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 ネイチャー・ドキュメンタリーが十八番のBBC、特にこの「ライフ」シリーズは最新の技術を集結し、最新鋭のカメラを駆使して世界中のさまざまな生き物の生態を追った大プロジェクトで、公開されている「ライフ いのちをつなぐ物語」はその劇場版です。
 88分という比較的短い作品ですが、天地創造の不思議や自然の摂理、連綿と続く生命の営みについて考えさせられます。厳しい自然条件の中で生き抜こうとする動物はもちろんのこと、小さい身体で思いのほか知恵をしぼる昆虫や両生類の生き様がとりわけ印象に残りました。

 寒さ厳しい北国に暮らすニホンザルが、人間と同じく温泉を利用して凍える冬を乗り越えるのは日本でお馴染みの光景ですが、温泉に入って温まれるのは力の強い一部のサルだけで、その他の群れは、露天風呂の周りで温泉につかるサルを羨ましげに眺めているだけ。ニホンザルの共同体も一部の特権階級が利権を握る格差社会なのですね。

 先日、スーパーの魚売り場で半額になっていたから買った水だこのお刺身。ちょっと大味だけどおいしかった。その水だこが、実は一生に一度しか産卵しないとは全く知りませんでした。しかも、水だこのお母さんは、生んだ卵をじっと見守り、やがて無事に孵化するのを見届けてから、静かに自分の命を終えるという宿命だったのです。親が命をかけて生んだ水だこを半額のお刺身として安易に食べていた自分がかなしくなりました。

 南米に生息するハキリアリは、青い葉っぱを噛み切ってはせっせと巣に運んで、特殊なきのこを栽培しています。自分達の巣にきのこ農園を作り、きのこの菌から糖分を吸い上げて女王蟻に進呈するのですが、ハキリアリたちがひたむきに葉を切っては、大きな葉っぱを持ち上げて黙々と巣に向かって行進する姿からは、《蟻の7割は休んでいて、1割は一生働かない》とはとても信じられません。
 「働かないアリに意義がある」長谷川 英祐著によるとアリもハチもその7割はボーッとしており、約1割は一生働かないことが証明されたらしいですが、蟻の働き方も生息地や種類によって違うのでしょうね。

 中でも一番印象的だったのが、中米コスタリカに生息するイチゴヤドクガエルの子育て。雨蛙よりも小さい真っ赤なカエルですが、卵を産んだ後もその1つ1つが天敵の目を逃れてオタマジャクシに孵れるよう、驚異的な策を取るのです。

 地球は広い。環境もそこに暮らす生き物も実にさまざま。創意工夫に満ちた生き物たちの生態を彼らの目線で映した映像を見ながら、改めて原発事故の罪深さを感じさせられました。こんなにもさまざまな生き物が必死に生きている地球を分け合っているのだから、これからも共存して行くためにCO2の削減や少なくとも地震国の原発廃止は急がなくてはいけないという思いを新たに帰路につきました。
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by cheznono | 2011-09-24 23:33 | 映画

b0041912_2325694.jpg 今週の1本は南イタリアの麗しい町とラテン的ブルジョワ一家の暮らしぶりが楽しめる「あしたのパスタはアルデンテ」。図らずもダブルカミングアウトする兄弟とその家族の話で、兄弟たちの祖母をキーパーソンに、周囲の期待に背いても自分の望む人生を歩むべきというメッセージを発信する佳作です。

 イタリアのかかとの部分にあたるバロック様式の町レッチェ。祖母の代からパスタ会社を営むカントーネ家で、長男アントニオ(アレッサンドロ・プレツィオージ)の社長就任を祝う身内の晩餐会が開かれます。
 ローマでボーイフレンドと暮らす末っ子の文学青年トンマーゾ(リカルド・スカマルチョ)も実家に帰省。旧弊な父親から勘当されるのを覚悟でカミングアウトする決心を固めています。 
 ところがトンマーゾの決意を知った兄アントニオが、家族の前で先にカミングアウトしたために、寝耳に水の一同は唖然呆然。怒りに任せて即座にアントニオに勘当を言い渡した父親は、ショックのあまり心臓発作で病院行きに。
 自慢の跡継ぎ息子だった長男を勘当、長女の夫は気に喰わないナポリ男とあって、父親の期待はいっきにトンマーゾへ向かいます。兄に出し抜かれた形のトンマーゾは、カミングアウトはおろか恋人の待つローマに戻ることもできず、共同経営者の娘で勝ち気なアルバ(ニコール・グリマウド)と共に、パスタ工場の経営を押し付けられる羽目に。
 作家になる夢とローマの恋人を思いながら、仕方なく会社経営の修行をするトンマーゾと、同性愛者と知りながら彼に惹かれるアルバが微妙な関係になった頃、突然ローマから恋人マルコとゲイ仲間が尋ねて来たからびっくり、何も知らない両親の手前、トンマーゾは窮地に立つことに。。

 あらすじと変な邦題を見る限り、ラテン的どんちゃんコメディかのようですが、そこは自身もホモセクシャルであるベテラン、フェルザン・オズペテク監督の作品、イタリアといえども南部の地方都市でのゲイの住み難さや偏見との葛藤、疎外感や苦悩、家族との調和の難しさをユーモアにくるみながら上手に描いています。

 家業を継ぐのが当然のこととして期待され、同性愛を押し隠して来たアントニオが、ローマの大学に進学して自由を謳歌していた弟をうらやんでいたこと、男好きの叔母の若い頃の駆落ち話などワンシーンで語られるエピソードや、とりわけ祖母の秘められた恋が美しい映像と共に織り込まれて、この映画を重層的にしているのが魅力的です。
 自分の時代にはかなわなかったけれど、たとえ肉親であろうとも他人の望む人生を選ぶことはないと孫を励ますおばあちゃんは、嫁ぐ前から愛していた夫の弟と天国で添い遂げるつもりなのかも。

 北イタリアでは山あいの小村でもホモセクシャルを表す虹色の旗が窓に翻っているのをよく見かけるので、南イタリアではここまで世間体を気にするのかと意外でした。
 もっとも、大都市ではゲイカップルが1割近いと言われるフランスでも、地方出身のゲイの男性が、「地元では差別が強くて暮らし辛かったけれど、パリのマレ地区に行って初めて解放された気持ちになった」などと語る様子が5月17日の同性愛差別反対の日に放送されていたので。まだどこかカトリックの呪縛が根強いのか、そもそも少数派を差別したくなるのが人間の悲しい性なのか。
 でも、映画のラストには、古い価値観から抜け出して多様性に寛容となる兆しが見られ、カントーネ一家も私たちも、明るい希望に包まれます。
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by cheznono | 2011-09-11 23:16 | 映画

黄色い星の子供たち

b0041912_2355217.jpg 観なくてはと思いつつ、重いテーマについひるんでいた「黄色い星の子供たち」をやっと観て来ました。年末に公開予定の「サラの鍵」に共通するフランスによるユダヤ教徒迫害や同時に行われたジプシーの収容所送りを扱った作品がフランスではここ数年次々に公開されています。
 歴史的な暴挙を反省をこめて客観視するのは、加害者側であるフランス国民にとってイタいことに違いありませんが、事実から目を背けずにこうした映画を公開し、ヒットさせる土壌には感心させられます。
 もっともフランス政府がユダヤ人一斉検挙の事実を認めたのは、戦後50年も経ってからでしたが。

 1942年、ナチスドイツに占領されヴィシー政権下のフランスで、ヒットラーがフランス政府に対して国内のユダヤ人の引き渡しを要求。フランス側は、国民感情や国際社会の反応を慮って躊躇しますが、フランス警察のトップは、交渉を有利に運ぶべく、ドイツ側にユダヤ人検挙の際の交換条件を提示するのでした。

 その頃、ユダヤ系ポーランド移民のヴァイスマン家は、モンマルトルの丘の小さなアパルトマンで、つましくも楽しい日々を送っていました。黄色い星を胸につけなくてはいけないユダヤ人はパリでも差別の対象となっていましたが、成績優秀なヴァイスマン家の少年ジョーは、親友シモンとその弟ノノと遊ぶのが日課で、優しい父(ガド・エルマレ)と美しい母(ラファエル・アゴゲ)、二人の姉に囲まれ、幸せな日常でした。  
 そんな中、フランス政府によるユダヤ人検挙の噂が流れ、不穏な空気に疑心暗鬼となったジョーの姉が、家族で逃げようと強く主張しますが、「ここはフランス、政府がユダヤ人をナチスドイツに引き渡すわけがないよ」と両親に受け流されます。
 当時パリには、ナチスを恐れたユダヤ人がドイツを初めロシア、オーストリア、ポーランドなどから大勢移り住んでいました。彼らは、既に多民族国家で、自由と人権の国フランスならユダヤ教徒を守ってくれると信じていたのです。

 しかし、7月16日の未明、パリ警察がいっせいにユダヤ人検挙を開始します。対象はパリ在住の24000人の移民系ユダヤ教徒全員。国民感情を気にしたフランス政府は、生粋のフランス人ユダヤ教徒を避けて、外国籍のユダヤ人をナチスに差し出すことに決め、住民名簿を頼りに寝込みを襲って、子供を含めたユダヤ教徒を13000人を検挙、その半分を冬季競輪場に閉じ込めます。
 ジョーの一家も全員競輪場に送られ、食料も水も不足する中、劣悪な環境で5日間を過ごすことに。赤十字から派遣されたフランス人新米看護士のアネット(メラニー・ロラン)は、競輪場の惨状に息を飲みますが、黙々と同胞の診察をするユダヤ人医師(ジャン・レノ)の姿に心撃たれ、5日後に彼らが移送されたロワレ県の収容所にもついて行く決心をします。
 しかし、そこでアネットが目にしたものは、更に過酷な状況でした。しかも、やがて大人たちはアウシュビッツ行きの列車に乗せられることに。。

 涙なしには観れない作品で、「サラの鍵」よりも強い衝撃を受けました。生き残ったジョゼフ・ヴァイスマンの経験談と目撃者の証言を元にして、入念に作られた映画のため、主要な登場人物は全て実在したそうです。
 それにしても、人間はなんと愚かで残酷なことができることか。収容所の子供たちと対照的な環境で、愛情を注がれ何不自由なく暮らすヒットラー周辺の女性や子供たちの映像が挟まれるのも、不条理を際立たせています。 
 一斉検挙の対象となった24000人のうち、1万人余りはパリ市民によってかくまれたり、警官に見逃されたりして、検挙を免れたことがせめてもの救いです。
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by cheznono | 2011-09-03 00:08 | 映画