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鑑定士と顔のない依頼人

鑑定士と顔のない依頼人_b0041912_17211665.jpg ジョゼッペ・トルナトーレの映画にはずれはないよねと気合いを入れて観に行った「鑑定士と顔のない依頼人」。《極上のミステリー》かどうかはわからないけれど、確かに「英国王のスピーチ」のジェフリー・ラッシュがすごい。何一つ見逃さないぞと最後まで緊張してスクリーンを見つめましたが、あまり意味はなかったような。

 超一流の絵画鑑定士ヴァージル(ジェフリー・ラッシュ)は、世界中のオークションで引く手あまた。潔癖性で人間嫌いの彼は、一方で長年の相棒ビリー(ドナルド・サザーランド)と組み、八百長スレスレな方法で名だたる名画を自分の秘密のコレクションに加えています。
多忙な日々を送る中、両親の遺した美術品を売りたいという若い女性から鑑定を依頼され、古い屋敷に赴くヴァージル。しかし、依頼人クレア(シルヴィア・ホークス)は、思春期のある事件をきっかけに広場恐怖症になって以来、引きこもり状態で、殆どいっさい人との対面を拒絶。ヴァージルは声だけで姿を現さない彼女に翻弄されます。

 ある日、ついにクレアの姿を垣間見たヴァージルはその外見に魅了され、何とか彼女を普通の暮らしに戻したいと尽力します。息子のような歳の美術品修復家ロバート(ジム・スタージェス)にその経過を逐一報告。これまで女性と交際した経験のないヴァージルは、ロバートのアドヴァイスに従ってクレアと信頼関係を築き、親密な関係に進むべく情熱を傾けるのですが、、

 年末に沢木耕太郎氏が「今年の一作」とも言うべき作品かも知れないと書いていたので、うーむ?と思いましたが、こう言っている男性は多いですね。もしかして、この映画は男性と女性で感想に結構差があるかも知れません。

 ある種のサスペンスとしてはかなり面白いけれど、ミステリーとしては背景に深みが足りないと感じましたが、沢木氏も結論で書いていたように、私もこの映画は一種のハッピーエンドに違いないという印象です。代償は大きかったにせよ、私生活はいたって単調だった主人公がこれまで知らなかった世界を知り、ドラスティックな体験したわけだから。だからこそ、ヴァージルはプラハを訪れたのではないかと思うのです。
 ミステリー仕立ては監督の遊び心、ジョゼッペ・トルナトーレはここでも人間の本質を浮き彫りにしています。
# by cheznono | 2014-01-12 17:39 | 映画

 あけましておめでとうございます。
2014年が皆さまにとって、健やかで実り多い一年となりますように。

 遅ればせながら昨年観た映画を振り返り、独断と偏見に満ちた2013年ベスト5を選んでみました。
昨年は全然映画を観に行けなかった月もあるため、映画館で観た作品は合計25本。

 まず5位は「クロワッサンで朝食を」かな。中年女性が一人異国で働くことの難しさや、十分な遺産があっても異国で老いる老婦人の孤独に、エッフェル塔の佇まいが冷たく迫って来るような映画でした。
2013年総括ときめく映画ベスト5_b0041912_12588.jpg  4位はベン・アフレック監督・制作・主演の「アルゴ」(正確には2012年秋公開映画)。1979年、イラン革命が激化するテヘランで、アメリカ大使館が過激派によって占拠され、52人が人質に。混乱の最中、どさくさに紛れて逃げ出したアメリカ人6人がカナダ大使の自宅にかくまってもらいます。
 しかし、イラン側の執拗な捜査の手が迫ったため、CIAが救出作戦を練るのですが、担当者トニー・メンデスのあまりに奇抜な脱出作戦に6人は疑心暗鬼となり。。。
ハリウッドで「アルゴ」という架空のSF映画を企画、6人をその撮影スタッフに偽装してイランから出国させようとするトニー・メンデスの冷静かつ人間的な人物像が実に魅力的。サスペンス劇としても一級で、結末がわかっていても、あまりのスリルに後半は心臓の動悸が止まりませんでした。

 2013年総括ときめく映画ベスト5_b0041912_162612.jpg 3位は18世紀のデンマーク王室を舞台にした「ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮」。精神を病んだ国王クリスチャン7世の元に嫁いだ英国王ジョージ3世の妹カロリーネ。王の侍医で親友ともみなされたドイツ人のストルーエンセと恋に落ち、子供を身ごもります。
 フランスの啓蒙主義に感化されたストルーエンセは、王の信頼を受けてデンマークの政治改革を進めて行きますが、貴族たち特権階級の反感を買い、王妃との不倫も明るみになって、反逆罪に問われ失脚。
 薄幸の王妃カロリーネ・マティルダは、マリー・アントワネットとほぼ同世代です。デンマークでは有名な歴史的事実を新たな解釈で映画化したというこの作品、非常に見応えがありました。

 2位は「最後のマイウェイ」。究極のエゴイスト的な面もあるけれど、類いまれな才能に恵まれ、ジョニー・アリデイに追いつけ追い越せの勢いで自身の実力を頼りに上り詰めて行ったクロード・フランソワへのオマージュです。

2013年総括ときめく映画ベスト5_b0041912_182213.jpg 迷った挙げ句の1位は「ライフ・オブ・パイ 虎と漂流した227日」。ブッカー賞を受賞したベストセラーをアン・リー監督が映画化。3Dで見応え十分の海洋アバンチュールであり、同時に哲学的示唆に富んだ作品。奇想天外なストーリーに加えて、ラストの衝撃は「鑑定士と顔のない依頼人」どころではありませんでした。
 インドから家族で乗りこんだ北米行きの貨物船が遭難、一匹のトラと救命ボートで漂流することになった少年パイ。動物園を経営する父親が一家でカナダ移住を決め、動物たちも一緒に貨物船に乗せてインドを出航したものの、大嵐に遭遇して船が沈没。必死で救命ボートに飛び乗ったパイは、そこに体重200キロ強のベンガルトラが潜んでいるのに気づいて驚愕します。
 かくて、パイと猛獣を乗せた救命ボートは太平洋上を漂い、227日に渡る壮絶なサイバイバルゲームが繰り広げられるのですが、、

 今年も新春から話題の映画が続々公開されるので、大いに期待しています。
本年もどうぞよろしくお願い致します。
# by cheznono | 2014-01-03 01:09 | 映画

母の身終い

母の身終い_b0041912_116229.jpg 家族や医師の立ち会いによる尊厳死が法律で禁じられているフランスでは、高齢者や重い病気に苦しむ人の自殺が増加しています。そうした背景のもと、尊厳死が認められているスイスでの《身終い》を選んだ、ごく普通の主婦とその息子との最後の数ヶ月を描いたこの映画は、当人の望む最期の迎え方について深く考えさせられる秀作です。威厳を持って自らの選択と対峙する母親の姿に強く揺さぶられました。
レディースデイなのに映画館はガラガラでしたけど。

 長距離トラックのドライバーだったアラン(ヴァンサン・ランドン)は、麻薬の密輸に手を出した罪で1年半の服役後、とりあえず母イヴェット(エレーヌ・ヴァンサン)の家に身を寄せます。
 でも、厳格な母親は時に不肖の息子と激しくぶつかり、母子は互いの存在を疎ましく感じて苛立つ毎日です。
 職探しがなかなかうまく行かず、アパート探しも頓挫するアランですが、ボーリング場で知り合った女性(エマニュエル・セニエ)と好い仲に。
 イヴェットは転移性の腫瘍を患っていて、放射線治療に通っています。
 ある日、アランはイヴェットがスイスの施設での尊厳死を希望していて《終活》を進めていることを知り、愕然となります。母の病気は知っていたものの、事態がそこまで深刻とは。しかも、母親が自殺幇助による安楽死を望んでいることは全くの想定外だったのです。

 気難しい夫とあまり幸せとは言えない42年間を過ごしたイヴェットは、亡き夫にそっくりの振る舞いをするアランに愛情を示すことができず、前科持ちの負い目がある息子は、母の批判がましい態度に反発。二人の確執が痛々しいのに、イヴェットは余命が短いことを感じさせず、淡々と日常生活をこなす。その芯の強さが彼女の最後の選択につながるのですが、自分だったら、自分の家族だったらいったいどうするか、観る者は自問せずにいられません。

 先月末、パリのサンジェルマン・デプレに近い4つ星ホテルで、86歳のインテリ夫婦が心中しているのが見つかり、フランス中に衝撃が走りました。遺書には家族宛ての他に行政に対して法律が薬による安楽死を禁止していることへの非難が。。 
 二人は手をつなぎ、ビニール袋をかぶっての窒息死を選択。食べることのないモーニングサービスを頼んでいて、ボーイさんによって発見されるよう、計画的にことを進めていました。

 本人が納得した上でなるべく安らかな最期を迎えるために、尊厳死の権利については今後多くの国で議論をよぶことになるでしょう。

母の身終い:監督は「愛されるためにここにいる」のステファヌ・ブリゼ
公式サイト:http://www.hahanomijimai.com 
# by cheznono | 2013-12-16 01:17 | 映画

ある愛へと続く旅

ある愛へと続く旅_b0041912_23572057.jpg ずっと気になっていた映画「ある愛へと続く旅」。ボスニア・ヘルツェゴビア戦争に翻弄されることになったイタリア人とアメリカ人夫婦のドラマは、《愛の深さ》よりもむしろ人間のエゴイズムとその結果がもたらした罪悪感の物語に感じられました。

 原作はセルジオ・カステリット監督の妻で脚本も担当したマルガレート・マッツアンティーニ。イタリアはもちろん、世界的に売れた本だそうです。恐らく小説の方は映画が描き切れなかった心理描写などが細やかで、もっと感動的なのではないでしょうか?

 ローマで16歳の息子ピエトロ(ピエトロ・カステリット)と3人目の夫と暮らすジェンマ(ペネロペ・クルース)は、サラエボ留学時代の友人ゴイコ(アドナン・ハスコビッチ)に呼ばれ、息子を連れて16年ぶりにサラエボを再訪。謎の死を遂げた前夫ディエゴの写真展に向かいます。

 80年代後半、イタリアのブルジョワ娘ジェンマはサラエボでゴイコの友達でアメリカ人のディエゴ(エミール・ハーシュ)と出会い、恋に落ちます。
 その後、ローマで再会した二人はめでたく結婚。カメラマンとして活躍するディエゴと幸せな日々を送るジェンマでしたが、不妊症であることがわかり苦悩します。
是が非でも愛するディエゴの子供がほしいジェンマは代理母を探すことに。
 不妊治療を受けるため政情不安なサラエボに戻った二人は、ゴイコに代理母志望の女性アスカを紹介されます。内戦で人工授精が難しくなったため、夫とアスカがベッドを共にするようお膳立てするジェンマでしたが、運命のその日からディエゴの様子に変化が。。
 イタリア人以上に陽気でお気楽極楽な若者だったディエゴが、妻の子づくりへの執念に付き合う過程で変貌して行く様子は印象的でした。

 アンジェリーナ・ジョリーの「最愛の大地」を観ていたお陰で、背景がよくわかって助かりました。ローマに戻ったディエゴが、パーティを楽しむイタリア人仲間と内戦に苦しむサラエボ市民との落差に後ろめたさを感じて、再びサラエボに旅立ったけれど、実はもっと重い罪悪感に苦しんでいた、というポイントが今ひとつぼやけて見えるのが惜しいです。
一方でジェンマの抱える後ろめたさは、はっきりくっきり描かれます。
 
 内戦という民族のエゴに、お金で子供を得ようとする個人のエゴが重なった結果であっても、この世に生を得て大切に育くまれた命のまぶしさが、全てを水に流さんばかりの力を持つのだと、ピエトロ少年の澄んだ眼が力強く語っているよう。
 それでも、私は複雑な思いでエンドロールを見送りました。

ある愛へと続く旅:公式サイト:http://www.aru-ai.com
# by cheznono | 2013-12-09 23:51 | 映画

危険なプロット

危険なプロット_b0041912_0201118.jpg 玉手箱のようにアイデアを出しては個性的な映画製作に挑戦し続けるフランソワ・オゾン監督。フランスでは援助交際を扱った新作「17歳」が話題になったばかりですが、「危険なプロット」も面白い試みの映画でした。原作はスペインの舞台劇らしいですね。

 高校で国語を教えるジェルマン(ファブリス・ルキーニ)は、ギャラリーを主催する妻ジャンヌ(クリスチャン・スコット=トーマス)とDINKS夫婦。
 自宅で宿題の作文を添削中、16歳のクロード(エルンスト・ウンハウワー)が書いた文章に興味を覚えます。それは、クロードがクラスメイトのラファエル宅で見たことを観察力鋭く綴ったものでした。
 小説家志望だったジェルマンは、クロードの文才に感じ入り、放課後に個人指導することに。
 ラファ(ラファエル)が苦手な数学を教えるという名目で、クラスメイト宅に入り浸るクロードは、倦怠感を漂わせる専業主婦の母親(エマニュエル・セニエ)に関心を向け、家庭内のことを詳細に書き綴ります。

 毎回「つづく」で終わるクロードの作文は連続テレビ小説のよう。ラファの母親は息子が親友と慕うクロードの行動に覗き見的な匂いを嗅ぎ取り、自宅から遠ざけようとします。
 想像力で作文を書き続けるよう助言するジェルマンにクロードは、「自分は相手の家の中で実際に観察しないと文章にすることはできない」と訴えます。
 ラファの両親のプライバシーにまで踏み込んだクロードの作文にのめり込むあまり、ジェルマンは教師としての一線を超えてしまうのでした。

 障害で寝たきりの父親と二人暮らしのクロードは、しゃれた一軒家に暮らすクラスメイトのノーマルな家庭に憧れて、ラファとスポーツマンの父親との友達同士のような関係を羨ましくも冷めた目で見つめ、母親には官能的な妄想を抱きます。
 そのラファの母親は、稼ぎは良くとも俗物的な夫に関心は薄く、結婚で諦めた室内装飾家への夢がくすぶる毎日。
 一生徒の指導に深入りする夫が逆に相手に踊らされているとジャルマンに忠告するジャンヌは、情熱を傾けた仕事を失いそうな危機に直面しているばかりか、現実と空想が入り混じるクロードの作文に自身の生活もかき乱されてゆくことに。。
 
 大きな秘密が暴かれるような劇的な展開が待っているわけではないけれど、クロードの観察眼を通して、登場人物の立場の違いやそれぞれの抱える問題が浮き彫りになる過程が実にスリリング。

 とりわけ、ジェルマンの迎える結末に、作家として創作の世界に生きたかった人のカタルシスを見て、オゾン監督の「これが僕に取ってのハッピーエンド」というコメントが理解できたように思えました。
 来年2月に日本公開される「17歳」も待ち遠しいです。
 危険なプロット:公式サイト:http://www.dangerousplot.com/
# by cheznono | 2013-11-18 00:21 | 映画