人気ブログランキング | 話題のタグを見る

ロワールの古城:ランジェ城_b0041912_2019298.jpg
 
 10世紀末から英国プランタジネット家が統治していたランジェですが、1206年にフィリップ2世(尊厳王)がフランス領として取り戻しました。
 現在のランジェ城は1465年にルイ11世によって建設されたもの。中世後期からルネッサンスに至る時代の変わり目を代表する城として、地元でも人気の高い古城の一つです。

 このお城は、1491年にフランス国王シャルル8世とブルターニュ公国の王女で14歳の女相続人アンヌとの婚礼があげられたことで知られます。シャルル8世は宮廷に人質同然に連れてこられ養育されていたブルターニュのマリー・ド・ブルゴーニュと婚約していましたが、それを破棄して強引にアンヌとの婚礼を進めます。豊かなブルターニュ公国は周囲の国から狙われていて、ここを併合するのはフランス王家の大いなる野望の一つでした。
 アンヌも幼いマリー・ド・ブルゴーニュの父親でローマ王のマキシミリアン1世の《結婚》していましたが、まだ相手に会ったこともなかったために結婚は解消され、シャルル8世と結婚することを承諾。ランジェ城での婚礼では、もしもシャルル8世が嫡子がないまま亡くなったら、アンヌは次のフランス王と再婚するべし、という前代未聞の条項にサインがなされます。
 戦争の多い時代とはいえ、まだ21歳だったシャルル8世にはあまり現実感のない条項だったかも知れませんが、7年後、シャルル8世はアンボワーズ城地下の低い門に頭をぶつけて世を去ります。
 シャルル8世とアンヌの子供たちは皆夭逝していたため、アンヌはシャルル8世のいとこにあたるルイ12世と再婚することに。 しかし、このルイ12世にも既に20年間も結婚していた王妃ジャンヌがいたのでした。

行き方:国鉄ランジェ駅から徒歩。トウールからミニバスツアーもあり。
# by cheznono | 2015-05-19 20:23 | フランスの城と歴史

ロワールの古城:シュヴェルニー_b0041912_20355757.jpg
 
 16世紀初めに建てられたシュヴェルニー城は今もユロー家の侯爵一家が住む私邸ですが、戦前から一般公開されていて、見学できる部分の保存状態が良いことで知られます。ユロー家は代々、フランス王の財政担当官を務めたため、館に王族を迎える機会も少なくなかったらしく、ヴァロワ朝後期からブルボン王朝の名残がいろいろ残されていて、思ったよりずっと見ごたえのある城でした。
 この白亜の城館は17世紀のルイ13世時代に建築されたもので、大サロンには王と妃でルイ14世の母親アンヌ・ドートリッシュ、王弟ガストン・ドルレアンとその娘モンパンシエ嬢の肖像画が飾られています。回廊にはルイ16世の立派な肖像画があり、奥の間にはマリーアントワネットに気に入られたユベール・ロベールの風景画も。
 ルイ13世の父王アンリ4世が利用した荘厳な寝室も保存状態が良くて、17世紀初めのまま時が止まったようでした。

 庭のオランジェリー(オレンジの木の温室)は、第二次大戦中にドイツ軍の爆撃が激しくなって来た際に、ルーブル美術館などの大事な作品を避難させた場所だとか。絵画の避難については、谷口ジローのコミック「
千年の翼、百年の夢 」でも紹介されています。(オールカラーの豪華版がオススメ)

 シュヴェルニーはタンタンのムーランサール城のモデルにもなったため、庭内にはタンタンの結構凝った展示室も設けられています。
 そして、その奥には100匹を超える猟犬フレンチ・トリコロールの犬舎が。日向ぼっこする大量のワンちゃんは見学者たちに大人気でした。

行き方:シーズン中は水曜と週末にブロワから巡回バスあり。トウールからミニバスツアーも出ています。
# by cheznono | 2015-05-15 20:37 | フランスの城と歴史

ブロワからシュヴェルニーへ_b0041912_6521565.jpg

 今日は快晴、予報では25℃になるというけど、午前中は涼しいので私の格好はユニクロの七分袖Tシャツにカーディガン、首にはスカーフも。
 シュヴェルニーとボールガール城に行くため、ブロワから出ている周遊バスに乗車。最初の停車地シャンボール城前で大半の人が降りた後、派手な花柄サンドレスのマダムがドライバーに向かって騒ぎ出しました。「寒いのよ、なんとかならない?寒くてしょうがないわ!」「窓を閉めればいいんですよ」とドライバー。
バスはリムジンのような長距離用で、大きな窓は開かず、上部の細い窓ガラス部分が斜めに開閉できるのみ。なのにそれさえほとんど開いていないから、閉める余地はないに等しいのに、肩ひもだけのサンドレスマダムは私に向かっても「空気がひやっとするでしょ?第一、汚染された空気が入ってくるのがイヤだわ」とおっしゃる。「そういう格好されてるからじゃないですか?」と失礼なこと言った私に「25℃になるって言ってたもの。だいたい、汚染された空気や塵が入ってくるのがイヤなのよ!」汚れた空気と言われても、パリやリヨン(大気汚染が有名)ならいざ知らず、ここはロワールの牧草地。見渡す限り、緑の野原と林しか見えません。
 ドライバーのお兄さんはできた人だったので、マダムをなだめるためにバス中の全ての窓を確認、上部が少しでも開いていると閉めて回ってます。
そうしているうち、シャンボール観光を終えた中国系の観光客が続々とバスに乗り込んで来て、ようやく落ち着いたマダム、気がつけばちゃんとカーディガンをバッグと一緒に持ってるじゃないですか。寒い!って騒ぐ前にカーディガンを羽織ってよ。
 まもなく、バスはシュベルニーに到着。さして期待していなかったお城ですが、なかなか見ごたえがありました。

 トウールに戻ってきたら、前を歩く男性がジロジロ見るのでイヤな予感。足を速めて追い越したら案の定話しかけられた。ボソボソと「中国式マッサージのお店知りませんか?」だって。まあ中国式マッサージって2種類あるからどちらか知らないけど、せっかくお城を回って良い気分だったのに、いっきに興ざめした日曜の夕暮れです。

画像はシュヴェルニーの村
# by cheznono | 2015-05-11 06:59 | 不思議の国フランス

タルタルステーキの憂鬱

タルタルステーキの憂鬱_b0041912_361629.jpg

 パリのマドレーヌ寺院の地下にある食堂は、登録するとランチを8.50ユーロで楽しめるという大変ありがたいサービスを提供していて、いつも賑わっています。ハイカラなこの界隈では破格のお値段で、一応アントレとメイン、デザートが選べる、というのがミソ。内容とお味は学食に近いとはいえ、教会ボランティアと思われるスタッフの感じ良さも人気の秘密かも。
その登録カードの期限がもうすぐ切れることに気がついて、冷たい雨の中、久しぶりに行ってみました。

 その日のメインは、タルタルステーキかグラタン。そもそも、四つ脚動物はあまり食べない今日この頃なのに、何を血迷ったかついタルタルステーキを注文。スタッフのマダムが心配そうに私の顔を覗き込んで「生ですけど?」と言うのに、「まあ挑戦してみます」と返した私。生肉でも本当に大丈夫だろうか?
いやいや、確か昔学食でタルタルステーキを食した時は表面を焼いてあった。要はハンバーグの中身が生ぽいイメージだったし、たまには保守的な食生活から脱してみよう、と本気で思った時、登場したのは、スーパーで売っている挽きたてのひき肉そのもの、でした。
生ハンバーグなら玉ねぎやパン粉が入っているはずだが、そんな様子もなく、恐る恐る口にすると冷たい。えらく冷たい。うーむ。
そこへ、知的な印象の紳士が来て私の向かいに座り、同じものを注文。運ばれてきた皿のひき肉を付け合わせのソースとぐちゃぐちゃに混ぜて、パスタソースさながらにしてから、あっという間に平らげた。
ああ、ソースとしっかり混ぜればひき肉っぽさが消えるのね。でも、やはり私の一番の心配は食中毒なのです。確かユッケは日本で禁止になったはず。もう既に一口食べちゃったけど、このあとお腹を抱えてのたうちまわったらどうしよう?万が一O157とかが付いていたら命だって危ないかも知れない。なにせ私にはナマ肉に免疫がないのだから。

 くだんの紳士が途方に暮れている私に哀れみの目を向けているので、「牛の生肉って本当に健康上問題ないんでしょうか?」と聞いてみました。「はあ、と言うと?』「つまり、その寄生虫とか何か、、」と私の失礼な質問ににやっとして、「フランスではちゃんと基準が守られているから全然大丈夫」とのお答え。スタッフのマダムは一言も「だから言ったでしょう」的なことは言わないできた人で、私に同情して「野菜を足してあげるわ」と付け合わせの野菜チーズ炒めを足してくれました。
「頼む前にに周りで食べてる人の皿をチェックしなきゃ」と紳士からはごもっともなアドヴァイスを頂き、泣く泣くタルタルステーキは諦め、デザートのチョコタルトでなんとかお腹をくちくした次第です。
 結局生肉はわずかしか食べなかったにもかかわらず、しばらくお腹が消化にとまどっていたのは明らかですが、腹痛もなく無事に翌朝を迎えることができて本当に良かった。
しかし、このタルタルがもし、マグロのひき肉だからわさびと醤油でどうぞと出されたら、難なく食べていたかも知れません。
# by cheznono | 2015-05-04 03:08 | 不思議の国フランス

イヴ・サンローラン

イヴ・サンローラン_b0041912_23384434.jpg 高級プレタポルテに縁のない私にはせいぜい化粧品と香水でお馴染みという程度のイヴ・サンローラン、デザイナー自身の実像は殆ど知りませんでした。しかし、2008年のサンローランの死後、ピエール・ベルジェがフランスメディアに登場しなかった月はないほどで、二人がいかにフランスで存在感のあるカップルだったかは推して知るべし。
 激動のファッション界の第一人者として生き抜いた二人の栄光と葛藤を描いたこの作品はとても興味深く感動的でもあります。

 アルジェリア戦争真っ只中、21歳のサンローラン(ピエール・エネ)は急逝したクリスチャン・ディオールの後継デザイナーに指名されます。周囲の嫉妬やいぶかいの目をよそに、サンローランの初コレクションは大成功。画家ベルナール・ビュッフェの愛人だったピエール・ベルジェはサンローランの才能に感服し、その内気で繊細な姿に惚れ込みます。ビュッフェと別れたベルジェはサンローランと暮らし始め、服作り以外は子供のように世間知らずのサンローランを公私ともに支えます。
 両親がアルジェリアに残っているのに兵役で招集されたサンローランは精神を病んで病院へ。ディオール社は彼をクビにします。
 憤慨したベルジェとサンローランは独自のメゾンを立ち上げることを決意、モデルのヴィクトワール(シャルロット・ル=ボン)の協力もあって、1961年、二人はイヴ・サン=ローラン社を創立。オート・クチュールから大量生産のプレタポルテが主流になって行く過渡期に、サンローランはまさに身を削ってエレガントで斬新なモードを作り出して行きます。

 実務的には無能に近いサンローランに代わって、経営や営業などのビジネス面やメディア対応は全てベルジェが引き受け、デリケートなサンローランが服作りに専念できるよう必死で彼を守ります。しかし、自分の才能だけを頼りに次々に新しいデザインを発表しなければいけないサンローランはプレッシャーとストレスに押しつぶされ、次第に酒に飲まれ、薬に手を出し、刹那的な快楽に身を任せるように。
 そんなサンローランに手を焼くベルジェは、カール・ラガーフィールドの愛人ジャックとの愛欲に溺れるサンローランから、ジャックの美点と彼を愛しているんだと聞かされます。「でも、生涯の男は君一人だよ」の一言に、やはりサンローランを守り抜く決意を新たにしたベルジェ。ジャックにサンローランと手を切るように諭します。
 ベルジェは、ジャックに去られて荒れるサンローランをまるで父親のように受け止めるのでした。

 画面を彩るサンローランのコレクションの数々は、ピエール・ベルジェ=イヴ・サンローラン協会が貸し出した本物の衣装を使用。ピエール・ベルジェの全面的な協力で制作された作品だけあって、あくまでもベルジュの視線で描かれてはいますが、50年間に渡るベルジェの父性愛にも通ずるサンローランへの愛情には感動を覚えずにいられません。
 コメディ・フランセーズから参加した主演のピエール・エネの演技を観た時、あまりに若き日のサンローランに似ていたために思わず涙したというベルジェ。
いかにサンローランが類いまれな才能に恵まれていたにしても、ベルジェの深く大きな愛情とビジネスの才覚あってこその成功だったことは疑う余地がないでしょう。
 
 フランスでは今週、イケメン俳優ギャスパー・ウリエルがサンローランに、ジェレミー・レニエがピエール・ベルジュに扮した「サンローラン」が封切られ、前評判も上々なので、こちらも是非日本公開を期待したいですね。

 ちなみに画家のビュッフェは、ベルジェと別れた後、歌手で作家の奔放な女性アナベルに一目惚れ。結婚後は彼女の絵を描きまくっています。
 
イヴ・サンローラン公式サイト:http://ysl-movie.jp
# by cheznono | 2014-09-25 23:43 | 映画