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モネの愛した鷲ノ巣村

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 ブリュッセルから友達が来たので、イタリアの鷲ノ巣村を訪ねようということになりました。とはいえ、朝のんびりな私たちが、ニースを出発したのは既に昼過ぎ。どこかでお昼を食べなくちゃと、国境の街ヴァンティミリアのマルシェに寄って、固いパンとハムやチーズを買い込み、海沿いの小道をたどって、知る人ぞ知る穴場の白い砂浜の朽ちたボートのそばでピクニック。地中海の色はもう冬の濃いブルーでしたが、陽射しが暖かくて気持ちよかったです。
 さて、ヴァンティミリアから北上すると、しばくらくして山の中に流れる川の淵にたたずむドルチェアクアが見えて来ます。ここは、国境を越えたイタリア側で人気の鷲ノ巣村で、村の入り口にはカラフルな教会が立ち、そこから細い石畳の小道が、丘の上のお城まで迷路のように続いていました。
 ドルチェアクアはとてもきれいな中世の村と聞いてはいましたが、車がないと不便なため、今回初めて訪ねることができて嬉しかったです。日本のツアーにもモナコ~マントン~サンレモ行きの途中にこの村を入れているものがありますが、ここは印象派のクロード・モネがかなり気に入って、古いアーチ型の橋からお城を見上げる風景を作品にもしているそうです。
 フランスの鷲ノ巣村もそうですが、ドルチェアクアも猫がとっても多くて、中世の石畳を行く私たちの後を、用心しつつも付いて来るのが可愛かったです。でもなぜか、細い通路の片隅のあちこちにネズミ捕りの黒いプラ箱が置いてあるではないですか。出るのは二十日ネズミのような小ネズミらしいのに、やっぱり今の猫は満ち足りていて、もうネズミ捕りの役目をしないのでしょうか?
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by cheznono | 2007-11-29 23:26 | イタリア絵日誌

ニースのトラム開業

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 4年にも渡る大工事の末、ついにニースのトラムが営業開始することになり、今週末はそのお祭りで賑わっています。トラムは約2ヶ月前から運転されていたのですが、乗客は乗せずにずっと空のままガタガタ街中を走っていました。これは、トラムの運転に何か支障がないかテストしてたのと、バスからトラムに変わる運転手さんの訓練のためで、乗客を乗せたのは昨日が初日。お陰で、この土日はタダでトラム乗り放題、周辺のシネマも安くなります。
 この4年間、一番辛かったのはメイン通りのカフェだったのではないでしょうか。舗道に椅子とテーブルを出して、カフェやビールを片手にだべるがフランス暮らしの楽しみの一つとも言えるのに、目の前の通りは大きく掘り起こされ、工事騒音と土ぼこりにさらされては、ヴァカンス客もちょっとカフェで一休みする気にはなれなかったに違いありません。
 本当は2年程で終わる筈だったトラム工事がここまで長引いたのは、工事受注にからむ収賄容疑で合計8人もが逮捕され、裁判になっているのと、道路掘り起し中に中世の橋が埋まっているのが発見されたためで、大工事のために売上げが大幅に落ちた地元の商店やカフェ、レストランは、もう少し我慢すれば美しい街に生まれ変るからと、再三なだめられては工事の延長を辛抱して来たようです。
 私も含めて、運悪く工事期間中にニースを訪れた人は、道路一杯に掘り起こされた工事現場に、これがニースかとがっかりしてしまったと思いますが、やっとベルエポックのたたづまいが映える街が戻ったと言えるでしょう。写真のマセナ広場に立つポールの上のあまり美しくない彫像は、夜になると点灯し、ピンク、オレンジ、ブルー、グリーンと順々に色が変化します。
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by cheznono | 2007-11-25 22:49 | コート・ダジュール散歩

イタリア行き列車の中で

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 久しぶりに国境を越えてサン・レモまで買出しに行こうと、ニースからミラノ行きの列車に乗りました。同じコンパートメント内に乗り合わせたのは、イタリア人男性3人で、いつの間にか私たちはイタリア政治事情について熱い談義?を交わすことになり、サン・レモまでの1時間半があっという間でした。
 3人のイタリア人のうち、年配のムッシュウはプロディ首相と同じボローニャ出身とのこと。とかく不人気で先行きも怪しいプロディ首相ですが、今回乗り合わせた人たちも反プロディ派。英語、仏語共に達者なフローレンス出身の青年いわく、イタリアの政治家は今もマフィアとの結びつきが深く、私欲を肥やすことに専念していて、国民の生活は向上しないとのこと。お給料が1000ユーロ位の若者が大半なのに、インフレで家賃や物価は上がるばかり。政治と金の問題が耐えないのに、国民は恋愛や今を楽しむことに夢中で、政治について不満は言っても、まあ何とかなるさとフランス人のように政策に抗議してデモなんてしないしね。
 私が「もしかしてイタリア人って案外日本人に似てるかも?日本も政治と賄賂の問題は尽きないし。」と言うと、「そんな筈はない、日本人てずっと真面目で、汚職や収賄なんて許さない風土があるんじゃない?第一、何かあると政治家が自殺するでしょう?」うーむ、でもそれは責任を取っているわけではないのよね。すると、隣で友達が「あら、この人の国は首相が突然辞めちゃって内閣を放棄したから、2週間位首相がいなかったのよ。」その通りです、トホホ。
「へえ、そんなことがあったの?日本がそういう国だったなんて意外だな。」とイタリア青年。そうりゃそうでしょう。日本人だって、そういう国だとは誰も思ってなかったんだから。
 春のベネツィア行きの際は、列車のコンパートメント内で乗り合わせた人たちが、初対面なのに老いも若きも口角泡を飛ばしてしゃべりまくるのを、よくまあ、次から次へ話題が尽きないなと半ば呆れて見てましたが、こうやって仲間に入れてもらえると案外面白い情報交換ができて楽しいですね。
 熱っぽく語り続ける彼らを見て、個人個人のこうしたエネルギーを政治に反映したら、イタリア社会もかなり変わるのじゃないかと思うのですが、「独仏英などを見本にして、イタリアの変化はまだ始まったばかりだよ。」と青年は締めくくっていました。
*写真はサン・レモのマルシェにあふれていた摘み立てオリーブ
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by cheznono | 2007-11-20 04:55 | イタリア絵日誌

エクスの手芸見本市

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 マリークレール・イデという手作り大好き派に評判の季刊誌の主催する手芸クラフトの見本市が、先月のパリに続いてエクサン・プロヴァンスで開催されたので、高速バスに乗って出かけて行きました。
 この見本市は今回の滞在で楽しみにしていたイベントの一つ。気合を入れて見に行ったのですが、会場になっているカジノの建物に入っても、見本市の案内はごく小さくて、あれ?という感じ。案の定、パリとは違い(と言ってもパリのは行ったことなし)エクスまで来ると、参加するアトリエは少なめになってしまうようです。それでも、初めて見るクラフトやユニークな発想の作品を紹介するアトリエが集まっていて、なかなか楽しい見本市でした。入場料は10ユーロ。今の為替レートだと1650円だから結構高いのですが、はるばる出向いた甲斐はありました。
 参加しているアトリエは、刺繍、布小物、セラミック、電灯の笠、アクセサリー、ステンシル、ビーズ、スタンプ、石膏細工などさまざま。一般の手芸系見本市とは違い、比較的大きな会社は少なくて、殆どが個人の小さいアトリエの参加なのが新鮮です。近年、日本で大人気のカルトナージュは、一人で作っているというマダムの小さいデスクが出ていて、厚紙をカットして布の張り方のデモンストレーションを見せてくれました。
 しかし、毎日20℃、太陽さんさんを享受しているニースから、2時間ちょっと高速を走っただけのエクスに着いたとたん、猛烈なミストラルの強風にあおられて、身体がこちんこちんになり、飛ばされないようにするのが精一杯。予報でニースより5度くらい低いのは覚悟していたので、ジャケットとマフラーは用意していましたが、それでは甘かったです。手袋が恋しいほどの寒さの中、プラタナスの並木道からミニ竜巻のように枯れ葉が舞い上がっては顔を直撃し、目を開けていられません。かつてアビニョンにも滞在していたことがあるのに、プロヴァンスの秋は過ごし易い日ばかりではないことを改めて思い知らされたエクス行きとなりました。
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by cheznono | 2007-11-12 06:21 | プロヴァンス賛歌

パリの花屋さん

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 11月1日のお彼岸(万聖節)ヴァカンスが終わっても、コートダジュールは連日太陽さんさんで、枯葉がハラハラ散ってもパリのように落ち葉が似合いませんね。紅葉も行きつ戻りつといった様子です。
 今朝はバスを3回乗り換えて、はるばるニースの端で開かれるマルシェに出かけてみました。途中で、マルシェの買出し用にショッピングカートや大きな旅行カバンを持ってバスに乗り込む人たちと一緒になったので、さぞかし大きなマルシェかと思ったら、意外にこじんまりしていて、しかも衣類が中心。食料品の買出しを期待していた私たちは当てがはずれ、仕方ないので唯一出ていた食べ物スタンドで、丸焼きチキンとピクルスを買って帰りました。
 さて、パリの空港送迎サービス待ちぼうけをご心配頂いて、ありがとうございます。彼が迎えに来てくれるはずだからと、シャルル・ドゴール空港に着いたまま夜遅くまで、《彼》のお迎えを待って、空港で一人ポツンとしていた日本女性が、そのまま日本に送り返されたという話もあることだし、人気のない空港の隅っこで延々と待たされているのは心細かったです。
 こんなことでは、帰りにホテルから空港に向かう場合、真面目にホテルへのお迎えバンを待っていると、飛行機に乗り遅れる人が続出するのではないかしら?
 ちなみに、春にロンドンで利用したお迎えサービスは、ヒースロー空港ですぐにアテンダントの女性が来て予約を確認し、他のターミナルの到着客との時間調整の説明も確かで、約10分でドライバーに引き継がれました。出発日のホテルへのお迎えも時間厳守。10人くらい乗り合わせたのに、朝の通勤渋滞もなんのそので、裏道を飛ばしてスムーズに空港に運んでくれたから、やっぱりアングロサクソンは責任感が強いと言えるかも。おまけにパリより割安でした。
 パリの送迎サービスで現地払いという会社もありますが、その場合、お迎えする方もされる方もキャンセルし易い分、さらに当てにならない可能性が高い気もしますが、実際はどうなのでしょうか?
*写真はサンジェルマンの花屋さん
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by cheznono | 2007-11-08 04:05 | 不思議の国フランス

パリ待ちぼうけの顛末

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 さて、応答するなり私に泣きつかれたムッシュウは、こういう苦情に慣れているようで、「まあまあ、まずお名前は?今日は交通渋滞がひどいんですよねえ。」となだめ始めました。が、この言葉で私の怒りは頂点に達し、「渋滞!?さっきのマダムはもうバンが第3ターミナルまで来てる言ったのよ。私がいるのは第2ターミナルのB出口。どこで渋滞するのよ?」そこでムッシュウ、甘い声で「ああ、あなたのバンはもうC出口まで到着してますよ。だからね、あと2分。」「本当?本当に来るの?」相手はますます優しげに「大丈夫、大丈夫、あと2分だからね。」
 何だか不実な恋人の言い訳を薄々ウソと気づいているのに、わらをもすがる思いで信じようとしているお人良しみたいな気分でしたが、それでも待つしかありません。
 果たして「2分待って」は、案の定さらに20分でした。もうダメだ、もう限界だわと思ってふと見ると、50m先の小さいバンから降りた好青年が私に手招きしています。ついに待ちに待ったお迎えの到着でした。ああ良かったサギではなかった。荷物をよろよろ引きずって、バンに駆け寄った私ですが、ほっとしたと同時にまた怒りがこみ上げて、「いったい何時間待たせるつもりよ。来るのが遅過ぎるわ!」と言い放ちました。イケメン風ドライバーは目を丸くして全く答えず、私がさんざん電話をした本部に「彼女を拾いました。」と報告だけして、行き先の確認もせずに車を発進。ともあれ私は、安心感と疲労でぐにゃっと後部座席に身を沈めました。
 相客はアメリカ人女性一人だけ。送迎客が多くて、各ターミナルで時間がかかったならともかく、いったい今まで何をしてたのよ?もうチップもなしだからね。そんな私の思いをよそにドライバーは高速を飛ばして夜のパリ市内に入り、街路灯に浮かび上がるシテ島を抜け、相乗りのアメリカ人をカルチェ・ラタンで降ろした後、やっと市内はずれの私の宿に到着しました。
 それまで全く無言だったドライバーが、私の荷物を全部降ろしてくれながら、「これで運転する方も結構大変なんですよ。」と切なそうな目でひと言。顔を見合わせてお互い苦笑いです。怒りにかまけてチップを用意しなかったことをちょっと後悔しましたが、彼は爽やかにメルシーと言って去って行きました。
 大荷物を押してふらふらと向かったレセプションでは、顔見知りのムッシュウが宿泊客と一杯交わしながら、もうへとへとで崩れそうな私を迎えて、2年ぶりの再会を喜んでくれたので、苦労したけどやっぱりパリに寄って良かったです。教訓:慣れていると侮らずに、せめて現金と地図を持って渡仏しよう!まあ常識ですよね。
*写真はモンパルナス駅前で、政府の年金改革に抗議する国鉄職員たち
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by cheznono | 2007-11-03 19:48 | 不思議の国フランス