







トウールからSNCFのバスで40分余りの美しい城下町ロッシュはアニエス・ソレルやアンヌ・ド・ブルターニュと縁が深く、ロッシュ城にはアニエスのお墓も設けられています。
ジャンヌ・ダルクがのちのシャルル7世にシノン城での最初の謁見に次いで2度目(1429年)に会ったのもこのロッシュ城。
11世紀初頭の高さ36mの主塔(ドンジョン)が有名で、牢獄として使われた時代もありました。
ジャンヌ・ダルクの活躍のお陰でフランス王となったシャルル7世は、40歳の時に初々しく美しいアニエス・ソレルに一目惚れし、アニエスをフランス史上初めての公式寵姫に迎えます。アニエスが生んだ3人の娘も王が正式に認知し、出産のたび、ご褒美に城を与えたとか。
アニエス・ソレルは色が抜けるように白く、当代一の美女と称えられましたが、田舎貴族の娘に過ぎないアニエスへの周囲の嫉妬や反感も少なからず、アニエスが28歳で急死したのは、大量の水銀を服用したことによる毒殺説が有力です。(当時は虫下や痛み止めとして水銀を飲用する習慣があったようですが、2004年のDNA艦艇によると通常をはるかに超える水銀の摂取が立証されたため)
16世紀に入り、最初の夫シャルル8世の死後、ルイ12世の妃となったアンヌ・ド・ブルターニュもしばらくロッシュ城に滞在しています。城館内にはアンヌが毎日祈りを捧げたという祈祷室があり、クロ・リュセ城のアンヌの祈祷室よりも素朴な印象を受けました。
アニエス・ソレルの肖像画、従姉妹のアントワネット・ド・メーニュレと似ているでしょうか?

水銀による毒説死がささやかれるアニエス・ソレルの突然死の後、わずか3ヶ月後にシャルル7世はその従姉妹アントワネット・ド・メーニュレを愛人に迎えます。当代きっての美女アニエスに少し面影の似たやはりかなりの美人だったアントワネットは、王の寵愛を受けたくて共に育った従姉妹アニエスの毒殺を画策したのでは?とまで疑われている人物ですが、アニエスほど知的な女性ではなかったとか。とはいえ、シャルル7世一筋で薄命だったアニエスと比べると波乱万丈の人生です。
シャルル7世が他界すると、その息子ルイ11世から宮廷を追われたアントワネットはアンヌ・ド・ブルターニュの父であるブルターニュ大公フランソワ2世の寵姫に。ブルターニュ公を見張るスパイとして、ルイ11世が送り込んだという説が有力ですが、フランソワ2世は彼女に夢中になります。
ちなみに、シャルル7世はアントワネットを寵愛しながらも忠臣と結婚させていて、彼女はシャルル7世とも夫とも子供を設けています。
アントワネットとフランソワ2世との間に生まれた長男(アンヌ・ド・ブルターニュの腹違いの弟)に与えられたのが、この クリソン城。
この城は、当時ブルターニュ大公の城を守るべく要塞の役目を果たしていたため難攻不落に設計され、その甲斐あって、誰からも攻撃されなかったのに、廃墟となってしまったのは、フランス革命の後、共和国軍に火を放たれたから。
お城は痛々しい姿となってしまいましたが、人口7000人のこの村に毎年5万人の観光客が訪れるというからたいしたものです。

アントワネット・ド・メーニュレの肖像

Château des Ducs de Bretagne
15世紀にアンヌ・ド・ブルターニュの父親であるブルターニュ大公フランソワ2世によって建てられた城で、フランス軍の攻撃から守るため、外側は質実剛健な要塞の姿をしています。城の中庭側は画像のようにルネッサンス様式とゴシックが融合していて、白い壁がまぶしいくらい。
城の見学時間外でも中庭や城壁は市民に解放されているこのお城は、ナントの人の憩いの場のようです。
アンヌ・ド・ブルターニュは、ブルターニュ公国とフランスとの平和を身を呈して模索した善き公女、(ブルターニュ式の素朴な)木靴の王妃として慕われ、今でも人気があります。
1532年にブルターニュがフランスに併合されると、この城はフランス王がブルターニュ地方に滞在する際の宿泊先として利用されました。
カトリック教徒と新教徒ユグノーとの間で泥沼化した宗教戦争に幕を引くため、アンリ4世がナントの勅令を発布したのもこのお城です。アンリ4世がアンジェで準備した勅令の発布にナントを選んだのは、とてもカトリック色の濃厚な町だったからと考えられるとか。
城は17世紀に火事に見舞われ、19世紀初めには武器用弾薬が大爆発して大きく破壊されるという憂き目に合いながら、今はナントの辿って来た辛苦と繁栄の歴史を解説する博物館に。中世のアンヌの時代よりも、奴隷貿易で栄えた18世紀以降の歴史が充実しています。
http://www.chateaunantes.fr/

去年はアンボワーズ城を再訪したものの、雨で寒かったため、クロ・リュセには寄らずにトウールに戻ってしまいました。でも、パリの友達にクロ・リュセにも行かなきゃダメよと言われたので、今年はクロ・リュセへ。噂の通り、ルネッサンスきっての発明家ダ・ヴィンチのデザインした家具や発明した機械がたくさん展示されていました。
今年はレオナルド・ダ・ヴィンチがフランソワ1世に招かれて、クロ・リュセ城に居を構えてからちょうど500年を記念して、特別展も開催中。ダ・ヴィンチがクロ・リュセに住んだのは晩年の3年間ですが、10年にわたって3人のフランス王(シャルル8世、ルイ12世、フランソワ1世)との交流が伺え、とりわけ、フランソワ1世との絆の強さが伝わって来る展示となっています。ダ・ヴィンチもフランソワ1世も身長190cm以上の大男だったのですね。
晩年のダ・ヴィンチは当時としては稀なベジタリアンで、男子の平均年齢が30代半ばだった時代に67歳の長寿をまっとうしたのは、食生活に気をつけていたからかも知れません。
個人的にクロ・リュセを訪れて本当に良かったのは、シャルル8世が妃のアンヌ・ド・ブルターニュのために設けたミニ礼拝堂があったことと、フランソワ1世の姉で「エプタメロン」の作者、マルグリット・ド・ナヴァル(マルグリット・ド・ヴァロワ)の部屋があったこと。二人とも、知性と教養に優れ、揺るぎない信仰に支えられていた点で共通しています。シャルル8世もルイ12世も世継ぎが育ちませんでしたが、ルイ12世とアンヌ・ド・ブルターニュの長女クロードはフランソワ1世の最初の妻となり、二人の王子を儲けています。
http://www.vinci-closluce.com/fr
ニースから満席のTGVでパリに戻り、リヨン駅のタクシー乗り場に向かうと長蛇の列。15分以上待ってやっと自分の番が来たので、モンマルトルにお願いと言うと、ちょっとイヤな顔をされました。最低でも25ユーロはかかる距離なので、おかしいなと思ったけど、ドライバーは私のホテルの住所をスマホのナビに入力して走り出したから一安心、と思ったのもつかの間。しばらくして、「マダム、実は僕、18時にヌイイー・シュル・セーヌ(お金持ちの住むパリ郊外)でお客さんと約束があるんです。空港まで送らないといけないんですよ。」時、すでに17時半近く。「今から18区までは遠過ぎるから、バスティーユ広場で他のタクシーに乗り換えてくれませんか?」とおっしゃる。
そんな、じゃあなぜさっきリヨン駅に並んだの?重いキャリーケース2つの私はなるべく乗り降りしたくないのに。「普通お客さんはシャンゼリゼ方面にと頼むことが多いのに、モンマルトルとは想定外。ヌイイーとは全然方向違うし。」そりゃあ、シャンゼリゼならヌイイーに行く途中だけど、タクシーが駅前に並んだ以上、お客がそう上手く自分の希望する地域に行くと思うなんて、おかしくないですか?と、文句は言ったものの、車の中でイヤな展開になってもまずいし。。
かくてバスティーユで降ろされた私はそれでも約10ユーロを請求され、広場で客待ちをしていたタクシーに乗り換えた。今度は強面のドライバーさん、リヨン駅で乗ったのにここで降ろされ、運賃も払ったとなげく私に同情して親切で、荷物代もおまけしてくれたから、救われた思いです。
無事ホテルに到着し、夕飯はいつもの中華テイクアウトへ。私の担当の女性はテキパキとチャーハンを温め、野菜炒めとエビ巻きなどを用意している間、先に会計を済まして待っていること5分。会計の若い中国女性が、私の前のフランス女性に結構大きな袋を渡して、メルシーと言って見送ったので、その女性が注文した量にしては袋が大きいなと思ってたら、案の定、私の注文担当の女性が「違う、あの袋はこの人のよ!」らしき中国語を叫んで、くだんのフランス女性を追いかけ、店を飛び出して行きました。
けれど、なかなか戻らない。お腹をすかした私が途方に暮れているところへ、やっと、でも手ぶらで帰って来た担当の女性。あいにくフランス女性はどこかに消えてしまったらしく、「すみません、もう一度用意しますから」と言って、私の分を再度取り分け、チンしてから渡してくれました。しかし、手早くすませたいテイクアウトだったのに、30分近くお店にいるはめに。
間違って私の注文品を渡されたフランス女性は少ししか頼まなかったわけだから、大きな袋をもらって変だなと感じたはずなのに、ラッキーと思って素早く帰ってしまったのでしょうか?
パリに戻った途端、次々トラブルにあうなんて、ついてない、と思っていると、翌日はモノプリで万引きを目撃。カンヌで主演男優賞を獲得したヴァンサン・ランドンの話題のドキュメンタリー風フィクションでは、大型スーパーでの万引きを監視する様子がつぶさに描写されているのですが。。

フランソワ1世が気に入っていたお城の一つアンボワーズ城は、ルネッサンス期に何人もの王族を迎えてその最盛期を迎えます。
城館向かいのチャペル、聖ユベール礼拝堂にはレオナルド・ダ・ヴィンチがお墓が。ダ・ヴィンチが与えられた住まいは、アンボワーズ城近くのル・クロ・リュセです。
フランソワ1世の孫の時代に、城内でプロテスタント信者がたくさん殺されてしまった事件があったため、アンボワーズは血塗られた城というイメージが拭えませんが、町は中世の残り香が濃くて、なかなか素敵でした。
ランジェ城でアンヌ・ド・ブルターニュと半ば強引に結婚したシャルル8世は、このアンボワーズで生まれ、同じ城で亡くなった珍しい王様です。イタリア遠征でイタリア文化に影響を受けたシャルル8世は、この城にイタリアから多くの文化人を呼び寄せたとか。同じくイタリア文化に魅せられたフランソワ1世の先駆者だったと言えるかも知れません。
けれど、シャルル8世は一番おばかな死に方をしたフランス王として紹介されることが多い不名誉な王様。アンボワーズの地下で当時の人気スポーツ、ジュー・ド・ポーム(テニスの前身と言われる)を楽しんだ際、ひどく気がせったシャルル8世は、うっかり地下の低い門に頭を強打してしまい、死の床に。あえなく、28歳の生涯を終えます。
ブルターニュ公女アンヌを自分の婚約者の父親マクシミリアン1世と離婚させ、自分はその娘と婚約解消して、アンヌ・ド・ブルターニュと結婚した報いだったのでしょうか?
夫婦仲は良かったというシャルル8世とアンヌとの間には嫡子が育たなかったため、アンヌは亡き夫の従兄弟ルイ12世と再婚。ルイ12世はシャルル8世の姉で足にハンディキャップのあるジャンヌという王妃がいたのに、結婚20年余りにしてジャンヌの身体的問題で夫婦関係はなかったとローマ教皇に申し立ててなんとか結婚無効を取り付け、晴れてアンヌと結婚するのでした。
行き方:トウールからの路線バスが一番安い。国鉄アンボワーズ駅からは約1㎞。

10世紀末から英国プランタジネット家が統治していたランジェですが、1206年にフィリップ2世(尊厳王)がフランス領として取り戻しました。
現在のランジェ城は1465年にルイ11世によって建設されたもの。中世後期からルネッサンスに至る時代の変わり目を代表する城として、地元でも人気の高い古城の一つです。
このお城は、1491年にフランス国王シャルル8世とブルターニュ公国の王女で14歳の女相続人アンヌとの婚礼があげられたことで知られます。シャルル8世は宮廷に人質同然に連れてこられ養育されていたブルターニュのマリー・ド・ブルゴーニュと婚約していましたが、それを破棄して強引にアンヌとの婚礼を進めます。豊かなブルターニュ公国は周囲の国から狙われていて、ここを併合するのはフランス王家の大いなる野望の一つでした。
アンヌも幼いマリー・ド・ブルゴーニュの父親でローマ王のマキシミリアン1世の《結婚》していましたが、まだ相手に会ったこともなかったために結婚は解消され、シャルル8世と結婚することを承諾。ランジェ城での婚礼では、もしもシャルル8世が嫡子がないまま亡くなったら、アンヌは次のフランス王と再婚するべし、という前代未聞の条項にサインがなされます。
戦争の多い時代とはいえ、まだ21歳だったシャルル8世にはあまり現実感のない条項だったかも知れませんが、7年後、シャルル8世はアンボワーズ城地下の低い門に頭をぶつけて世を去ります。
シャルル8世とアンヌの子供たちは皆夭逝していたため、アンヌはシャルル8世のいとこにあたるルイ12世と再婚することに。 しかし、このルイ12世にも既に20年間も結婚していた王妃ジャンヌがいたのでした。
行き方:国鉄ランジェ駅から徒歩。トウールからミニバスツアーもあり。

16世紀初めに建てられたシュヴェルニー城は今もユロー家の侯爵一家が住む私邸ですが、戦前から一般公開されていて、見学できる部分の保存状態が良いことで知られます。ユロー家は代々、フランス王の財政担当官を務めたため、館に王族を迎える機会も少なくなかったらしく、ヴァロワ朝後期からブルボン王朝の名残がいろいろ残されていて、思ったよりずっと見ごたえのある城でした。
この白亜の城館は17世紀のルイ13世時代に建築されたもので、大サロンには王と妃でルイ14世の母親アンヌ・ドートリッシュ、王弟ガストン・ドルレアンとその娘モンパンシエ嬢の肖像画が飾られています。回廊にはルイ16世の立派な肖像画があり、奥の間にはマリーアントワネットに気に入られたユベール・ロベールの風景画も。
ルイ13世の父王アンリ4世が利用した荘厳な寝室も保存状態が良くて、17世紀初めのまま時が止まったようでした。
庭のオランジェリー(オレンジの木の温室)は、第二次大戦中にドイツ軍の爆撃が激しくなって来た際に、ルーブル美術館などの大事な作品を避難させた場所だとか。絵画の避難については、谷口ジローのコミック「
千年の翼、百年の夢 」でも紹介されています。(オールカラーの豪華版がオススメ)
シュヴェルニーはタンタンのムーランサール城のモデルにもなったため、庭内にはタンタンの結構凝った展示室も設けられています。
そして、その奥には100匹を超える猟犬フレンチ・トリコロールの犬舎が。日向ぼっこする大量のワンちゃんは見学者たちに大人気でした。
行き方:シーズン中は水曜と週末にブロワから巡回バスあり。トウールからミニバスツアーも出ています。

今日は快晴、予報では25℃になるというけど、午前中は涼しいので私の格好はユニクロの七分袖Tシャツにカーディガン、首にはスカーフも。
シュヴェルニーとボールガール城に行くため、ブロワから出ている周遊バスに乗車。最初の停車地シャンボール城前で大半の人が降りた後、派手な花柄サンドレスのマダムがドライバーに向かって騒ぎ出しました。「寒いのよ、なんとかならない?寒くてしょうがないわ!」「窓を閉めればいいんですよ」とドライバー。
バスはリムジンのような長距離用で、大きな窓は開かず、上部の細い窓ガラス部分が斜めに開閉できるのみ。なのにそれさえほとんど開いていないから、閉める余地はないに等しいのに、肩ひもだけのサンドレスマダムは私に向かっても「空気がひやっとするでしょ?第一、汚染された空気が入ってくるのがイヤだわ」とおっしゃる。「そういう格好されてるからじゃないですか?」と失礼なこと言った私に「25℃になるって言ってたもの。だいたい、汚染された空気や塵が入ってくるのがイヤなのよ!」汚れた空気と言われても、パリやリヨン(大気汚染が有名)ならいざ知らず、ここはロワールの牧草地。見渡す限り、緑の野原と林しか見えません。
ドライバーのお兄さんはできた人だったので、マダムをなだめるためにバス中の全ての窓を確認、上部が少しでも開いていると閉めて回ってます。
そうしているうち、シャンボール観光を終えた中国系の観光客が続々とバスに乗り込んで来て、ようやく落ち着いたマダム、気がつけばちゃんとカーディガンをバッグと一緒に持ってるじゃないですか。寒い!って騒ぐ前にカーディガンを羽織ってよ。
まもなく、バスはシュベルニーに到着。さして期待していなかったお城ですが、なかなか見ごたえがありました。
トウールに戻ってきたら、前を歩く男性がジロジロ見るのでイヤな予感。足を速めて追い越したら案の定話しかけられた。ボソボソと「中国式マッサージのお店知りませんか?」だって。まあ中国式マッサージって2種類あるからどちらか知らないけど、せっかくお城を回って良い気分だったのに、いっきに興ざめした日曜の夕暮れです。
画像はシュヴェルニーの村

パリのマドレーヌ寺院の地下にある食堂は、登録するとランチを8.50ユーロで楽しめるという大変ありがたいサービスを提供していて、いつも賑わっています。ハイカラなこの界隈では破格のお値段で、一応アントレとメイン、デザートが選べる、というのがミソ。内容とお味は学食に近いとはいえ、教会ボランティアと思われるスタッフの感じ良さも人気の秘密かも。
その登録カードの期限がもうすぐ切れることに気がついて、冷たい雨の中、久しぶりに行ってみました。
その日のメインは、タルタルステーキかグラタン。そもそも、四つ脚動物はあまり食べない今日この頃なのに、何を血迷ったかついタルタルステーキを注文。スタッフのマダムが心配そうに私の顔を覗き込んで「生ですけど?」と言うのに、「まあ挑戦してみます」と返した私。生肉でも本当に大丈夫だろうか?
いやいや、確か昔学食でタルタルステーキを食した時は表面を焼いてあった。要はハンバーグの中身が生ぽいイメージだったし、たまには保守的な食生活から脱してみよう、と本気で思った時、登場したのは、スーパーで売っている挽きたてのひき肉そのもの、でした。
生ハンバーグなら玉ねぎやパン粉が入っているはずだが、そんな様子もなく、恐る恐る口にすると冷たい。えらく冷たい。うーむ。
そこへ、知的な印象の紳士が来て私の向かいに座り、同じものを注文。運ばれてきた皿のひき肉を付け合わせのソースとぐちゃぐちゃに混ぜて、パスタソースさながらにしてから、あっという間に平らげた。
ああ、ソースとしっかり混ぜればひき肉っぽさが消えるのね。でも、やはり私の一番の心配は食中毒なのです。確かユッケは日本で禁止になったはず。もう既に一口食べちゃったけど、このあとお腹を抱えてのたうちまわったらどうしよう?万が一O157とかが付いていたら命だって危ないかも知れない。なにせ私にはナマ肉に免疫がないのだから。
くだんの紳士が途方に暮れている私に哀れみの目を向けているので、「牛の生肉って本当に健康上問題ないんでしょうか?」と聞いてみました。「はあ、と言うと?』「つまり、その寄生虫とか何か、、」と私の失礼な質問ににやっとして、「フランスではちゃんと基準が守られているから全然大丈夫」とのお答え。スタッフのマダムは一言も「だから言ったでしょう」的なことは言わないできた人で、私に同情して「野菜を足してあげるわ」と付け合わせの野菜チーズ炒めを足してくれました。
「頼む前にに周りで食べてる人の皿をチェックしなきゃ」と紳士からはごもっともなアドヴァイスを頂き、泣く泣くタルタルステーキは諦め、デザートのチョコタルトでなんとかお腹をくちくした次第です。
結局生肉はわずかしか食べなかったにもかかわらず、しばらくお腹が消化にとまどっていたのは明らかですが、腹痛もなく無事に翌朝を迎えることができて本当に良かった。
しかし、このタルタルがもし、マグロのひき肉だからわさびと醤油でどうぞと出されたら、難なく食べていたかも知れません。
高級プレタポルテに縁のない私にはせいぜい化粧品と香水でお馴染みという程度のイヴ・サンローラン、デザイナー自身の実像は殆ど知りませんでした。しかし、2008年のサンローランの死後、ピエール・ベルジェがフランスメディアに登場しなかった月はないほどで、二人がいかにフランスで存在感のあるカップルだったかは推して知るべし。激動のファッション界の第一人者として生き抜いた二人の栄光と葛藤を描いたこの作品はとても興味深く感動的でもあります。
アルジェリア戦争真っ只中、21歳のサンローラン(ピエール・エネ)は急逝したクリスチャン・ディオールの後継デザイナーに指名されます。周囲の嫉妬やいぶかいの目をよそに、サンローランの初コレクションは大成功。画家ベルナール・ビュッフェの愛人だったピエール・ベルジェはサンローランの才能に感服し、その内気で繊細な姿に惚れ込みます。ビュッフェと別れたベルジェはサンローランと暮らし始め、服作り以外は子供のように世間知らずのサンローランを公私ともに支えます。
両親がアルジェリアに残っているのに兵役で招集されたサンローランは精神を病んで病院へ。ディオール社は彼をクビにします。
憤慨したベルジェとサンローランは独自のメゾンを立ち上げることを決意、モデルのヴィクトワール(シャルロット・ル=ボン)の協力もあって、1961年、二人はイヴ・サン=ローラン社を創立。オート・クチュールから大量生産のプレタポルテが主流になって行く過渡期に、サンローランはまさに身を削ってエレガントで斬新なモードを作り出して行きます。
実務的には無能に近いサンローランに代わって、経営や営業などのビジネス面やメディア対応は全てベルジェが引き受け、デリケートなサンローランが服作りに専念できるよう必死で彼を守ります。しかし、自分の才能だけを頼りに次々に新しいデザインを発表しなければいけないサンローランはプレッシャーとストレスに押しつぶされ、次第に酒に飲まれ、薬に手を出し、刹那的な快楽に身を任せるように。
そんなサンローランに手を焼くベルジェは、カール・ラガーフィールドの愛人ジャックとの愛欲に溺れるサンローランから、ジャックの美点と彼を愛しているんだと聞かされます。「でも、生涯の男は君一人だよ」の一言に、やはりサンローランを守り抜く決意を新たにしたベルジェ。ジャックにサンローランと手を切るように諭します。
ベルジェは、ジャックに去られて荒れるサンローランをまるで父親のように受け止めるのでした。
画面を彩るサンローランのコレクションの数々は、ピエール・ベルジェ=イヴ・サンローラン協会が貸し出した本物の衣装を使用。ピエール・ベルジェの全面的な協力で制作された作品だけあって、あくまでもベルジュの視線で描かれてはいますが、50年間に渡るベルジェの父性愛にも通ずるサンローランへの愛情には感動を覚えずにいられません。
コメディ・フランセーズから参加した主演のピエール・エネの演技を観た時、あまりに若き日のサンローランに似ていたために思わず涙したというベルジェ。
いかにサンローランが類いまれな才能に恵まれていたにしても、ベルジェの深く大きな愛情とビジネスの才覚あってこその成功だったことは疑う余地がないでしょう。
フランスでは今週、イケメン俳優ギャスパー・ウリエルがサンローランに、ジェレミー・レニエがピエール・ベルジュに扮した「サンローラン」が封切られ、前評判も上々なので、こちらも是非日本公開を期待したいですね。
ちなみに画家のビュッフェは、ベルジェと別れた後、歌手で作家の奔放な女性アナベルに一目惚れ。結婚後は彼女の絵を描きまくっています。
イヴ・サンローラン公式サイト:http://ysl-movie.jp
久々のブログ復帰です。今年、これまでに観たフランス映画の中でピカイチだった「グレートデイズ!夢に挑んだ父と子」。(まるでドキュメンタリーのような邦題なのは、ニルス・タベルニエ監督がバレエ・ダンサーの記録「エトワール」をはじめ、主にドキュメンタリー作品を手がけて来たから?)今回は主演の車椅子の青年にフランス中の障がい者施設をまわって見つけたというファビアン・エローを起用。脳障がいを持つというファビアンですが、笑顔も感情表現も素晴らしく、父親役のジャック・ギャンブランとまるで本当の親子のよう。意志の強いジュリアンの成長の物語であると同時に、人生に疲れていた父ポールが自信や愛を取り戻す物語でもあるのがこの作品をより深みあるものにしています。
アルプスのロープウェイ修理技師ポールが仕事をクビになって妻子の暮らす山荘に戻って来ます。けれどポールは、父親の帰宅を楽しみにしていた17歳のジュリアンには目もくれず、美容師の妻クレール(アレクサンドラ・ラミー)ともまともに向かい合おうとしません。
夫の留守を守り、車椅子の息子を支えて来たクレールは、ポールの態度に不満炸裂。息子が誕生した時はとても喜んだポールでしたが、その子が歩けないと知った日からその現実を受け入れられず、全てを妻に任せて仕事に逃げて来たのです。
一方、何とか父親の気を引きたいジュリアンは、昔ポールが数々の大会に出場したスポーツマンで、トライアスロンの鉄人レースにも参加していたことを知り、夢を膨らませます。父と組んで一緒にアイアンマンレースに挑戦したい!両親の説得を試みますが、即座に大反対されてしまいます。
息子の提案を全く相手にしなかったポールですが、ついに頑固で熱心な息子に根負け。二人乗り自転車でレースの練習を開始します。お陰で父子の距離はこれまでになく縮まりますが、肝心のニースのアイアンマンレース審査会はジュリアンのハンディキャップを理由に父子のエントリーを却下。過酷なアイアンマンレースに参加を拒否され、ポールはむしろほっとするのですが。。
タベルニエ監督は、アメリカの退役軍人の男性が脳障がいを持つ車椅子の息子と共に数々のマラソン大会やトライアスロンに出場し、アイアンマンレースも何度か完走したという実話にヒントを得てこの映画を製作。息子を乗せたボートをロープで結びつけて地中海を泳ぎ、更に猛暑の中を自転車で山越えするという想像を絶する過酷なレースに向けて、親子が初めて真剣に向き合い、難関に挑むことで絆を深めて行く。崩壊寸前だった家庭も二人の挑戦を応援し協力することでまた一つになり、再生するという過程が無理なく描かれていて、観客も明るい希望とパワーが貰えます。
難しい気質で頑固なジュリアンに振り回されたけれど、だからこそ今の自分があるという、ジュリアンの姉が弟の誕生日ディナーの時に読み上げる手紙も感動的。
アルプスのふもと、アヌシー地方の山村の映像も目にしみるような緑が美しいし、後半のニースのシーンもかなり美化されていて嬉しくなりました。
アイアンマンレースはフランスが公式ヴァカンスに入った6月末に開催されます。我こそはという方は是非2015年の大会に挑戦あれ。参加申し込みは以下のサイトから。http://www.ironman.com/fr-fr/triathlon/events/emea/ironman/france-nice.aspx#axzz3DCmg2kL3
「グレートデイズ」公式サイト:http://greatdays.gaga.ne.jp/
去年のカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した「アデル、ブルーは熱い色」。アブデラティフ・ケシシュ監督だけでなく、主演の二人の女優:レア・セドウとアデル・エグザルコプロスも共に表彰されて話題になりました。メディアが諸手を挙げて絶賛したこの映画、原作はフランスで人気のコミックです。物語は「17歳」と同じく、高校生のアデルの性の目覚めから始まりますが、こちらは女性同士の純愛ストーリー。カンヌで審査委員長を務めたスティーブン・スピルバーグは、「今世間を賑わしている空気は関係ないよ、僕たちは彼女達の愛の物語に心打たれたんだ」とこの映画を讃えましたが、そこは政治色や社会問題が焦点となるカンヌ、とても言葉通りには受け取れません。メディア票は満場一致でも、観客の感想は真っ二つに分かれた作品です。
舞台はベルギー国境に近い街リール。映画はドキュメンタリー風に高校生アデル(アデル・エグザルコプロス)の日常を描きます。上級生の男の子と親しくなり、ベッドを共にするものの何かもの足りず満たされないアデル。
「17歳」で高校生に朗読させるのはランボーの詩ですが、ここでは伯爵夫人のアバンチュールを描いたマリヴォーの古典「マリアンヌの生涯」が登場して、思春期の恋愛感情を触発します。(原題はこの作品タイトルにかけています。)
ある日、偶然出会った美大生エマ(レア・セドウ)に強く惹かれ、二人はたちまち恋仲に。アートの世界に通じる大人びたエマに夢中になったアデルは、肉体的にも彼女にのめり込みます。長々と実写で繰り返される二人のベッドシーンのそれは濃厚でエロティックなこと。
芸術家の卵仲間に囲まれ、画家として自立する道を探るエマに対して、文学少女で家庭的なアデルは大学を出て幼稚園の先生に。アデルの両親にとって同性愛は別世界のお話。人生に大切なのは確実に食べて行ける職につくことという典型的な保守派ですが、エマの実家はリベラルでレズビアンの娘を温かく見守り、アートに囲まれた暮らしを楽しんでいる様子。
それぞれ典型的なフランスの家庭ですが、トマトソースにまみれたスパゲッティ・ボローネーゼがアデルの育った家庭の象徴で、エマの家では食感がエロティックと言われる生牡蠣が並びます。どちらも月並みな人気料理だけど、この両者に二人の生い立ちや感性の違いを反映させているところがミソ。
教養あるアーティストの世界にいるエマは、アデルに文学の世界を広げることを望み、自分のために家事や料理にいそしむアデルが次第に物足りなくなります。あれほど親密だった関係に隙間風が吹き始め、アデルは寂しさに負けて男性の同僚との火遊びに走ります。
それに気づいたエマは、唐突にきっぱりとアデルを自分の住まいから追い出すのでした。
互いに一目惚れで始まった大恋愛のときめきから終焉までの数年間を頻繁な表情のアップによる心理描写とリアルなベッドシーンで描いたこの映画、二人の間に通った愛情は心打つものがあるにせよ、3時間は長過ぎる。二人が同性愛であること以外はよくある恋愛の顛末で、それ以上の深みが感じられません。
ではなぜパルムドールを獲得したか?折しもちょうど一年前のフランスでは同性愛者同士の結婚が国会で承認されたばかり。パリや大都市ならゲイカップルが珍しくないお国柄なのに、この結婚法案に対する保守派の国民の抵抗はあっけに取られるほど強く、連日のようにあちこちで過激な反対デモが行われていました。
隣のイギリスでは同性愛結婚がすんなり公式に認められたのに、なぜフランスでこんなにも反対が強いのか?普段は隠れている保守的な農業国の伝統が思いっきり顔を出したことに戸惑う人々も多かったようです。なので、スピルバーグ審査員長がどう言おうと、この映画の受賞には明らかなメッセージ性を感ぜずにはいられません。
個人的には、同性である女性に対してここまで強い恋愛感情と欲望を抱けることに軽いめまいを覚えました。映画で男性ゲイカップルのベッドシーンを観てもこうした違和感を感じないのは、やはり自分が女性だからなのでしょうね。
公式サイト:http://adele-blue.com
「危険なプロット」に次ぐフランソワ・オゾン監督の話題作「17歳」。確たる理由もなく売春に走る女子高生の話は、思春期の不安定さよりも、頭が良くメランコリックなヒロインの本人も説明のつかない心の闇が印象に残った作品でした。主演のマリーヌ・ヴァクトの妖艶な美しさは特筆すべきで、原題の《jeune et jolie(若くてきれい、あるいはかわいい)》が皮肉に聴こえるくらい。jeune et jolieなんて、フランスではたいていの若い女性や若く見える女性に使われる形容詞ですが、ものうげな表情が似合う23歳のマリーヌ・ヴァクトは belle、あやしいまでに美しく、まさに dame de beauté(美貌の女性)。
フランスではリアリティに欠ける信じられない話と言う感想が目立ったのも、彼女の美しさがヒロインの行動の唐突さや不透明さをより非現実的に見せているからではないでしょうか?あえて現実味を薄くしたのはオゾン監督の作戦かも知れませんが。
思春期の揺れる心理というよりも、かの東電OL事件を彷彿させるヒロインの心の闇と社会の隠れたひずみが印象的な映画です。
インテリの母親(ジェラルディーヌ・ペラス)義理の父親(フレデリック・ピエロ)、そして弟と暮らすイザベルはカルチェ・ラタンにある名門校に通う17歳。家族で夏のヴァカンスを過ごす海辺でナンパされたドイツ青年と初体験を経験し、何の未練もなくパリに戻って新学期を迎えますが、同時にネット上に自らのセクシーな写真を載せて、客を募ります。
普通の女子高生と放課後の売春という二足のわらじを履くイザベル。ある日、いつもの高級ホテルで常連の年配客ジョルジュ(ヨハン・レイセン)と会っていると、《お仕事中》に相手が心臓発作で急逝してしまいます。急いでその場を去るイザベルでしたが、これをきっかけに彼女の行動が両親に知られ、母親は半狂乱に。イザベルは精神分析医の元に通わされます。彼女は少しづつ自分の行動について精神科医に語り始めるのですが。
途中、イザベルの高校の同級生達によるアルチュール・ランボーの詩「物語 Roman」の朗読が入りますが、これがとても良い。際立って早熟だった詩人の青春にヒロインの不可解な振る舞いを重ねていて効果的です。
「 性に目覚めた思春期の向こう見ずな行動」という解釈は私にはあまりピンと来なくて、東電OL事件との共通性が強く感じられた作品ですが、映画としてはかなり面白く鑑賞できました。
イザベルの行動に一番理解を示したのは、馴染み客だったジョルジュの妻アリス(シャーロット・ランプリング)だったというのもオゾン監督らしい皮肉な、あるいはむしろ粋な演出と言えるのかも知れません。
「17歳」公式サイト:http://www.17-movie.jp
ランボーの詩:http://poetes.com/rimbaud/roman.htm
心身ともに絶不調で何もする気になれない毎日。引きこもっていてはいけないよと友達が誘ってくれたのが「はじまりは5つ星ホテルから」。ちょっと身につまされるイタリア映画です。欧州を中心に格式高い5つ星ホテルでの撮影が売りの映画ですが、意外に地味なお話でした。申し分ない仕事に生き甲斐を感じている独身女性が、家庭を築いている妹や、築こうとしている元カレに揺さぶられ、自分の孤独と向き合って人生を見直す、というさして目新しくないテーマをありがちな安易なラストに持って行かなかった点により現実感が感じられ、好感の持てる作品です。
イレーネ(マルゲリータ・ブイ)は高級ホテルのベテラン覆面調査員。パリを初め、ある時はトスカーナ地方、その次はマラケシュと出張して一流ホテルに体験宿泊してはミシュランの格付け調査員よろしく、ホテルの星の数がサービスに見合っているかどうかをチェックします。
仕事に生き甲斐を感じるイレーネですが、かつて結婚まで考えた元カレのアンドレア(ステファノ・アコルシ)から新しい恋人が早くも妊娠したと聞かされ、動揺を隠せません。
一方、夫と二人の娘がいるイレーネの妹シルヴィア(ファブリツィア・サッキ)は、独身の姉の行く末が気がかり。姪っ子達はかわいいけれど、今の自由を手放してまで子供がほしいとは思わないイレーネは、ことあるごとにシルヴィアとぶつかりがちです。
ある日、ベルリンの一流ホテルでイギリス人の人類学者ケイト(レスリー・マンヴィル)と意気投合したイレーネ、自立したケイトの独特な発想にすっかり共感しますが、ケイトの急逝により激しく落込むことに。身寄りのないおひとりさまの老後を意識せずにはいられません。
イタリアに帰ったイレーネは、アンドレアに不安をぶつけますが。。
保守的なイタリアでは、かなりの高学歴でもキャリアを積んで行く女性は少数派。そもそも女性の就労率がヨーロッパの中では抜群に低いため、イレーネや音楽家の妹は恵まれている存在でしょう。
そのわりにイレーネの私生活は地味で、同業の夫と二人の子供という正統派の家庭を持つシルヴィアにしても夫婦間にはセックスレスの問題が横たわっています。
別々の生き方を選んだイレーネとシルヴィアは互いに相手が少し羨ましく、ちょっと疎ましく、それでも愛しいかけがいのない姉妹。それぞれの問題を抱えながら、より良き明日を信じて前に進もうとする姿に勇気を貰いました。
ちなみに魅力的なステファノ・アコルシ、フランスのトップモデルで女優のレティシア・カスタとの間に二人の子供がいてお似合いの美男美女カップルと思っていたら、いつの間にか別れていて、今は20歳も年下の女優さんがパートナーなのだそうです。
「はじまりは5つ星ホテルから」公式サイト:http://www.alcine-terran.com/fivestar/
「ミステリーズ・運命のリスボン」のラウル・ルイス監督の遺したプロジェクトを、長年のパートナー:ヴァレリア・サルミエントが完成させた「皇帝と公爵」。名匠ルイス監督にゆかりのあるフランスの俳優陣が参加している歴史絵巻と聞き、公開を楽しみにしていました。今回も舞台はポルトガル。1810年、ナポレオンからポルトガル征服を命じられたマセナ元帥(メルヴィル・プポー)は、大軍を率いてブサコを目指します。既にポルトガル国王はブラジルに避難していて、フランス軍の進軍を迎え撃つのはウェリントン公爵(ジョン・マルコヴィッチ)率いる英国軍でした。(イギリスは対フランス同盟軍に加わっていて、当時商業的に利用していたポルトガルを守るため)
マセナ元帥率いるフランス軍は圧倒的な数の力で進軍。素行が悪く、略奪や婦女暴行を躊躇わなかったためにポルトガル市民から憎まれ、ポルトガルの兵士達は必死の抵抗を試みます。
一方、ウェリントンはフランス軍との決戦を避けて撤退したと見せて、実際には防衛のためにリスボンの手前に広大な砦:要塞トレス線を建設させていました。
映画の中のウェリントンはゆうゆうと構え、ひたすら画家レヴェック(ヴァンサン・ペレーズ)に士気を鼓舞するための戦争絵画を描かせます。
ナポレオンにいたってはいっさい姿を見せません。
映画は、フランス軍の侵攻で傷つきながらも祖国を守るため、果敢に前線から離れまいとする兵士たちやその周りの女性達、砦建設に従事する若者、戦乱の巻き添えをくらう一般市民などなど、視点を主にポルトガル側に向けて、戦争の世の理不尽さをあぶり出します。ゴヤがナポレオンのスペイン侵略時について描いた絵をもじったシーンも。
ナポレオンの侵略命令のお陰で、いかにポルトガル市民や兵士が傷つき、悲喜劇に翻弄されたか、は丁寧に描かれているので、その意味で観て良かったと思います。
ただ、カトリーヌ・ドヌーヴ、ミシェル・ピコリ、イザベル・ユペールを初め、肝心のメルヴィル・プポーも152分中わずかに顔を出すだけなのは、何とも残念。せいぜいマチュー・アマルリックのマルボ男爵のナレーションが引き立つくらいで、ルイス監督へのオマージュのための友情出演とはいえ、そうそうたるフランス俳優陣がおまけのようなのはちょっと肩すかしです。
重点的に描かれたポルトガル側の俳優がみんな良い味を出しているのだから、世界的に名の売れた俳優達をわざわぜちょい役に使わなければ、もっと印象に残る映画になったのではないでしょうか?
ちなみにフランスメディアはこぞって好評価、でも観客評はイマイチでした。
ナポレオンにその手腕を買われたマセナはニース出身。軍師としては優秀でしたが、粗暴で女好き、このブサコの戦いにも愛人ユサルド(キアラ・マストロヤンニ)を男装させて同行したほど。ニースの中心、あのマセナ広場はこの人の名前を冠しているそうです。
ジョゼッペ・トルナトーレの映画にはずれはないよねと気合いを入れて観に行った「鑑定士と顔のない依頼人」。《極上のミステリー》かどうかはわからないけれど、確かに「英国王のスピーチ」のジェフリー・ラッシュがすごい。何一つ見逃さないぞと最後まで緊張してスクリーンを見つめましたが、あまり意味はなかったような。超一流の絵画鑑定士ヴァージル(ジェフリー・ラッシュ)は、世界中のオークションで引く手あまた。潔癖性で人間嫌いの彼は、一方で長年の相棒ビリー(ドナルド・サザーランド)と組み、八百長スレスレな方法で名だたる名画を自分の秘密のコレクションに加えています。
多忙な日々を送る中、両親の遺した美術品を売りたいという若い女性から鑑定を依頼され、古い屋敷に赴くヴァージル。しかし、依頼人クレア(シルヴィア・ホークス)は、思春期のある事件をきっかけに広場恐怖症になって以来、引きこもり状態で、殆どいっさい人との対面を拒絶。ヴァージルは声だけで姿を現さない彼女に翻弄されます。
ある日、ついにクレアの姿を垣間見たヴァージルはその外見に魅了され、何とか彼女を普通の暮らしに戻したいと尽力します。息子のような歳の美術品修復家ロバート(ジム・スタージェス)にその経過を逐一報告。これまで女性と交際した経験のないヴァージルは、ロバートのアドヴァイスに従ってクレアと信頼関係を築き、親密な関係に進むべく情熱を傾けるのですが、、
年末に沢木耕太郎氏が「今年の一作」とも言うべき作品かも知れないと書いていたので、うーむ?と思いましたが、こう言っている男性は多いですね。もしかして、この映画は男性と女性で感想に結構差があるかも知れません。
ある種のサスペンスとしてはかなり面白いけれど、ミステリーとしては背景に深みが足りないと感じましたが、沢木氏も結論で書いていたように、私もこの映画は一種のハッピーエンドに違いないという印象です。代償は大きかったにせよ、私生活はいたって単調だった主人公がこれまで知らなかった世界を知り、ドラスティックな体験したわけだから。だからこそ、ヴァージルはプラハを訪れたのではないかと思うのです。
ミステリー仕立ては監督の遊び心、ジョゼッペ・トルナトーレはここでも人間の本質を浮き彫りにしています。
2014年が皆さまにとって、健やかで実り多い一年となりますように。
遅ればせながら昨年観た映画を振り返り、独断と偏見に満ちた2013年ベスト5を選んでみました。
昨年は全然映画を観に行けなかった月もあるため、映画館で観た作品は合計25本。
まず5位は「クロワッサンで朝食を」かな。中年女性が一人異国で働くことの難しさや、十分な遺産があっても異国で老いる老婦人の孤独に、エッフェル塔の佇まいが冷たく迫って来るような映画でした。
4位はベン・アフレック監督・制作・主演の「アルゴ」(正確には2012年秋公開映画)。1979年、イラン革命が激化するテヘランで、アメリカ大使館が過激派によって占拠され、52人が人質に。混乱の最中、どさくさに紛れて逃げ出したアメリカ人6人がカナダ大使の自宅にかくまってもらいます。しかし、イラン側の執拗な捜査の手が迫ったため、CIAが救出作戦を練るのですが、担当者トニー・メンデスのあまりに奇抜な脱出作戦に6人は疑心暗鬼となり。。。
ハリウッドで「アルゴ」という架空のSF映画を企画、6人をその撮影スタッフに偽装してイランから出国させようとするトニー・メンデスの冷静かつ人間的な人物像が実に魅力的。サスペンス劇としても一級で、結末がわかっていても、あまりのスリルに後半は心臓の動悸が止まりませんでした。
3位は18世紀のデンマーク王室を舞台にした「ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮」。精神を病んだ国王クリスチャン7世の元に嫁いだ英国王ジョージ3世の妹カロリーネ。王の侍医で親友ともみなされたドイツ人のストルーエンセと恋に落ち、子供を身ごもります。フランスの啓蒙主義に感化されたストルーエンセは、王の信頼を受けてデンマークの政治改革を進めて行きますが、貴族たち特権階級の反感を買い、王妃との不倫も明るみになって、反逆罪に問われ失脚。
薄幸の王妃カロリーネ・マティルダは、マリー・アントワネットとほぼ同世代です。デンマークでは有名な歴史的事実を新たな解釈で映画化したというこの作品、非常に見応えがありました。
2位は「最後のマイウェイ」。究極のエゴイスト的な面もあるけれど、類いまれな才能に恵まれ、ジョニー・アリデイに追いつけ追い越せの勢いで自身の実力を頼りに上り詰めて行ったクロード・フランソワへのオマージュです。
迷った挙げ句の1位は「ライフ・オブ・パイ 虎と漂流した227日」。ブッカー賞を受賞したベストセラーをアン・リー監督が映画化。3Dで見応え十分の海洋アバンチュールであり、同時に哲学的示唆に富んだ作品。奇想天外なストーリーに加えて、ラストの衝撃は「鑑定士と顔のない依頼人」どころではありませんでした。インドから家族で乗りこんだ北米行きの貨物船が遭難、一匹のトラと救命ボートで漂流することになった少年パイ。動物園を経営する父親が一家でカナダ移住を決め、動物たちも一緒に貨物船に乗せてインドを出航したものの、大嵐に遭遇して船が沈没。必死で救命ボートに飛び乗ったパイは、そこに体重200キロ強のベンガルトラが潜んでいるのに気づいて驚愕します。
かくて、パイと猛獣を乗せた救命ボートは太平洋上を漂い、227日に渡る壮絶なサイバイバルゲームが繰り広げられるのですが、、
今年も新春から話題の映画が続々公開されるので、大いに期待しています。
本年もどうぞよろしくお願い致します。
家族や医師の立ち会いによる尊厳死が法律で禁じられているフランスでは、高齢者や重い病気に苦しむ人の自殺が増加しています。そうした背景のもと、尊厳死が認められているスイスでの《身終い》を選んだ、ごく普通の主婦とその息子との最後の数ヶ月を描いたこの映画は、当人の望む最期の迎え方について深く考えさせられる秀作です。威厳を持って自らの選択と対峙する母親の姿に強く揺さぶられました。レディースデイなのに映画館はガラガラでしたけど。
長距離トラックのドライバーだったアラン(ヴァンサン・ランドン)は、麻薬の密輸に手を出した罪で1年半の服役後、とりあえず母イヴェット(エレーヌ・ヴァンサン)の家に身を寄せます。
でも、厳格な母親は時に不肖の息子と激しくぶつかり、母子は互いの存在を疎ましく感じて苛立つ毎日です。
職探しがなかなかうまく行かず、アパート探しも頓挫するアランですが、ボーリング場で知り合った女性(エマニュエル・セニエ)と好い仲に。
イヴェットは転移性の腫瘍を患っていて、放射線治療に通っています。
ある日、アランはイヴェットがスイスの施設での尊厳死を希望していて《終活》を進めていることを知り、愕然となります。母の病気は知っていたものの、事態がそこまで深刻とは。しかも、母親が自殺幇助による安楽死を望んでいることは全くの想定外だったのです。
気難しい夫とあまり幸せとは言えない42年間を過ごしたイヴェットは、亡き夫にそっくりの振る舞いをするアランに愛情を示すことができず、前科持ちの負い目がある息子は、母の批判がましい態度に反発。二人の確執が痛々しいのに、イヴェットは余命が短いことを感じさせず、淡々と日常生活をこなす。その芯の強さが彼女の最後の選択につながるのですが、自分だったら、自分の家族だったらいったいどうするか、観る者は自問せずにいられません。
先月末、パリのサンジェルマン・デプレに近い4つ星ホテルで、86歳のインテリ夫婦が心中しているのが見つかり、フランス中に衝撃が走りました。遺書には家族宛ての他に行政に対して法律が薬による安楽死を禁止していることへの非難が。。
二人は手をつなぎ、ビニール袋をかぶっての窒息死を選択。食べることのないモーニングサービスを頼んでいて、ボーイさんによって発見されるよう、計画的にことを進めていました。
本人が納得した上でなるべく安らかな最期を迎えるために、尊厳死の権利については今後多くの国で議論をよぶことになるでしょう。
母の身終い:監督は「愛されるためにここにいる」のステファヌ・ブリゼ
公式サイト:http://www.hahanomijimai.com
ずっと気になっていた映画「ある愛へと続く旅」。ボスニア・ヘルツェゴビア戦争に翻弄されることになったイタリア人とアメリカ人夫婦のドラマは、《愛の深さ》よりもむしろ人間のエゴイズムとその結果がもたらした罪悪感の物語に感じられました。原作はセルジオ・カステリット監督の妻で脚本も担当したマルガレート・マッツアンティーニ。イタリアはもちろん、世界的に売れた本だそうです。恐らく小説の方は映画が描き切れなかった心理描写などが細やかで、もっと感動的なのではないでしょうか?
ローマで16歳の息子ピエトロ(ピエトロ・カステリット)と3人目の夫と暮らすジェンマ(ペネロペ・クルース)は、サラエボ留学時代の友人ゴイコ(アドナン・ハスコビッチ)に呼ばれ、息子を連れて16年ぶりにサラエボを再訪。謎の死を遂げた前夫ディエゴの写真展に向かいます。
80年代後半、イタリアのブルジョワ娘ジェンマはサラエボでゴイコの友達でアメリカ人のディエゴ(エミール・ハーシュ)と出会い、恋に落ちます。
その後、ローマで再会した二人はめでたく結婚。カメラマンとして活躍するディエゴと幸せな日々を送るジェンマでしたが、不妊症であることがわかり苦悩します。
是が非でも愛するディエゴの子供がほしいジェンマは代理母を探すことに。
不妊治療を受けるため政情不安なサラエボに戻った二人は、ゴイコに代理母志望の女性アスカを紹介されます。内戦で人工授精が難しくなったため、夫とアスカがベッドを共にするようお膳立てするジェンマでしたが、運命のその日からディエゴの様子に変化が。。
イタリア人以上に陽気でお気楽極楽な若者だったディエゴが、妻の子づくりへの執念に付き合う過程で変貌して行く様子は印象的でした。
アンジェリーナ・ジョリーの「最愛の大地」を観ていたお陰で、背景がよくわかって助かりました。ローマに戻ったディエゴが、パーティを楽しむイタリア人仲間と内戦に苦しむサラエボ市民との落差に後ろめたさを感じて、再びサラエボに旅立ったけれど、実はもっと重い罪悪感に苦しんでいた、というポイントが今ひとつぼやけて見えるのが惜しいです。
一方でジェンマの抱える後ろめたさは、はっきりくっきり描かれます。
内戦という民族のエゴに、お金で子供を得ようとする個人のエゴが重なった結果であっても、この世に生を得て大切に育くまれた命のまぶしさが、全てを水に流さんばかりの力を持つのだと、ピエトロ少年の澄んだ眼が力強く語っているよう。
それでも、私は複雑な思いでエンドロールを見送りました。
ある愛へと続く旅:公式サイト:http://www.aru-ai.com
玉手箱のようにアイデアを出しては個性的な映画製作に挑戦し続けるフランソワ・オゾン監督。フランスでは援助交際を扱った新作「17歳」が話題になったばかりですが、「危険なプロット」も面白い試みの映画でした。原作はスペインの舞台劇らしいですね。高校で国語を教えるジェルマン(ファブリス・ルキーニ)は、ギャラリーを主催する妻ジャンヌ(クリスチャン・スコット=トーマス)とDINKS夫婦。
自宅で宿題の作文を添削中、16歳のクロード(エルンスト・ウンハウワー)が書いた文章に興味を覚えます。それは、クロードがクラスメイトのラファエル宅で見たことを観察力鋭く綴ったものでした。
小説家志望だったジェルマンは、クロードの文才に感じ入り、放課後に個人指導することに。
ラファ(ラファエル)が苦手な数学を教えるという名目で、クラスメイト宅に入り浸るクロードは、倦怠感を漂わせる専業主婦の母親(エマニュエル・セニエ)に関心を向け、家庭内のことを詳細に書き綴ります。
毎回「つづく」で終わるクロードの作文は連続テレビ小説のよう。ラファの母親は息子が親友と慕うクロードの行動に覗き見的な匂いを嗅ぎ取り、自宅から遠ざけようとします。
想像力で作文を書き続けるよう助言するジェルマンにクロードは、「自分は相手の家の中で実際に観察しないと文章にすることはできない」と訴えます。
ラファの両親のプライバシーにまで踏み込んだクロードの作文にのめり込むあまり、ジェルマンは教師としての一線を超えてしまうのでした。
障害で寝たきりの父親と二人暮らしのクロードは、しゃれた一軒家に暮らすクラスメイトのノーマルな家庭に憧れて、ラファとスポーツマンの父親との友達同士のような関係を羨ましくも冷めた目で見つめ、母親には官能的な妄想を抱きます。
そのラファの母親は、稼ぎは良くとも俗物的な夫に関心は薄く、結婚で諦めた室内装飾家への夢がくすぶる毎日。
一生徒の指導に深入りする夫が逆に相手に踊らされているとジャルマンに忠告するジャンヌは、情熱を傾けた仕事を失いそうな危機に直面しているばかりか、現実と空想が入り混じるクロードの作文に自身の生活もかき乱されてゆくことに。。
大きな秘密が暴かれるような劇的な展開が待っているわけではないけれど、クロードの観察眼を通して、登場人物の立場の違いやそれぞれの抱える問題が浮き彫りになる過程が実にスリリング。
とりわけ、ジェルマンの迎える結末に、作家として創作の世界に生きたかった人のカタルシスを見て、オゾン監督の「これが僕に取ってのハッピーエンド」というコメントが理解できたように思えました。
来年2月に日本公開される「17歳」も待ち遠しいです。
危険なプロット:公式サイト:http://www.dangerousplot.com/
重く難しいテーマを可能な限り明るく理想的に料理した感じの映画「もう一人の息子」。根の深い民族対立とアイデンティティーの問題を扱いながら、これだけ希望的な展開に持って行ったロレーヌ・レヴィ監督の手腕はたいしたものです。例え現実は遥かに厳しいものであったとしても。テルアビブで幸せな毎日を送っていたフランス系イスラエル人一家。しかし、父(パスカル・エルベ)は国防軍大佐、母(エマニュエル・ドゥヴォス)は医師という恵まれた家庭で育った18歳のヨセフ(ジュール・シトリック)が、兵役検査の結果、両親の子ではあり得ないと判明したことで、一家は多いに揺さぶられます。
ヨセフの出生時、病院は湾岸戦争の爆撃で混乱していたため、別の赤ちゃんと取り違えられてしまい、しかも相手はイスラエル占領下の自治区に暮らすパレスチナ人一家でした。
ユダヤ教徒として宗教を強く意識しながら成長したヨセフは、分断された向こう側に暮らすパレスチナ人の子供だったと知って、これまで信じて来たものが全てひっくり返るという衝撃に苦しみます。
相手のパレスチナ一家も実の息子が自分たちの土地を奪い差別的な生活を強いている敵側でイスラエル人として育てられたことに大きなショックを受け、途方に暮れます。医学部を目指してパリにバカロレア留学させた自慢の次男ヤシン(マハディ・ザハビ)がユダヤ人の子だったとは。
とても容易には現実を受け入れられない父親同士に対して、母親たちは歩み寄りも早く、互いの息子の写真を見ただけで愛情が自然に湧いて来るほど。さすが生みの親です。
休暇で戻って来たヤシンは、人種の坩堝のパリの高校で教育を受けただけあって、ヨセフのようなアイデンティティーの喪失の危機を迎えることなく、むしろこの機会を利用して育ての両親に少しでも報いようとする余裕を見せます。このヤシンの明るさや積極性が事の重大さを和らげますが、反対にヤシンの兄は強烈な拒絶反応を示し、阻害された民族の抱えた苦悩と恨みの深さが否が応でも浮き彫りに。。
葛藤を経てヨセフとヤシンの間に芽生える友情や両家の交流は、まるで家族が2倍に増えたごとく。それぞれが民族間の憎悪を超えて行く人間ドラマは爽やかな余韻を残してくれます。
それにしても、神から与えられた土地と信じるイスラエル人側の街の繁栄と、対照的な先住のパレスチナ人自治区の暮らしぶりの格差が印象的でした。しかも、パレスチナ人がテルアビブに入るには入手困難な通行証が必要なのに、イスラエル人が分断壁を超えるのは簡単です。
一方で、パレスチナ自治区の住人たちが強い連帯で結ばれ、自分たちのルーツや文化を大切に継承している姿には感動を覚えました。
楽観的過ぎるという批判もあったというこの映画ですが、ロレーヌ・レヴィ監督はフランスの人気作家マルク・レヴィ原作の映画「Mes amis mes amours(我が友、我が愛)」(邦訳は「僕のともだち、あるいは、ともだちの僕」)の脚本と監督だったのですね。独創的な家族の物語を明るいタッチで、という点では共通性があるかも知れません。
もうひとりの息子:公式サイト:http://www.moviola.jp/son/
すごく楽しみにしていた映画「ムード・インディゴ」。ミリオンセラーとして知られる原作を書いたボリス・ヴィアンは、作家で詩人で音楽家でとマルチな才能を発揮しながら39歳でこの世を去った、フランスでは伝説的な人物ですが、恥ずかしながら私が知っていたのは、反戦歌「脱走兵”Le déserteur”」のみ。「ムード・インディゴ」の原作「うたかたの日々」が、日本で漫画化(岡崎京子作)されていることも知りませんでした。独身貴族というか高等遊民のような生活を送るコラン(ロマン・デュリス)は、 パーティで紹介された美女クロエ(オドレイ・トトウ)と一目で恋に落ち、夢のような日々を過ごします。
コランの親友シック(ガド・エルマレ)とその恋人、コランのお抱え料理人ニコラ(オマール・シー)とその恋人たちと共にスケート場へ通い、パリの中心でシュールなデートを楽しみ、やがてコランとクロエは結婚へ。
幸せいっぱいのコランは、お金のないシックも結婚できるようにと財産の3割近くをプレゼント。でも、シックは貰ったお金を心酔する哲学者ジャン=ソール・パルトルの著作蒐集のために使ってしまいます。
新婚のクロエは、肺に蓮の花が咲くという奇病にかかってしまい、療養することに。胸の治療には多額の費用がかかるため、貯金を使い尽くしたコランは仕事を探します。
報酬に引かれて非人間的な労働にも従事するコラン。しかし、クロエの病状は良くありません。シックも哲学者に入れ込むあまり、恋人とは結婚するどころか不協和音が生じて。。
監督はミシェル・ゴンドリー。前半は、思い切りシュールでポエティックで楽しい画面が満載で、まるで魔術のように次々に創造性に満ちた映像が現れて、万華鏡のよう。
幻想的な映像から、恋に夢中な若い二人の弾けるような高揚感が伝わって来て、観ていて幸せな気分になれます。
甘い新婚生活からいっきに辛い現実に直面する後半、カラフルだった映像がモノトーンに変わり、愛妻を救うために不条理を受け入れざろう得ないコランと、哲学者信奉ゆえに自滅して行くシックの悲劇が描かれるのですが、いかんせん高速スピードでコミカルに進むあまり、事の重大さが薄められてしまった感が否めません。
シュールで楽しい凝りに凝った映像にとらわれるあまり、深刻な展開が観る者にたいして響かないのは何とも残念だけど、大恋愛の思い出がコランの胸にそれは深く刻まれたであろうことは、切なくも美しく伝わって来る作品です。
「ムード・インディゴ」も「クロエ」もボリス・ヴィアンの愛したデューク・エリントンの同名曲から。「ルノワール」で好演した今注目の若手、ヴァンサン・ロティエが、ここでは一転してプラグマティックな神父を演じています。
公式サイト:http://moodindigo-movie.com/
あまり期待しないで観たのですが、さすがFrance2の制作、なかなかの佳作でした。今もカーニュ・シュル・メールに残るルノワールのアトリエ:レ・コレットのオリーブ林やユーカリの下の陽だまりの中にいるような2時間弱が過ごせます。1915年、カーニュ(ニースのほぼ隣町)。リューマチに苦しむルノワール(ミシェル・ブーケ)は20歳年下の妻を亡くしたばかり。かつては絵のモデルも務めた使用人の女性達にかしずかれ、車椅子で体中が痛む毎日でも絵筆を手放しません。
お気に入りのモデル兼乳母だったガブリエルは亡妻が追払ってしまい、第一次世界大戦に従軍中の二人の息子は、それぞれ負傷したという知らせが。
そんな折り、若い娘アンドレ(クリスタ・テレ)が訪ねて来ます。生意気ながら輝く肌を持つデデ(アンドレの愛称)が気に入ったルノワールは、彼女のヌードを描くことで、また生き生きと精力的に絵画制作にいそしむようになります。
そこへ、足を負傷した次男のジャン(ヴァンサン・ロティエ)が療養のために帰還。挑発的なデデに刺激され、たちまち恋に落ちるのですが。。
清濁合わせのみ、芸術の高い極みに達した画家とナイーブなジャンに対して、世の中を斜に見ているデデとまだ14歳の三男ココ(少年と自転車のトマ・ドレ)。デデとココの目に映るルノワールの性格も対照的です。
13歳で陶器の絵付け職人に弟子入りしたルノワールが晩年になっても「自分は絵の職人であって、芸術家ではない」と繰り返すのに対して、若さにまかせた自信で「私はアーティスト」と言い切る女優志願のデデ。
偉大な画家は、彼女をモデルに晩年の傑作「欲女たち」を完成させます。
一方、戦争の悲惨さに心身ともに傷ついたジャンは、夢も野心もない21歳。陽光降り注ぐ平和なコレットの庭でデデのヌードに魅了され、計算高さも感じさせる彼女に映画製作を勧められたことが、人生の方向を決めるきっかけとなり、後年ヌーヴェルヴァーグに大きな影響を与えた映画監督となります。デデと結婚して彼女の希望通り自分の作品の主演女優に起用しますが、やがて離婚へ。
ルノワールの元には生涯に渡って若くて美しいモデルたちが出入りしたため、父子が同時に惹き付けられた女性はデデの前にもガブリエルを含めて何人か存在したようですね。
実際の人生には辛いことや暗い面が多過ぎるのだから、せめて絵の中には美しく幸せな世界を表現したいという画家のポリシーが、地中海のエデンの園と言われるコレットの緑薫る風景に呼応して、映像の美しさはこの上ない作品です。
なぜか映画館はレディースデイでもがら空きでしたけど。
公式サイト:http://renoir-movie.net/
観てからだいぶ経ってしまいましたが、舌鼓を打つ映画として鳴り物入りで公開されている「大統領の料理人」、エスプリの利いた会話にエリゼ宮と南極という両極端な舞台の対比が興味深い作品です 。今から20年前、突如ミッテラン大統領のプライベートシェフに抜擢された実在の女性がモデル。マッチョで上下関係にうるさいエリゼ宮の厨房で初めての女性シェフとして奮闘した2年間と、その後(実際には10年後)ニュージーランドでトリュフを栽培するための資金を稼ぐために南極調査隊の料理人として活躍する様子が交互に描かれます。
ペリゴール地方で地産地消のレストランを経営しながら郷土料理を教えていたオルスタンス・ラボリ(カトリーヌ・フロ)は、ある日エリゼ宮に呼ばれ、大統領(ジャン・ドルメッソン:今年88歳!) のプライベートシェフに任命されます。知らぬ間にジョエル・ロブションから推薦されていたのです。
初日から始まった保守的な官邸シェフ達との打々発止。同僚たちの好奇と嫉妬を持ち前の機知とバイタリティでかわしながら、オルスタンスは料理のセンスで大統領の舌を魅了します。
シンプルで家庭的な料理を期待する大統領の思いを知り、さらに張り切って美味しい料理を生み出すオルスタンスですが、やがて、昼も夜もエリゼ宮中心の生活に疲れて行き。。。
地元であろうがエリゼ宮であろうが、南極であろうが、食材に魔法をかけたように美味しい料理を作り出すオルスタンスをカトリーヌ・フロが生き生きと演じていて、観ていて気持ちが良いです。
子供の頃にレシピ本を暗記したほど食通の大統領と、食材の生かし方を知り尽くしているオルスタンスとの知的な会話のやり取りにもうならされます。
新鮮なトリュフを求めて地元ペリゴール(ボルドーのそば)とパリを往復するオルスタンスが、公費の無駄遣いでは?と批判されるシーンには、たいした切符代でもないのにと一瞬首を傾げましたが、確かに彼女は大統領のプライベートシェフに過ぎないわけで、公的な場ではなく、大統領個人の楽しみや親戚友人との私的なパーティ料理のために多額の税金が使われるのは、納税者であるフランス国民にとって面白い筈がありません。
もっとも、ミッテラン大統領は一時スイスにいた愛人を訪ねるため、大統領機を使いガードマンを引き連れて通ったけれど、当時のマスコミは何も言わなかったとか。大統領の私生活は見ざる聴かざる言わざるが不文律だったフランス、為政者の税金の使い方にも意外に寛容な点は、革命前からあまり変わっていないのかも。
ちなみに大統領の私生活にはノータッチの不文律は、前サルコジ大統領が自ら破ってマスコミを賑わせたので、フランスも英米並みに政治家の私的スキャンダル報道に揺れる国になるのかと大いに話題となりました。
公式サイト: http://daitouryo-chef.gaga.ne.jp/
全く別の世界に住む3人の男女の人生が深夜の交通事故をきっかけに複雑に交錯して行く、という構成を心理サスペンス風に描いたカトリーヌ・コンシニ監督の新作「黒いスーツを着た男」。この映画を《本格クライム・サスペンス!》と呼ぶにはかなり無理があると思いますが、人間の弱さとフランスの社会問題を絡めて心理劇風にアレンジした手法は興味深く、最後まで画面に引きつけられました。
勤務先の自動車ディーラー会社社長令嬢と結婚式を控えたアラン(ラファエル・ペルソナ)は、独身を葬るバチェラーパーティでしこたま酔った帰り、深夜のパリで人身事故を起こします。
しかし、親友でもある同僚二人に促され、そのまま車で逃走。それをたまたま、医学生のジュリエット(クロチルド・エム)が目撃していました。
翌日、はねられた歩行者が気になったジュリエットが病院を見舞うと、生死をさまよう被害者の妻ヴェラ(アルタ・ドブロシ)が途方に暮れていて、ジュリエットは同情を禁じ得ません。何せ、被害者夫妻はモルドヴァからの不法移民で、滞在許可証を持ってないのです。
ちなみにモルドヴァは、ルーマニアとウクライナに挟まれた小さい国で、旧ソ連の一つ。ルーマニアを凌ぐ貧しい国と言われます。
同僚二人に証拠隠滅をして貰ったものの良心の呵責に苛まれたアル(アラン)は、匿名で被害者の病院を突き止めます。病室に忍び込み、昏睡状態の被害者に「絶対死ぬなよ。生きてくれよ!」と囁くアル。
病院でアルを見かけたジュリエットは、彼こそひき逃げ犯と確信しますが、後悔のあまりか人目も気にせず嗚咽するアルを見て、通報を躊躇ってしまいます。
ジュリエットは直接アルに接近し、ヴェラの経済的窮状を訴えるのですが。。
この映画を好きになれるかどうかは、事故の目撃者ジュリエットの行動を理解できるか否かによるかも知れません。
「被害者も加害者も救おうなんて、一種の思い上がり、正気の沙汰ではない」という恋人やルームメイトの反応にひるみながらも深みにはまって行くジュリエット。彼女の行動を観客に納得させるには、アル役に相当のイケメンを持って来ないと、ということで選ばれたのがアラン・ドロン似と言われるラファエル・ペルソナで、確かにはまり役と言えるかも。
貧しい母子家庭で育ち、修理工から営業トップに出世し、社長の不正取引にも手を貸して、ついに手にした後継者候補の椅子。それを裏付ける令嬢との婚礼も目の前なのに。。何とか事故から逃げ切りたい反面、拭いようのない後ろめたさに自滅の一歩手前まで追いつめられるという難役アルを体当たりで演じています。
一方、被害者夫妻は、不法就労がばれると故国へ強制送還されるリスクがあるため、警察を頼ることもできません。重傷の夫が亡くなると、何とかその死をお金に換えようとするヴェラ。
不法労働者は給料から社会保障費を天引きされても、その恩恵にあずかることが難しい現実。この上、夫の臓器を無償で提供させようなんて、フランスは冷たい、何もしてくれないと憤るヴェラに、フランス人の目は冷ややかです。
不満があるならどうぞ祖国にお帰りを、故郷の生活よりマシだからパリにしがみつくのでしょう?という本音が見え隠れするフランス側。欧州危機の只中で、より顕在化している社会のひずみが弱い立場を直撃するわけですが、ヴェラも夫を無駄死にさせるわけには行きません。
心打れたのはパリのモルドヴァ人社会の連帯感。つましい暮らしの中、互いに助け合いながら、異国での理不尽な出来事に今できる精一杯の対応をしようとする仲間の存在は、ヴェラのこれからに希望を感じさせてくれます。
事故の加害者、目撃者、被害者の三人が三様に泥沼にはまる経過には好き嫌いが分かれそうですが、独特の魅力を放つ作品です。









