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ルートヴィヒ

b0041912_1431950.jpg ヴィスコンティ生誕100年祭で「山猫」を観たかったのですが、日時の都合で「ルートヴィヒ」lの完全復刻版を観て来ました。1864年にバイエルン国王として18歳で即位したヨーロッパ一美しい王様、でも奇行に明け暮れた挙句に40歳で謎の死を遂げたルートヴィヒの生涯を描いた240分の大作です。
 国民には大人気だったという若く美しいルートヴィヒにヘルムート・バーガー、彼が憧れる年上の従姉妹でオーストリア皇后のエリザベートにロミー・シュナイダーという配役で、即位したものの政治に感心を示さず、ワーグナーに心酔した王が異常な熱心さで浪費家のワーグナーを招聘し、惜しみなく援助したため家臣たちの不信を買うところから物語が進んで行きます。自分に容姿も性格も似ていて、窮屈な宮廷生活に馴染めず自由を求めてもがくエリザベートの姿に自分を投影させ、強い思慕の情を感じたルードヴィヒでしたが、彼女自身の勧めもあって一度はてエリザベートの妹ゾフィーと婚約したものの、結局は婚約を破棄し、ホモセクシャルへの道に入って行きます。
 やはり美青年だった王弟も戦争体験から精神に異常を来たし、母后は途方に暮れるばかり。肝心の王は国政には無関心で、ひたすら芸術に入れ込み、夢のようなお城の建設に取り付かれ莫大な予算を自分の趣味につぎ込んだため、当然国庫は衰弱、普仏戦争など相次ぐ戦いでも賠償金を取られたりした後、バイエルン王国の将来を案じた家臣たちはついにルートヴィヒを精神病と認定させて、ベルグ城へ幽閉してしまうのでした。
 国政にはきちんと従事せず、奇行が目立っても国民の人気は衰えなかったというルートヴィヒ。あまたの欠点はあっても恐らく憎めない人間としての魅力があったと思われるのに、この映画の中ではそうした彼のカリスマ性や繊細さがあまり感じ取れず、自分の美学のために国庫を浪費する姿が強調されていたように思います。既に時代は現代へとシフトしつつあるのに、ルネッサンス期の王朝を目指したり、ブルボン王朝に憧れ、ベルサイユ宮殿のようなお城の建設に情熱を注いだという時代錯誤な王様を持ったら、国民はえらい迷惑でしょう。家臣や官僚の心は離れても、国民からは見放されなかったルートヴィヒの姿に全然惹かれなかったのは、私の感性のせいだろうかと、上映終了後に自問してしまいました。常に距離のある母親との関係にも、王の強いマザー・コンプレックスというのをあまり感じる取ることができなかったし。
 とはいえ、ヴィスコンティの描きたかったのは、貴族のデカダンスと王族の時代の終焉なのだったのでしょうから、その点はよく伝わってきました。ノイシュバンシタイン城など、ルーヴィヒが自身の夢と幻想を追求したお城が、結果的にはバイエルン地方の人気の観光名所となっているので、彼が注ぎ込んだ膨大なお金は無駄ではなかったわけですね。今も観光収入に多大な貢献をしているという点では、後に暗殺されたエリザベートと共通しているので、浪費された税金も結果的にはドイツやオーストリアに倍返しされたといえるのかも知れません。
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by cheznono | 2006-10-30 15:43 | 映画

b0041912_0213648.jpg くだんの本によると、「フランス人は常に恋愛に憂き身をやつし、日本の女性がよく嘆くように良い出会いがないとか、仕事と恋の両立ができないから一人でいる、などというような悩みは考えられない。」「レストランでは常にカップルが熱く向き合って食事をしていて、日本のように女性同士で外食するなんてありえない。」そうで、更には「フランスでは仮面夫婦や家庭内別居というようなカップルは存在しない。」などなど、ことに連れて恋に不器用な日本人に対して、あたかもフランスでは国民の大半が、少なくともパリジャンは全員が恋愛の達人であるかのように書かれていて、いろいろなカップルの例が挙げられていました。だから、恋ができないとくすぶっている日本人女性もシャルル・ドゴール空港に降り立ったとたん、恋愛モードに入れるでしょう、というような助言ともそそのかしともつかないような結論で締めくくられています。
 なんともお粗末な観察だと読んでいてげんなりしましたが、この手の著書を何冊も出せるのは、もしかしてフランスに対するほめ殺しのようなアンチテーゼが、文面の軽薄さに隠されているからなのでしょうか?
 確かに、レストランで会食している女性二人や女性だけのグループは、圧倒的に日本の方が多いけれど、それは基本的にカップルで行動するという生活パターンが身についている文化だからで、日本のように夫婦であっても、夫には夫の世界が、妻には妻の交際範囲が別々に存在してるのは、フランスでは返って新しいスタイルに見られる向きもあります。長い間フランスではカップルでいる姿こそ一人前とみなされ、なるべく一人でいる期間を作らないように努力する人が多かったようですが、20世紀の終盤くらいから様子が変わって来たと言われています。
 ヌーヴェル・オプセルバトール(有力週刊誌)やル・モンド(中道派の新聞)の記事にも、二人でいてこそより良い生活が送れるという呪縛から解かれたフランス人とか、ムリして相手を見つけるよりも一人で好きなことをしていたい、といったような層がかなりの割合で増えている、というような特集が載ることがあるし、パリでは35歳以上の一人暮らしの人口が想像以上に多いとアンケートなど統計にも出ています。
 そして、耳元でささやき合ったり、街中でキスを交わしている熱々ムードに見えるカップルも必ずしも甘い生活を送っている人たちばかりではなく、よそに別の相手がいて二重生活を送っている人、学歴があっても収入が足りなくていつもお金に困っている二人とか、表面上は夫婦の形を保っているけれど、実際には家庭内が分裂しているケースや長い間別居してるけれど、しがらみや世間体があって離婚には踏み切れない熟年カップルなど、結構どの国も大して変わらないじゃないと思うような悩みを抱えている二人は、見かけよりずっと多いフランス。アムールの国で生きるのもそれなりにしんどいことのように感じます。
 ただし、幾つになっても出会いたいという情熱の強さと、開けっ広げな姿勢には感心させられることもしばしば。街で声をかけてくる人の数の多さや、自分の年齢にこだわらない態度、60歳以上でもインターネットでの出会いを模索する人など、本当に灰になるまで自分に素直な民族であることは否めない事実かも知れません。
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by cheznono | 2006-10-26 01:40 | 不思議の国フランス

友達と恋人との違い

b0041912_21415386.jpg フランスの恋愛事情について書かれた本を手にしたら、しょっぱなから、「フランス語でami(アミ)と言えばたんなる友達に過ぎないけれど、copain(コパン)というと既に性的関係のある恋人のこと。」という内容が書いてあったので、あっけに取られてしまいました。しかも、著者は在仏20年の経験があり、「フランス人の行動について熟知している」方らしいのです。アマゾンコムのマーケットプレイスで80円(去年の秋発売で定価は1400円)だから買ったこの本、320円という本代の4倍もの送料を払った自分に腹がたつような中身でした。 
 確かに、まだフランスにさして馴染んでいない外国人は、アミを友達と理解していることが多くて、同姓の友達のことをモナミ(mon ami)がね、とかモナミに会うの、などと言うのを耳にしますが、それを聞いた相手は、ああ恋人ねって思っているでしょう。アミにmonのような単数の所有代名詞をつけた場合、基本的には恋人のこと。一緒に暮らしてる人や結婚はしていなくても子供のいるカップルが相手のことを第三者に話す場合もよくモナミを使います。だから、普通の友達という場合は、アミにアン(un)とかユヌ(une)とかの冠詞をつけて、アナミ(un ami)に会うのとかユナミ(une ami)に電話をするというように表現します。ただし、何でも開けっ広げなフランス人といえどもそれなりの事情や微妙な関係で、もう恋人関係や愛人となっているのに、モナミとはっきり言わずにアナミだよとかユナミがねとはぐらかすこともしばしば見受けられるから、深読みが必要な場合もあるでしょう。
 コパンも同様で、女性がモン・コパン(mon copain)といったら彼氏のことで、英語のボーイフレンドと全く同じ。女友達はマ・コピーヌ(ma copine)になります。コパン、コピーヌの方がカレ、カノジョに近く比較的若者ぽい言葉のため、60歳を超えた世代は「コパンなんて学校の仲間のことを呼ぶ言葉なのに、恋人を表すなんて変な風潮だわ。」とか、「年配の女性が女友達を紹介するのにマ・コピーヌだなんて、下品だよ。」などと嘆いたりもしています。恋人のことを昔ながらにプティザミ(petit ami)と呼んでいるのは主にこの世代とTVの吹き替え映画やドラマの中のこと。
 なので、在仏中、フランス人の親友も多く、たくさんのカップルと交流があったという著者がなぜこんなに一般的なことを思い違いしているのか、すごく不思議ですが、こういった本には用心が必要ですね。この本にあるようなパリジェンヌの恋愛模様をゆめゆめ鵜呑みにせず、心ときめくフランス人と出会った際に、もし相手がポロッとモナミがねとかユナミとねって口にしたら、その先を進めて行くかどうか冷静に見極めた方が良いかも知れません(笑)。 
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by cheznono | 2006-10-21 22:57 | 不思議の国フランス

地中海的食材の秘訣

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 コート・ダジュールの秋のマルシェを彩る食材の一つ唐辛子。真っ赤な唐辛子ブーケは、セップなどのキノコや木の実が主流の秋の味覚の中でひときわ目を引きます。一般にフランス人は辛みの強いものは苦手だし、プロヴァンス辺りのマルシェでは見かけない唐辛子ですが、イタリア人の多いニースでは活躍しています。
 マルシェに並ぶ豊富な唐辛子とガーリックの組合わせは、韓国料理の食材と共通するものがありますね。違うのは、韓国では唐辛子とニンニクをゴマ油で調理するのに対して、地中海料理はオリーブオイルを使うところ。韓国人の友人から、「日本人とは外見は似ていても精神の構造が全然違うと思うけど、イタリア人とはすごく共通点を感じる」と言われたことがあるし、「韓国の人にはラテンの血が流れているのでは?」といった感想をフランスで聞いたこともありますが、その理由は基礎になる食材が似てるからでしょうか?
 イタリアでペペロンチーノ・スパゲティ用の薬味の袋を買って来て、ニースでも重宝していました。これは、ドライハーブとガーリックと唐辛子のみじん切りにお塩がミックスされたもので、パスタ以外に野菜炒めやスープ、魚介類の料理に使えるすぐれものです。いつも、家でパスタを作る時はレトルトのスパゲッティソースに野菜やキノコなどを加えてたのですが、市販のソースの味にもいい加減飽きて来たので、何か簡単かつおいしい方法はないかと思っていたこの頃。
そこで、今日のお昼は野菜と鶏肉をチョコチョコっと炒めてから、茹でたスパゲッティにオリーブオイルとペペロンチーノ用の薬味を振って、サクッと混ぜ込んだら、シンプルだけどピリッと辛味の効いたパスタの出来上がり。これならソースよりもあっさりしている分、飽きにくいかも知れません。
 唐辛子には身体の循環を良くしたり、体内の脂肪を燃やし易くするという効能が期待できるとか。ニンニクは発ガン性を抑えることが証明されている数少ない食品だし、これに抗酸化の旗手オリーブオイルを使うわけだから、やっぱり地中海料理はとても健康的。その割りにフランス人や韓国人に比べ、イタリア系のマダムの方がかなりふっくらしているのが不思議ですが、あれは甘いものに目がないイタリア人が、デザートに凝った上のドルチェ・ヴィータ(甘い生活)の結果なのかも知れません。
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by cheznono | 2006-10-16 01:34 | いつもの暮らし

江戸へのいざない

b0041912_113638.jpg 関東では十五夜の日の暴風雨以来、まるでプロヴァンスのような湿気のない良いお天気が続いたので、このところせっせとお布団を干しています。月末にはニースの友達がやって来るから、押入れに詰め込んだままだった客用寝具のかび臭さを取るのに必死。でも、強い日差しと乾いた風のお陰で、お布団も日なたの匂いがして来たように思います。
 先週行った江戸東京博物館の次回の特別展は、1世紀ぶりに里帰りするというボストン美術館所有の肉筆浮世絵です。当時の日本人が浮世絵を二束三文で西洋人に売り渡してしまったのは、本当にもったいないこと。主だった遺跡は大英美術館に運ばれてしまったギリシャとちょっと似ていますね。フランスは特に印象派の画家たちが浮世絵の影響を強く受け、皆でこぞって浮世絵を蒐集したし、浮世絵のレアリズムに新しい画風を見出そうとしたので、今も浮世絵ファンの多い国。なので、この秋の浮世絵展には是非ニースからの友人を連れて行きたいと思います。
 江戸東京博物館の常設展は、日本橋や芝居小屋を再現した江戸の部と、明治からの文明開化の東京の部に分かれています。昔、学校の歴史の授業では疑問に思わなかった「文明開化」という表現は、伝統ある日本の文化を思えば何だか変な言葉で、ここに外国の友達を案内する時は、あくまでも西洋文明に目覚めた時期と断りたい気持ちになってしまいそうです。とはいえ、常設展の展示品やミニチュアはとても興味深いものでした。この博物館は外国語の案内用パンフレットも充実していて、仏語版やスペイン語版も用意されています。惜しむらくは、高床式の蔵をデザインしたという博物館の外観かも知れません。私には巨大なコンクリートの建物にしか見えませんでした。日本で高床式が流行ったのは確か弥生時代の筈。和食のファミリーレストラン;藍屋のような建物の方が、博物館のコンセプトに近いような気がするのですが?
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by cheznono | 2006-10-11 01:39 | いつもの暮らし

悩める東京案内

b0041912_0144177.jpg 東京にいる際にフランスなどから友人がやってくると、どこへ連れて行こう?東京のどの辺に案内したら喜ばれるかしら?といつも迷ってしまいます。日本通の人だと、自分で結構下調べをして来て、ここに是非行きたい、ここで何を買いたいという意思がはっきりしているためにわりと楽ですが、浮世絵や三島文学、あるいは映画、漫画、DVDで日本のイメージを漫然と抱いている人の場合は、この雑然とした大都会のどこを見せたら良いのか、悩みの種です。
 外国の人、特に西洋文明の中で育った人に喜ばれる東京の名所は、どの辺りでしょうか?私は、初めて日本を訪問するフランス人には、はとバスの人気コースのように浅草、皇居、明治神宮、秋葉原辺りに連れて行くことにしています。でも、難しいのは東京は2度目とか仕事で何度か来たことがあるというような人のケース。はとバスコースには、東京の新名所として六本木ヒルズやお台場なども組まれていますが、「モダンなビル郡よりもどこかもうちょっと日本らしい場所に行って見たい、でも神社仏閣はもうごちそうさま。」という訪問客には、もう少し日本文化に踏み込んで歌舞伎鑑賞や相撲観戦を勧めます。とはいえ、これも結構好みが分かれるところですね。日本は2回目というアビニョンの友達が来た時に横浜を案内したら、港の見える丘公園や中華街はあまり受けず、横浜港のタワーから見えた夕暮れの富士山でやっと満足してもらえたという経験もあります。
 そんな中、外国人のお客さんにもお勧めだからとチケットを頂いたので、今日は初めて両国にある江戸東京博物館に行って来ました。ハイライトは特別展示の『始皇帝と彩色兵馬俑展』。秦の始皇帝に捧げられた壮大な地下宮殿の様子と兵馬俑が何体も展示されていて、なかなか興味深い内容です。しかし、特別展の会場は見物客でごった返していて、兵馬俑や装飾品を見たくても人の頭で半分は隠れている有様。ところどころにある司馬遷の史記についてや埋葬物の歴史などの説明もゆっくり読めません。そのうち、見ようと努力するだけで疲れてしまったので、早々に常設展の江戸の文化の方に移動しました。つづく
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by cheznono | 2006-10-05 01:20 | いつもの暮らし