユは山の斜面に立ち、遥か下を流れる川を見下ろす感じで、渓谷の上の山間に張り付いているため、村の中にはとてもラベンダー畑のスペースがないのは当然ですが、周辺をどう見回しても緑の林が広がるばかり。村の反対側に回って上を見上げたり、下を見下ろしたりもしましたが、ラベンダーも麦畑も全くそれらしきものは見当たりません。村の周囲には延々と緑の森が続くばかり。さすがにヴェルドン渓谷のよなダイナミックさには欠けるけど、でも環境的には似たような感じです。いったいペイユのラベンダー畑はどこに隠れているのでしょう?
 今年のコート・ダジュールはプロヴァンスと違って6月中までは穏やかな気候でした。猛暑が始まったのは7月になってから。だから、育ち過ぎたラベンダーや麦を早めに刈り取ってしまったということはないと思うので、きっとどこか、村人しか知らないようなところにラベンダー畑が広がっているのでしょう。次回は絶対にその場所をつきとめたい。まだまだ奥が深いペイユなのでした。 
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by cheznono | 2006-09-07 00:45 | コート・ダジュール散歩

一番不思議な村

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 例の1.30ユーロのバスで、ニースからひょこっと行けるお勧めの穴場ペイユは、岩山に張り付くように立っている鷲ノ巣村の一つで、コート・ダジュール地方で一番奇妙な村、不思議な村と呼ばれています。ニースから帰国する直前、前から気になっていた山奥のこの村を訪ねることにしました。8月の初旬にここでも「ラベンダーと麦祭りを催します。」というPRを見かけたせいもあり、私はかなり期待してバス・ターミナルに向かいました。
 この村に向かうバスは、途中ローマ遺跡の残ることで有名なチュルビーを経由することもあって、一日に数本が出ています。でも、まずはやって来たバスにびっくり。この辺では初めて見るような小さいバスだったのです。7人乗りくらいのミニバスは、これで峠を超えて行くのかと心配になるような座席で、しかもキップは運転手さんの手書き。思わず、一緒に行った英国人の友達と顔を見合わせてしまいました。
 何だか懐かしい雰囲気を漂わせた素朴なミニバス、ガタガタ言いながらニース市を北上して、意外にすごいスピードでカーブを切り、ラ・チュルビーに到着。それからまた峠を越え、山をどんどん上って、終点ペイユにたどり着きました。ニースのバス・ターミナルから約一時間半、オリーブ畑に囲まれ、いかにも人里離れた山間の村に降り立つと、明らかに空気がさわやかで、ニースの猛暑がウソのような風が流れています。そう、村のてっぺんには中世にプロヴァンス伯爵が建てた城跡の残るペイユは、避暑地だったのです。
 7月半ばのその頃、南仏でも家庭にはエアコンが普及していないため、ラジオや新聞はしきりに「暑さをしのぐため、昼間は家にこもらないでなるべくスーパーや映画館などエアコンの効いている場所に行って下さい」と案内していましたが、標高の高いこういう鷲ノ巣村に涼みに来た方がずっと爽快じゃないと笑いながら、12世紀から古い村に入って行きました。つづく
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by cheznono | 2006-09-04 01:35 | コート・ダジュール散歩