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空港で荷物にご用心

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  お盆より海外に出かけた人が多かったというシルバーウィークが終わりましたが、空港でいざ荷物を引き取ろうとしたら、自分のスーツケースが見当たらなくて青くなった、という旅行者はどれくらいいるでしょうか?
 搭乗時に預けた荷物が消えてしまう事故は年々増加していて、世界の航空会社が間違って持ち主とは別の目的地等に運んでしまう旅行鞄の数は、2007年のデータで4200万個余り。うち、120万個は永久に持ち主の元に戻りませんでした。 
 旅先で見つけたお土産をたくさん詰め込んだスーツケースが消えてしまった乗客は、当然航空会社に賠償を要求しますが、支払われた賠償金の平均は約26000円。旅行カバンの値段になるかならないか程度ですね。
 賠償額が低いのは、無くなったカバンの中身の各レシートを乗客が提示できる場合が少ないこと、加えて、中身の品物が新品だったか使いかけだったかの証明も難しいため、品物の減価償却分を差し引かれてしまうそうです。
 航空会社は3週間経っても荷物が見つからなかった場合、永久に紛失と判断しますが、例え戻って来たにしても、旅行先に荷物が間に合わなくて、結局スーツケースが手元に届いたのは旅行が終わって帰国した後だったということもあるので、やはり必要最低限の物は手荷物として機内に持ち込んだ方が無難でしょう。
 
 先日来日した知り合いのイタリア人の歓迎会によんでもらった時、約束の時間に30分程遅れてやって来たイタリア三人組。聞けば、当日の早朝に成田空港に到着し、ひとまずホテルで休もうとチェックインした所、三人のうち紅一点のイタリア女性が、部屋でスーツケースを開けようとしたところ、なぜか鍵が開きません。
 あれっ?と思ってよく見たら、なんとそれは自分のスーツケースではなかったとか。そう、彼女は成田で間違えて他人のスーツケースを引き取ってしまったのでした。
 慌てて航空会社に連絡を取り、本来の持ち主を調べてもらった所、幸い都内のホテルに泊まっていることがわかったので、タクシーで持ち主の宿泊先までスーツケースを届けに行ったために、歓迎会に遅刻したようです。
 こんな取り違いもあるから、荷物の紛失は一概に航空会社の責任とは言えないのかも。紛失予防のため、航空会社は荷物に住所と名前を明記したタグを取り付けるよう奨励していますが、フランスの防犯対策担当者は名前タグに疑問を投げかけていました。
 フランスではヴァカンスシーズンに空き巣が急増するため、旅行鞄の住所氏名タグは、自分が旅行中(自宅は留守)だと明示しているようなもの。空港や駅で誰が見ているかわからないから、荷物タグの利用は用心するようにと言うのです。
 まさかね?と思うけど、パリでもニース空港でも、空港職員が組織的に乗客の荷物の中から金目の物を抜き取っていた前例もあることだから、あながち大げさな警告ではないかも知れません。
 写真はプロヴァンス名物、マルシェのショッピングバッグ。
 おまけ:パリの空港における荷物トラブル申告書:
http://www.aeroportsdeparis.fr/ADP/en-GB/Passagers/Shops-services/practical-service/lost-property/lost-property-form.htm
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by cheznono | 2009-09-24 23:37 | いつもの暮らし

クリーン

b0041912_030247.jpg 「夏時間の庭」「パリ・ジュテーム」のオリビエ・アサイヤス監督の最高傑作とも言われる「クリーン」を観て来ました。監督の元妻マギー・チャンがカンヌ映画祭女優賞を受賞し、フランスメディアも諸手を挙げて絶賛した作品です。
 確かに、どん底の状態から這い上がろうともがくヒロイン:エミリーを、殆どすっぴんで熱演しているマギー・チャンが素晴らしく、再生へともがくエミリーの姿は観ている者に勇気を与えてくれます。しかし、2004年の作品を今になって日本公開するのは、もしかして芸能人の麻薬が問題になっているから?なんて、ちょっと穿った見方が頭をかすめてしまいました。

 かつては人気のロックスターだったリーと恋に落ちて、パリからロンドンを経てカナダに渡って5年、エミリーは何とか内縁の夫リーをまた第一線に戻したいと奔走しますが、音楽関係者は彼女をリーの疫病神のように見なして冷ややかです。
 それに、二人の間の息子ジェイは、もうずっとバンクーバーの夫の両親の元に預けられたままでした。
 売れないリーはヘロインに溺れ、エミリーの留守に急死してしまい、同じく麻薬中毒のエミリーも警察に捕まって、半年の服役を被ります。
 出所しても、住む所もないエミリーは息子の養育権を主張できず、一人パリに戻ってやり直す決心をしますが、またクスリに手を出したりして、親戚に紹介された中華レストランでの仕事にも力が入りません。
 本当は自分も歌手として出直したいのに、そうは簡単に認められないし、パートナーを失った悲しみと孤独感に押しつぶされそうになることもしばしば。そんなエミリーは、バンクーバーで義父母が育てている息子ジェイを引き取ろうと決意を固め、今度こそクスリを断って、まっとうな仕事を見つけるべく努力を始めます。
 一方、ジェイを預かっている義父(ニック・ノルティ)は、孫の母親であるエミリーと真剣に向き合うべく、ジェイを連れてパリを訪れるのでした。

 5,6年前まではパリで結構華やかな生活を送っていたエミリーが、落ち目のロックスターの再生に尽力するものも挫折し、愛する人を失った上に、自分も麻薬中毒者のため息子も預けっぱなしで、パリに戻っても思うようにことは運ばず、思い出すのは彼のことばかり。という中で、それでも、歌手としての再起と息子と一緒に暮らしたいという希望を胸に、逆境を乗り越えて行こうとあがくエミリーが身近な存在に感じられるところが、この映画の魅力でしょう。
 なぜなら、四面楚歌のどん詰まりのような状況でも、子供のために自分は変われると信じ、わずかなつてを頼って職を探し、住む場所を見つけ、かつ、歌手への夢も諦めないエミリーの姿が観客にもパワーを分けてくれるから。何もかも無くして、孤独に苦しむエミリーが、安易に次の相手を見つけて頼ろうとしなかったのも好感が持てました。
 一人の女性の中にある強さと弱さの両面を体当たりで演じたマギー・チャンに加えて、ジェイの祖父役のニック・ノルティが何とも良い味を出しています。ジェームズ・アイボリー監督の「金色の嘘」や「ホテル・ルワンダ」でも存在感がありましたが、今回も人間味あふれる人柄を好演していて、エミリーを見捨てず、亡き息子のパートナーで孫の母親として、彼女と正面から向き合う姿勢が とても印象的でした。
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by cheznono | 2009-09-15 00:39 | 映画

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 「湖のほとりで」と「セントアンナの奇跡」と、イタリアの山あいの村を舞台にした映画を続けて観たので、何だか北イタリアの鷲ノ巣村の夏が恋しくなりました。特に「セントアンナの奇跡」では、ニースにいる時は何気に訪れているイタリアの平和な村々が、第二次大戦中にとても悲惨な占領経験を強いられて来たことを全く知らなかったので、次回はもっと心して出かけてみたいと思います。
 ここ数年、日本人旅行客がめっきり減っているというイタリアですが、ニースからひとまたぎのイタリアン・リヴィエラには魅力的な鷲ノ巣村が点在しているのに、なぜか殆ど日本のガイドブックには載っていないのが残念です。今日ご紹介する芸術家村は、サンレモからインペリアに向かって海沿いの道を山側にぐるぐる上って行くと現れるブサーナ・ヴェッキア。
 この村はドイツ軍占領の影響を全く受けていません。なぜなら、19世紀にこの地方を襲った3度の地震で村の一部が損壊し、更に4度目の1887年の大地震では教会の丸天井が落ちて50人余りの犠牲者を出したため、住民が逃げ出して、便利な海側に新しい町を作ったので、古いブサーナ・ヴェッキアは見捨てられてしまったのです。
 以来60年、廃村になっていた村にぼちぼちと人が戻って来たのは、戦後の混乱期でした。1960年代になって、画家を初めとしたアーティスト達が、中世のまま取り残されたような村に注目して、理想の芸術家村を作るべく続々と集まって来たため、ようやく村に電気やガス等のインフラが復活。地震の爪痕が痛々しく残る家並みを、イタリアやフランスはもちろん、オランダや英国、ドイツなどからやって来た画家や彫刻家、陶芸家、ミュージシャン達が力を合わせて修復し、住み着いたのでした。
 村の細い石畳を歩くと、古い家々の窓からそれぞれのアーティスト達の作品を見ることができます。とはいえ、サンポール・ド・ヴァンスのような商業目的のギャラリーが所狭しと立ち並んでいるわけではなく、村のたたずまいはいたって素朴。殆ど中せから変わっていないかのようです。地震で半壊した教会は今もそのままですが、2つある教会の塔が鷲ノ巣村を際立たせています。
 アーティストの集まる村だけあって、ブサーナ・ヴェッキアにある数件のレストランはいつも活気に満ちているから、そこにいるだけで陽気な気分がこちらにも伝染して来るようです。写真は、村の入口にある串焼きがおいしいレストラン。遥か眼下には地中海が見下ろせます。
 この店で友人達が初めて食事をした夜、たらふく食べて飲んで、いざお会計となった時、店のスタッフがすまなそうに「今夜はクレジットカードの読み取り機が故障しちゃって、あいにくカードではお支払いできません」と言うので、慌てて手持ちの現金をさぐったけど、15ユーロ程度しか持ち合わせがなくて全然足りません。これは山を降りて海沿いの道にある銀行のキャッシュ・ディスペンサーまで行かないとダメかと思ったとたん、今度は店の主人が現れて、「15ユーロでいいよ、差額は店のおごりだよ!」とにっこり。足りない30ユーロ分はお負けしてくれたのだとか。
 ぼる店も多いと言われるイタリアだけど、太っ腹なレストランもあるものです。車とはいえ、カーブだらけの暗い山道をぐるぐる降りて、現金を降ろして、支払いのためまた山を上って行く手間を考えたら、オーナーのおごりは本当にありがたかったことでしょう。
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by cheznono | 2009-09-09 01:55 | イタリア絵日誌