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フランスの家賃滞納

b0041912_141669.jpg 日曜から夏時間となったため、陽がだいぶ長くなりました。先日、アパルトマンの天井の一部が突然落ちて、床に漆喰が散乱。びっくりして天井を見上げたら、ポカって空いた穴からポツって冷たい水が落ちてきます。幸い普段利用しない部屋の隅のため、生活には支障ありませんが、上からの漏水となると建物が傷むのは時間の問題です。すぐに家主に報告すると、案の定、落下した天井部分の真上は上の住人のバスルームとのこと。その上の住人家族が引っ越したとたんに起こった天井落下と水漏れは何か関連があるのかも知れません。
 中年のカップルと息子と小さい孫という4人家族の上の住人は、去年の夏以来8ヶ月余り、家賃を滞納していて、いくら頼んでも家賃を入れませんでした。堪忍袋の切れた家主は告訴に踏み切り、[未払い住人は未払い分の半分を支払い3月中旬までに出てゆくこと]という司法判断が下ったため、彼らは2週間以上大きな音を立てて引越しの準備をした挙句にようやく近所に越して行ったのですが、ここに到るまで家主にとっては結構苦い道のりだったようです。
 パリはもちろんのことニースでも住居を借りたい人に対して賃貸物件が足りないフランス。でもいったん賃貸契約を交わすと、借家人は法律によってかなり厚く守られることになります。家主は賃貸人が半年間以上家賃を滞納しないと追い出せないし、冬はどういう理由であっても借家人を住居から追い出してはいけないという規則もあります。その上で家主が裁判に訴え、未払い人に出て行くよう審判が下っても、なお居座る人も多く、数ヵ月後に警察によって無理やり追い出された賃貸人が去年だけで10万人。それだけ未払い問題の多い賃貸契約なのに、日本と違って不動産業者を通さず、個人同士で賃貸契約を交わす家主が多いのも不思議です。個人で貸している物件の多くは古い家やアパルトマンのため、老朽化の早い水周りの問題や電気関係の故障など頻繁に起きる修理関係でも、問題が起きる度に家主自身が出向いてなるべく自力で直そうとするのも日本とはちょっと違う光景ですね。
 さて、上の住人は8ヶ月間未払いだっただけでなく、家主へいろいろと嫌がらせを試みました。自分たちも利用する門の脇のインターフォンを箱ごと引き抜いて不通にしてしまったり、住居の脇の壁に大きないたずら書きをスペルが間違っているのにもかかわらずスプレイで吹き付けたり、人気のない空き部屋の明かりを夜中につけっぱなしにしたり、と大人気ない行為を重ねた上に住居引渡しの審判が下ったため、今回の水漏れもどうも彼らが引越し前にバスルームのシャワー器を壁から引き抜こうとした報復行為によって始まったと見られています。
 家主にとっては自分の住居内に何ヶ月も未払いの家族が生活し、すれ違ってもボンジュールも言わない状況にはとてもストレスがたまったらしく、水漏れという置き土産が起こっても、引っ越してくれて助かったとほっとしてました。未納のままの引越しだったのに、受け渡しの日に敷金(2か月分)を返してって言われたとか。「そりゃあ、未払い分を払ってくれれば敷金はお返ししますよ」と答えたら、さすがに黙ったそうですが、やっぱり最後までたくましい借家人だったみたいです。   
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by cheznono | 2007-03-27 02:06 | 不思議の国フランス

モナコの日本展

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 日曜から3日間、春のシネマ祭でフランス全国どの映画も1本3.50ユーロだったため、映画三昧の週明けでした。フランソワ・オゾンの最新作「エンジェル」を初め、折りしも興味深い作品がめじろ押しのため、時間をやりくりしても観たい映画を全部は見切れなかったので、次回は週末の午前中の割引きを狙うつもりです。
 さて、スミレ祭りのあった週末、モナコでは日本展が企画され、日本びいきの友達に誘われて満員のバスに揺られながらモナコに出かけました。モナコはよく通過するけれど、観光したのはおととしのクリスマス以来。空も海も青く澄み切った気持ちの良い日だったので、少し港をぶらついてから、まずはレーニエ3世国際会議場で開かれたモナコ‐日本展に。お目当ての絵画展は日本の画家部門とフランス・モナコの画家部門に分かれて展示され、思ったよりも展示数は多く、各絵を紹介した立派なカタログまでくれました。しかし、観客は殆どいなくて、会場はがらーんとしています。それもその筈、私たち二人とも鑑賞し始めたとたんに展示されている絵の質にがっかり。どれも売り物になっているようでしたが、アマチュアの発表会?と思うほど稚拙な作品や手法が古い絵が大半で、失望した友人は「日本の絵画のレベルはもっとずっと高いはずなのに、どうしてこういう絵を並べたのですか?誰がこの絵を選んだのかしら?」と受付のお姉さんに矢継ぎ早に質問していました。
 日本サイドは絵画以外に書も展示していて、こちらの方は一定のレベルがある作品のようでした。でも、私には書は全くわからないから、見る人が見たらどうなのでしょう?何せ崩した達筆の掛け軸など「なんて書いてあるの?」と聞かれても、一字も読めません。「えっ!?本当に読めないの?」とぎょっとした友達、「これは漢詩だし、崩して書いてるから全然わからないのよ。」と、しのごの言い訳する私を見つめる目が痛かったです。そういえば、いつか「燕」って書いてって頼んだ時も、だいぶ迷ってからツバメって書いてたよね、もしかして、漢字の読み書きはできないとか?と彼女は言いたそうでした。ああ恥ずかしい。 
 それでも時間をかけて絵を鑑賞した後、気を取り直して、モナコのシンボルともいえるベルエポック式のカジノへ上って行きました。パリのオペラ・ガルニエと同じガルニエによる設計のカジノとオペラ座はやはりニースのカジノとは比べ物にならないくらいエレガントな内装です。カジノ場内へは入場券を買わないと入れないので、私たちが見て回ったのは入り口奥の部屋だけですが、一見の価値は充分ありました。
 
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by cheznono | 2007-03-22 00:40 | コート・ダジュール散歩

スミレの花争い

b0041912_22475339.jpg アパルトマンの前庭のオレンジ狩りが終わらないうちに気温がどんどん上がってしまい、一段上の庭に植っているグレープフルーツの実がごっとーんとすごい音を立てて屋根に落ちて来たので、今度はグレープフルーツの木によじ登って少し実を取って来ました。二つにカットしてみたら、中には種がびっしり。実の3分の1を占めるかというほど種が詰まっています。瑞々しくて味はおいしいのですが、自然に育ったグレープフルーツの子孫存続への思いって想像以上に強いものなんですね。
 さて、鷲ノ巣村のスミレ祭りでは、村の子供を乗せた山車やドラゴン、ミス・スミレに選ばれた高校生3人を乗せたクラシックカーが観客でびっしり埋まる道路を2往復し、その後は山車をかたどっていた花々を見物客に投げて回る「花の争い」になりました。山車を作るのに使われたスミレのブーケやミモザの枝、白いデージーや赤いガーベラの花が山車の上や花カゴから投げられ、近くにいる人たちがこぞって花を貰おうと争います。ニースのカーニバルのフラワーパレードで行われる「花の争い」はまさに花戦争で、ムッシュウもマダムも老いも若きも花を受け止めようと人を掻き分けてジャンプしたり、近くの子供に投げられた花をなりふり構わずに奪い取ろうというような人も目立ちますが、さすがに鷲ノ巣村の花争いは平和な雰囲気。運悪く花が手元に来なかった人は、広場のマルシェでスミレとミモザのかわいい花束を1ユーロで買って帰ることもできます。
 バスが連なるほど観光客は集めても、トウーレット・シュル・ルーのスミレ祭りは顔見知りの村人たちが一生懸命手作りで準備した素朴な春祭りそのもの。どの山車も乗っている子供たちの名前を皆んなが呼びかけて応援するような、ほほえましいお祭りでした。予算をふんだんに使って人工的なお祭りとなってしまっているニースのカーニバルとは全然違う、スミレの村にふさわしいとてもぬくもりのあるお祭りを見物したお陰で、ほんわかした気持ちでニースに戻り、その勢いで観に行った話題の「バベル」も素晴らしい映画だったので、満足満足。夜中にはキューバタンでした。
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by cheznono | 2007-03-16 23:18 | フランスの四季

鷲ノ巣村のスミレ祭り

b0041912_2522775.jpg 風は強かったけれど、コートダジュールらしくピーカンに晴れた日曜日、トウーレット・シュル・ルーのスミレ祭りに出かけ、花で作られた山車のパレードを楽しんで来ました。この村はヴァンスからちょっとグラースに寄ったところにある素朴なたたずまいの鷲ノ巣村で、現代では南仏でも廃れてしまったスミレの栽培を続けていることで知られます。村の周囲のスミレ畑で栽培されたスミレの花は、今でもグラースの香水工場へ運ばれています。
 さて当日、村の4キロ手前で乗用車は通行止めとなり、車を駐車した後は村まで無料の送迎バスに乗ることになりました。南仏にしては珍しく合理的なシステムだと感心しながら、カーブだらけの山道を送迎バスに揺られてお祭りの雰囲気で盛り上がる村の入り口に着くと、スミレを初めミモザやガーベラ、デージーなどありとあらゆる春の花で飾り立てた山車やクラシックカーが出番を待っています。その後ろのパーキングにはどこからこんなにと思うほどたくさんの観光バスが並んでいたのにはびっくり。花で飾られた山車やワゴンには村の子供たちが乗っていて、和気藹々の様子は日本のお祭りと変わりません。
 お昼を食べないで来たので、クレープ焼きの台でも出ているかと村の入り口を見回すと、ポーレンタ書いてあるスタンドがあったので、近寄って行きました。ポーレンタって確かヴェニスで食べたとうもろこしの粉とお米の粉を練ったものの筈。この村で再会するとはと懐かしかったのですが、担当のマダムは「まだ準備中だからポーレンタはないわ。でも、お腹空いてるならお肉を上げるわよ。」お肉上げるって言われてもちょっとね、という友達を尻目に「お願いします!」空腹にめちゃ弱い私が頼むと、マダムは紙皿にナポリタンソースのようなひき肉のトマト煮とチーズを載せて渡してくれました。ありがたい。きっとこれは焼いたポーレンタの中身になるものなのでしょう。ただでご馳走してくれるなんて、やっぱりニースと違って内陸の村の人々は暖かいですね。
 お腹がちょっと人心地着いたので、フラワーパレードがよく見えそうな場所がどこかに残っていないかと旧市街に向かって歩いて行きました。それにしても、村の入り口から旧市街まで道路脇を延々と埋め尽くす見物客の多さには圧倒されます。まるでカンヌ映画祭を上回るような人出。ニースでも知る人ぞ知ると言ったこのお祭りなのに、連なる観光バスはいったいどこから集まって来たのでしょうか?
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by cheznono | 2007-03-13 03:58 | フランスの四季

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 ヴェニスではこの地方出身の知人の別宅に滞在できる筈だったのに、先方の健康上の問題で滞在自体が急遽延期になり、私たちは出発1週間前にヴェニスの安宿を探すことになりました。しかし、ただでさえホテルの高いヴェニスでカーニヴァルの時期に手ごろな宿を見つけるのは至難の業。結局ヴェニス郊外ミラのユースホステルに空きを見つけてもらい、とりあえずそこに泊まることにしました。ドミトリーが苦手な私にとっては初めての海外ユースホステル体験。今のユースは個室があるからと説得され、バスルーム付き個室1泊20ユーロという格安の値段にも引かれて、ユース初体験に臨みました。
 ヴェニスのローマ広場からバスで約20分、国道沿いのバス停を降りたら、広大な畑の真ん中と言った感じの田舎です。幸いバスは24時間走っているので、夜中に帰っても大丈夫ですが、イタリアのバスは車内でキップを買えないため、バスに乗る前に必ずキップを買っておかなくてはいけません。
 小川沿いの道を延々と1キロ近く歩いてやっとユースホステルに到着。歯医者さんの受付のような窓の向こうでニコニコしてるユースの管理人の女性は、とても感じが良く、このユースは彼女一人で仕切っているようです。しかし、あちこちにインターナショナル・ホステルとうたっている割に管理人の彼女は英語も仏語も全く話しません。タオルを借りるのにもキッチンペーパーと混同されたので、もう全てのやり取りはイタリア語を話す同行の友達にお任せでした。このユースのサイトにはカード払いOKとあるのに、機械がないからと現金払いのみだし、「この辺がイタリアだよね」って友達は笑っていましたが、他の国からの利用者はどうやってコミュニケーションを取っているのでしょうね?
 さて、肝心の個室はちょっと病室のよう、パイプ製の簡素なベッドが並ぶだけでしたが、バスルーム、朝食付きでの20ユーロはやっぱり格安。夏のシーズン中は連日満員になるそうですが、確かに車で来て寝るだけなら、便利でお得な宿に違いありません。フランスのユースはよくシーツ代を要求されると聞きますが、ここはシーツと枕カバー付き。でも、バスタオル借用代はしっかり2ユーロ請求されました。
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by cheznono | 2007-03-08 22:23 | イタリア絵日誌

衣装の値段

b0041912_23525418.jpg 今日はニースのカーニヴァルとマントンのレモン祭の最終日。今週の南仏は気温がどんどん上がって22℃もあるので、地球温暖化が心配されて久しいけれどこんなに暖かいカーニヴァルは珍しいでしょう。ヴェニスのカーニヴァルもいつもならめちゃ寒いらしいのですが、今年は穏やかな気候で助かりました。
 18世紀にヴェネツィア共和国が滅びた後はしばらくすたれてしまったカーニヴァルですが、復活してからは次第に商業主義も目立って来たと言われています。でも、基本的にヴェニス全体が観光一筋に近いし、夏のハイシーズンはもっともっと人でごった返すようですから、特にカーニヴァルだから観光的主義になるわけではないという印象でした。立ち並ぶ教会や歴史的建物よりもカーニヴァルの仮装衣装に普通の人がかける情熱にひたすら圧倒されてしまった私ですが、果たしてこうした衣装を自分で用意するとしたら、いったい予算は幾らくらい必要なのでしょうか。
 まず、マスクが安いもので3000円前後、凝った物はその何倍もします。基本の衣装、帽子とマントは23000円位から揃えられるようです。こういうマスクだけの人や帽子にマント姿の人も大勢歩いていました。そして、凝った時代衣装で仮装しようと思うとお値段はさまざま。50万円以上かかる場合も多いとか。私たちが見かけた中で観光客の目を奪う姿の人たちは、誰もが非常にオリジナリティのある格好をしていましたから、明らかに特注の衣装、または手作りでしょう。究極のオート・クチュールってこういうこと?って思うようなコスプレぶりだけど、気になったのはこうした衣装の行き先です。皆んなカーニヴァルの後、この衣装をどうするのでしょうね?また来年も着るという手はあるけれど、こういう人たちはきっと翌年は違う衣装に挑戦するのではないかという気がして、また来年それを確かめに行けたらよいのですが。とはいえ、ニース‐ヴェニス間は、帰りなんて約10時間、日本から飛んでも殆ど変わらないじゃないのと思う長旅だったので、そう何度も往復したいとは思いませんでした。
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by cheznono | 2007-03-05 00:29 | イタリア絵日誌

カーニバルの衣装

b0041912_2441242.jpg 先週のイタリア行きでぐったり疲れたせいか風邪を引いてしまい、でも寝てるのも退屈なので今週は目の前にたわわに実っているオレンジ狩りをしていました。今までも毎日もいでは食べていたのですが、いくらオレンジ狩りをしても数が多過ぎてとても追いつかず、このままでは木になったまま乾いてしまいそうです。食卓に山のように取れたオレンジを積み上げてみたものの、甘いジャム作りには余り食指が湧かないため、とりあえずジュースにしぼって、近いうちに鴨のオレンジソース煮にでも挑戦してみようかと思いますが、うまくできるかしら?
 ヴェネツィア共和国のドージェ(総督)がカーニヴァルの開催を認めたのは1094年。その頃はなんと半年間もお祭りが続くことがあったそうです。もともとはカトリックの宗教行事として始まった謝肉祭が、春を呼ぶお祭りに変わって行ったカーニヴァル。ヴェニスでは黒マントにマスクという定番スタイルを中心として、誰が何を着ても良い陽気なお祭りとして続いた伝統が今に伝わり、それぞれが自分なりにテーマを決めた仮装衣装祭りとなっているみたいですね。
 個人プレイも多いけれど、やっぱりひときわ目を引くのはペア衣装を決めているカップルや家族、友人がお揃いでコスプレをしている人たち。色合い的にはブルーを使った人が多かったように思いますが、どの人も色使いのうまさには感心するばかりです。皆さん、一年前から来年のカーニヴァルに向けて仮装衣装を準備するのだとか。来年、参加してみない?と言われた時はそんなって思ったけど、確かに一度は凝った衣装で参加してみたいような魅力がありました。  
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by cheznono | 2007-03-02 03:16 | イタリア絵日誌