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 大変遅ればせながら、あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。大地震で悲惨な状態にあるハイチの現状を思うと、こういう日記を載せるのはかなり気が引けますが、覚え書きのようなつもりで一応書いてみました。  
 お正月に日本を出てからもう10日余り。愛用の大きなトランクには冬服いっぱい、旅行バッグの方には持てるだけの食料品となぜか必ずリクエストのあるお土産用健康サンダルを詰め、背中にはPCを背負っての旅立ちで、いつものことだけどド・ゴール空港から宿に着くまでそれは辛かった。しかも、パリ到着の翌日から雪。大寒波がそのまま居座ったため、毎日氷点下の町中をうろつくことになりました。
 初日はマレ地区をまわって、ブルボン王朝時代の貴族の屋敷の面影を探して歩き、2日目はソルド初日だったので、降りしきる雪にもめげずサンジェルマンからレンヌ通り、モンパルナスのお店巡り。雪のせいかこの辺りは思ったより客足が鈍い印象だったけど、夕方ギャルリー・ラファイエットの本店を覗いたら、ラッシュアワーのような人ごみだったので、すぐに退散。なんでいつも買い物客はオペラ座付近に集中するのかしら?
 翌日も雪の積もったパリをふらつき、4日目にヴェルサイユに移動。宮殿は何度か見学しているけれど、今回の目的は史上初のルイ14世の展示会です。雪のためパンタグラフが壊れたとかでヴェルサイユ・リブゴーシュ駅行きの高速地下鉄は運休。大きなリュックを背負った私はふらふらしながら、急遽モンパルナス駅に向かい、鉄道でヴェルサイユ・シャンティエ駅に到着。そこからバスに乗って、リブゴーシュ駅前のホテルにチェックイン。
 予約していた安ホテルは、5年半前に友達二人に鴨肉のランチをご馳走になったレストランの真上だったので、懐かしさにちょっと感激。冬木立のヴェルサイユでも雪に覆われるとなんて趣きがあるのでしょう。雪がいろいろ隠してくれたため、ルイ王朝時代にちょっと近いヴェルサイユが観れたような気分になり、結構ご機嫌で宮殿に入場。しかし、気温−2℃、日が暮れると−6℃の寒さの中なのに、お着物でヴェルサイユ見学に来ている若い日本女性達がいるのには、びっくりでした。
 
 17世紀のフランスに絶対王朝を確立したルイ14世は、国民に王室への親しみを持ってもらうため、ヴェルサイユ宮殿をアクセス自由にしたり、自分の彫像を造らせて、全国のあちこちに配置させたことで知られますが、今回の展示会ではいろいろなサイズの彫像が年代ごとに紹介されています。初々しい少年王から、皺の寄った老年まで、写真もテレビもない時代に、国民は王様のりっぱな彫像を見ては、あがめたり恨んだりしたのでしょうね。
その他、絵画やタペストリー、家具と充実した内容のルイ14世展は2月7日まで。宮殿内と一緒でオーディオガイド付きです。http://www.digitick.com/chateau-expo-louis-xiv-chateau-chateau-de-versailles-css4-digitick-pg51-ei49036.html 

 本当は翌日、もう少し奥の博物館に行く予定だったのに、雪でバスがキャンセルになったので、また電車が止まらないうちにと早々にパリに引き上げました。せっかくヴェルサイユに泊まったのに、ちょっと残念でした。

 ソルド初日にパリにいるなんて滅多にない機会なので、気合いを入れて見に行った割に、結局戦利品は、お決まりのロンシャンのリュック30%オフとマンゴで買った薄いカーディガン3枚にコットンチュニック1枚。4点で50ユーロだからとつい買ってしまったけど、これのお陰でトランクが閉まらない。東京を発つ時は多少余裕があった筈なのに。
 はるばる日本から持って来た食料を捨てたくなるのを堪えて、バスティーユ界隈に赴き、80%引きで4ユーロという各安バッグを買って、何とか荷物を整理。その結果、トランク、旅行バッグ、手提げバッグ、大リュック、肩掛けバッグ2つ、というみごとなバッグレディと化した私は、タクシーでリヨン駅に着いたものの、駅構内の移動にもハアハアいう始末でした。
 アビニョンやマルセイユに30cm以上積もった雪のため、この3日間えらく遅れているTGVの待合室にふらふらと向かうと、案の定、ニース行きは1時間遅れと出ています。前日まで3時間以上の遅れが普通だったから、まあ仕方ないか。でも、ニース行きを待っている間に、リヨン行きやマルセイユ行きが続々とキャンセルになって行くので、内心ヒヤヒヤ。万が一、自分のTGVがキャンセルになったら、大荷物を抱えて路頭に迷わないといけないので、電車が入るまで落ち着きません。
 おまけに私が予約した電車はネット予約専用の安い車両で、パリ-ニース間40ユーロという各安チケット。キャンセルになっても、ホテルや食事は?なんてとても言えない値段なのです。つづく
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# by cheznono | 2010-01-16 01:41 | フランスの四季

b0041912_2343325.jpg 去年から今年にかけてフランスで観た映画の中でベスト5に入るフィリップ・クローデル監督の「ずっとあなたを愛している」。フランス公開と同時に高く評価され、今年のセザール賞(フランスのアカデミー賞)の有力候補に。セザールは「セラフィーヌ」が各賞を総なめしてしまいましたが、この作品はイギリスアカデミー賞の外国語映画賞を獲得。地味な出だしながらリアリズムに満ちていて、胸にずしりと来る感動作です。

 映画は、暗く無表情なジュリエット(クリスチャン・スコット・トーマス)が、妹レア(エルザ・ジルベルスタイン)の一家と同居するところから始まります。
 実はジュリエットは長い刑期を終えて出所したばかり。幼い息子をその手にかけた罪で、15年間収監されていたのです。
 この15年間、母も妹も刑務所のジュリエットに面会に行きませんでしたが、晴れて娑婆に出て来た姉を年の離れた妹リアは温かく迎えます。リアがベトナムから迎えた二人の養子も突然現れた伯母になつきますが、ジュリエットは深い悲しみに心を閉ざしたまま。
そんな姉にまるで針に触るかのように接し、あれこれ気を遣うリアに対して、リアの夫はジュリエットへの不満と不信を隠し切れません。
 妹一家とぎこちない居候生活を送る一方で、ジュリエットは職探しを始めます。何とか自立を目指すジュリエットに世間の目は冷たく、なかなか採用されませんが、リア一家を初め、いろいろな人と接するうちに、ジュリエットの固い表情も少しづつ穏かになって行きます。
 ジュリエットが変化するに連れて、にじみ出る知性や優しさが彼女を警戒していた人たちの猜疑心を徐々に溶かして行くのですが。。  

 いったいなぜ、子供好きの医師だったジュリエットが自分の息子を殺めたのか?リアが聞きたくても聞けなかった事実が、ジュリエットの口から搾るように語られた時、リアも観客もその重さに言葉を失くすのでした。

 まず、15年もの間、監獄と一般社会とに分かれて、面会することもなかった姉妹が、再会と同時に同居して、長い空白を埋めて行く過程がうまく描かれています。思春期に別れて以来、久しぶりに会う姉は絶望と秘密を抱えたまま、なかなか自分に心を開いてくれないないのに、終始、姉の側に立って愛情深く接するリアの姿勢が印象的です。
そして、とてつもない悲しみを背負い、虚無感をまとうジュリエットを、ほぼすっぴんで演じるクリスチャン・スコット・トーマスは秀逸。フランス在住のため、よくTVのバラエティ番組にも登場しますが、この映画で改めてすごい女優さんだと思いました。
 ジュリエットが妹に秘密を打ち明けることで過去に一つの区切りをつけ、新しい出会いに踏み出してゆくところに爽やかな希望が感じられて、良いですねす。二人の姉妹が何ともリアルに描いた人間の弱さと強さ、自分の力ではどうしようもできない運命などについて、深く考えさせられる作品です。
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# by cheznono | 2009-12-30 23:10 | 映画

パブリック・エネミーズ

b0041912_011218.jpg ジョニー・デップの魅力に惹かれて、今週の1本は珍しくハリウッドアクション映画です。今まで何度も映画化されたというアメリカ大恐慌時代の盗賊ヒーロー、ジョン・デリンジャーを描いた「パブリック・エネミーズ」。マイケル・マン監督の作品を観るのは初めてだったせいか予想以上のどんどんぱちぱちの連続に緊張してしまい、途中から心臓バクバクで、見終わった時は何だかぐったり。長ーい2時間20分でした。
 若きアウトロー、ジョン・デリンジャーは、銀行強盗はしても独特の美学で当時の大衆を魅了。銀行は襲っても一般人には手を出さなかったことから、不況にあえぐ米国で、義賊としてもてはやされたとか。しかも、仲間への仁義は欠かず、惚れた女性には一途。なんて、ジョニー・デップにぴったりの役だけど、どうも手法が荒っぽ過ぎて。。でも、ラストが泣かせます。

 1930年代のインディアナ州、映画はデリンジャーが刑務所にいる仲間の脱獄を手助けする所から始まります。救い出した仲間たちと銀行強盗を再開したジョン・デリンジャーは、既に義賊のように見なされていて、庶民に人気がありました。
 荒っぽい手口で大胆な銀行強盗と脱獄を繰り返すデリンジャーに面目丸つぶれのFBIは、彼をパブリック・エネミーNo1に指名、何が何でも彼を捉えるため、新進気鋭の捜査官メルヴィン・パーヴィス(クリスチャン・ベール)を追っ手として差し向けます。
 デリンジャーはナイトクラブで見初めたビリーを強引に恋人にし、ビリーも強盗を繰り返すデリンジャーを受け入れて、このまま一緒に歳を取って行こうと囁く彼に寄り添う決心をするのですが、警察は彼女の存在に目を付けていました。
 強奪の後、警察の追跡を逃れるべく隠れ家に向かったデリンジャーは、当てにしていた盗賊シンジケートの仲間から、もう銀行強盗の時代ではないから援助できないと言われてしまいます。

 全編に繰り返される銃撃戦と捕り物劇はスリル満点だから、ギャング物やリアルなアクション好きには受けること間違いないでしょう。脱獄、逃走、強盗、逮捕を繰り返し、仲間の離反やFBIの執念で次第に追い詰められて行くデリンジャーをマイケル・マン監督はハードボイルドに徹したスタイルで描いています。 
 でもやっぱり、もう少し登場人物の心理描写を入れて、内容に深みを持たせてほしかった。そんな中で、本人が乗り移ったかのようだったエディット・ピアフを演じたマリオン・コティアールが、明日をも知れないお尋ね者の恋人となったビリー・フレシェットを今回も熱演。そして、初めは情も人間味もある捜査官だったのに、同僚を殺されてからというもの、より表情厳しく、冷徹に徹底的にデリンジャー一味を追い詰めて行くパーヴィス役のクリスチャン・ベールがとても印象的でした。英国ウェールズ出身の美形の俳優さんです。
 ジョニー・デップが演じたのでデリンジャーは既に中年かと思ったら、彼はまだ30歳で、20代から強盗犯、脱獄犯として活躍していたのですね。

 しかし、金曜の夜に渋谷で観たこの映画、まだ公開されて1週間だったのに、映画館はがら空き。ニースやリヨンなどフランスの地方都市ならよくあることだけど、東京で、ジョニー・デップがプロモーションに来日したばかりの話題作がこれで大丈夫なのでしょうか?
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# by cheznono | 2009-12-24 00:12 | 映画

ベルギー映画:ロフト

b0041912_1322484.jpg ベルギーで大ヒットしたサスペンスと聞いて、そそられた「ロフト」。しかし、あいにくこの映画は仏語ではなかった。それもそのはず、フラマン語圏で15年ぶりのヒットとなった映画だそうで、経済優位は有無を言わさずフラマン圏、でも映画文化は仏語圏優位と思われていたベルギーで、フラマン映画巻き返しの兆しと言えるクールな作品です。

 デザイナー建築家として成功したヴィンセント(フィリップ・ベーテルス)は、設計したビル最上階のロフトを自分用に確保、合鍵を5つ用意して、友人4人に配ります。愛人がいる人もまだの人も、仲間5人、それぞれに家庭のある男たちの息抜きの場として、ロフトを好きに使って良いよと、男同士の固い友情ならでは?の提案をしたのです。
 そして、1年後。糖尿病の妻を愛する男ブルーノ(ルグ・セイナーヴェ)が、ロフトを利用しようとして、ベッドに若い女性の凄惨な遺体を発見。 被害者と加害者はいったい誰なのか?彼の電話で駆けつけたヴィンセントを初めとする仲間は、互いの様子を伺い、胸の内を探りながら、真相の追求よりはむしろいかにして警察の目をごまかすか、に腐心します。
 その合間に、フラッシュバックで男達それぞれの私生活が、次第に明らかに。
 知的で真面目な精神科医のクリス(ケーン・デ・ボーウ)は、妻とぎくしゃくしていて、自殺してしまった元患者の姉で市長の愛人のアン・マライ(ヴェルル・バーテンス)に強く惹かれます。父親違いのその弟フィリップ(マティアス・スクナールツ)は、薬に溺れるアウトロー。水も滴るいい男なのが功を奏して、大資本家の娘と結婚し、義父の会社に就職しますが、素行は改まりません。
 ブルーノとマルニクス(酒飲みで下品、でもお人好し)は、ヴィンセントのドイツ出張旅行に同行し、高級ホテルで若い女性サラと知り合います。その夜、酔った勢いでマルニクスは一夜の浮気を経験し、それが彼の結婚生活を脅かす結果となるし、サラと関係を持ったヴィンセントは、同じ夜、フィリップの義父が愛人と同宿しているのを目撃。口止めに大きな建築計画の設計を任してもらう口約束を取り付けるのですが。。

 ロフトの遺体発見から、警察の取り調べに画面が飛ぶので、観客としては、必死にロフトの遺体を隠す相談をする男達が、いかにして警察に行く羽目になるのかを思い巡らしながら、フラッシュバックの描く5人の性格や素行を追う事になります。
 男達の友情の証だったモダンな隠れ家が、一夜にしてとんでもない重荷となり、互いが疑心暗鬼になって、過去の行動を探り合う過程に画面に釘付けです。 
 意外性とどんでん返し。これは文句なしに凝ったもので面白いのですが、その反面、殺人に至った過程や、それぞれの心理描写の希薄さに物足りなさも。
 精神科医クリス役のケーン・デ・ボーウは、ベルギーで大人気の俳優さんだそうですが、さもありなん、とても味があって、魅力的です。不良の弟フィリップ役のマティアス・スクナールツはイタリア系でしょうね。ぞくっとするほどセクシーなハンサム、この二人の作品をもっと観たいものです。
 しかし、この映画を観る限り、結婚生活も不倫もフランスとフラマン圏では全然温度が違うという感じ。いい加減さにはうんざりさせられても、やっぱり私には明るくコミカルなラテン系の方が肌に合うかも、と思わされる作品でした。
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# by cheznono | 2009-12-15 01:33 | 映画

b0041912_1112568.jpg 20世紀の終盤から改めて再燃したイギリスのジェイン・オースティンブーム。その締めとも言えるようなジェイン自身の運命の出会いを描いた映画「ジェイン・オースティン 秘められた恋」がこの秋、欧州より2年以上遅れて公開されましたが、あまり話題にならなくて淋しいです。
 それまであまり注目されていなかった若きジェイン・オースティンと法学生トム・レフロイとの交流が、実はジェインの人生は変えるような激しい恋だった可能性があるという分析をした米国人伝記作家ジョン・スペンスの著書「Becoming Jane Austen」を映画化したこの作品は、ジェインの生きた時代(1775〜1817)の南イングランドの田園生活や彼女の作品の背景がわかるという点で、なかなか興味深い映画と思うのですが。

 ハンプシャーのつましい牧師の一家に生まれ、6人の兄弟と一人の姉の間で育ったジェイン(アン・ハサウェイ)は、才気煥発、言葉の感覚が鋭く、自立心に富んでいました。母親(ジュリー・ウォルターズ)は娘を貧しい生活から解放するため、ジェインに裕福な侯爵夫人の甥ウィズリーとの縁談を勧めます。けれどもウィズリーに魅力を感じないジェインは、ロンドンから叔父の元に遊びに来たアイルランド人の好青年トム・レフロイ(ジェームス・マカヴォイ)と知り合い、親しくなっていきます。
 初めは自信家で理詰めのトムの言動にいらだったり、反発を感じたジェインも、ハンサムで頭脳明晰なトムに惹かれていることに気づいて、とまどうばかり。ウィズリーに求婚されてもつれない態度で、母親をやきもきさせます。牧師と恋愛結婚した母の信条は、生活に必要なのは愛よりもまずお金。でも、20歳のジェーンには当然愛情が優先されるのでした。
 そんな折り、海外派遣された婚約者の帰りを待ちわびる姉カサンドラ(アナ・マックスウェル・マーティン)に、愛する婚約者の訃報がもたらされ、カサンドラは泣きくれます。
 一方、ジェインと恋に落ちたトム・レフロイですが、優秀さを買われ、判事である叔父の援助で学業を積む身。自分のお金はなく、アイルランドの両親も彼の出世を当てにしているため、貧しい牧師の末娘との結婚など許される状況ではありません。
 悩んだ末に、ついにトムはジェインと駆け落ちする決心をするのですが。。

 「いつか晴れた日に」や「エマ」、そして「プライドと偏見」と小説や映画で現代に生きる私たちを楽しませてくれるジェイン・オースティン。姉カサンドラに当てた手紙から人柄や私生活が推測されていますが、20代前半の手紙はカサンドラが焼却してしまったためにわかっていない点が多いとか。そのせいか、この映画は「プライドと偏見」と重なる部分が目立ちます。トムは「プライドと偏見」のダーシー卿のモデルと言われているにせよ、果たしてジェインが小説にそこまで実体験を反映させたかどうかは議論の分かれる所でしょう。妹が小説に書いているくらいであれば、カサンドラはあえて手紙を焼かなかったのでは?と思えます。
 女性が結婚するのが当然の時代にカサンドラとジェインは生涯独身で過ごしたのは、二人がそれぞれに初恋の相手と悲痛な別れを余儀なくされたから、だったのかどうかは謎ですが、この映画を若く美しく利発なジェインの青春の光と陰の一つの解釈として楽しめることは確か。イギリス英語を上手に身につけたアン・ハサウェイの瑞々しい美しさと、ジェームス・マカヴォイの知的な演技も心地良かったです。
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# by cheznono | 2009-12-08 01:12 | 映画

フランス通販の楽しみ方

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 フランスの通信販売はというと、La Redouteや3Swissesなどの国民的カタログ通販会社は発達していたものの、オンラインショップの進出は遅めでした。それがネットの普及、特にADSLやWIFIの大普及で、今やインターネットで物品販売をするフランス人は15%近いとも言われる急成長ぶり。当然、ネットでお買い物する人も急増していて、毎年恒例のクリスマスショッピングをネットで済ませる人や、不況の影響かプレゼント用にオークションで中古品を求めるフランス人も増えているようです。
 日本人にとっても、フランスのショップサイトでのお買い物がとても身近になったのは嬉しいですね。しかし、フランス通販は、フランス領内、またはEU圏内でないと発送しない会社やお店が多いのと、アジアまで発送してくれても送料が高めというネックがあるため、アメリカに比べたら個人輸入の敷居が高いかも知れません。

 フランスの会社の設定する海外発送の送料が高めなのは、郵便でなくて国際宅急便を使う会社が多いためで、わずかな物を注文するのに送料が30ユーロ以上かかるケースもしばしば。円高だからフランスから直接買ったら安そう、という気持ちで見積もりを取ると、送料が商品合計と大差なくてびっくり、二の足を踏んでしまう人も少なくないでしょう。
 以前は郵便局から発送していた会社が次々に宅配便利用に乗り換えたり、日本宛のようなEU圏外への発送を停止してしまう会社も増えたりしているのは残念です。これは郵便での発送の途中、フランス国内で紛失や盗難、未着になる事故が続いたせいで、それに懲りた通販会社が保証のしっかりしているFedex等の宅急便に発送方法を変更した結果、利用者が高い送料を負担させられることになってしまった、と考えられます。
 因みにフランスの郵便物の紛失が増えたのは、実質的な民営化を前に段階的なリストラや組織改正を行った合理化の副作用、と言われ、国民の6割が政府の民営化路線に反対しています。民営化されたら、小さな村の郵便局の存続が危ぶまれるのも日本と同じ図式ですね。

 フランスから商品を輸入する場合、内税で20%近くかけられている付加価値税分を15%前後引いてくれるお店も少なくありません。これは旅行者がパリの有名店である程度のお買い物すると、デタックスしてくれるのと同じです。それでも、単価が50ユーロ前後の品だと送料が割高になりかねないので、思い切って商品単価の大きいものを注文する方が、個人輸入のメリットを感じられると思います。ただ、輸入する物によって100ユーロを超える品には日本の通関時に関税がかかる可能性があるので、ご用心を。
 
 数ある通販会社の中で、私のお勧めは例えばアマゾンコム・フランス。ここは送料も手頃で、2つ目の商品からはわずかな送料加算で済むし、対応もしっかりしています。現在日本まで発送してくれるのは、本とCDやDVDのみ。ゲームやおもちゃなどはアジア向け輸出対象外です。アマゾンフランスの送料は、それでも米国や英国のアマゾンコムに比べると高いから、欧州で人気のある歌手のCDやヒットした映画作品だったら、まずアマゾンコムUKで探してみるのも良いかも知れません。
 
 じっくり画像を吟味して注文した物が、海外から届くのは、独特のわくわく感があると思います。でも、どの国から商品を取り寄せるにせよ、個人輸入には注文後の品切れや商品違い、破損、未着などのトラブルが起こりがちなのも否めません。通販先進国でも日本とは商習慣が違うし、例え相手が経験豊富な大手通信販売会社だったとしても、日本国内の通販とはかなり勝手が違うので、その点を踏まえた上で、時間や気持ち、そして予算に余裕を持って臨むのが、海外通販を楽しむコツではないでしょうか?
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# by cheznono | 2009-11-29 01:10 | いつもの暮らし

個人輸入の楽しみ

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  話題のミネラルファンデーションに興味を持って、アメリカの化粧品メーカーにサンプルを注文したのが10月初旬。以来、まだかまだかと郵便箱を覗いていたのに、未だに届きません。春に米国の別の会社に注文した品が発送の案内メールが届いた後、3週間も届かなかった時に問い合せたら「大雪で街が麻痺していたから郵便物も遅れている、辛抱強く待って」と返事が来て、それから1週間くらいで無事に商品が到着しました。
 なので、今回は忍の一字で待つこと5週間余り。ショップサイトの注文履歴のページでは既に発送済みとなっているのに、いっこうに届かないのはなぜ?ついにしびれを切らせて聞いてみると「それは恐らくどこかでなくなってしまったに違いありません。もう一度,注文品を送ります」と、すぐに返事が来ました。送料込みで10ドルちょっとのサンプルに過ぎないけど、米国を出る前に消えてしまったみたいです。
 驚いたのは、担当者の説明によると、サンプルが発送されたのは私が発注してからなんと3週間後とのこと。「それでも、未だに着かないのはおかしいので再送するわ」と言われましたが、アメリカの会社にしてはかなりのんびりした対応に苦笑い。今度こそ、無事にサンプルが到着してくれないと困ります。でももう待ちくたびれて、自分の中で盛り上がっていたミネラルファンデーションへの情熱は、限りなく下火になってしまいました。
 
 海外に個人輸入を注文すると、毎回ひやひやさせられることが多いけど、アメリカの通販は海外発送の送料も手頃な会社が多く、特に今のようなドル安期は気軽にオーダーできるのが嬉しいですね。
 米国は何せ国がだだ広いせいで、通信販売の歴史が長く、利用者も圧倒的に多いため、やっぱり対応がこなれているし、海外発送も厭わないお店が多いのも助かります。

 イギリスも海外発送をしてくれる会社が多いし、発送も郵便が主流で、たまに船便でもOKという会社があるのが魅力です。しかも、昨夏は240円台だったポンドが今は150円前後。英国の誇るボーンチャイナやインテリア用品を注文するには良いチャンスかも知れません。
 写真はヴェニスのショーウィンドウ。イタリアの人によると、郵便での発送は無くなる率が高いので、日本宛の商品の発送は必ず国際宅急便を使っているとか。何だか、フランスもその後を追っているような。。
次回は問題のフランスからの通販について、です。
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# by cheznono | 2009-11-23 01:00 | いつもの暮らし

千年の祈り

b0041912_125514.jpg 去年の夏、ニースの中国大好きな友達に連れられて観に行ったウェイン・ワン監督の「千年の祈り」。とてもシンプルなストーリーですが、異国に暮らす娘を気遣う父親の思いがじわっと来る佳作です。地味な映画だから日本でロードショー公開されないかもと思ってましたが、考えてみれば、日本人と共通する情緒が全編に漂う作品なので、日本公開は当然に思えて来ました。

 米国の小さな町で一人暮らしをしている娘イーラン(フェイ・ユー)のアパルトマンを中国から父親(ヘンリー・オー)が訪ねて来ます。既に引退し、妻とも死別した父親は、離婚したイーランが心配で北京から一人で会いに来たのに、久しぶりの対面にも娘はクール。会話もぎこちなく、イーランはいつも通り毎日職場に出勤して行きます。
 父親は殺風景な娘のアパルトマンに故国を偲ばせる中国的なものが何もないのを淋しく感じ、朝出勤して夜寝に帰るだけの娘のライフスタイルにもショックを受けます。娘を元気づけようと、腕をふるって中華料理を用意しては、イーランの帰りを待つ父親。しかし、親子水入らずの夕食も娘は口数少なく、父親は気をもむばかりです。
 短い結婚生活の後に中国人の夫と別れた娘のどこか憂いのある孤独な様子を、ただ黙ってみていることしかできない父は、しかし娘の鬱屈の原因が離婚ではなく、妻子あるロシア人男性との関係にあるということがわかってしまい、更に胸を痛めます。そんな父親にイーランは、長い間わだかまりとなっていた遠い過去の疑念をぶつけるのでした。
 
 遠い異国で働く一人娘の離婚を気に病んだ父親が、渡米して見た娘の生活はすっかりアメリカナイズされているばかりか、自分の過去も中国文化も父との交流すらも拒否しているかの様子に、内心おろおろする父親役をヘンリー・オーが自然体で好演していて、素晴らしいです。アジア的な老親の悲哀と同時にユーモラスな面もみせるし、全身から人間味がにじみ出ている俳優さんですね。
 ロケット工学者だったという父親は、娘の拒否的な態度にはお手上げ状態でも、公園ではイラン人マダムと親しくなって心を交わしたりと,彼なりに米国滞在を楽しんでいるのが微笑ましいですが、自分の娘とは通わない心が、言葉の通じないイラン人マダムとはなぜか互いにわかり合えるというエピソードが、親子の心の見えない隔たりを強調していて、せつない作品でした。特に、故国に親を残して異国に滞在している時にこういう映画を観ると、それは身につまされます。

 トウールーズから商用で昨日まで来日していた友達が「日本の不況の深刻さはすごい」と何度も繰り返すので、どこでそれを強く感じたのか聞いてみると「東京に来る前に上海に寄って来たのがいけなかった気がする」、なぜなら「上海のパワーはすごかった。街は活気に満ちて、人々はアリのように動き回り、より良き将来への期待に目を輝かして働いていた」と強い印象を受けたのに、日本はとても静かで元気がなくて、とても対照的に見えるとのこと。
上海の中国人の友達からは「拝金主義が行き過ぎているようでうんざりしている、確かに何かを始めるには良い街だけど、一区切り着いたら早く上海を離れたい」というメールが来たばかりなのですが。くだんのフランス人には「日本はこれまでアメリカの方ばかりを見て来たのがいけないんだよ。今度の首相が言う通り、アジアを重視しなくちゃ」と強調されました。それはよく言われていることだけど、改めて外から指摘されると考えさせられますね。
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# by cheznono | 2009-11-13 01:26 | 映画

b0041912_0381670.jpg  素晴らしかった「21グラム」や「バブル」、そして「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」の脚本家ギジェルモ・アリアガの脚本監督作品と聞いて、やっぱり観ておきたいと思った「あの日、愛と欲望の大地で」。かなりそそられる邦題だったこともあって、今回の作品も期待していたのですが、うーむ、ちょっと地味な仕上がりでしたね。一見、何も関連がないようなエピソードを複雑に絡めては、インパクトの強い脚本に仕上げるのを得意とするギジェルモ・アリアガの新作にしては、という程度ですが。

 ポートランドの海に面した高級レストランのマネージャーとしててきぱきと仕事をこなすシルヴィア(シャーリーズ・セロン)は、しかしどこか虚無的で冷めた様子で、オフの時間は、心の乾きを持て余すかのように手軽な相手とワンナイト情事を繰り広げる毎日です。
 そんな彼女にメキシコ人カルロスが近づきます。カルロスはシルヴィアに彼女の娘という少女を会わせるため、メキシコからやって来たのでした。
 メキシコ国境に近い町で育ったシルヴィアの本名はマリアナといい、彼女の母親ジーナ(キム・ベイシンガー)は妻子あるメキシコ人ニックと草原の中のトレイラーハウスで逢瀬を重ねていました。良き父である夫と4人の子供に恵まれた母親の不倫を知って動揺し、嫌悪感を覚える思春期のマリアナ(ジェニファー・ローレンス)。
 結局、ジーナとニックは、トレイラーハウスで密会中に爆発事故で吹き飛ばされてしまいます。お陰で二人の情事は互いの遺族に知られることとなり、田舎町では格好のスキャンダルに。でも、ニックの息子サンチャゴが美しいマリアナに興味を持ったことから、若い二人はたちまち恋に落ちて行きます。
 しかし、マリアナの父親が妻の浮気相手の息子との交際を許す筈もなく、マリアナが妊娠したこともあって二人は家を出て国境を越え、メキシコに渡るのですが。。

 過去の過ちが頭から離れないため、自傷的で投げやりな私生活を送っていたシルヴィアが、突然の娘の出現で思わず過去から目をそむけるものの、やはり過去と向き合おうという姿勢に変わって行くところが良かったです。ただ、多感な思春期にマリアナが犯した重大な過ちが途中から読めてしまうので、それなら過去から逃げるばかりだったシルヴィアが、過去の行いの贖罪へと目覚めるところまできちんと描いてほしかったのにと、ちょっと残念に思います。
 でも、あの「LAコンフィデンシャル」のキム・ベイシンガーが56歳とは思えない色香で、自分を女として扱ってくれるニックとの情事に溺れる主婦を熱演していて、さすがという感じ。マリアナを演じた新人ジェニファー・ローレンスも輝いていました。またまた将来が楽しみな新人の登場ですね。

 ところで、今朝、私の電話に長々と8枚ものFAXが入ったので、何かと思ったら、どこぞの由緒正しい両家の結納の段取りをセリフや席の配置まで含めて詳細に説明したものでした。全くの宛先間違いですが、教えてあげようにもいっさい連絡先が入っていません。もしも、お心当たりの方がいらしたら、是非正しい相手先に送信し直すようお伝えください。
 しかし、「結納の儀」とあるのを一瞬、終わった筈の「納棺の儀」と読んでしまった私、それを聞いた父は「まあ同じようなものだ」と嘯いていました。亀の甲より年の功。実体験が言わせたのでしょうか?!
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# by cheznono | 2009-11-08 00:50 | 映画

納棺の儀

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 先週の日曜日、4時からの伯父の納棺の儀のために日野の斎場に集まった私たち。4時半になってもなぜか葬儀屋さんも喪主である伯母と一人息子も現れない。当初は6時からと言われた納棺が4時に変更になったと言われたのに、どうしたのかしら?
 皆に連絡の面倒を見てくれた叔母が葬儀事務所に確認したところ、いつの間にか5時に変更になったとのこと。ほどなく到着した喪主の母子は私たち親族を見て、「あれ?5時半に変わった筈だけど」と言うではないですか。
 親族だけの家族葬とはいえ斎場に60万、告別式のお坊さんに20万、その他20万余りで、葬儀費100万円以上と聞くのに、コロコロ時間が変わって連絡もないとは、ここはフランスか!?と思うようなアバウトさ。皆んな携帯持っているのにね。  

 しばらくして、やっと到着した葬儀屋さんの指導の元に、納棺式はまず浄めのお酒で軽く乾杯してから始まりました。そして、まるで眠っているかのような安らかな表情の伯父に、我ら親族によって、西方浄土への旅支度として両手に手っ甲をはめ、足には脚絆をつけた後、経帷子をかけて、足下にわらじを立てかけます。
 ポリエステルの白装束で包まれた伯父は、たちまち巡礼のお遍路さん姿になり、三途の川の渡し賃となる六文銭のコピーを入れた頭陀袋と呼ばれる白いポシェットを首からかけられて、棺に納められ、頭には編み笠を置かれ、その上から故人が生前に愛用していた服装をふわりとかけた上で棺は蓋をされ、祭壇の前に安置されました。
 納棺師を兼ねた葬儀屋さんの説明を聞きながら、伯父に最後の衣装をつける儀式は、おごそかで神秘的とも言える雰囲気で、家族親族の共同作業で伯父の旅支度を整える作業に感慨を覚えたくらいです。
 一方で、日頃神仏に関心を示さなかった伯父が、巡礼の白装束を施され、足袋をつけて、わらじや編み笠まで用意され、棺に納められるのを不思議な思いで見ている自分がいました。

 人が亡くなって7日目に渡るという三途の川がそもそも有料化されたのはいつの時代からでしょう?室町時代あたりという噂があるけれど、渡り賃とされる六文銭が800年も全く物価スライドしていないのは、冥界には俗世のインフレが影響しないから?魔除けの三角布を頭にはつけずに編み笠に包んで入れていたけれど、編み笠の中に隠してしまったら果たして魔除けの役目を果たすものかしら?
 などとしょうもないことを考えていたら、父に「自分の時には六文銭のコピー紙を入れた化繊のポチェットを首から下げたり、幽霊がつけているような三角布を入れた編み笠を頭上に置かれたりするのは、絶対にごめんだ。クラシックでも流して静かに見送ってほしい」と言われました。

 翌日の告別式は、台風の影響で明け方から暴風雨。東京付近のJRはほぼ全線で遅れ、何とか滑り込みセーフで日野の斎場へ到着。叩き付ける雨に「兄貴は最後までついてなかった」と嘆く父を慰めながら、小さな火葬場でお骨を拾い、精進落しのお寿司屋へ。用意された海鮮弁当はため息が出るほど豪華で美味だったので、健啖家だった伯父が食べられなくて本当に残念です。
 声も食べる楽しみも奪われたまま入院生活を静かに耐え、就寝中に粗相をしてはいけないと医者に止められても2時間ごとに目覚ましをかけてはトイレに行っていた伯父さん、これまで病気をしたことがなかっただけに、それは辛い闘病生活だったと思いますが、みごとな最期でした。今までどうもありがとう。伯父さんの思い出はこれからもずっと私たちと一緒です。
 写真は鷲ノ巣村の壁墓地。 
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# by cheznono | 2009-11-01 01:13 | いつもの暮らし

伯父を送る

 80を超えていたとはいえ、いつも健康そうで、顔の色つやも良く、二人の弟達よりも長生きするに違いないと言われていた伯父が、突然病魔に襲われて半年余り。先週末、他界してしまい、納棺の儀と告別式のため、日野まで二往復して来ました。
 年に一度くらいしか会う機会がなかったけれど、私たちには常に穏やかで優しかった伯父を送るのは、とても悲しい経験でした。祖父母がもうけた5人の子のうち、残るは父と叔父だけ、とにかく二人には97歳で逝った祖母を超えるくらい長生きしてほしいものです。
 伯父が喉に違和感を覚えたのは今年の2月初旬。行きつけの市民病院での診断は気管支炎でしたが、薬を飲んでも一向に良くならずに痩せて来たので、CTを取ったけれど、異常なしと言われたそうです。
 しかし、喉に魚の骨が刺さったような痛みが続くため、大学病院で組織を取って再検査。その結果、咽喉がんの一種である中咽頭がんと判明したのは3月になってからで、それから、通院で放射線治療が始まりました。
 咽頭がんはフランス、イタリア、ロシアやインド、東南アジアに多い病気で、日本では比較的まれな癌だそうです。発病は圧倒的に男性に多く、長年の酒や喫煙、熱過ぎるお茶などによる喉の刺激が原因ではないかと推測されています。伯父は30年以上前に煙草をやめていますが、お酒は大好きで強い方でした。
 伯父は放射線治療を3ヶ月続けましたが、6月のある朝、喉からコップ一杯もの出血。大学病院にて緊急手術に。でも、担当医は喉の癌を取り切らずに、悪い部分を40%残したため、伯父の状態は極めて不安定なものとなってしまったのです。
 喉の手術後は、話すことも食べることもできなくなってしまった伯父。歩くことはできたけれど、話は筆談で、食事は胃から流動食を流し込むという入院生活を余儀なくされました。
 術後、いったん病状が落ち着くとすぐに大学病院は追い出され、療養系の病院に転院。そこで、復院長先生から、転移はしていないけれど今度喉から大量に出血したら危ないので、覚悟をするように、と言い渡された父と末弟はがっくり肩を落として、この世に神も仏もいないとため息をつくばかりでした。  
 お見舞いに行っても、病室で一人しょんぼりしている伯父を励まそうにも言葉につまる私たちでしたが、伯父は私たちを心配させまいとか、弱音を吐くことも愚痴をこぼすこともなく、病気と闘う前向きの姿勢を見せてくれました。
 病院の庭に出て、花壇をゆっくり散歩したりしていた伯父の容態が急変したのは先週末。危篤の電話で父が駆けつけた時はまだ意識があって、何か言いたそうに筆談を試みたけれど、もう字にはならなかったそうです。7ヶ月余りの闘病の末に、伯父は永眠しました。僕は自然に還ります、という言葉を残して。
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# by cheznono | 2009-10-29 13:24 | いつもの暮らし

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 「空港で荷物にご用心で」でフランスの防犯対策担当者がスーツケースや旅行鞄の名前タグも要注意と言っていた旨を書いたら、仕事で世界中を飛び回っているロンドンの友達から、少なくともフタのある荷物タグを使用すべきというアドヴァイスを貰いました。
以下のようなカバー付き名前タグなら、他人が簡単にトランクの住所氏名を見ることができないかも。
http://www.flotoimports.com/LuggageTag.html

 その昔、私が某電話会社に就職した頃は、国際電話用のカードの全盛期でしたが、他人のカード番号を不正使用する輩が続出して、対応に苦慮した時代があります。この場合のカードはNTTのテレフォンカードのような差し込み式ではなく、クレジットカード方式で、オペレーターにカード番号を告げるか、自分でカード番号を入力してから電話をかけるというもの。
 当時、特に米国系の電話カードの番号が不正使用の的になっていましたが、どうやってカード番号が他人に漏れるかというと、持ち主が公衆電話を利用する時、手元にカードを用意して番号を見ながら電話をするため、望遠鏡でカード番号を盗み読むグループがいるらしいという噂がまことしやかに流れたものでした。
 だとしたら、スーツケースの名前札も望遠鏡で盗み読みされる可能性が無きにしもあらず?早速、カバー付きの名前タグを買わなくちゃという気になりますね。とはいえ、日本の住所を書いた名前タグなら欧州で読み取られた所で、旅行中の留守宅が空き巣に合う可能性はまずないでしょうが、詐欺もひったくりも国際化、かつ組織化時代。用心に越したことはないかも。

 成田で他人のトランクを間違えて持って来てしまったイタリア人のような事故を防ぐためには、
http://www.zoombits.co.uk/travel-accessories/luggage-straps/glo-luggage-id-(glo-pink)/13803
のようなカラフルな荷物タグがお勧めだそうです。しかも、これは分解しないと中身の住所が見えないのだとか。

 それにしても、前原大臣の羽田ハブ空港構想には大いに期待しています。以前、アビニョンにいた時に知りあったニーム在住のイギリス紳士は、かつてビジネスマンとしてアジアへの出張の多い生活を送っていたそうですが、「日本には懲りたよ」と言ってました。
 聞けば、東京に出張した時、成田に到着したらいつもの癖で、空港からタクシーに乗って都内のホテルを目指したとか。「しかし、高速を行けども行けども目的地に着かない。やっと丸の内のホテルに着いた時には、メーターの数字に目を剥いてしまった。用意してた日本円では足りないので、慌てて両替に走ったよ。」以来、二度と東京には行かないようにしていると聞いて、苦笑い。
 日本を訪れた外国の友人知人は、口を揃えて空港の遠さと都内への交通費の高さをぼやくから、visit Japanを活気づけるためにも空港の利便性が求められると思うのです。 
 写真はニース・コートダジュール空港。
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# by cheznono | 2009-10-18 01:30 | いつもの暮らし

b0041912_1401313.jpg 小さな劇場の再生に奮闘する裏方たちを描いた、心温まる半ミュージカル映画「幸せはシャンソニア劇場から」。「コーラス」の制作チームによるこのヒット作がフランスで公開されたのは、リーマンショックの真っただ中。不況、閉鎖、失業、ストライキなど、身につまされるような時代状況の中で、仲間との連帯と再生を描いたこの作品に元気を貰って、見終わった後は思い切り歌いたくなったり、踊りたくなったりしたフランス人も少なくなかったようです。

 1936年、パリの下町のミュージックホール:シャンソニア劇場が、おりからの世界不況のあおりで閉鎖に追い込まれます。劇場は地域を仕切るボスに差し押さえられ、ベテラン裏方のピゴワル(ジェラール・ジュノ)と組合活動家気取りのミルー、そして芸人のジャッキー(カド・メラッド)は失業。特にピゴワルは浮気な妻にも逃げられ、失業者に養育の資格なしと愛する息子ジョジョも取り上げられて、途方に暮れてしまいます。
 息子を取り戻したいピゴワルは、失業状態から抜け出そうと一念発起して、劇場を差し押さえた地元のボス:ギャラピアに掛け合い、劇場仲間のミルーとジャッキーとも力を合わせて、ミュージックホールの再建へと奔走。
 そんな時、亡き母の縁故を頼って現れた田舎娘ドゥース(ノラ・アルネゼデール)の若い魅力に、ギャラピアとミルーはぞっこんです。
 美人で歌えるドゥースの登場で、劇場はかつてのにぎわいを取り戻せるかのように思いきや、またもや劇場は危急存亡の危機に直面してしまいます。歌手として自信をつけたドゥースが更なるステップを求めて、あっさり劇場を出て行ったからでした。
 しかし、劇場脇で20年も引きこもり、ジョジョにアコーディオンの手ほどきをしたくらいで、世間からは遠ざかっていたラジオ男と呼ばれる紳士が、雷に打たれたかのように突然立ち上がり、歌姫ドゥースを探しに旅立ちます。なぜ、何のために?その昔、劇場の指揮者で才能ある作曲家でもあったラジオ男の恋の記憶が、ドゥースを再び下町の劇場へと向かわせるのですが。。

 仲間との連帯に下町の人情、そして、いかにも往年のシャンソン風のメロディや「海に行こう」などの楽しいミュージカル場面に浮き浮きさせられますが、その合間には常に暗い社会状況が重要な要素として織り込まれます。
 当時のフランスは、大不況下で左派の新政権が生まれ、労働者が結集して組合的な活動に目覚めたという変換の時期。でも一方で、隣国ドイツのヒットラー政権やイタリアのファシズムの影響で、右翼の台頭も目立ち出し、第二次大戦が目前でした。そんな不穏な空気の中、こうした小劇場の存在は、パリの庶民につかの間のエンターテイメントと希望を与えてくれたに違いありません。
 映画ではどこまでも人のよいピゴワルやジャッキーにこれでもかと辛い体験や運命を強いますが、ラストは救いを用意してくれているので、ハッピーな気持ちで映画館を出ることができます。
 しかし、こそばゆい邦題はいかがなものか?降りかかる苦難を乗り越え、皆で力を合わせて、下町の小劇場を生まれ変わらせたのだから、やっぱり原題の「フォーブール36」(新劇場名)を生かしてほしかったのに。因みに、ここでのfaubourgは下町、場末などの意味で、モンマルトルを彷彿とさせますが、エッフェル塔まで見える設定から、架空の場所とわかります。かのブランド地区サントノレ通り(フォーブール・サントノレ)の場合はサントノレ街通りという感じでしょうか。
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# by cheznono | 2009-10-06 01:41 | 映画

空港で荷物にご用心

b0041912_23361063.jpg
  お盆より海外に出かけた人が多かったというシルバーウィークが終わりましたが、空港でいざ荷物を引き取ろうとしたら、自分のスーツケースが見当たらなくて青くなった、という旅行者はどれくらいいるでしょうか?
 搭乗時に預けた荷物が消えてしまう事故は年々増加していて、世界の航空会社が間違って持ち主とは別の目的地等に運んでしまう旅行鞄の数は、2007年のデータで4200万個余り。うち、120万個は永久に持ち主の元に戻りませんでした。 
 旅先で見つけたお土産をたくさん詰め込んだスーツケースが消えてしまった乗客は、当然航空会社に賠償を要求しますが、支払われた賠償金の平均は約26000円。旅行カバンの値段になるかならないか程度ですね。
 賠償額が低いのは、無くなったカバンの中身の各レシートを乗客が提示できる場合が少ないこと、加えて、中身の品物が新品だったか使いかけだったかの証明も難しいため、品物の減価償却分を差し引かれてしまうそうです。
 航空会社は3週間経っても荷物が見つからなかった場合、永久に紛失と判断しますが、例え戻って来たにしても、旅行先に荷物が間に合わなくて、結局スーツケースが手元に届いたのは旅行が終わって帰国した後だったということもあるので、やはり必要最低限の物は手荷物として機内に持ち込んだ方が無難でしょう。
 
 先日来日した知り合いのイタリア人の歓迎会によんでもらった時、約束の時間に30分程遅れてやって来たイタリア三人組。聞けば、当日の早朝に成田空港に到着し、ひとまずホテルで休もうとチェックインした所、三人のうち紅一点のイタリア女性が、部屋でスーツケースを開けようとしたところ、なぜか鍵が開きません。
 あれっ?と思ってよく見たら、なんとそれは自分のスーツケースではなかったとか。そう、彼女は成田で間違えて他人のスーツケースを引き取ってしまったのでした。
 慌てて航空会社に連絡を取り、本来の持ち主を調べてもらった所、幸い都内のホテルに泊まっていることがわかったので、タクシーで持ち主の宿泊先までスーツケースを届けに行ったために、歓迎会に遅刻したようです。
 こんな取り違いもあるから、荷物の紛失は一概に航空会社の責任とは言えないのかも。紛失予防のため、航空会社は荷物に住所と名前を明記したタグを取り付けるよう奨励していますが、フランスの防犯対策担当者は名前タグに疑問を投げかけていました。
 フランスではヴァカンスシーズンに空き巣が急増するため、旅行鞄の住所氏名タグは、自分が旅行中(自宅は留守)だと明示しているようなもの。空港や駅で誰が見ているかわからないから、荷物タグの利用は用心するようにと言うのです。
 まさかね?と思うけど、パリでもニース空港でも、空港職員が組織的に乗客の荷物の中から金目の物を抜き取っていた前例もあることだから、あながち大げさな警告ではないかも知れません。
 写真はプロヴァンス名物、マルシェのショッピングバッグ。
 おまけ:パリの空港における荷物トラブル申告書:
http://www.aeroportsdeparis.fr/ADP/en-GB/Passagers/Shops-services/practical-service/lost-property/lost-property-form.htm
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# by cheznono | 2009-09-24 23:37 | いつもの暮らし

クリーン

b0041912_030247.jpg 「夏時間の庭」「パリ・ジュテーム」のオリビエ・アサイヤス監督の最高傑作とも言われる「クリーン」を観て来ました。監督の元妻マギー・チャンがカンヌ映画祭女優賞を受賞し、フランスメディアも諸手を挙げて絶賛した作品です。
 確かに、どん底の状態から這い上がろうともがくヒロイン:エミリーを、殆どすっぴんで熱演しているマギー・チャンが素晴らしく、再生へともがくエミリーの姿は観ている者に勇気を与えてくれます。しかし、2004年の作品を今になって日本公開するのは、もしかして芸能人の麻薬が問題になっているから?なんて、ちょっと穿った見方が頭をかすめてしまいました。

 かつては人気のロックスターだったリーと恋に落ちて、パリからロンドンを経てカナダに渡って5年、エミリーは何とか内縁の夫リーをまた第一線に戻したいと奔走しますが、音楽関係者は彼女をリーの疫病神のように見なして冷ややかです。
 それに、二人の間の息子ジェイは、もうずっとバンクーバーの夫の両親の元に預けられたままでした。
 売れないリーはヘロインに溺れ、エミリーの留守に急死してしまい、同じく麻薬中毒のエミリーも警察に捕まって、半年の服役を被ります。
 出所しても、住む所もないエミリーは息子の養育権を主張できず、一人パリに戻ってやり直す決心をしますが、またクスリに手を出したりして、親戚に紹介された中華レストランでの仕事にも力が入りません。
 本当は自分も歌手として出直したいのに、そうは簡単に認められないし、パートナーを失った悲しみと孤独感に押しつぶされそうになることもしばしば。そんなエミリーは、バンクーバーで義父母が育てている息子ジェイを引き取ろうと決意を固め、今度こそクスリを断って、まっとうな仕事を見つけるべく努力を始めます。
 一方、ジェイを預かっている義父(ニック・ノルティ)は、孫の母親であるエミリーと真剣に向き合うべく、ジェイを連れてパリを訪れるのでした。

 5,6年前まではパリで結構華やかな生活を送っていたエミリーが、落ち目のロックスターの再生に尽力するものも挫折し、愛する人を失った上に、自分も麻薬中毒者のため息子も預けっぱなしで、パリに戻っても思うようにことは運ばず、思い出すのは彼のことばかり。という中で、それでも、歌手としての再起と息子と一緒に暮らしたいという希望を胸に、逆境を乗り越えて行こうとあがくエミリーが身近な存在に感じられるところが、この映画の魅力でしょう。
 なぜなら、四面楚歌のどん詰まりのような状況でも、子供のために自分は変われると信じ、わずかなつてを頼って職を探し、住む場所を見つけ、かつ、歌手への夢も諦めないエミリーの姿が観客にもパワーを分けてくれるから。何もかも無くして、孤独に苦しむエミリーが、安易に次の相手を見つけて頼ろうとしなかったのも好感が持てました。
 一人の女性の中にある強さと弱さの両面を体当たりで演じたマギー・チャンに加えて、ジェイの祖父役のニック・ノルティが何とも良い味を出しています。ジェームズ・アイボリー監督の「金色の嘘」や「ホテル・ルワンダ」でも存在感がありましたが、今回も人間味あふれる人柄を好演していて、エミリーを見捨てず、亡き息子のパートナーで孫の母親として、彼女と正面から向き合う姿勢が とても印象的でした。
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# by cheznono | 2009-09-15 00:39 | 映画

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 「湖のほとりで」と「セントアンナの奇跡」と、イタリアの山あいの村を舞台にした映画を続けて観たので、何だか北イタリアの鷲ノ巣村の夏が恋しくなりました。特に「セントアンナの奇跡」では、ニースにいる時は何気に訪れているイタリアの平和な村々が、第二次大戦中にとても悲惨な占領経験を強いられて来たことを全く知らなかったので、次回はもっと心して出かけてみたいと思います。
 ここ数年、日本人旅行客がめっきり減っているというイタリアですが、ニースからひとまたぎのイタリアン・リヴィエラには魅力的な鷲ノ巣村が点在しているのに、なぜか殆ど日本のガイドブックには載っていないのが残念です。今日ご紹介する芸術家村は、サンレモからインペリアに向かって海沿いの道を山側にぐるぐる上って行くと現れるブサーナ・ヴェッキア。
 この村はドイツ軍占領の影響を全く受けていません。なぜなら、19世紀にこの地方を襲った3度の地震で村の一部が損壊し、更に4度目の1887年の大地震では教会の丸天井が落ちて50人余りの犠牲者を出したため、住民が逃げ出して、便利な海側に新しい町を作ったので、古いブサーナ・ヴェッキアは見捨てられてしまったのです。
 以来60年、廃村になっていた村にぼちぼちと人が戻って来たのは、戦後の混乱期でした。1960年代になって、画家を初めとしたアーティスト達が、中世のまま取り残されたような村に注目して、理想の芸術家村を作るべく続々と集まって来たため、ようやく村に電気やガス等のインフラが復活。地震の爪痕が痛々しく残る家並みを、イタリアやフランスはもちろん、オランダや英国、ドイツなどからやって来た画家や彫刻家、陶芸家、ミュージシャン達が力を合わせて修復し、住み着いたのでした。
 村の細い石畳を歩くと、古い家々の窓からそれぞれのアーティスト達の作品を見ることができます。とはいえ、サンポール・ド・ヴァンスのような商業目的のギャラリーが所狭しと立ち並んでいるわけではなく、村のたたずまいはいたって素朴。殆ど中せから変わっていないかのようです。地震で半壊した教会は今もそのままですが、2つある教会の塔が鷲ノ巣村を際立たせています。
 アーティストの集まる村だけあって、ブサーナ・ヴェッキアにある数件のレストランはいつも活気に満ちているから、そこにいるだけで陽気な気分がこちらにも伝染して来るようです。写真は、村の入口にある串焼きがおいしいレストラン。遥か眼下には地中海が見下ろせます。
 この店で友人達が初めて食事をした夜、たらふく食べて飲んで、いざお会計となった時、店のスタッフがすまなそうに「今夜はクレジットカードの読み取り機が故障しちゃって、あいにくカードではお支払いできません」と言うので、慌てて手持ちの現金をさぐったけど、15ユーロ程度しか持ち合わせがなくて全然足りません。これは山を降りて海沿いの道にある銀行のキャッシュ・ディスペンサーまで行かないとダメかと思ったとたん、今度は店の主人が現れて、「15ユーロでいいよ、差額は店のおごりだよ!」とにっこり。足りない30ユーロ分はお負けしてくれたのだとか。
 ぼる店も多いと言われるイタリアだけど、太っ腹なレストランもあるものです。車とはいえ、カーブだらけの暗い山道をぐるぐる降りて、現金を降ろして、支払いのためまた山を上って行く手間を考えたら、オーナーのおごりは本当にありがたかったことでしょう。
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# by cheznono | 2009-09-09 01:55 | イタリア絵日誌

ココ・シャネル

b0041912_1312427.jpg  シャネル・ブームの今年、その第一弾としてシャーリー・マクレーン主演の「ココ・シャネル」を観ました。フランスではテレビ映画として放送された作品です。
 20世紀の初め、修道院で成長したシャネルが、恋愛を肥やしにしながら独学でデザイナーとして成功して行く過程を、70歳過ぎてから現役に復帰した本人が振り返るという構成で、ココ・シャネルの人生を知る入門編として楽しく鑑賞することが出来ました。同じように不幸な生い立ちから実力一つで成功し、でもシャネルより40年も短い生涯を送ったエディット・ピアフの生き方と比べても面白いと思います。

 片田舎の修道院を出た18才のシャネル(バーボラ・ボブローヴァ)は、お針子としてオートクチュールのお店に就職し、センスの良さを発揮します。そこで知り合った上客の将校エティエンヌ・バルサンに誘惑され、彼の持つ城で暮らし始めますが、身分の違いから正式な恋人として認められないことにいらだちを感じるのでした。
 バルサンの元を飛び出し、パリで帽子デザイナーとして自立する道を探る中で、バルサンの友達で英国人の実業家ボーイ・カペルと激しい恋に落ちたシャネル。彼の援助で開店した帽子のブティックは大好評で、翌年にはドーヴィルに2号店を開き、やがてシャネルはドレスのデザインにも才能を発揮します。
 しかし、彼女が最も愛した男と言われるボーイ・カペスは、第一次世界大戦に従軍。終戦後、二人には甘い生活と輝ける未来が待っているかのように見えたのですが。。

 男性中心社会で女性が実業界で活躍することなど殆ど考えられなかった時代に、恵まれない生い立ちをものともせず、類いまれな服装センスとクリエイティビティ、そして実行力で、デザイナーとして独り立ちして行くシャネルの若き日々がテーマには違いありませんが、私はもっぱら恋愛映画として引き込まれました。
 あの時代に若い女性がお店を開くには金持ちの男性の援助なしには不可能に近かったのでしょうが、シャネルは男を利用したのではなく、恋人が心底投資したいと思わせるだけの魅力と実力を兼ね備えていたのですね。
 どうも英国の富豪の議員の息子というイメージではないと思ったボーイ・カペス役のオリヴィエ・シトリュクは、ニース生まれのフランス人で、英語が上手いし声がとても素敵でした。
 それにしても、ひときわプライドが高く自立心の強いシャネルの強靭な精神力には圧倒されます。愛する男に裏切られても毅然として事実を受け入れるし、自分に戻って来た男が事故死しても、喪服をモードを生かす逞しさ。お酒や麻薬で自己破壊に向かって行ったアーティスト達とは対照的な強さでしょう。太く長い87歳の人生もゆえなるかな。
 この作品はデザイナーとして認められるまでのシャネルの若き日々から、いっきに15年のブランクの後の70歳のカムバックを描いていますが、どうも彼女の人生は今回完全に抜けていた30代から50代後半まで波瀾万丈だったらしいので、これから公開されるシャネル映画を観てみないことには総括的に理解できません。とりあえず、「ココ・アヴァン・シャネル」が楽しみですが、題名からするとこちらもシャネルの若き日々が主題なのでしょうか?
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# by cheznono | 2009-08-26 01:38 | 映画

セントアンナの奇跡

b0041912_1345361.jpg これはとても衝撃的な映画でした。見終わった後もはっきりと現実に戻るまでかなり長い時間を要したほど。でも観て本当に良かったと思います。スパイク・リー監督の大作「セントアンナの奇跡」は、強い反戦映画であると同時に言葉の違いを超えた人間ドラマであり、更に反人種差別やミステリーなどさまざまな要素を実にうまく料理した作品で、2時間43分を長く感じることはありませんでした。
 
  1984年のニューヨークで、定年間際の郵便局員が窓口に切手を買いに来た男を問答無用で射殺。凶器に使われたドイツ製の古いピストル、犯人の部屋から出て来た国宝級のイタリアの彫像の頭。真面目な黒人の局員がなぜ突然発砲したか?黙秘を続ける男の記憶は40年前の戦場に遡ります。
 1944年のトスカーナ、既に連合国軍に降伏していたイタリアの各地を占領しているドイツ軍を追い払うべく進軍したアメリカ軍の黒人部隊が、白人指揮官の差別的な戦略の犠牲になり、生き残った4人の黒人兵士が命からがら山あいの鷲ノ巣村に逃げ込みます。途中で助けた8歳のイタリア少年アンジェロの身の安全を優先した結果でした。
 4人の兵士たちは黒人への偏見がない村人たちの間で居心地の良さを感じますが、やがてパルチザンたちがドイツ人の脱走兵を捕虜にして、村へ戻って来ます。ドイツ人捕虜はアンジェロを見て、なぜか泣いて喜びますが、アンジェロは緊張を隠せません。「ヤツが怖いのか?」黒人兵がアンジェロに尋ねると、首を振って、「本当に怖いのはあの人」と別の誰かを指差すアンジェロ。
かくて、ドイツ軍に半ば包囲されている村で、パルチザンとファシストの入り交じった村人たちに、アメリカ兵4人と少年アンジェロ、そしてドイツ人捕虜いう奇妙な共同生活が始まるのですが、それはあっという間に終わりを告げてしまうのでした。

 スパイク・リー監督は前半、黒人部隊とナチスドイツ軍の激戦に長い時間をかけて、当時のアメリカで黒人兵の置かれた立場を描き、彼らが直面していた救いようのない差別が浮き彫りにされます。その後、偏見のないイタリア人たちとの触れ合いと対比して、オバマ大統領の登場した現在もまだ色濃く残る人種差別の無意味さを描く手法はさすがと思いました。
 何よりショックだったのは、ドイツ兵がイタリアの民間人を容赦なく殺してしまうことでしたが、当時、パルチザンによるナチス攻撃に手を焼いたドイツ軍は、報復処置として多くの民間人を殺害していたのですね。
 そんな戦況でもナチスの戦略に疑問を感じ、良心を失わないドイツ兵がいたし、過酷な状況の中でも言葉の通じない少年を命をかけて守る人々がいたということがやがて奇跡に通じるところに、この作品の暖かさが強くにじんでいます。それにしてもなんと史実の惨いこと。この映画を観なかったら、一生知らないままでいたかも知れない事実には戦慄を覚えます。
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# by cheznono | 2009-08-19 01:36 | 映画

湖のほとりで

b0041912_18135899.jpg フランスのセザール賞に当たるというイタリアのドナッテロ賞で主要10部門を総なめにしたという作品、「湖のほとりで」。連日ほぼ満席と言う人気なので、かなりドラマチックなミステリーかと思いきや、実際にはとても静かでリアリズムに満ちた人間ドラマでした。
 
 北イタリアの静かな村にある湖のほとりで、美しい娘アンナの全裸の死体が発見され、この地方に赴任したばかりの警部サンツィオ(トニ・セルヴィッロ)と助手が捜査を始めます。なぜ、若くスポーツウーマンだったアンナが全く抵抗せずに死を受け入れたのか?なぜ、全裸の遺体に上着がかけられていたのか?
 小さな村では皆んながアンナと顔見知りで、村人達の証言からアンナの日常が浮かび上がってきます。湖の近くに住む知的障害者の息子と車椅子の父親。アンナから秘密書類を預かっていたボーイフレンドのロベルト。次女アンナを溺愛していた父親。アンナが所属していたアイスホッケーチームのコーチ。
 物静かで内向的な警部は、アンナがベビーシッターをしていた幼いアンジェロが急死してから、アンナの様子が変化し、その両親も離婚していたことに注目します。
 サンツィオ自身、思春期の娘フランチェスカとしっくりといかず、その理由がアルツハイマーで入院しているサンツィオの妻が家族の顔も見分けられなくなっていることにあるのですが、苦い胸のうちを打ち明けられる相手もいません。
 娘の顔も忘れてしまった母親にフランチェスカを会わせることができないでいるサンツィオは、アンナも家族に重大な秘密を隠していたことを知って衝撃を受け、家族の関係や親子関係の距離感に思いを馳せるのですが。。

 湖のほとりで見つかった美少女の遺体がまるで絵画のようで幻想的にも見え、それが、ラストの謎解きにどうもイメージがぴったりと結びつかないため、あまりすっきりした気持ちで席を立ち上がることができませんでした。でも、この映画にサスペンスはさして重要ではなく、警部が薄紙をはぐように明らかにしてゆく村人達の深層心理や、とりわけ故アンナの思いが観客に伝わって来る過程が見所と言えるのでしょう。
 私は何よりも北イタリアの美しい自然を初めとした映像の美しさと、非常に抑制された演出に惹かれます。個人的には心打たれる作品ではなかったけれど、ひたすら自分の足で村を歩いて情報を集めるサンツィオと共に、北イタリアの山間の村の日常に入り込んだような1時間半でした。 
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# by cheznono | 2009-08-08 18:15 | 映画

フランスと識字率

b0041912_1555949.jpg 「愛を読むひと」は欧州の識字率について考えさせられる映画でした。そして、昔むかし読んだ英国人作家ルース・レンデルの「ローフィールド館の悲劇」を思い出したりしました。
 この春、生地の買い出しに行ったニース郊外で、手の届かない高い位置にある生地のロールを見上げた私が、顔見知りのムッシュウに「あの生地はおいくら?素材はなんと書いてあるの?」と聞いた時、それまでニコニコしてた端正な顔のムッシュウが一瞬ぎょっとした様子でこちらを見たので、ぎくっとした私、「ひどい近視だもので、あんなに上の方のチケットは見えないのよ」と慌てて言い訳しましたが、ムッシュウは半信半疑だったような。。
 以前、トウールーズの生地屋さんで、ごく普通のフランス人マダムが手にした生地の素材を店員さんに尋ねていて、店員さんが「その生地のチケットにちゃんと書いてありますよ」と答えると、顔を赤くしたマダムが小声で「読めないのよ」と再度尋ねたのがとても印象に残っていますが、実は意外に高いフランスの非識字率。移民の多い国だから、という理由だけでは説明がつかないのが現状のようです。
 2005年にフランスの識字率向上機関が行った調査によると、18歳から65歳のフランス本土在住の成人で、国内で教育を受けた人のうち、読み書きに不自由している人は9%。なんと約310万人にあたります。内訳は6割弱が男性で、残りの4割が女性。そのうち、35歳上が75%を占め、45歳以上になると更にパーセンテージが上がります。
 読み書きが不自由だと最悪の場合、道路標識が読めない、案内の看板がわからない、切符販売機や現金支払機などの機械の操作ができない、小切手が書けないなど、かなり不便な日常生活を送ることになりかねません。そのため、教育省を初め、赤十字やNPO団体が読み書き力の向上を支援する機会を設けていますが、まだ目立った改善は見られないようです。
  読み書きが上手く身に付かなかった一番の理由は、学校で落ちこぼれてしまったとか、途中で行かなくなってしまったなどが挙げられるそうですが、調査機関も驚いたのが、310万のうち、57%は何らかの仕事についていること。失業中の人は11%だけ。フランスの失業率が9%近いから、非識字の人の11%は特に高い失業率とは言えないでしょう。残りは家庭の主婦や定年生活者のようです。
 約310万人の中に入院中の人やホームレス、受刑者たちは含まれていないし、18歳以下の若者の非識字率も4.8%。こういう数字を目にすると、外国人である我らの文法の誤用や多少のスペルの間違いは大目に見てねって、言いたくなってしまいます。
 因みに仏語のillettre=非識字の人を手元の仏和辞典で引いてみたら、「読み書きが完全には出来ない人」とありました。ありゃ、《完全》なんて日本語でも怪しい私です。
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# by cheznono | 2009-08-01 01:56 | 不思議の国フランス

b0041912_0371642.jpg  とても楽しい映画とフランスでも評価の高かった「マイ・リトル・サンシャイン」は見逃してしまいましたが、同じスタッフによる新作「サンシャイン・クリーニング」を観て来ました。ニューメキシコ州アルバカーキで暮らすさえない姉妹が繰り広げる悲喜劇と再生の物語で、アメリカでは口コミでヒットした作品だそうです。  

  30代のシングルマザー、ローズ(エイミー・アダムス)は資格取得を目指しつつも、ハウスキーパーで日銭を稼ぐ毎日。妹のノラ(エミリー・ブラント)はウェイトレスの仕事も続かず、無気力で投げやりな日々を送っています。
 ローズは高校時代、チアリーダーとして活躍し、アメフト選手とつき合って、同級生たちの憧れの的でした。しかし、警察官となった当時のボーイフレンドは別の女性と結婚してしまい、今またローズと不倫の関係に。
 姉妹の父親はヤマッけのある仕事に手を出しては、鳴かず飛ばずだし、ローズの息子は学校で問題行動を起こしたため、転校になりそう。そんな時、いい稼ぎになると不倫相手に勧められたワケアリ現場を清掃する仕事に踏み切ったローズとノラは、とまどいながらも意外にてきぱきと事件現場を片付け、掃除をこなして行きます。
 真面目に生きて来たのに、なぜかうまく行かない人生にいらだちとあきらめを感じていたローズは、清掃業が軌道に乗るに連れて自信を取り戻し、初めは渋々姉に従ったノラは、自殺や犯罪の現場となった家々を掃除する過程で、封印していた筈の母親の死の記憶を蘇らせます。
 徐々に依頼が増えて、素人掃除屋からプロの清掃業者へと成長しつつある時、思いもかけない事件が勃発、せっかく息が合って来た姉妹チームワークはもろくも崩れかけてしまうのでした。

 初めは高い報酬のために引き受けた事件現場清掃業ですが、人々の役に立つ仕事をしているという意識が、行き詰まっていたローズとノラに大きな変化をもたらす過程が、とても自然に描かれていて、なかなかのもの。観客は二人を応援したくなります。
 彼女たちの仕事現場はかなり悲惨な状態ですが、行き当たりばったりの二人の仕事ぶりやユーモアが状況を和らげ、心配したほど陰惨な感じではありません。とはいえ、仕事の性質上、死のイメージは常に漂い、それが姉妹の幼い頃の経験につながって、今も過去の悲劇がとりわけノラに大きな陰を落としていることがわかって来ます。
 人が嫌がるような現場清掃の仕事を通じて、高校時代の自信を取り戻すローズと、人生への投げやりな態度を改め、次第に自覚と希望を見いだすノラの変貌に、観ているこちらも前向きな気持ちにさせられるし、常に楽天的な姉妹の父親(アラン・アーキン)のずっこけぶりやユーモアに満ちた発言がこの作品をより楽しくしています。この父親が問題児の孫オスカーを励ますシーンは実にユニーク。
 成績が悪くても、お金がなくても、失敗しても、やっぱり太陽は昇るし、陽は降り注ぐよね、だから過去は洗い流して、前向きに現状を打開して行こう!というメッセージが聴こえて来そうな作品です。
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# by cheznono | 2009-07-22 00:49 | 映画

b0041912_03142.jpg  春に飛行機の中で観た「それでも恋するバルセロナ」。ウッディ・アレンの新作で、スカーレット・ヨハンセン起用だから、さては「マッチポイント」の息を飲むような展開が楽しめるかと思いきや、なんじゃこれは?という恋愛四角関係コメディでしたが、夏のヴァカンス、特にスペイン行きの機内とかで観たら最高かも知れません。

 バルセロナでヴァカンスを過ごしにやって来たアメリカ娘のヴィッキー(レベッカ・ホール)とクリスティーナ(スカーレット・ヨハンセン)。アメリカにいるフィアンセとしょっちゅう連絡を取っているヴィッキーを横目に、ヴァカンス先でのひと夏の恋を多いに期待しているクリスティーナは、画家のファン・アントニオ(ハビエル・バルデム)と出会って、早速三人での旅行に誘われます。
 ラテン系プレイボーイのファン・アントニオが一目で気に入ったクリスティーナは旅行で酔いつぶれ、そんな親友に半ばあきれていた保守的で堅実派のヴィッキーも結局は彼に惹かれて、一夜を共にします。
 再びバルセロナに戻った三人ですが、ビジネスマンの婚約者がアメリカからプロポーズにやって来るため、戸惑っているヴィッキーを尻目に、クリスティーナはファン・アントニオと同棲を始めます。楽しげにバルセロナの街を闊歩し、幸せいっぱいのクリスティーナとファン・アントニオ。
 しかし、二人が暮らすファン・アントニオの自宅に彼の元妻で、エキセントリックなアーティストのマリア・エレーナ(ペネロペ・クルース)が舞い戻って来たから、話がややこしくなって。。美しく激しくめちゃくちゃなマリア・エレーナにファン・アントニオとクリスティーナは振り回され、三人の関係は更に複雑になって行くのでした。

  まあ一番の見所は、ピューリタニズムを背景に育ったアメリカ娘らしいヴィッキーと、パリジェンヌかと思うような価値観のクリスティーナ、そして、身を焦がすように情熱的なスペインの芸術家のマリア・エレーナという三人の女性の個性の対比でしょうか。
 フランスを初め欧州でもそれなりにヒットしたこの作品、「結構面白い映画だったけど、どうしてペネロペ・クルースがアカデミー助演女優賞の候補になったのか大きな疑問」と仲間うちで首を傾げていたら、ノミネートどころか、助演女優賞を獲得をしたので、びっくりしました。確かにペネロペが登場したとたん、さしものスカーレット・ヨハンセンもかすむくらいの圧倒的な演技力と存在感が画面にあふれましたが、出演シーンが少ないし、役柄のクレージーぶりもすごい。
 でも、情熱的で自分勝手で、美しくて優しい芸術家がぴったりはまるのは、やっぱりペネロペならではかも。あの「ノーカントリー」で不気味な殺し屋を演じたハビエル・バルデムのみごとな変身ぶりも楽しいです。コートダジュールにもこういう人っているいる、「人生を楽しまなくっちゃ」をくどき文句に使う所も似ているし、バルセロナの観光名所はもちろんのこと、地中海周辺の街のヴァカンスの要素が盛り沢山なコメディです。
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# by cheznono | 2009-07-15 00:32 | 映画

デザイン雑貨 EXPO

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 7月8日(水)から10日(金)の3日間、東京ビックサイト(国際展示場駅)で、第4回デザイン雑貨EXPOと国際雑貨EXPOが開催されます。なぜ2つのEXPOに名前が分かれているのか疑問ですが、世界30カ国から雑貨や小物の卸業者が集合し、新商品を披露するという見本市です。
 その雑貨EXPOに台湾出身の友達の妹さんがシルク製品を出展するので、今日はちょっとその宣伝をさせて下さい。日本に留学した経験もある妹さんは、現在シルクの産地に近い上海で、自らデザインした絹製品をホテル等に卸しています。そして、中国の伝統的なモチーフをアレンジした布小物などは、日本人バイヤーや旅行者やにもかなり好評のようです。
 今回のEXPOで紹介する主な商品は、波柄のシルク袱紗、携帯用のエコバッグ、対シルクの手刺繍パーティバッグ、手織りシルク文庫本ブックカバー、景徳鎮製の密封手書き磁器のお茶缶(牡丹柄)などなど。美しい発色のシルクに、独特の刺繍や飾りを施した小物はとても上品な雰囲気が特長です。
  妹さんの会社の名前はDragon World Contemporary Collection LTD, ブース番号はC16-18。
雑貨EXPOのサイトは、www.designtokyo.jp になります。

  世界中のあらゆる雑貨が勢揃いというふれこみのわりに、海外からの出展企業は圧倒的にアジアの会社が中心で、まあ地の利もあるのでしょうが、やっぱり時代の趨勢が感じられますね。フランスからの参加は、インテリア系のArgueyrollesとポップなデザインのアクセサリーを生み出しているPIXI Bijouxだけなのがちょっと淋しいですが、私も初めて行く雑貨見本市なので、ちょっと楽しみです。
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# by cheznono | 2009-07-08 01:49 | 雑貨

愛を読むひと

b0041912_193148100.jpg 原作の「朗読者」は世界的なベストセラーで、ケイト・ウィンスレットがアカデミー賞主演女優賞などを獲得した作品ということで、心待ちにしていた「愛を読むひと」、期待通り、深い余韻を残す重厚な人間ドラマでした。
 1958年のドイツで、15歳のマイケル(デヴィッド・クロス)は雨の中、気分の悪くなった自分を家まで送ってくれた女性、36歳のハンナ(ケイト・ウィンスレット)に惹かれ、やがて男女の仲に。
 ハンナに夢中になったマイケルは、放課後になると足しげくハンナのアパートに通い、ハンナはマイケルの教科書に興味を持って、毎回、本の朗読をせがむようになります。マイケルの朗読が愛を交わす前の儀式のようになる二人。でも、トラムの車掌だったハンナが、精勤ぶりを買われて事務職に昇進が決まったとたん、彼女はこつ然とマイケルの前から姿を消してしまうのでした。
 6年後、法科生として教授やクラスメイトとナチスの戦犯裁判を見学したマイケルは、被告席にハンナの姿を見て、絶句します。戦時中、ハンナはユダヤ収容所の看守として働き、多くのユダヤ人を死に追いやった罪を追求されていました。
 同僚だった元看守たちの不利な証言で、無期懲役を言い渡されるハンナですが、マイケルは彼女がある秘密を隠したいがために、あえて判事の宣告を受け入れたことに気がつき、苦しみます。
 そして、ハンナの罪を軽くする秘密を公けにする代わりに、彼は刑務所に文学作品の朗読テープを送ることを思いつくのでした。

 映画は弁護士となったマイケル(レイフ・ファインズ)が甘くて苦い青春の思い出を回想する形で展開します。丁寧に描かれた出会いとひと夏の甘い経験。その後、思いもかけずに突きつけられるハンナの過去と、彼女の苦い選択。そのわけを理解していながら、刑の軽減につながる証言をするよりも、本人の意思を尊重する方を選ぶマイケルに扮した新人のデヴィッド・クロス、なかなかの熱演です。
 恐らく貧しさ故に充分な教育が受けられなかったハンナが、生きて行くために応募した仕事の内容が、実はユダヤ人をガス室に送るという残酷なものだったにせよ、ナチズムのさなかにおいては自分の任務にさして疑問を感じなかったハンナが、戦後20年以上経った裁判後は、過去の行為について考えるようになったという点に戦時中の特殊なムードや洗脳の怖さを強く感じさせられます。
 素朴で、あまり喜怒哀楽を表現せず、でも教養に飢えていたハンナを演じきったケイト・ウィンスレットはさすがの貫禄で、その悲しい生涯に一瞬の輝きをもたらした若いマイケルとの逢瀬の記憶が、ハンナの厳しい表情に女性らしさを漂わせる辺りもとても上手でした。 
 マイケルが自分の娘に、「今まで自分は誰に対しても心を開いて来なかった」と打ち明ける場面や、父親の葬式の時でさえ生まれ育った町に戻ろうとしなかった程、「この町には辛い思い出があるから」と母親に言い訳する場面に、ハンナとの恋愛と彼女の裁判のゆくえがマイケルの人生に与えた影響の計り知れなさを表していて、とてもせつなく、そして重い作品です。
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# by cheznono | 2009-06-30 19:33 | 映画

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  最近、海辺でトップレスになる女性が減ったのはなぜ?先週フランス2のニュースで思わず目が釘付けになった話題です。テレビの取材に答えていたのは、ニースの浜辺で日光浴をするビキニの女性たち。「トップレスになるのは恥ずかしい」と口を揃えていたので、さすがのフランス女性も結局そう言う結論にたどり着いたのねと苦笑してしまいました。

 初めてフランスに遊学した年の夏、ステイ先の大学生が、兄弟従姉妹たちとそれぞれのパートナーたち8人でヴァカンスを過ごしたカナリア諸島から戻った時、私の反応を伺いながら言いました。「浜辺に着くと、兄貴の彼女も従姉妹たちもみーんなトップレスになって、平気で日焼けしてたんだよ」
 恋人と二人きりならともかく、従兄弟たちのいる前でトップレスになるなんて、とてもついて行けない感覚じゃ、と思った私が、「恥ずかしがってなかったの?彼女たちの彼氏は何も言わなかったの?」と聞くと、「ぜーんぜん。なんで日本人は恥ずかしがるわけ?」と返されたので、「奥ゆかしいからよ」と言うと鼻で笑われたものでした。

 まだスペインが厳格なカトリック社会だった頃、女性の水着はワンピースと決まっていたのに、ビキニ姿でプールで泳ぐフランス娘二人を見つけた監視員が、「マドモワゼルたち、ここではビキニは禁止だよ。ワンピースで泳がなきゃ」と注意すると、きゃきゃっと笑った彼女たち、「いいわよ、ワンピースにするわ。で、どっちをはずしたらいいかしら?上の方?それとも下の方?」と聞き返したという小話は、実話だったりして?
 もっとも、毎年夏にセーヌ川沿いに設置される仮設ビーチ:パリ・プラージュでは、トップレスは禁止だそうですね。

 だんだん、庭でスッポンポンで日光浴をするマダムの存在にも驚かなった頃、コート・ダジュールに移ったら、案外海岸にトップレス女性が少ないのが意外でした。
 去年の夏、海水浴が苦手な私が珍しく友人につき合ってアンティーブの浜辺に出向いた所、「胸を焼いても気にしない?」って友達が遠慮がちに聞くので、きょとんとしたら、「胸を見せたら、日本人のあなたには不快かも知れないと思って」とのこと。「大丈夫、大丈夫」と言う私に、彼女は安心したようにビキニの上を外して転がっていました。「こんなに白いままヴァカンスを迎えるわけにはいかないわ」と言いながら。

 ともあれ、先週のニュースによると、今やフランス女性の8割が慎み深くなって、トップレスは恥ずかしいと感じているとか。ニースの海岸で取材されていた若い女性は、「トップレスなんて、ママたちかそれ以上の世代じゃない?」と笑っていたし、皮膚がんの危険も注目されている今、もはやトップレスは減少の一途にあるようです。「男性を魅了するのに何も全部見せる必要はありません」とアナウンサーは締めくくっていましたが、そもそもこんな話題が報道ニュースで取り上げられること自体、やっぱりフランスらしいのかも知れませんね。
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# by cheznono | 2009-06-22 22:25 | 不思議の国フランス

夏時間の庭

b0041912_17173964.jpg フランス人よりもアメリカやイギリスの友達から「もう観た?とても良かったよ」というメールをもらった「夏時間の庭」、庭の新緑の香りがスクリーンの向こうから漂って来るような、心温まる作品でした。
 イル・ド・フランスの小さな町に住む母親の誕生会に集まった三人の子供と孫たち。久しぶりに集合した家族を前に、75歳を迎えた母エレーヌ(エディット・スコブ)は、著名な画家だった叔父ポールの画集に目を輝かします。叔父ポールの旧アトリエに暮らすエレーヌは、叔父が遺した作品や収集品の世話を生き甲斐にしていたるのでした。
 エレーヌは、パリに住む長男フレデリック(シャルル・ベルリング)に自分亡き後の家の処分と美術品の寄贈を頼みますが、将来も家族の家として守って行くつもりのフレデリックは耳を貸そうとしません。
 帰途に付くみんなを見送った後、「私が死ねば、家族の秘密も何もかも消えて行くの」とつぶやくエレーヌ。「子供たちの重荷にしたくはないわ。彼らにはそれぞれの人生があって、私の人生ではないのだから」という通り、長女のアドリアンヌ(ジュリエット・ビノシュ)はアメリカでデザイナーとして活躍中、末っ子のジェレミー(ジェレミー・レニエ)は中国勤務で、二人とも今やフランスで過ごす時間はごくわずかです。
 ポールの回顧展が無事済んだのを見届けたエレーヌが急逝し、子供たちは思いのほか早く、家と美術品の相続に直面します。唯一フランス在住のフレデリックは、愛着のある母親の住まいを守って行くつもりですが、海外に住むアドリアンヌとジェレミーは兄の思いを気遣いながらも家の処分を提案するのでした。
 
 そうした中で、母エレーヌが抱えたままだった《秘密》もあっさりと露呈し、子供たち三人は複雑な感情に包まれますが、それも全て過去のこと。
 母の死と共に家族の思い出の家が人手に渡り、自分たちの人生の大きな一部分が幕を閉じたのを、長男はとても感傷的に、でも妹と弟は新しい生活のスタートの追い風のように受け止めているのも興味深いし、そうした子供たちの反応を全て見越していたエレーヌには感服するばかりです。
 おのおの社会的に成功し、それぞれパートーナーと幸せな生活を築いていて、付かず離れずの三人が互いを思いやる様子はとても微笑ましく、観ている者を温かい気持ちにさせてくれます。
 母が言い残した通り、オルセー美術館への寄贈が決まった大叔父の収集品は、アールヌーヴォーで知られるナンシー派の家具や調度品が中心で、緑豊かな庭のある一軒家の生活用品として溶け込んでいたのに、いざ美術館で一つ一つオブジェとして展示されるとまるで別の品のよう。家具として、調度品として実用的に活用されるのと、美術館に鎮座して世界中の人々に見つめられるのと、果たして作品としてはどちらが幸福なのでしょう?
 監督は「パリ・ジュテーム」のオリビエ・アサイヤス。19世紀のアーティストたちへのオマージュをこめて、フランスの魅力を美しく映像化した手腕はたいしたものですね。芸術家や貴族の多いフランスで、こうした美術品を抱えている大きな家はまだたくさんあって、それぞれが歴史や物語を持っていると思うと、何だかわくわくしてしまいます。
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# by cheznono | 2009-06-12 17:21 | 映画

b0041912_17453142.jpg  香港、台湾、中国で絶賛された話題作「ウォーロード/男たちの誓い」、《中国戦史絵巻の中でも最高級の質を持つ作品の一つ》という殺し文句に惹かれて見て来ました。内戦をテーマにしているだけあって、立て続けの戦闘シーンの凄まじさには参ったけれど、三義兄弟のそれぞれがくっきりと描かれていて、役者もそれぞれ素晴らしいので、ラストまで息を詰めて見入ってしまいました。
 19世紀後半、アヘン戦争の末に勃発した太平天国の乱は14年も続き、その間2000万人を越す犠牲者を出した大内戦だったそうです。その戦いの中、部隊の中で唯一生き残ったパン(ジェット・リー)は、山間をさまよううちに盗賊の頭アレフ(アンディ・ラウ)とその弟分ウーヤン(金城武)に出会います。
初めは清朝の将軍だったパンを仲間に入れることを拒否するアレフですが、侵略者の襲撃をきっかけに、義兄弟の契りを交わすなら、パンを仲間に迎えようと提案します。
 「互いの命は己の命と同じと見なす」という投名状に誓いを立てた3人は晴れて義兄弟となり、パンの主導で盗賊から足を洗い、生き延びるために清朝廷側に従軍することを老中らに申し出ます。
その結果、義兄弟の率いるにわか軍隊は死に物狂いで次々に敵を倒し、彼らを見くびっていた清朝の老中達を認めさせた上に西太后の信頼も得ながら、進軍して行くのですが、難攻不落の蘇州城での戦いを巡って、パンとアレフの間に亀裂が生じます。
 太平天国の乱そのものの鎮圧という大きな目標を持って任務を遂行してゆくパンに対して、義と仲間を重んじるアレフ。二人を慕うウーヤンはその純粋さゆえに一途に投名状の誓いに忠実で、状況に柔軟に対応することが出来ません。
 しかも、尊敬しているパンが実はアレフの妻リーエン(シュー・ジンレイ)と情を通じていたことを知って、愕然とするウーヤン。蘇州に続いて南京も攻落した三義兄弟でしたが、老中たちとパンという朝廷側おのおのの思惑が義兄弟の不協和音を高め、ウーヤンに不吉な予感をもたらすのでした。

 CGを駆使した「レッドクリフ」のハリウッド的なアクションと違って、「ウォーロード」の戦闘シーンはぐっと生々しく、それだけに戦争のもたらす悲惨さが強く伝わって来る作品です。加えて同国人同士が敵味方に分かれて殺し合う内戦のため、より救いようのない虚しさが漂います。
 山あいの盗賊を戦士軍団に仕立てて指揮を取り、野望を膨らませて権力に近寄ってゆくパンを横目に、仲間を第一に思うヒューマニストのアレフの心情は最後までぶれず、二人に絶対的な信頼を寄せるウーヤンの一本気さも悲しいくらいです。ただ、彼ら三義兄弟がきちんと描かれているのに、紅一点のリーエンの描き方がちょっと中途半端なのが残念に思えました。
 しかし、反戦のメッセージははっきりと伝わって来ますし、活躍目覚ましいパンの軍隊も結局は老獪な老中たちの手のひらの上で踊らされていたに過ぎなく、生まれた時代と祖国の動乱に翻弄された男たちの悲劇がやるせなくて、見終わった後もしばらくは気持ちが沈んだままでした。
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# by cheznono | 2009-06-05 17:46 | 映画

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   「ベルサイユの子」が公開された時、「あの華麗なるベルサイユにもホームレスが住んでいることを知っていましたか?」がキャッチフレーズのように使われていましたが、フランス国内のホームレス人口は10万人弱、その1割近くがパリにいると言われています。パリ市民のスポーツやピクニックの場として人気の高いブローニュの森やヴァンセンヌの森にもたくさんのホームレスが住んでいるそうです。
 この10万近いホームレスの20%近くは未成年だし、「ベルサイユの子」のニーナのようにシングルマザーや別離の末に路上生活者となる若い女性も少なくありません。しかも、この春フランスの失業者は220万人を超えたため、家を追われる人の更なる増加が予想されますが、昨秋の金融危機後のアンケートで、フランス人の半数が「将来、自分もホームレスになる可能性が否めない」と答えたのにはさすがに驚きました。フランス人の二人に一人が、ホームレス問題は人ごとではないと意識しているわけですね。
 ただ、ホームレス=路上生活者というわけではなく、住宅補助を受けて安ホテルに長期滞在している人や簡易施設滞在者も含まれるので、実際に路上で生活する人は全体の1割程度にとどまります。
 その背景には、失業に加えて、パリ周辺や人気都市の慢性的な住宅不足と賃貸契約の条件の厳しさがあります。政府は断続的に低家賃住宅の建設に着手していますが、それでも全然足りなくて、住宅難は改善の兆しが見えません。
 何せ定収入があってもアパルトマンを見つけるのに何ヶ月もかかる人が多い程、住宅不足が深刻なパリで、いったん路上に出ることを余儀なくされた人たちが、新たにアパルトマンを借りるのは至難の業。パリを初め大都市にテントを設置して路上生活体験運動を展開した市民団体《ドンキホーテの子供たち》や空き家になっているアパルトマンの部屋などを占拠して住居のない人々を住まわせるという援助団体が、政府や市民にホームレス問題の深刻さを訴えていますが、経済危機が追い打ちをかけていることもあって、本格的に改善する日はまだ遠そうです。
 因みにニースのホームレス人口は約600人。パリやリヨンのホームレスは、一匹狼的に単独行動する人が殆どだそうですが、南仏はシェパードのような大きな犬を連れた人やグループで行動する人たちが目立ちます。
 欧州内からはもちろんのこと、アフリカやアジアなどから仕事を求めてフランスに渡る人が多い結果、路上生活者の約10%は外国人。ある時、日系の新聞に載った尋ね人広告に目が止まったことがあります。若い時に渡仏したまま、音信不通になってしまった中年の日本人男性を探す日本の家族が出した広告には、「最後の足取りは2年前で、リヨンのホームレスシェルターにしばらく滞在、その後、不明」とあって、とても切なくなったものでした。未だボヘミアンへの憧れが消えない私には身につまされた3行広告。この男性が今は無事に帰国して、ご家族と再会していることを祈るばかりです。
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# by cheznono | 2009-05-29 23:47 | 不思議の国フランス

ベルサイユの子

b0041912_0121328.jpg   今回の帰国後、初めて劇場で観たフランス映画は、もう思いっきり現実をつきつけた作品「ベルサイユの子」。去年のカンヌ映画祭《ある視点》で話題になった社会派映画は、昨秋急逝してしまったギョーム・ドパルデューが、社会に適応できない青年になりきっていて、まさにはまり役です。「ランジェ公爵夫人」の恋の駆け引きに振り回されるモンリヴォー将軍よりも板について見えるのは、ギョーム自身の生き様が透けるからでしょうか?
 23歳無職のニーナと5歳の息子エンゾは、毎晩寝る場所を求めてパリをうろつくホームレス。一夜の宿を提供するシェルターも、パリだとすぐに埋まってしまうため、母子は路上で寝ることもしばしばです。見かねた救急隊に拾われ、ベルサイユなら施設に空きがあるからと、二人は土地勘のないベルサイユに送られます。
 無料新聞の記事に偶然目をとめたニーナは、そこに載っている介護の仕事に関心を持ったため、パリに戻ろうとベルサイユ宮殿を抜ける途中、広大な敷地の脇の森で暮らす青年ダミアンと出会います。
 一夜を過ごした二人ですが、翌朝ダミアンが目覚めると、エンゾを頼むという置き手紙を残してニーナは消えていました。突然、大きなお荷物を残されたダミアンは怒りをあらわにしますが、自分を頼るしかない幼子と森の中での共同生活を始めます。
 父を知らないエンゾにはダミアンとのサバイバル生活が新鮮で、すぐに順応、ダミアンも次第にエンゾに父性愛を抱いて、彼を守ろうとします。同じくベルサイユの森に住んでいるホームレス仲間達との交流や連帯感も二人の野生生活に暖かみをもたらしますが、ある日、ダミアンの掘建て小屋が火事になり、その心労からダミアンが高熱を出したことで、二人の森暮らしは終わりを告げるのでした。

 ニーナもダミアンも、もう長い間肉親とは絶縁状態で、職もなく、社会に溶け込めない存在です。しかしニーナは、「失業は宿命にあらず」という新聞記事に触発されて、子供のためにと介護士を目指すし、麻薬と刑務所を経験した後、社会と断絶して森に暮らすダミアンも、エンゾのために森から出て社会生活を営む決心をします。
 子供を軸に変わろうとする二人を後押しするのは、フランスの福祉システムや就労支援プロジェクトのスタッフ達。フランス屈指の高級住宅街ベルサイユにもホームレスが結構いるという現実を前に、彼らが社会復帰をするのなら、できる支援はしようという社会保障先進国としての意識の高さが伺われ、金融危機以来浮き彫りとなった日本の福祉の脆弱さとは対照的に映ります。
 それに、何より5歳のエンゾが素晴らしい。母親に置き去りにされても泣きわめくこともなく、赤の他人と森暮らしを始めてもすぐに適応して、母を探し求めたりせず、素直に大人の意向に従って、おとなしくその後の環境の変化にも同化して行く様子が、何ともけなげで、逞しくさえあります。
 ダミアンの父親の家での新生活で、「小屋に戻ろうよ」とダミアンに囁いたのは、エンゾの精一杯の自己主張。身の回りで起こることをおとなしく受け入れる姿勢は、まだ幼くてよくわかっていないというより、小さい時から母親とその日暮らしを強いられて来たエンゾが身につけた子供なりの処世術のようで、胸を打たれます。
 大人の都合に振り回され、同年代の子供達とは比べものにならないほど厳しい幼児体験を重ねて行くエンゾが、将来どういう大人に成長するか興味津々ですが、器の大きな青年となって、幸せをつかんでほしいですね。
 フランスでは「(ホームレスの生活の)覗き見趣味だ」という辛口批評も出たけれど、華やかな観光大国の負の現実を知るには、欠かせない一作ではないでしょうか?
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# by cheznono | 2009-05-17 00:33 | 映画

グラン・トリノ

b0041912_265439.jpg 見終わった後、静かな感動がじわじわと湧いて来た「グラン・トリノ」、面白さでは「チェンジリング」の方が勝っているように感じましたが、完成度が高いとはこういう作品のことを指すようですね。日本でもフランスでもこれだけ評価の高い映画は滅多にないでしょう。
 妻を亡くしたばかりのウォルト・コワルスキー(クリント・イーストウッド)は、頑固で気難しい典型的な偏屈老人。息子夫婦の心配をものともせず、牧師の助言にも耳をかさず、愛犬と独居を続けています。隣に住むアジア系移民の家族の存在も、人種差別主義者のウォルトには目障りなだけ。かつてフォードの城下町として栄えた一帯も今はすたれてしまい、アジア系の移民が増えているのが気に入りません。
 若い時、朝鮮戦争に出征し、復員後はフォードの工員として勤め上げたウォルトが何より大事にしているヴィンテージカー、グラン・トリノがある夜、隣のアジア系の少年タオに盗まれそうになり、それがきっかけで不本意ながら隣の一家との奇妙な交流が始まります。
 タオの一家は少数民族モン族の出身で、ベトナム戦争のおりに迫害を逃れてアメリカに亡命して来た後、タオと姉のスーが生まれたのですが、今は英語の話せない母と祖母との4人暮らしです。
 アメリカ的物質主義に染まっている自分の息子や孫に対して、家族の絆が濃厚で、気立てが優しく、異国においても伝統を守り続けるモン族の一家とかかわることで、ウォルトの差別的な気持ちが消え、真面目でシャイなタオと利発なスーの姉弟と親しくなって行きます。
 それまでの偏屈な態度が嘘のように、タオとスーの父親代わりのような気遣いを見せるウォルト。彼のお陰で仕事を覚えたタオは生き生きとして来たし、気が強く物怖じしない姉のスーもウォルトに信頼を寄せています。しかし、姉弟の従兄はアジア移民たちの不良グループの一員で、タオを自分たちのグループに巻き込むべく、あれこれ嫌がらせをしかけてくるのでした。

 他人はもちろん、息子一家とも壁を作っていたウォルトが、見下していた移民であるモン族の一家の人柄にほだされて心を許し、若い姉弟を見守る父性愛のような感情を示し始める辺りが丁寧に描かれています。アジア移民によるウォルトの劇的な変化は、同じアジア人としてとても微笑ましく見ました。
 けれど、ここでも移民系の女の子は向上心を持って大学に進み、男子は不良になりがちというフランスの移民社会と似たような現象が語られます。しかも、不良グループがなぜか同じ移民仲間に対して悪さを働くという図式まで似ているところがやるせないです。
 戦争体験を引きずるウォルトの心境や一人で果敢に周囲の女性蔑視的の男性陣とやり合うスーの向こう気の強さ、ウォルトと出会ったことで成長して行くニートのタオの姿など、さりげない毎日の暮らしの中で、それぞれの個性を際立たせた描き方はさすがの手腕。
 イーストウッドの作品はいつもアメリカ社会の抱える問題や矛盾を冷徹に見つめている点に関心させられますが、米国を代表する産業だった自動車会社が危急存亡の今、フォードの自動車工だった主人公の老後は、アメリカの自動車産業に従事して来た人々にとって、特に感慨深いものがあるかも知れません。
  多民族との共存が進む世界で、その長所と奥深い問題とを同時に考えさせられる一作でもありました。
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# by cheznono | 2009-05-07 02:07 | 映画