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b0041912_2264753.jpg 「踊れトスカーナ」でイタリアン・恋愛コメディの面白さをたっぷり味合わせてくれたジョヴァンニ・ヴェロネージによるオムニバス作品、「イタリア的恋愛マニュアル」。歌って、食べて、恋をして、が人生の全てと云われているイタリア人が、意外に恋愛や結婚には結構不器用で保守的、という面を楽しく見せてくれました。
 映画は、イタリアでベストセラーになった架空の恋愛マニュアルの抜粋をちりばめながら、4つのストーリーが無理なく綴られて行く構成で、それぞれ若いカップルの出会い、中年カップルの倦怠期から来る危機、浮気から来る危機、そして別離と再生のエピソードをユーモアたっぷりに描いています。観る側は面白おかしく笑いながら、でも案外身につまされたりするのではないでしょうか?
 4つのうちで一番面白かったのは、やっぱり最後のエピソード。仕事に夢中で妻の不倫にも気づかずに駆け落ちされてから、妻のいなくなった家で喪失感に打ちのめされる小児科医が、立ち直ってゆく様子は、とてもイタリア的。心から応援したくなるようなラストでした。
 初回のエピソードの若いヒロインが、「ただほめるだけのお調子者じゃうんざりだわ。」なんていうのはニースでうろついているナンパ大好きのイタリア男達に聞かせたいし、彼女に一目ぼれした青年が、「淋しい女は、安易に過去を振り返るけど、どうして前進しようとしないんだ?」と、元カレと会っていた彼女に過去を忘れて新しい出会いに踏み出すようくどくセリフなどはドキッとさせられます。
 フランスでもお調子者で浮気というイメージが先行するイタリア人ですが、実際は保守的で結構真面目な国民性ではと日ごろから感じていましたが、「輝ける青春」やこの作品を観て、ますますその印象を深めました。この作品も登場人物が皆んな言いたいことを言ったり、はめをはずし過ぎて修羅場になっても、どこかお茶目で憎めないし、最後は分別のある選択をする点も好感が持てます。自分に正直で、茶目っ気たっぷりのイタリア人の魅力が満喫できる2時間でした。 
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by cheznono | 2007-07-28 23:09 | 映画

傷だらけの男たち

b0041912_17201872.jpg あの「インファナル・アフェア」のチームによるトニー・レオンと金城武出演の過去に傷ついた男たちの物語、というので気合を入れて観に行ってきました。でも、「インファナル・アフェア」シリーズの印象がまだ強く焼きついていて、あのはらはらドキドキを期待するとちょっと肩透かしを喰うかも知れません。
 3年前のクリスマスの夜、刑事のポン(金城武)はこの所あまりうまくいってない同棲中の恋人に自殺されてしまいます。以来酒びたりとなった彼は警察も辞めて、無免許の私立探偵として何とか生活を立てている有様で、新しい出会いにもちゃらんぽらんです。
 一方、上司のヘイ(トニー・レオン)は、大金持ちの一人娘スクツァンと電撃結婚し、甘い新婚生活をスタートさせたばかり。ところが、新妻スクツァンの父親と執事が惨殺され、仲間割れしたらしい犯人二人が捜査線上に上がるのですが、金目当ての犯行という父の凄惨な死に疑問を感じたスクツァンは、ポンに独自の捜査を頼むのですが。。
 全体に暗い色調の中で、ポンとヘイのそれぞれが抱えた過去が少しづつ明らかになって行く展開は自然で、男たち二人の演技には引き付けられました。特にアル中の金城武がよかったです。豪邸での残酷な殺人のシーンで、初めから犯人の顔が出るため、それが現実か幻覚なのかが後半まで判断できない手法も面白いと思います。でも、残酷な犯行シーンが何度もフラッシュバックするのには参りました。
 ポンの新しい彼女役のスー・チー、すらっとしてモデルのような体型ですが、あの切なかった香港映画「玻璃(ガラス)の城」のヒロインだったんですね。目が似てるとは思いましたが、やっぱり女優さんも10年近く経つと変わるものだと、印象の違いにびっくりでした。
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by cheznono | 2007-07-20 17:23 | 映画

南仏と地震

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 今朝方、じわじわと遠くから揺れが寄せてくる気配がして、来ると思ったらぐらっと揺れましたが、それが新潟・長野のこんなに大きな地震のせいとは考えませんでした。現地で被災された方々は本当にお気の毒です。特に犠牲者の多くが高齢の方というのも胸が痛みます。
 火山脈の多いイタリアでは時々大きな地震が起こりますが、地続きのコート・ダジュールも地中海地震帯(こんな呼び名があるかどうかは不明)の線上にあるそうで、19世紀には比較的大きな地震に見舞われています。ニースでは、ここも地震に襲われる可能性があるよと聞きますが、実際には生まれてから一度も地震を経験したことがないというフランス人やイタリア人ばかり。こういう人たちは日本に来ると、小さな揺れでもかなりびっくりするみたいですね。
 フランスのマスコミは、極右政党が得票を稼ぐなど、政界で予想外の異変があったりするとすぐ、「これは《地震》だ!《津波》が来た!」なんて騒ぎ立てますが、それを聞く度に本当の地震がどういうものか知っていたら使えない表現に違いないのにと、複雑な気持ちになります。
 ニース付近が地震帯の上にのっていようが、殆どのフランス人にとって、地震は対岸の火事。最新テクノロジーの集約する大都市というイメージの東京にいながら、いざという時の災害用バッグを枕元に用意して寝ている、なんて言うとあっけに取られています。でも、夏の南仏は毎年のように山火事に泣かされるので、自然災害もいろいろです。
 写真は、モナコの北15kmの山間に立つ鷲ノ巣村ペイユ。去年の9月にこのブログでご紹介しましたが、この春も行って来ました。古代の遺跡もある古い村は、詩人で歌手だったレオ・フェレが住んだことでも知られ、今も中世の礼拝堂や町並みが続いていて、観光化されていない鷲ノ巣村の良さが凝縮されているようなたたづまいです。でも、19世紀の大地震で崩れた石造りの家がそのまま残っていて、この地方と地震が無縁でないことを思い出させてくれる村でもあるのです。
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by cheznono | 2007-07-16 23:34 | いつもの暮らし

ニースの画廊めぐり

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 19世紀から多くの画家たちに愛されたコートダジュールでは、画廊やアトリエをあちこちで見かけますね。どちらかというと鷲ノ巣村に連なる画廊の印象が強いですが、ニースも裏道に入ると小さいギャラリーが点在しています。
 せっかくだから、ちょっと覗いて見たいけれど、展覧会をやっているわけでもないのに冷やかしで入るには気が引けて、ウィンドウからちらっと中を見るだけで通り過ぎてしまう画廊たち。特に絵を買いたいという目的もない私でも、ブティックのように気軽に画廊の絵を見ることができたら良いのに、って思っていたところ、ニースでは初夏の催しに「ギャラリーの夕べ」というのがあると聞いたので、去年の6月、友達と行って見ることにしました。 
 「ギャラリーの夕べ」は、ニースの各画廊やアトリエが参加して、いっせいにギャラリーを一般開放する催しで、どの画廊も交流のあるアーティストを迎え、通りすがりの誰もが気軽に作品を鑑賞できるようにもてなします。
 ユニークなのは、夜の7時半から、市内のアートギャラリーをめぐるプティトラン:道路を走る白いミニ機関車を走らせること。普段は旅行客を乗せて旧市街から城の丘まで、名所を回る観光用のプティトランですが、この夜は無料で画廊を回ってくれるのです。乗客は画廊の多い地域で降りて、この催しに参加しているギャラリーを好きなだけ見て回ることができるという粋な企画で、作品を鑑賞しながら、オーナーやアーティストと語り合うことができます。
 私達がまず訪ねたのは、友達が彫刻を習っている画廊で、この日はチョコレートの塊を彫刻するというイベントを企画していました。我こそはと思う人は誰でも挑戦できるのですが、チョコを刻んで像にするのはなかなか難しそうで、先生の他に挑戦者は2人位しかいませんでした。なんと、先生や挑戦者が削ったチョコのかけらは、来訪者の食べ放題。この日完成したチョコ像は、その後ニースで人気のチョコレート屋さんで展示されたそうです。
 年に一度のギャラリーの夜。普段は入りにくい画廊が、ぐっと身近なものに感じられる良いきっかけになることは間違いありません。コートダジュールお得意のシュールな現代画は今ひとつピンと来ない私ですが、ジャスミンの香る中、すごろくのように画廊を見て回ったことは、とても興味深い体験となりました。
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by cheznono | 2007-07-10 01:48 | いつもの暮らし

ボルベール<帰郷>

b0041912_0311346.jpg 去年のカンヌ映画祭で主だった出演女優6人全員が女優賞を獲得したペドロ・アルモドバル監督の「ボルベール」、たくましい女性達によるスペインの情熱が伝わってくる映画ですが、なんとも盛りだくさんなストーリーで、まるでTVのソープオペラのようだったねと友達と笑い合うくらいでした。
 ペネローペ・クルースの演じるライムンダは、娘とぐうたらな夫のために女で一つで家庭を支えていますが、失業中の義父から関係を迫られた娘が義父を殺めてしまい、母ライムンダはその始末に奔走することに。とはいえ、夫の遺体を隠した休業中のレストランで、その場のノリで映画撮影の一行に料理を出して稼ぐたくましさ。亡き母の面影を偲びながらペネローペの熱唱する「ボルベール」は圧巻です。
 若い頃火事で両親を亡くしたライムンダとその姉ですが、火事の犠牲になった筈の母親がどうも生きているらしいと知り、かつて母親に反抗的だったライムンダは動揺します。さまざまなエピソードが折り重なって、昔の火事の原因など隠された過去が浮き彫りにされる過程は面白く、次々に登場する個性的な女性陣の存在感も見ものですが、これでもかこれでもかという事件のてんこ盛りはいかがなものでしょうか。
 昨年のカンヌ映画祭最終選考の際に興味深かったのは、この映画に対するフランス人の期待度です。この時フランスメディアはどこも「ボルベール」のパルムドール受賞を予想していて、最終選考の会場でもアルモドバル監督の顔ばかり映していました。
 ところが、ウォン・カーウァイ審査委員長以下、満場一致で選んだ作品はケン・ローチの「麦の穂をゆらす風」。この時のフランスメディアの落胆ぶりは予想外でしたし、当日のTVも翌日の新聞もパルムドールを獲得した英国のケン・ローチを隅に追いやって、アルモドバル監督と6人の女優賞ばかり特集していました。
 確かに「トーク・トウ・ハー」はフランスでも超ロングランの大ヒットで、私も大好きな作品でしたけど、「バッド・エデュケーション」はその特殊性からか、前評判ほど受けなかったのに、この「ボルベール」への偏りはどういうわけでしょう?やっぱり、イギリスは常にライバルとして意識している存在だけど、昔からピレネー越えをしては流入して来たスペイン人への親近感は、私たち外国人が想像する以上に強いのかも知れません。英国やドイツは常に対等なライバルで、スペインは身近な隣人、だけど、同じ隣国でもイタリアは今ひとつ信用できない、という本音がいつもちらつくフランス社会。大所帯となったEUの中で、この先も本音の部分は変わらずに行くのか、その辺が興味深いところです。 
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by cheznono | 2007-07-04 01:27 | 映画