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ラスト、コーション

b0041912_16403662.jpg 気合を入れて観に行った「ラスト、コーション」、好き嫌いは別として、何とも強い印象を残す作品でした。
 1938年、戦争を避けて香港に疎開した女学生のチアチーは、ハンサムなクアンに誘われて大学の演劇サークルに参加。中国への愛国心をテーマにした芝居の主演を務めます。
 日本軍の侵略に反発するクアンは、大学の演劇仲間を誘って自分達だけで反日活動を開始します。チアチーもクアンの熱意につられて、日本軍の傀儡政権に重用されているイーの暗殺計画に乗り気になり、香港に来ていたイー夫妻に近づきます。運良くイー夫人に気に入られたチアチーですが、ことは思うように進みませんでした。
 3年後、日本占領下の上海に戻っていたチアチーの元に、本格的な反日組織のメンバーとなっていたクアンが現れ、もう一度、色仕掛けによるイーの暗殺を持ちかけます。失敗すれば死を覚悟しなくてはいけない危険な任務をあっさり承諾したチアチー。彼女は、香港から行商に来ているマイ夫人に扮して、イー夫人の麻雀仲間に加わり、ついにイーの愛人となって、組織にイーの動向を報告します。お陰で、イーの暗殺計画は進んでゆくのですが。。
 日本軍の支配下で、抗日派の同胞を容赦なく拷問するイーは、立場上、誰も信用できず、いつ自分も命をl狙われるか知れない孤独な存在です。一方、若くきれいなチアチーは、たいした動機もなく抗日活動に参加し、工作員としての訓練も全く受けないまま、どこか達観したように自分の任務に入り込んで行きます。
 クアンへ淡い恋心を抱きながらも、意に染まない相手との初体験に動じず、確固としたイデオロギーも恋愛経験もないのに、イーを色仕掛けで狙う工作員を請け負うチアチーの大胆さと諦観、虚無感は、時代背景を考えても異様に映りましたが、それだけに後半の彼女の気持ちの揺れが際立つのかも知れません。チアチー役のタン・ウエイが卓越した表現力で難しい役を演じきっています。タン・ウェイは本当に先が楽しみな大物新人ですね。
 日本側につくことによって、戦争中でも豊かな生活を享受する有閑マダムたちが、イー家で繰り広げる麻雀のシーンが要所要所に出てきますが、それぞれが意味深な視線を交わしながら、腹を探り合う様子が生々しくて、時代の緊張とチアチーの緊張、時々顔を出すイーの緊張が交差する秀逸な演出です。
 そして、チアチーとイーの心理状態と逢引でもたらされる二人の気持ちの変化が、3度の激しいベッドシーンによって描かれ、チアチーがイーのファム・ファタルになって行く過程もほぼベッドシーンだけで表現されるところがすごいと思います。
 アン・リー監督は、前作「ブロークバック・マウンテン」を愛の天国編、この「ラスト、コーション」を愛の地獄編と呼んでいましたが、どちらも愛の天国と地獄の両面を描いて、切なく悲しい結末に続く点は、共通しているのではないでしょうか?
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by cheznono | 2008-02-22 18:13 | 映画

ロートレック展

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 東京ミッドタウンにあるサントリー美術館で開催中のロートレック展、予想以上に展示品が充実していて、なかなか見応えがありました。
 中世の南フランスで絶大な力を誇ったトウールーズ伯爵家の血を引く家柄の嫡男として生まれたアンリ・ド・トウールーズ=ロートレックは、少年時代の骨折によって足の成長が止まり、身障者となったため、貴族社会から飛び出して、パリで絵の勉強を始めます。
 「足がもう少し長かったら、僕は決して画家にはならなかっただろう」というロートレックは、ベルエポックのパリで、印象派の画家達と交流を深め、共に浮世絵に影響を受けながら、でも、自然や景色を描いた印象派とは違って、人の表情やしぐさ、姿勢などに深い興味を示しました。
 ムーラン・ルージュを初め、モンマルトルのキャバレーに入り浸って、歌手や娼婦の姿を次々に描いたのは、南仏きっての家柄に生まれながら、上流社会からはぐれ出た身を夜の女性達に重ねて、共感と安らぎを得たからと云われます。
 ロートレックの彼女達に向ける視線は常に暖かく、女性達も夜な夜なやって来る彼を親しみを持ってとても歓迎したそうですが、踊り子や娼婦の表情を決して美しくは描かなかったのは、どうしてでしょうか?
 お酒で身体を壊し、37歳の短い命を終えたロートレック。母親の伯爵夫人がその作品を集めて、故郷アルビの大司教館に展示し、今はロートレック美術館に。今回のロートレック展には、この美術館からの出品作も混じっています。
 トウールーズから電車で1時間、タルン川沿い町アルビは、ばら色のトウールーズと同様、赤レンガの家並みがとても美しく、かつての豊かな風土が今も偲ばれます。また、この町の周辺にはフランス一美しい村に選ばれた中世の村が幾つも点在しています。
サントリー美術館ロートレック展:パリ、美しい時代を生きて
http://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/08vol01lautrec/index.html
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by cheznono | 2008-02-18 23:09 | いつもの暮らし

潜水服は蝶の夢を見る

b0041912_11255320.jpg 仕事に恋にとパリの生活を楽しんでいたモード雑誌ELLEの編集長ジャン‐ドミニークでしたが、42歳で突然、脳梗塞に倒れ、全身麻痺となってしまいます。身体は植物状態で、もう話すこともできませんが、ジャン‐ドーの意識ははっきりしていて、観る側はこん睡状態から目覚めた彼の限られた視界を同時に体験する形で映像に引き込まれてゆきます。
 カンヌやゴールデングローブ賞で2部門を受賞した「潜水服は蝶の夢を見る」は、ジャン‐ドーが片方の瞳の瞬きだけで語った自伝の映像化で、生きとし生けることの不思議さ、大切さを改めて考えさせられる秀作でした。主役のマシュー・アルマリックもみごと。彼以外には考えられない程ですが、当初はジョニー・デップが第一候補だっとというから驚きです。
 北フランス、ベルクの海岸沿いの病院で療養するジャン‐ドーは、意識が回復した段階で医師からはっきり、今の状態は医療技術のお陰による延命、と告げられます。でも、「希望は持ち続けて」と励ます医療スタッフたちに囲まれ、初めは死にたいともらしたジャン‐ドーも、美人の言語療法士に機能の残る左目を使ったコミュニケーション方法を教わって、生きることに前向きになって行くのでした。
 唯一動く左目の瞬きで仏語の単語を綴って行くコミュニケーション方法で、自伝の出版にも意欲を示すジャン‐ドー。身体は全く動かなくても、彼の豊かな想像力や記憶は変わらず、色気やユーモアもそのまま。辛抱強い筆記者との共同作業で、病室での介護の日々、子供たちや老親への思い、恋の思い出などを集合させ、大いなる生の喜びを文章にして行きます。
 病室で彼を見守るのは、子供たちの母親であるかつてのパートナー、セリーヌ。ジャン‐ドーに思いを残す優しい彼女の前で、恋人からの電話に心をときめかすジャン‐ドー。しかし、恋人は麻痺した彼を見るのは忍びなく、以前の生き生きした彼でないと会いたくないと残酷です。
 三人の子供に恵まれ、仕事も順調、恋人にも不自由なく、スポーツカーを乗り回していたジャン‐ドーが、突然奪われた身体の自由。この映画は、生命の強さと同時に、明日をも知れない運命の不確かさを突きつけて来ます。しかし、何より私が感動したのは、彼を支える医療チームの素晴らしさでした。
 普段は段取りや手際の悪さが目につくフランス社会ですが、全身が麻痺して手も口も動かせない患者を多くのスタッフが介護し、家族や友人よりも支えてゆく様子には目を見張らざろう得ません。一本の木のようになってしまった身体ですが、意識のあるジャン‐ドーを尊重し、人間性を保つことに尽力するチームワークには感嘆します。日本もこういう医療看護体制が整う日が来るでしょうか? 
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by cheznono | 2008-02-13 13:29 | 映画

ぜんぶ、フィデルのせい

b0041912_025522.jpg 時は1970年。9歳のアンナは、スペインの貴族出身で弁護士のパパと雑誌マリ・クレールの記者のママと弟のフランソワと共に、パリで恵まれた少女時代を送っていました。
 ところが、フランコ政権に反対して、夫婦で反政府活動をしていた伯父さんが亡くなり、その妻子がアンナのパパを頼ってフランスに亡命して来たから大変。今まで自分達子供に注がれていたパパの愛情と関心が恵まれない他者、つまり社会的な活動に向き始め、何だかアンナは釈然としません。
 おまけに両親は、アンナと弟の面倒をキューバ人のメイドに任せ、民主主義への道を歩みだそうとしていた南米チリに旅立ってしまいます。やっと帰国したパパとママでしたが、すっかりチリの政治活動に影響されて、今や共産主義に傾倒。フィデル・カストロに批判的なメイドを解雇して、一家は庭付き一戸建ての家からつましいアパルトマンに越してしまいます。
 ボルドーのブルジョワ出身のママが選んだ名門のカトリック女子小学校に通うアンナは、今度はママから一般校に転校を迫られますが、キリスト教教理の授業を欠席するという条件で、何とか転校せずに済むありさま。
 今までのように豊かな生活に甘んじることを恥とし、民主化にもがくチリへの援助や、恵まれない女性たちの支援をすることに熱中するパパとママ。でも、利発なアンナには、何不自由なかった以前の暮らしと比べて、家族の幸せよりも社会活動に重きを置く今の生活に疑問を禁じえません。突然の両親の価値観の変化と、生活の激変が納得できず、反発を感じるアンナ。
 大人たちは充分な説明をしてくれないまま勝手な活動に走って、なぜ子供たちまで振り回されなきゃいけないの?そんなアンナに、パパのチリ民主化運動仲間が、富を皆んなで分けることの大切さを説明すると、アンナにも何となく両親の活動の趣旨がわかりかけて来るのですが。。
 フランコ政権下にピレネー山脈を越えて、南仏に逃げ込んだスペイン人は数知れず、彼らの影響で、軍事政権の台頭に苦しむ南米に関心を向けたフランス人も多かったのでしょう。フランス社会を大きく変えた1968年の5月革命の後、75年の中絶が合法になるまでの新しい価値観に揺さぶられるフランスを背景に、この作品は、でも終始幼いアンナの目線で描かれます。
 そのため、大人たちの民主化運動や弱者支援への目覚めが、結構理不尽な思いつきで周囲を振り回している様子がコミカルで、人々の価値観がいっきに変わったと言われる激動の70年代を、裏から見るような視点が面白い作品です。
 ただ、両親の変化に戸惑い反発するアンナの心境に重点が置かれ過ぎていて、大人たちの心の動きやそれぞれのエピソードが抜けている分、ちょっと食いたりなさが残りました。もう少し、話に深みがあればさらに良かったのに、とその点がちょっと残念です。 
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by cheznono | 2008-02-09 01:50 | 映画

ブロッコリー騒動の結末

b0041912_23301418.jpg カットしたブロッコリーを見つめながら躊躇う私にマダムが言いました。 「さあ、ブロッコリーを鍋に入れていいわよ」 そう言われても、彼女の手に握られたピンクのルームスプレイが、まるで水鉄砲の銃口のごとくこちらに向いています。
 ブロッコリーを沸騰しているお湯に入れたら、彼女はその消臭剤を噴射するつもりでしょうか?腹ペコの私の大事な夕食用のスープに向かって、スプレイを撒かれたらたまりません。しり込みする私にマダムは、「何しているのnono、いいから早くブロッコリーを茹でなさい!」まるで、もう悪臭が匂い始めてるかのように、彼女は眉間にシワを寄せていらだっています。普段から電気代を気にしているため、電気レンジ台の上でぐつぐつと煮立つお湯が気になるのでしょう。
 「さあ、早く!」マダムの声に押され、もうなるようになれと、ついに私は恐る恐るブロッコリーを鍋に入れ、その後は、もううんざりしてマダムの顔を見ないよう、下を向いて炒飯の用意をし始めました。鍋の中のブロッコリーは、当然たいした匂いも出さずにお湯の中で踊っています。
 気がついたら、いつの間にかマダムは私の真後ろの椅子に座っていました。「Ca va?何か匂いますか?」と聞くと、マダムはこちらに背中を向けたまま、「別に」。さすがに我に返ったのか、憑き物が取れたようにおとなしくなったマダムに、私は勝ち誇ったように畳み掛けました。「ブロッコリー、特に匂わないでしょ?悪臭なんてしないでしょ?」
マダムは振り返りもせずに黙々とパンをかじっています。ともあれ、消臭スプレイを噴射されずにすんでほっとした私は、スープと炒飯を作って、無事に夕食を済ませることができました。
 しかし、マダムは一度もブロッコリーを料理したことがないのでしょうか?最初は会計士、次はイギリスの外交官と結婚して、2度離婚したマダムですが、ずっと専業主婦でしたから、夫や子供と暮らしていた頃は毎日お料理をしていたとか。一人暮らしになって10年、アリアンス・フランセーズなどの学生を朝夕2食付きでホームステイさせることも多いのに、私が見た限り、彼女はいつもパンにチーズを塗ったり、冷凍食品を食べて済ませてました。
 かくゆう私も、カリフラワーを茹でたことがありません。そこで、南仏の友達数人にカリフラワーの悪臭について聞いてみました。何せカリフラワーは、プロヴァンス料理の代表:アイオリには欠かせない野菜の一つです。
 果たして、全員答えは同じで、「確かに独特に癖のある匂いはするけれど、窓を開ければ済む程度、耐え難い悪臭と騒ぐような匂いではない」とか。良かった、これで安心してアイオリに挑戦できる、と思いましたが、未だにカリフラワーを見ると、マダムの叫びが蘇るのでした。
 写真はマダムに勝ったと喜ぶ私、ではなく、パン焼き厨房を再現したものです。 
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by cheznono | 2008-02-02 01:34 | いつもの暮らし